3-8 おとり少女とマネーのトラップ

「また呼び出し?」

「すみませんっ」


 頬杖をついたメイカが溜息まじりに訊ねる。

 サクラは申し訳なさそうにスマホを取り出し、けたたましく鳴り響く着信を見てげんなりした。

 ノワールからである。どうして敵であるはずの彼女が番号を知っているのか、疑問ではあったがそれも三日目ともなれば慣れてしまった。


「もしもし、今日はどこ?」

『中央通のジュエリーショップよ。急いで』

「おっけー!」


 飾り気のないやり取りが交わされ、サクラは小さく溜息をこぼす。


「あのぉ、メイカさん……」

「……急用なのでしょう?」


 気にした素振りもなく優雅に紅茶をすするメイカは、ひらひらと手を振った。

 サクラは全力で頭を下げると、勢いもそのままに喫茶店を飛び出した。


(今日こそは――!)


 これで三日連続。

 メイカのアルバイト中にも関わらず、ノワールの呼び出しに応じている。


(こんなことになるならノワールの言うとおりバイト休むんだった!)


 結局サクラはメイカにお休みを言い出しづらく、何かあったら退勤するという折衷案をとった。

 逃げたばかりのパニィがすぐに見つかるようなマネはしないと思ったからだ。

 しかし、予想は外れてマネヤンによるひったくり被害が翌日に起こった。

 その次の日は一般宅への押し入り強盗が六件も立て続けに発生し、マネヤンを追っては逃がしての大騒動。

 そして三日目もまたまた事件である。


 どんどんと被害が拡大していくことにサクラは危機感を覚えていた。

 取り返しのつかないことが起こらなければいいが、と不安を抱えながらも気合を込める。


「ここで、止めなきゃ!」




 意気込みも新たに現場に到着すると、店の前でふて腐れたノワールが半眼気味に腕を組みながら待っていた。


(あー、これは……)


