第4話 異世界との、共通情報判明!

 音呉村には、ルールがある。


『村民1人、猫1匹』


 というルールだ。


 これは大昔からの習わしのようなものでもある。

 みな、避妊や去勢をしているので、猫同士で増えることは決してない。だが、新しい住民が増えると、猫がやってくるのだ。子猫の時もあれば、大人の猫のときもある。種類もバラバラだが、猫神の遣いとされ、音呉村では大切に育てられている。

 もちろん、村から猫飼い補助金も出ている。


 萌の元に来た猫は、ロシアンブルーだ。年齢は推定5歳。名前はキヌ子。

 映画俳優のキアヌ・リーブスからとった名だ。

 ちなみに萌が一番好きなキアヌ主演映画は『コンスタンティン』。


「……キヌ子が変なこと言ってる。『勇者、村を守れ』って……」


 萌は、心で猫の言葉を聞き取れる力がある。

 華は信じているが、皆、半信半疑なところがある。

 だが、この力を否定することはない。

 なぜなら、定期的に村人のなかで聞き取れる人間がいた過去話があるからだ。

 萌は物心ついたときには聞こえていたそう。ただ、猫の声しか聞こえないという。


「キヌ子、なんか草とか食べた?」


 今日のキヌ子はおかしいと萌は判断。

 ファンタジアのことを勇者と呼び、この村を守ってなどと言い出したのが、不思議になる。


 一方、華はパーカーのフードをひっつかんでいた。


「……ぐえぇっ」


 コンルを無理やり立ち上がらせ、わざとらしくにこりと笑う。


「猫に土下座はやめろよ、勇者。そっちのルールかわかんないけど、猫が神でも、ここじゃ、崇めない」

「え?」

「え、じゃねーよ。家族なの」

「……え?」

「え、じゃねーの! 猫が神様だけど……え?」

「はい。だから、崇めるものです」


 再び身を屈めたコンルのフードを、再びつかむ。


「ここの村も猫神信仰はあるけど、猫は愛でるもんでしょ?」

「無理ですよ。勇者の資格だって、神が与えてくれたんです」

「猫が?」


 驚く華を無視し、土下座を続けようとするコンルと、それを阻止しようとフードを引っ張る華で、バタバタしていると、目をきゅるんとまるめたキヌ子を萌が抱き上げる。


「キヌ子は、本当は神様なの?」


 返事が返ってきたようだ。


「キヌ子が言うには、『神ではない』って言ってる」

「神……では、ないですって……」

「そこ、地面に崩れ落ちるな」

「じゃあ、僕は何を信じれば……?」

「いきなり萌のこと信じて、そっちの宗教観、崩壊させんなよ、勇者」


 キヌ子がもたもたと身をよじり、地面に膝をつく勇者の手に、頭をこすりつける。

 コンルの目を見て、にゃあと鳴いたキヌ子を、コンルはそっとなでた。


「なんかね、『ふたつの世界を守る』って繰り返してる。意味が本当にわかんないんだけど。いつもは、『かつおぶし』『ちゅーる』『おいしい』の3単語なのに……」


 胸に寄り添ったキヌ子をそのまま抱きかかえたコンルだが、ほんわかと頬を緩めている。


「神はこれほどに軽く、温かいのですね……」

「猫、な!」


 わーわーやっているのが目立ったようだ。

 2名の男性警察の目がこちらを向いている。

 脇目も降らず、こちらへと向かってくる警察官に、華の目は泳ぎ続ける。

 萌はにっこりと笑っているが、コンルは猫にほだされ続けて、逃げる隙もない。


「あのー、ごめんね。君たちぐらいの子が、さっき、ここら辺にいたみたいなんだけど、荷物とか、見てもいいかな」


 いきなり手荷物検査ですか。


 華は硬直した。

 ネットには、拒否することができる。と書いてあったのを見たことはあった。

 けれど、拒否する未成年の方が、めっちゃ怪しまれるのでは!?


 今、ずっしりと肩に沈むリュックの中には、制服と防具がごっちゃに詰め込まれている。

 むしろ、少しはみ出ている……。


 コンルの腕にいたキヌ子が、ひょいっと警官の腕に飛び乗った。

 ここのを知っているのか、猫をよけることなく抱き止める。


「あー、すみません、うちの猫、お兄さんみたいな、制服着た人、好きなんですよー」


 萌、ナイス!


 華は、リュックをトイレの奥にある藪に投げ捨てようと、肩からベルトを滑らせはじめたとき、コンルがリュックを握る。

 するんと抜けた。

 だが、地面にドスンと音もない。


 ……小さな渦に落としたのか!


