3-7 やり逃げのアウトサイダー

 マネーヤングレー、通称マネヤン。

 攻撃方法はシンプルな肉弾戦だけで通常のヤングレーと大差はない。

 確かに打撃は重めだが、サクラが警戒したほどの威力でもなかった。


(でもこれで終わりなわけがない……!)


 ノワールを一瞬で地に伏せた攻撃力に、目で捉えきれないほどの俊敏性。

 登場時のインパクトはしっかりとサクラの脳裏にこびりつき、嫌な緊張感が冷や汗となって流れる。

 何より不気味なのは胸部に表示されている謎の数値。


『2,000,000』


(にひゃくまん……?)


 能力が数値化されているとすればわかりやすいが、それにしてはいまいち手応えがない。

 そもそも基準がわからない。二百万とはいかほどの値なのか。

 数回、攻撃と防御を繰り返す中で思考を巡らせていたが、パニィは早々に痺れを切らして叫んだ。


「あー、もうっ! マネヤン、さっさとやっちゃって!」

「ヤーン……」


(来るか――   ――っっ!?)


 マネヤンの野太い声が聞こえたかと思えば、鈍重な痛みがサクラの横っ腹を打ちつけていた。

 意識の外からの攻撃に受け身も取れずに地面を転がされる。

 しかし、攻撃を予期していたことが功を奏し、一発でダウンするような事態には陥らずに済んだ。

 なんとか堪えたサクラはゲホゲホと無理やり呼吸を再開する。


「何、今の攻撃……?」


 まともに反応すらできなかった攻撃にサクラは驚愕した。

 一度は耐えたが、対策もなしに何度も喰らえば無事では済まない。

 相手が何をしたのかさえわからなければ、攻略の糸口を掴むことさえできない。


「どうすれば……」


 サクラの口から絶望にも似た感情が漏れた。

 それを耳にしたパニィが若干、余裕を取り戻したように得意げに鼻を鳴らす。


「マネヤンは時間を買い占めて自由に動けるんだから、さすがのピンキーハートだって手も足も出ないし!」

(時間を買い占める、って……)


 ノワールも引っかかっていた箇所だが、サクラもようやくその脅威を理解した。

 マネヤンは時間を占有することで一人だけ自由に動き、あたかも時間を止めたかのような行動ができるのだ。

 サクラとノワールが意識外から攻撃をされたのは、時間を止められた状態だったからだろう。

 しかし、買い占めるというからには代価を消費するらしい。

 それを示すかのように胸の数値は『100,000』に減っている。


(あれはヤングレーのエネルギー……パワーを示す数値だったんだ)


「ヤーン……」

「え、だいぶお金が減ったから撤退するって、マ? もうちょいで勝てそーなのに?」

「ヤーン!」

「財力的にパワー不足? ウチが急かしたから? わかった、ゴメンて!」


 サクラの目の前で撤退作戦の会議が堂々と行われている。

 パラノイアのそういうところだよ、と思わなくもないが、サクラはチャンスとばかりに踏み込んだ。

 しかし――



 べちょっ。



「――――っ」

「ヤンヤーン!」


 マネヤンに向けて駆けだしていたはずのサクラは、何故か粘着性のあるドロドロを踏みつけていた。

 血の気が引いていくような感覚とともに、地面に固定された足を軸に身体が傾いていく。


「うっそぉぉ!?」


 バランスを崩したサクラは盛大にこけてしまい、顔面から地面へとダイブした。

 どうやら攻撃の気配を察知したマネヤンにより、ノワールが仕掛けたドロドロを地面ごと足元に持ってこられたらしい。

 その証拠にマネヤンの数値は『1,000』になっていた。

 残額的にもう時間は止められないだろうとたかをくくっていたのがまずかった。

 停止する時間と消費する金額に単純な相関関係はないらしい。


 サクラは靴を脱ぎ捨てて前へ這いずりながら進むが、もう遅かった。

 完全逃げ切り体勢となったパニィはマネヤンに文句を言われたせいか、うんざりした表情で吐き捨てた。


「はーっ、アンタの相手したって儲からないし、てか損だし!

