第3話 衝撃! 女装勇者

 衝撃の事実だ。

 確かによく見れば、紺色のチョーカーで喉仏が隠されているし、太ももも、細いとはいえ、太い。意味がわからないだろうが、そういうことだ。

 とにかく、細く見えるが、筋肉質に太いのだ。

 ポイント、ポイントを見ればみるほど、確かに男性なのかもしれない。

 しかし、顔を見ると、水色ツインテールのクールビューティ──


 華は一呼吸おき、背を向けた。


「……じゃな! 女装勇者!」


 ぶーーーーんという独特な羽根の音は、聞き間違えることはない。

 ドローンの音だ。

 一般人の戦闘参加は、軽くすんでも逮捕なのは、誰もが知っている。

 背後にぴったりとついているドローンは、間違いなく、正当防衛ではなく、戦闘参加したと判定したからだろう。


「なんで逃げるんですか? あの小さいの、あなたの仲間じゃないんですか?」

「ついてくんな、変態!」

「君に言われると心外です」

「うっせーな! アレに追跡されて、捕まったら、逮捕&罰金!」


 すでに前例がある──

 やはり、怪人と戦ってみたい人間はいるもので。

 特に、YouTube配信者の凸が多かったのだが、まだ法整備されていない時期だ。


 渦が出現したばかりの当時、日夜問わず、都会から人がわんさかやってきていた。

 それこそ、テレビレポーターはもちろん、海外メディア、記者たちに合わせて、一般人の野次馬も。

 あれだけ綺麗系魔法少女であれば、ファンクラブも熱烈なもので、100人単位で毎日毎日押し寄せていた。

 さらに、怪人が出現し、魔法少女の戦いがはじまれば、一気に白熱する。


 それだけ縄を張ろうが、声を張ろうが、畑は荒らされ、民家の庭には勝手に侵入され、しまいには、公園に住み着き……


 怪人たちの対処よりも、人間の対処のほうが問題となっていった。

 行政としてもどうにかしなければ、と動いていた矢先だ。


 自称格闘家と名乗っていた男がやらかした。

 怪人と真っ向から戦ってしまったのだ。


 魔法少女が即座に対応したことで、彼の怪我は顔面の陥没で済んだのだが、生実況をしていたところもあり、結果、予定より、かなり厳しく管理されるようになった。


 村の出入り口が検問となったのもこのせいであるし、観戦する場所が造られたのもこのせいだ。

 おまけに、怪人戦闘に参加した場合の法律と条例ができ、未成年だろうと容赦なく実名報道される上に、前科持ちが決定となった──


「やばいやばいやばい村八分になる!!!」


 垣根を飛び越え、畑をつっきるが、空中のドローンを撒けるわけがない。

 魔法少女もとい、勇者はドローンを見上げ、ステッキを振った。

 きいんと、空気が張り詰める音が3回。

 振り返ると、凍りついたドローンが落ちている。


「これで問題ないですか?」

「やるじゃん、女装勇者!」


 あたりを見回し、人影がないのを確認すると、華は近くの公衆トイレに飛び込んだ。

 3つある個室だが、すべて子どもといっしょに入れるように、大きめの個室になっている。

 華は一番奥に飛び込み、鍵をしっかりと閉め、息を殺す。

 だが、昼でも薄暗いトイレは、寒い上に湿気がこもって、あまりいい場所ではない。


 ふと、華は思い出す。

 ここのトイレで、”キクコさん”が出る、という話だ。


 ──ひとりで個室に入り、用を足そうとすると、隣から物音がする。


『よしこなの?』

 

 この声に返事をしてはいけないという。

「違います」とでも返事をすると、天井と扉の間に手をかけ、キクコさんが覗き込み、首を握られ、殺される────


 なぜ殺されたのに、殺され方がわかっているのか、とか、どうして『キクコさん』とわかっているのか、などなど、何もかも都市伝説、いや村伝説の域をでない。

 とはいえ、湿った黒髪を垂らした女性の目撃談は絶えない。


 落ち着かない息を、一生懸命押さえ込む華だが、背中に、視線がある。

 身震いする。

 水を滴らせ、黒髪をたれ下げた女が、首だけを無理やり伸ばして、見下ろしているのかもしれない……

 だが、恐怖よりも興味がわいた華は、躊躇なく、すばやく振り返った。


「……あの、これからどうするんですか?」


 想像よりも華やかな女装勇者がそこにいる。


「なんで、あんたが、いんだよっ!」


 トイレの角にむりむりおさまっていたようだ。

 身長が180越えのせいで、妙な緊張が走った。

 華は盛大に舌打ちする。


「……はぁ。もうやだ。……つか、これなら、マジ、ゾンビから逃げたかった」

「大好きなんですね……」


 まるで憐れむような目に、華は噛み付く勢いだ。


「時間がねーんだよっ! あんたがお義父さん倒さなきゃ叶ってたのに……! 腹立つっ!」


 ──ガタン!