 もう一度コンルを見ると、可愛い顔でウインクしてくる。

 ひととおり灰色の毛を制服になすりつけたキヌ子が、再びコンルの腕に戻った。


「じゃ、手荷物を」


 その声に、華は肩をすくめた。


「ないですけど?」

「……え? さっき、大きなリュックが……え……」


 ふたりで見回してくれたが、一欠片も残ってはいない。

 それでも怪しまれているのを華は肌で感じる。

 まだ何か? と、眉を上げて見せると、警察から重ねて質問がくる。


「……で、君たち、サイレン鳴ったけど、なんで外に?」

「あー、あたし、朝練してたんです。でもサイレン鳴ったので、トイレに隠れてました。で、妹と、いとこがもう戦闘が終わったからって迎えにきてくれて」


 とっさにコンルをいとことした華だが、村に入るには登録が必要なのを知っている。

 調べるのは簡単だ。

 カタカナを打ち込むだけで、簡単に検索できてしまう。


「え、あ、キヌコさん!?」


 走り出したキヌ子をコンルが追いかけていく。

 それに追随して、華と萌も走り出した。


「こら、君たち!」


 呼びかける声に、萌は頭を下げ、華は手を振る。

 コンルはしっかりフードを手で抑え、必死に追いかける。


「猫のごはんの時間ですー! ごめんなさーいっ」


 華が叫び走るが、追いかけてくることはなかった。

 だが、家の前まで全力疾走は、かなりきつい。

 突破口をつくってくれたキヌ子は、家の門の前で、余裕で毛繕いをしている。


「ここ、うち、入って……」


 息切れをしながら華は玄関を開いた。

 コンルは不思議そうに家を眺めながら、玄関で華たちが靴を脱いだのに習って、ブーツを脱いでいく。

 すぐにダッシュでリビングの床に寝そべった華と萌だが、コンルはキヌ子を抱っこしながら、棒立ちである。


「マジやばかったぁー。萌に、キヌ子、サンキュー……はぁ……やばい、死ぬわ……」

「私も、心臓こわれるかと思ったぁ」

「あ、あの、不思議なものが、いっぱいあるんですが」


 コンルは息も上がっていない。

 日頃の戦闘のおかげなのかはわからないが、ぐるりと家の中を見渡しながら、不思議な表情を浮かべている。


 外は肌寒かったため、家のなかが暖かいのは嬉しいのだが、暖炉のような、火を囲むものが存在していない。ただ、天井近くから、暖かな風がそよぎ、床自体が熱を帯びている。

 音が鳴る四角い板──テレビには、戦うコンルの映像が。

 2ヶ月前に戦った空中戦の映像だが、自分の戦う姿を見て、気恥ずかしくなる。


「あら、お友だち?」


 奥の部屋から出てきたのはエプロン姿の女性、華の母親だ。

 年齢的な見た目と口ぶりで、コンルは彼女の存在を読み取ると、ピシッと身を正した。


「初めまして、華のお母様。僕はナムナイの勇者、コンルです」


 その自己紹介に、コードレス掃除機を持ちながら、母は繰り返す。


「……勇者、で、コンル、さん〜……?」

「ファンタジア」


 華の付け足しに、母は「あー!」と声を上げた。


「どおりで見たことある顔だと思ったの。そう、ファンタジアちゃんね〜。あら、男の子だから、ちゃんなんておかしいかしら〜」


 ふふふと笑うと、足元に落ちている猫の毛の塊を吸い取りつつ、


「じゃあ、コンルちゃん、今、朝ご飯作るわね〜」


 床に落ちた猫の毛の塊が、するんと吸いこまれたのをコンルは目撃し、いよいよ身をこわばらせる。


「お母様は、錬金術師ですか」

「へー。そんな職業もあるんだ、そっち」


 コンルの足元にふわりとした感触がする。


「は! 神がここにも!」

「猫、な!」


 コンルの足元に来たのは、鯖虎柄の猫だ。

 ぼってりとしたワガママボディだが、ご飯は規定量しかあげていない。

 骨が太く、筋肉質な猫なのだ。

 華にとって、2匹目の猫となる彼の名は、ランドン。

 映画監督の、クリストファー・ランドンから取った。

 代表作であれば、『パラノーマル・アクティビティ』や『ハッピー・デス・デイ』かもしれないが、華は『ゾンビワールドへようこそ』がお気に入りだ。

 主人公となる高校生陰キャボーイスカウトの3名の成長はもちろん、ゾンビとの対比やゾンビの扱い方がとても楽しめた作品で、もう10回は軽く見ている。


「その子はあたしの猫。名前は、ランドン。ここの村は、ひとり1匹。だから、うちは5人家族だから、猫も5匹……あー、爺ちゃん帰ってきてないから、4人と4匹か」


「……くる」


 リビングのドアが閉め切ってなかったのか薄く開くが、そこから聞き慣れない声がした。

 見ると、黒と白の牛柄の猫がいる。


「あ、爺ちゃん帰ってきたのか。おかえり、パンダ」

「くる」

「……くる、って言ってるの、誰? どこかにおっさんいる?」

「くる」

「萌、どっかにおっさん隠した?」

「くる」

「いや、なわけないし」

「くる」

「お母さんにも、聞こえるんだけど〜」

「くる」


 コンルがキヌ子を抱えたまま、パンダの元へと歩いていく。


「やっぱり。この子がしゃべってますよ?」

「くる!」


 コンルが抱き上げたパンダがいう。

 髭を揺らす小さな口が、『くる』と動くのだ。

 華と萌、そして母が固まるが、コンルは優しい笑顔で2匹を抱いている。


「うちの神といっしょですね。神も言葉を話すので」

「……え、いや、こっちの猫は、喋らない」

「え?」

「え?」


 全員が固まるが、パンダは「くる!」と叫んでいる。

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