 またイチから稼ぎなおしだっつーの……じゃーねっ!!」


 黒い空間へ溶けゆくように消えていくパニィとマネヤン。

 まんまと逃げられたことに呆然としながら、サクラは悔しげに変身を解いた。


「逃げられちゃった……」


 力が抜けたようにその場に座り込むサクラ。

 その背後でノワールがゆっくりと身体を起こした。


「……何をしてるのよ、って今回ばかりは言えないわね」

「ノワール!」

「やめて。あなたに心配されるなんて御免だわ」


 まだダメージを残しているように顔をしかめながら、ノワールは悪態をついた。

 動きは緩慢だったが致命的な怪我があるようには見えず、サクラはホッとした。


「まさかノワールが一撃でやられちゃうとは思わなかったよ」

「不意打ちじゃなきゃ、やられるわけないでしょ」


 さすがに聞き捨てならなかったのか、即座に反論するノワール。

 サクラはやや仰け反りながら頷き、なだめるように笑って誤魔化した。


「うん、そうだよねぇ」

「このわたしを怒らせたことを後悔させてやるわ……!」

(怖っ……)


 滅多に見れない怒りを滾らせるノワールにビビるサクラだったが、ノワールは一息つくとすぐに気持ちを切り替えた。


「ふぅ……それで?

 まだ動けるあなたがどうしてパニィを取り逃がしちゃったわけ?」

「え、見てたんじゃないの?」

「あなたの知見も欲しいのよ。とにかく詳しく教えなさい」


 サクラはマネヤンとの戦いで得られた情報を洗いざらい話した。

 とはいえ胸部の数値や時間の買占めなどはノワールも目にしていたので、新情報と呼べるほどのものではない。

 ノワールは不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、ぶつぶつと呟くような声で言った。


「減少する数値は変動する……時間停止中に起こすアクションの度合いで、消費する金額が変わるのかしら?」

「あ、あと! 戦闘力自体も変わるんじゃないかな?