 華は思わず立ち上がるが、音はとなりの用具入れから聞こえたのは間違いない。

 用具入れ側の壁に耳を当て、息を止める。

 だが、人気もなければ、息遣いも聞こえない。

 疑問符いっぱいの女装勇者をおいて、華は首を捻る。


「ゾンビランドの世界なら、『ルール3、トイレは危険』、だったけど……。……ま、ネズミとかイタチとか……?」


 気を取り直し、女子トイレの蓋の上に腰をかけた華は、スマホを取り出した。

 萌に連絡をしようと思いついたのだ。

 だが、それを彼が覗き込んでくる。


「みんじゃねーよ」

「なら、僕の前でつかわなきゃいいじゃないですか」

「だーもー! うっさい! なんなの、あんた!」

「僕は、勇者・コンルです」

「自己紹介なんてどーでもいいんだよっ」

「コンルと呼んでください、我が婚約者」

「うるせー! 婚約者じゃねー!」

「名前を教えてくれるまで、婚約者って呼びます」

「あーもー! 華! ハナ! ハーナー!」


 唐突に雑踏が聞こえる。


 ……どこ

 ……近くに

 ……女

 ……探せ


 いくつかの単語が聞き取れた。

 身を壁に寄せ、息を殺すが、男性だったので、さすがに女子トイレの中までは入ってこないだろう。

 しかし、間違いなく、捜索している。

 女性警官や女性の自衛隊員がここへ派遣されるのも、時間の問題かもしれない。

 だいたい、今まで平和主義を貫いてきた魔法少女がドローンを凍らせ、落としたのだ。

 何か意味があると、騒ぐのもわかる。

 スマホに通知が入った。


『ねーちゃん、和風魔法少女が出たって、ニュースになってる!』


「はぁ?」


 慌てたせいで、なぜか写真が起動。床が写される。

 それに舌打ちしつつ、華は素早くフリックで返信を書きこんだ。

『マジかよ』

『今追われてる』

『服頼む』


 スマホがすぐに震える。

『わかった どこ?』


『噴水公園 西、女子トイレ 一番奥』と書き足すと、真横の顔がイケボで言う。


「言葉のやりとりがそんな小さな板でできるんですね」


 目をキラキラさせるコンルを冷ややかに見ながら、華はスマホを閉じた。


「だから、みんじゃねーし」

「僕たちは石に声を吹き込んで、鳥に運んでもらうんです」

「聞いてねーし」


 華はだんだんと床を蹴りながら、腕を組む。

 なぜ怪人を消し去った魔法少女、ではなく、勇者・コンルと一緒にいるのか。

 そう考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。


「……くそ!」


 ぎりりと睨みつけるが、コンルにはあまり効果がない。

 楽しそうに笑いながら、うーんと顎に指を添えて、何か考えているようだ。


「あ! じゃあ、僕がゾンビになれば、ハナの彼氏に」

「ちがう」


 華は立ち上がっていた。

 コンルの胸元にあるリボンを引きちぎるぐらいに握りしめ、鼻先をつきつける。


「ゾンビになるとか言うな」


 あまりの気迫にコンルは言葉を失うが、華はそれ以上はなにも言わなかった。

 また、どすんとトイレに座り直し、息をつく。


「あの、ハナ、謝ります。ごめんなさい。……僕、ハナのことが好きだから、つい」


 くるりと振り返った華が、再び「はぁ」と大袈裟なため息をついてみせた。


「あんた、小学生かよ。つか、出会って秒で恋に落ちるってイミフなんすけど」

「僕、こういう勘はいいんです。ハナは僕にとって、求めていた女性ですから!」


 抱きつく勢いだったため、華はすかさずアイアンクローで距離を取る。


「ちょっと痛いです、ハナ、痛い。……けっこう握力ありますね!」

「離れろ、女装勇者。……あー……もう、あんたの世界いって、ゾンビ怪人探したほうが、早そう。1年も待ったのに! 時間ないのに……!」


 どんと突き離し、華は改めて腕を組む。

 その言葉に、コンルは改めて、華の気持ちが本気なのだと読み取った。

 そこまで追い求める理由がわからないが、方法はなくはない。


「……あの、勇者になるとき、神がひとつ、願いを叶えてくれます。それでお願いしてみてはどうですか?」


 なんだそれはと、会話を続けようとしたとき、小さな足音がする。

 身をひそめなおした二人だが、小声で華を呼ぶ声が。


「……ねねねねーちゃーん、いるー?」


 華はかちゃりとドアを開け、細く、見る。

 萌の背後に誰もいないか見るためだ。

