第22話 何つー数だよこりゃ! そっちに向かったぞ!

「あぁん?」


 見間違い……なワケ、ねぇよな。

 目の前で、外壁が歪んで見えてんだよ。それも一部がピンポイントで、な。


『ゼルシオス様、状況を!』


 アドレーアにせっつかれて、俺はようやく報告に意識を向ける。


極空の白塔エクスグレン・ルフトゥルムの外壁が……いや、空間か? 歪んで見えてる」

『歪んで……? どういうことでしょうか?』

「分からねぇ。だが、何か来そうだ。先遣隊の到着まで、どのくらいだ?」

『計算では10分の見込みです』


 10分か。

 それだけあれば、今の異変からさらに次に進みそうだぜ。……ん?


空獣ルフトティーアの動きが妙だ。歪んで見える部分から、逃げるように距離を取り出してる」

『逃げるように……ですか?』

「ああ。気配としちゃあ、怯えがつえぇが……道を譲ってるようにも、見えるんだよな」


 見える気配は、怯えだけじゃねぇ。

 正確にゃ、「怯えとは違う気配の流れ」って感じだ。ほら、水面に青い絵の具をぶちまけてから、さらに赤い絵の具をちょっとだけ撒いた感じ……分かるか? とにかく、そんな感じに見えてんだ。


 俺の乗ってるヴェルリート・グレーセアは、極空の白塔エクスグレン・ルフトゥルムにギリギリまで近づいてからは一度も攻撃されてねぇ。ただの一度も、だ。

 図体は通常のアドシアの倍、色も黒と奴らにとっちゃ狙うにゃ絶好の獲物だ。それでも襲われない、そのことが一層不自然極まりねぇぜ。


 歪んだ空間からある程度の距離を保ちつつ、俺は双剣を構える。

 前世の俺なら信じてねぇだろうが、この世界での剣術――双天一真流には、刀剣による遠距離攻撃の手段がある。斬撃を飛ばすってやつだが、俺にも出来るらしい。修行のたまものだろうがな。

 ヴェルリート・グレーセアに取り付けられた遠距離武装? 使えるか、んなもん。まだ効果も見てねぇのによ。


 と、歪みがさらに激しくなる。

 モヤンとした空間の内側に、黒色や紫色が混じったような縦長の楕円だえんが見える。


「こりゃ……穴、か? 穴みてぇなのが見えるぜ」

『ゼルシオス様、大丈夫でしょうか?』

「まだ、な」


 空間が歪んでるだけで、俺への影響は皆無だ。

 だが、そう長く今の状態は続かねぇ……そう思った、瞬間。


 俺は陽影はるかげ月影つきかげを、順繰りに振り抜いていた。

 一瞬遅れて、空獣ルフトティーアの肉体が飛び散る。


 だが、その死骸を蹴散らすように、さらに別の空獣ルフトティーアが飛び出してきた。


「案の定だ……空獣ルフトティーアが湧き出てやがる!」


 俺は奥義“無影むえい”を次々と繰り出しながら、湧き出続ける空獣ルフトティーアを切り刻む。


『なっ……空獣ルフトティーアが、ですか!?』

「あぁ! 何つー数だよこりゃ!」


 どれだけ出てくるのか分からねぇ。

 気づけば、何体か後方に逃していた。


「かなりの数がそっちに向かったぞ! 元々いる奴もたぶん一緒だ、ここに来んじゃねぇ!」

『ですが、それではゼルシオス様が!』

「アホか! 何しでかすか分かんねぇんだぞ、とっとと迎撃態勢取れ!」


 怒鳴るように叫びながら、俺は出てくる空獣ルフトティーアを次々と斬り散らかしていた。

 数も種類も雑に多いが、大した肉体的強度は持ってねぇ。“無影むえい”の一撃で、複数体を同時に屠れる程度だ。


 にもかかわらず、湧き出るのが止まんねぇ。

 まさか、無尽蔵むじんぞうにいるんじゃねぇのか……?


「止まんねぇぞ! どれだけ出せば気が済むんだ!」


 幸いというか何というか、ヴェルリート・グレーセアは問題なく空獣ルフトティーアを屠り続けてる。

 “無影むえい”自体はそこまで負担が強い奥義じゃねぇとはいえ、これだけ連続で繰り出してもきしみ一つ上げねぇのはすげぇの一言だった。


 が――斬り続けてると、歪みが収まりだす。


「もうちょいか? ……ッ!」


 嫌な気配を察知し、俺はヴェルリート・グレーセアを素早く後方に下げる。

 次の瞬間、ビームが上から降り注いできた。三連続――見覚えありまくりだ。


「クソ……また三首竜サーベロイ・ドラッヒェかよ!」


 俺が回避行動を取ったことで、斬りそこねた空獣ルフトティーアが次々と湧き出す。

 ヴェルリート・グレーセアにゃ目もくれず、後方へと一直線に飛んで行った。もちろん、アドレーアたちがいる方向だ。


「アドレーア、さらに増援だ! そっちに行ったぞ!」

『かしこまりました。こちらは間もなく接敵するところです』

三首竜サーベロイ・ドラッヒェまで出やがった、片づけ次第そっちに戻るぜ!」


 なんて通信を繋げてるうちに、いつの間にやら歪みが消えてやがる。

 これで打ち止めだと思っときたいが、その前に目の前の三首竜サーベロイ・ドラッヒェだ。ヴェルリート・グレーセアなら不安はぇが、後方に向かわせたら大惨事間違いなし。1体でアドシア32機分と言われるバケモンは、ここで潰す。


「おらよ!」


 まずは無影むえいを叩き込む。挨拶がわりの一撃だ。

 三首竜サーベロイ・ドラッヒェは巨体に合わねぇ身軽さで避けるが、さすがにかわしきれず頭の一つに直撃する。


「おっと!」


 潰されたことに怒った残りの二つがしらが、重素グラヴィタのビームを放ってくる。なげぇことが自慢の首も、300m先にゃ届かねぇからな。


 だが、当たるワケがねぇ。不意打ちならいざ知らず、真っ正面から見えてる状態なら軌道が手に取るように分かるからな。

 あっさりと回避した俺は、素早く距離を詰める。


「そんなのろい首じゃ、俺を噛み砕けねぇぜ!」


 続く首も避けきり、胴体部に肉薄する。フッ、隙だらけだぜ。


「奥義――“双激水そうげきすい”」


 端的に言やぁ、二刀での連続突きだ。

 対人にゃ使いづれぇが、空獣ルフトティーア相手なら話は別。ヴェルリート・グレーセアが次々と突きを繰り出し、三首竜サーベロイ・ドラッヒェの腹をズタズタにする。


「トドメだ」


 仕上げに、首を一振りで三つまとめて斬り捨てる。

 肉体が限界に達した三首竜サーベロイ・ドラッヒェは、すぐさま重素臓ゲー・オーガン以外の全てをチリと化した。


「こちらヴェルリート・グレーセア。脅威は斬り捨てた、今から合流――」

「ほぉ、これはこれは」

「あぁ!?」


 今までに聞いた事のねぇ声に、俺は語気を強めた。

 気配を探り、どこから聞こえるかを当てる。


「テメェ……いつの間に、出やがった」

「降りてきたのさ。同胞たちとは違ってな」


 俺の視界には、出現頻度「伝説」――“赫竜エクスフランメ・ドラッヒェが”、その威容を堂々と晒していた。

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