 ノワールのときとわたしのときで、だいぶ差があったように思えたんだけど」


 マネヤンの時間買占めは厄介極まりない能力だし、純粋な戦闘力も並以上だった。

 その能力の原資があの胸部の数値だとすれば、野放しにすればするほど強くなる可能性が高い。


「だとすると、早いとこどうにかしないとまずいわね」

「うん、お金がない今がチャンスってわけだね!」


 サクラは気合を入れ直し、拳にもグッと力がこもる。

 しかし、対照的にノワールは渋い顔をしていた。


「どうしたの?」

「すぐにでも再戦したいのはやまやまだけど、今回のことでさすがのあの子も警戒するでしょうね……」

「ええっ、じゃあ捜索からやり直しってこと?」

「それも手がかりなしでね」


 厳しい現状にがっくりとうなだれるサクラ。

 対してノワールは渋っていた表情を引き締めて鋭く言い放った。


「しょぼくれてる場合? 何かわかったら教えるからすぐに来るのよ?」


 ノワールはパニィを捕らえるまで関わってくれる気のようだ。

 マネヤンに一撃を入れられたことをかなり根に持っているのだろう。

 サクラとしては心強いが、敵に頼りすぎなのと一方的な力関係に少しだけもやっとする。


「わかったけど……わたしがパニィを見つけたときはどうするの?」

「もちろん、すぐに行くわ。あなたが変な動きをすればわかると思うし」

「……前から思ってたけど、ノワールだけわたしの正体や居場所がわかるの、ずるくない?」


 今だってサクラは変身解除しているのに、ノワールだけが変身したままである。

 もしものときのコンタクトを取る手段が欲しいという提案だったのだが、ノワールは一笑に付した。


「魔法少女はみだりに正体を明かさない、お約束でしょう?」

「そ、それはそうだけど……」

「第一、あなたの魔力制御が甘いのが悪いのよ。

 ダメージを受けすぎると変身は解除されるし、認識阻害のレベルだってガバガバだし」

「えっ、それって魔法でなんとかなるの!?」

「知らなかったの? わたしなら眠っていても変身は維持してみせるし、正体だって直接明かすくらいじゃないと気付かせないわ」


 能力の差をはっきりと示されて、言葉も出ずに湿った溜息を吐き出すしかないサクラ。

 そんな姿を哀れに思ったのか、ノワールがためらいがちに早口で呟く。


「まぁ、瞬間的な最大出力はなかなかよ? 普段の魔力制御に関してはまだまだだけど」

「うぅ……」


 珍しくサクラの力を評価するノワールだったが、サクラは聞いちゃいなかった。

 それでもノワールは余計なことを言ったとばかりに口を尖らせ、今後の方針を打ち立てる。


「とにかく! パニィとマネヤンが暴走する前に手を打つわよ」

「暴走?」

「撤退がマネヤンの判断だってのも気がかりだし」


 事件を起こした時点ですでに暴走しているようにも思えるが、相手はパラノイアである。

 悪の組織が事件を起こすのは当然とも言えるので、この場合は凶悪化する前に、という意味だろう。


「うん、早くケリをつけよう」


 サクラもいい加減に気を取り直してノワールの言葉に同意した。


「でも、時間止めてまでやることがスリだってのが幸いだよね」

「スリで二百万って相当よ?」


 確かに、とサクラは唸った。

 そして、恐ろしい考えが浮かんだ。


「ねぇ、パニィが恐喝やら銀行強盗なんて方法に気付いたら大変じゃない?」

「それはないと思うわ。根は悪い子じゃないから」

「えーっ、パラノイアだよ?」

「所詮パラノイアだわ。それに人が怪我するような作戦はしないはずよ」


 悪の組織だがポンコツ。

 その中でも特に自由気ままなパニィは血生臭いことが苦手だった。


「でもわたしたち、ボコボコにされたばっかりだけど」

「……まぁ、魔法少女は別として」

(魔法少女だって人なのに!)


 理不尽な扱いに心の声をあげるサクラだったが、ノワールはしれっと話を流した。


「はいはい、今日は解散。

 今後はいつでも来れるように時間を空けておくこと、いいわね」

「うん……あ、でもアルバイトが」

「今更何を言ってるの。そういうときのためのバイト先でしょう?」

「うっ、そうなんだけど……」


 ノワールの有無を言わせない正論圧に押し切られてしまうサクラ。

 何かあったときに融通がきくようにメイカのもとで仕事をしていたわけで、今がまさに『何かあったとき』である。


(うう、またメイカさんに断ってお休みしないと……これ以上、誤魔化せるかなぁ)


 誤魔化すというより正直に押し通しただけのような気もするが、今日もそうやってお休みしてきたばかりである。

 サクラは言い訳を考えるだけで気が重くなるようで、入れたはずの気合も口から抜けていくようだった。



     + + +



 一方、逃げ延びたパニィとマネヤンは人通りのない路地裏に潜み、あーだこーだと言い争っていた。


「ヤーンヤーン!」

「無理やり奪ったほうが早いヤンって?

 あー、ダメダメ! ウチ、イタいのとかムリだから!」

「ヤン……」

「それ言うのナシっしょ……んー、と、じゃあ、お金持ち捕まえて金せびるとかどーよ?

 ちょい前にドラマで見たし、営利誘拐ってやつ?」

「ヤンヤーン」

「は? 成功率低いし、効率悪い? ちょっと頭脳かしこなコトゆーのやめてくれるー?」


 マネヤン強化プラン。つまりは新たな資金獲得のための手段を企んでいるのだが、一向に話がまとまらない。

 強硬派のマネヤンと穏健派のパニィでは意見が対立するのは当然な上、お互いに歩み寄る気配がまったくない。


 ノワールが想定していたようにパニィは暴力沙汰を好まない。

 悪の組織パラノイアの一員でありながら奇妙な話だと思えるが、パラノイアの本質は混沌である。

 パニィは己の欲望の為か、たまに魔法少女を困らせようとするときしか働かない。

 大規模な社会的混乱を引き起こそうなんて気はさらさらなく、そんなことをしては町中で遊べなくなるじゃんという考えの持ち主だ。


「え、誘拐より本人から恐喝するほうが手っ取り早い?

 うーん、傷つけないならギリセーフ? でも、したくないからスリしてたんだしぃ……」


 パニィもスリ以外の手段があることはわかっていた。

 しかし、マネヤンの時間停止は代価として金銭を消費する。

 スリのような直接的な窃盗ならともかく、銀行強盗や強引な恐喝ともなると停止する範囲や対象が増える。

 細かい勘定は定かではないが、消費する金額が膨大すぎて儲からないということである。


「ヤーン!」

「だから、無理やりはダメって言ってんじゃん!」


 マネヤンの主張は時間停止を使わずに奪えばいいという単純なものだ。

 一般人相手なら抵抗されようとヤングレーに敵うはずもない。

 だが、そんなことをすれば魔法少女に即座に発見されることは間違いない。


「つーコトで、なるべく痛くなくて怒られない方法で荒稼ぎするっきゃなくね?」

「ヤーン……?」

「そーそー、バレなきゃセーフって言うし」

「……ヤーン」


 結局、これまでどおりやる、という結論でしかなかった。

 パニィは話し合いが解決したような雰囲気だけで満足そうに笑っていた。


「頭のいいマネヤンならわかってくれるって信じてたし!

 アンタってばウチが作ったヤングレーの中でも天才オブザ天才」

「ヤーン」


 事実、マネヤンはヤングレーの中でも異端と言えるほどの傑作だろう。

 通常ヤングレーは主人の命令に忠実な戦闘員、あるいは怪人に過ぎない。

 集金する為に生み出された存在として、その職務に忠実であり、時として主人に意見すらできるマネヤンは凄い。

 凄い、異常であった。

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