 気配もないのを確認すると、


「……萌、こっち!」


 ドアの隙間から腕を伸ばし、ぶんぶん振る。


「……ひっ!」


 悲鳴を上げた萌に、改めて細くドアを開き、


「こっちだって、萌!」

「……ねーちゃん、びびった。ちびったかも」

「はぁ?」

「……天井から誰か覗いてなかった?」

「いるわけねーじゃん」

「”キクコさん”かと思った……」

「朝だから大丈夫だって。外は?」

「警察と自衛隊の人たち、めっちゃ探してる。今、キヌ子に外、見張らせてるけど、ヤバすぎ」

「おけ」


 ドアの隙間から一番家で大きなリュックを手渡された。そこにはジャージとパーカーが入っている。

 体育の着替えの要領で華はジャージに着替えていくが、コンルはじっと見つめてくる。それを無視し、面を取ると、わっ! と喜び、手を叩きだした。


「お顔も美しいのですね! 東洋の魔女のようです」

「それ、こっちの世界で言ったら、別な意味で死語だから!」


 スカートの下からジャージを履き、セーラー服はジャージを着てから脱いでいく。

 不意にトイレのドアがノックされる。


「ねねねねーちゃん、そこにいるの、だれ……?」


 ドア越しの質問に、華は「うん、ファンタジアがいる」そう答えると、即答された。


「嘘だ」

「なんでよ、萌」

「男の声じゃん」

「いや、ファンタジアなんだって」

「それにしたって、こっちの言葉通じるわけないじゃん」

「……あー……確かに。なんであんた、あたしの言葉わかるの? つーか、出てけよ」

「あんたじゃないです、コンルです。そんなことわかりませんし、出ていきません」


 上下ジャージに着替え、男物だがお気に入りのパーカーを羽織った華が、意気揚々と個室から出る。


 が、右手に刀がある。


「……刀のことまで考えてなかったぁぁぁぁぁ!!!!!」


 半ば崩れ落ちた華の後ろを、コンルが首をかしげた。


「ハナ、それを隠せばいいんですか?」


 コンルは小さな渦を作ると、刀を取り上げ、ひょいっと入れてしまった。


「何してんの!?」

「これで、武器は隠れたじゃないですか。大丈夫です。ちゃんと着いて行きますよ、ハ、ナ、に!」

「……ちっ!」


 物理的に人質を取られた状況となり、華はぎりりと歯を食いしばる。

 そんな悪態をつく華とは対照的に、萌は歓喜の悲鳴を抑えるのに必死だった。

 あのクールかわいい代表とも言えるファンタジアが目の前にいるのだ。

 彼女に憧れ、髪の毛を伸ばしているのは家族にも秘密のこと。


「ほほほほほほんとに、ファンタジアだ……」


 コンルの周りをクルクルと回りながら、わーわーと小声で喜ぶ萌に、コンルは綺麗な笑顔で見つめ返すが、小さく手を上げた。質問がある、という意味だ。


「先ほどから言う、“ふぁんたじあ”ってなんですか?」

「あんたの呼称」

「僕の、呼称? 僕の名前はコンルです」

「誰も知らねーよ、あんたの名前なんて」


 納得しないようで、ふんふんと鼻をならしている。不服であるようだ。


「え、あ、こここコンルさん、その格好じゃ、目立つ、と思う……」


 トイレから出ようと歩き出したときだ。

 萌の観察眼には恐れ入る。

 確かに改めて見ると、魔法少女の格好だ。

 どうみても、コスプレではない、本物である。


「なるほど。わかりました」


 コンルは、ステッキをくるりとまわした。

 吹雪が彼を包んだとたん、水色のツインテールが、銀髪のショートヘアに。

 服は黒のチュニックと、パンツ、そして、編み上げのブーツ姿となる。


「わー……マジで男だ。つか、着替えのシーン、見られていいわけ?」

「隠すものではありません。勇者ですし」

「うわぁ、マジ? 女装勇者、キモ」

「父も、この服で戦ってましたよ?」


 再び小さな渦をだし、そこにぽいっとステッキを入れて、コンルは華に向き合うが、華は頭の先から足の先まで確認し、肩をすくめた。


「ダメだな」


 ため息をつきつつも、自分が着込んでいたパーカーを脱いで差し出した。


「あんたなら、これ着れんでしょ? フードかぶって、髪の毛隠せ」


 華が改めて防具を入れたリュックを背負いなおし、歩き出そうと振り返ったとき、コンルの姿が忽然と消えていた。

 理由は簡単だ。


 萌の猫である、キヌ子に、土下座をしていたからだ。

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