第6話 ただの泡ですが、ちゃんと人間の勉強をしたんですよ。えっへん。
ただの泡から飛び出た、まさかの人間の見分けがついていない話に俺は動揺していた。
……確かに俺だって、泡が二つあったとして見分けがつくかと言われれば、微妙だけど少しショックだ。
「もしかして、俺に中々会いに来なかったのは、俺の見分けがつかなかったからなのか?」
俺の言葉に、返事はない。
なんだ、ただの泡のようだ——じゃない。本気で一目ぼれしたと言っておきながら俺が分からなかったのか。冗談じゃなく?
『……一応、半年ぐらいで、何とか見分けがつくようになりました。ですが、自信をもって、あの時の白いパンツの方だとはいえず、ジッと観察していました。それで直接湯船で肉体を見れば分かると思い、浴槽で待たせていただいた次第です』
ただの泡も少し気まずさを感じたらしく、すこしふよふよとゆれた後に、状況を説明してくれた。
「……俺の覚えられ方は、それなのか」
何故浴槽にとは思ったが、痴漢行為ではなく、俺が探し人なのか見分けるためだったなんて……。痴漢行為だったらそれはそれで微妙な気持ちだが、見分けるためと言われても微妙な気持ちだ。
それにしてもただの泡にとって俺は白馬の王子ならぬ、白いパンツ扱いだったのか……。ただの泡を愛していると自覚しているからこそ、何だか切ない。
『実は目も一般的な人間に比べると人魚の私は悪いようで。海の中は光がそれほど届かないので、鼻や耳の方がいいぐらいでして』
「……それは人魚の姿をしていたころの話でいいか?」
ただの泡の姿は、人魚から人間、そして泡と変化している。俺との最初の出会いは、まだ呪われる前なので人魚の時だろう。
『はい。でも泡になってからの方がよく見えます。なので、尻の黒子まで確認可能です』
「そこはできれば、顔を覚えて欲しい」
『模様の方が覚えやすいのですが、顔ですか……頑張ってみます』
それにしても、俺の尻には黒子があったのか。
特に知りたくない情報だ。夜の営みをしたわけでもないのに、尻の黒子まで知られているなんて……ん?夜の営み? ふと、嫌な予感が俺を襲う。
ただの泡とそういう関係にはなるはずがないというかそういう趣味はない。しかし魔女との交渉が上手くいき、ただの泡が人間になった時、俺達は大丈夫なのか? ただの泡――もとい人魚と人間の間には深い溝のような生活習慣の差があるような……。
「ふ、深い意味……、そう。深い意味はないんだが、泡はその……子供はえっと……欲しかったりするのか?」
なんと言えばいいかわからず、俺は中途半端な声掛けになった。
欲しいと言われても今すぐ与えられるものでもない。
『子供ですか。ただの泡では無理ですね』
「そ、そうだよな」
そこはただの泡も俺と同じ意見だったようだ。ただ、彼女は子供が欲しいと思っているのだろうか?
『卵さえ産めればいいんでしょうけど。卵が作られてない気が』
「……卵」
俺は言われた意味を瞬時に理解できず、彼女の言葉を繰り返した。
『人魚は海藻に産み付けておけば、雄が勝手に体液かけて、卵を守るんですよ。人間はキャベツ畑なんでしたっけ?』
「えっ」
キャベツ畑……。
彼女から出て来た言葉に戸惑う。
確かに親が子供に聞かれたら、よくそういう説明をする。ただしそれは大人の教育をするにはまだ早いからの言い訳たったはずだ。
この国には子供が生まれるキャベツ畑などない。
『私も人間になった時色々人間の生態について勉強したんです。子供はキャベツ畑からつれてきて育てるんですよね!』
「お、おう」
こ、これは……どこから説明をすればいいんだ。というか、俺が説明をするのか?
ただの泡に目はないけれど、すごく純粋な目で俺を見ている気がした。
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