第5話 ただの泡ですが、何故人間は服を着るのかよく分かりません

「そう言えば、なんでそんなに俺の筋肉を見たがるんだ」

『えっ。駄目ですか?』

 泡が悲しげにへこんだ。もちろん物理で。

 俺はまだ、泡の顔色を読みきれない。たぶん悲しいからへこんだ——でいいんだよな?


 とりあえず、駄目といわれると駄目ではないが、色々恥ずかしい………。

 我ながら生娘のような反応をする自分に対して、別の意味で恥ずかしさがあるけれど、人に筋肉を見せつける趣味は持っていない。泡相手に何言ってるんだろうという感じではあるが、なめ回すように見られると羞恥心が半端ない。

 そもそも、何故そこまで見たがるのかも疑問だ。

 俺には他人の肉体を見たいという気持ちがない。男の中には女人の体に興味をもち犯罪を犯すものもいるが、何が楽しいのかさっぱり分からない。

『逆に何故服で隠すのですか?』

「は?」

 全裸で歩いたら、痴漢だ。確かに部屋の中では裸族という人間もいるけれど、俺は部屋でもきっちりと服を着る派だ。


『人魚の雄は筋肉と鱗の美しさで雌の気を引きます。服で隠してしまってはもったいないかと。折角綺麗な腹筋と臀部の筋肉を持っているのに』

 言われて初めて人魚は服を着ない事を思い出した。ついでにただの泡も何も着ていない。金魚鉢の中はただの泡だけで満たされている。とはいえ、ただの泡の生まれたままの姿を見て欲情するようなマニアックな趣味はもちろんない。そもそもただの泡姿では、服を着たくてもきれないか。

 できて布を巻くぐらいだけれど、何だか染み出てきそうだ。


「そういうことか。ちなみに顔での認識はしないのか?」

『ほぼしませんね。ただでさえ人間は特徴が薄くて見分けがつかないのに、なんで肉体美を隠してしまうんですか?』

「見分けがついてないのか?」

『雄雌ぐらいは服を着ていても体型でわかりますが、顔で見分けをつけろと言われると難しいですね』

 まさかの発言にぎょっとする。確かに俺だってもう一匹ただの泡が出てきても、泡の違いがわからない気はするけれど。しかしまさか性別しか見分けがつかないなんて……。


「……俺に一目惚れしたんじゃないのか?」

 識別ができていないなら根柢の部分が覆る。もしかして、俺というより、人間すべてに愛を感じているのか?

『しました。正確には、セイレーンのような二股に割れた足と、服からチラリとのぞいた尻の形とお腹の割れたところに。そう思うと服はチラ見せができるところがいいですね』

 一応俺、人間の中では美形の部類のつもりだったんだけどな。そうか。俺は筋肉で見分けられているのか。

 とんでもない事実に俺は驚くと同時に、泡との種族の差をいつも以上に感じるのだった。

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