 割られた窓ガラスからは店内が荒らされている様子が見える。

 何も言葉が出せずにいると、ノワールの眼光がより鋭さを増した。


「遅いっ」

「ごめんなさい! ノワールは大丈夫?」

「……平気よ。到着したときにはもぬけの殻だったし、店内にいた人も怪我はないわ」


 ノワールも間に合ってないじゃん、という思いはグッと我慢して、サクラは店内を見渡した。

 割れたディスプレイのケースが散乱し、中に陳列されていたであろう商品が根こそぎなくなっている。


「……現場を聞いたときに思ったんだけど、マネヤンって宝石も狙うんだね」

「貴金属や宝石の価値を学習したんでしょうね」

「宝石盗んでどうするのかな? 換金なんてできるの?」

「知らないわ、そこまで考えてるかもわからない」


 言葉の端々から苛立ちをにじませつつ、ノワールは現場を後にした。

 ヤングレーが不在、襲われた人も無事となれば魔法少女にできることはない。

 滅茶苦茶にされた店舗は気がかりだが、マネヤンさえ倒せば魔法でいい感じに元通りになるはずと信じてサクラも後を追った。


「また、逃げられちゃったね」

「不自然だわ。

 基本的にヤングレーの行動規範は一に作戦行動で、次に魔法少女を倒すことよ。

 ここまで逃げに徹するヤングレーなんて珍しいわ」


 大抵、その作戦行動をサクラが止めたことで戦闘になだれ込むのがパターンである。

 マネヤンは集金という作戦を実行している真っ最中だが、おそらくパニィはその上限を決めていない。

 だからこそ、サクラのことなどそっちのけで被害が次から次へと巻き起こるのだろう。


「そうなんだ……いつもなら当事者として迷惑極まりないけど、今度ばかりは襲ってきてほしいくらいだよ」

「そうね、これ以上後手に回るのは……」


 ふと、ノワールがサクラへと顔を向けた。


「なに?」

「それよ、襲われたらいいじゃない?」

「え」

「あなたが、マネヤンに。そうよ、囮作戦だわ」


 ノワールは勝手に盛り上がっているが、囮にさせられそうなサクラはたまったもんじゃない。


「ちょちょ……待ってよ。わたしが囮になるって?」

「そうよ。あなた、このままヤングレーの被害を見過ごせないでしょう?」

「そうだけど。でも、わたしが囮になったら誰がマネヤンを倒すのさ」

「もちろん、わたしがやるわ。全面的に協力は惜しまないつもりよ」


 空振りが続いたところに新しい道筋が見えたことで、ノワールも調子のいいことばかり言っている。

 こんなにも協力的なノワールは二度と拝めないだろうが、サクラとしても黙って囮になるわけにはいかない。


「お、囮になるって言っても、どうやって誘い込むの!?」


 ノワールは数秒考え込み、スッと人差し指を立てた。


「あなたに金品でも巻きつけておけばヤングレーの特性上、無視はできないはずよ」

「絵面が酷すぎる!」

「いっそのこと、札束のお風呂にでも入ったら?」

「悪化してる!」


 怪しい雑誌の広告モデルみたいにはなりたくないサクラは必死に反対を唱えるが、囮作戦を否定するだけの案は出なかった。

 実際、状況が長引くほどにマネヤンは強化されていく可能性が高い。

 囮になってでも早期に決着をつけることはサクラも同意せざるを得ない。

 しかし、単純かつ厄介な問題が一つある。


「作戦用のお金はどこから出すの?」


 マネヤンをおびき出すほどの大金をサクラは持ち合わせていない。

 金欠のサクラよりはマシだろうが、ノワールだってたいして変わらないだろう。

 率直ながら難しい金の問題にノワールは歯切れ悪く答える。


「……あなたの仲間に頼るというのはどう?」


 固有名詞こそ出なかったが、そんなことを頼れる相手は一人しかいない。


「メイカさんに?」

「ええ、今度の事件は知ってるのだから話は通るでしょう」


 さすがのノワールも他人の金をアテにしろ、とは言いづらそうに眉をひそめる。

 気まずいことさえクリアできれば、メイカからお金を借りることはできるだろう。


「でも魔法少女やヤングレーの説明なしに大金貸してください、なんて言えないよ」

「そこは金におびき寄せられる怪物だとか言えばいいじゃない」

「それは嘘じゃないけど、わたしが囮になることも言わないと説明が足りないよ。

 大金だけでいいなら他にも狙われる場所はたくさんあるもの。

 お金と魔法少女っていう二つの要素があるから、マネヤンをおびき出せるんでしょ?」


 正体バレはデリケートな話題であるが、その辺りをふんわりさせたまま金の貸し借りを持ち出すのは納得がいかない。

 サクラはきちんと誠実な態度でメイカに協力を求めたかったのだが、ノワールは早々に痺れを切らした。


「あぁ、まどろっこしい。要はあなたの正体がバレなきゃいいんでしょう?

 そのお嬢さまから資金を融通してもらうためにわたしも同行するわ」

「えっ!?」


 話をさっさと片付けたいノワールがとんでもないことを言い出した。


「魔法少女ならここにもいるのよ?

 わたしが怪物退治にお金が必要だと言えば話は早いでしょうが」

「そんな二人してのこのこ行ったらわたしとノワールの関係がバレちゃうよ!」

「"戦隊ピンク"のサクラとわたしの関係がバレたところで何か問題ある?」


 うぐっ、と言葉を詰まらせてサクラは黙り込む。

 色々と問題はあるような気はするが、即座に反論が浮かばない。

 浮かんだとしてもこの状態のノワールには一切効かないだろうと、長年の付き合いから知っている。


「第一、あなたの魔力制御がちゃんとしていれば、姿を見られたって他人の空似で済むし、気付かれたって夢だったのかしらで片付くのよ」

「魔法ってそういうものなの!?」


 ノワールはサクラより魔法の扱いに長けているので、彼女にそうだと断言されれば従うほかない。

 結局、押し切られる形で囮作戦は決定事項となった。


「善は急げよ。さっそく彼女とハナシをつけに行きましょう」

「あんまり善じゃないなぁ……」


 マネヤンをぶちのめしたいからか、いつになく乗り気なノワールに引っ張られながら、サクラは別れたばかりのメイカに会いに行くのだった。



     + + +



 サクラがマネヤン出没情報で飛び出していったあと、メイカは喫茶店を離れて一人で散策していた。

 トレードマークであるツインの縦ロールを外してぶらぶらする、いわゆるお忍びである。

 メイカはこれを悪癖だと自負しているが、こう頻度が高くなると溜息も出ない。


(もどかしい、と思うのもストレスなのかしら……)


 メイカの耳にもマネヤンの被害情報は、黄土色の怪物によるものとして届いていた。

 対象が金持ちの財布だけでなく無差別なものになりつつあるとして、解決を急ぎたい気持ちはあった。

 それでもメイカはサクラに口出しすることはなかった。


(信じる、と言ったからには余計な真似はできませんわ)


 サクラの独自調査が一定の成果をあげていることは察しがついていた。

 というかサクラの態度が露骨すぎて、怪物を追っていることから取り逃がしていることまで感づいていた。

 メイカの知らない情報提供者の協力があるとはいえ、早々に犯人の目星をつけたことは驚くべきことだ。


(何者ですの、あの子)


 どう考えても普通の女の子ではない。

 そもそも初対面で戦隊に勧誘してくるというムーブをかます相手である。普通じゃない。

 まるで非日常に慣れているかのような、正義のヒーローとして敵と戦うことに迷いを持っていないかのような。

 サクラは、メイカからしても不思議な属性を持つ少女だった。

 初めて勢ぞろいした戦いでメイカがシシリィの呼びかけに応じたのは、サクラの特異性に惹かれたからかもしれない。

 もっとも、後押しとなったのは一時的とはいえ戦隊への参加を母親が許容したから、ということもあるのだが。


「――たしかに、ホーセキとか高いって言ったけどォー……」


 考え事をしながら歩いていたメイカだったが、不穏な単語にハッと思考が中断された。

 聞き覚えのある声に耳を澄ますと、建物の物陰に隠れるようにしてパニィとマネヤンが話していた。


(あれはぬいぐるみの子……と、アレはなんですの?)


 パニィはともかく、ヤングレーを素体として作られたマネヤンは見るからに人間ではない。

 ノロイーゼと戦った経験がなければ、まず目と正気を疑ったであろう。しかし、メイカは冷静に観察することができていた。

 奇妙な二人組の片方が見覚えのある女の子ということも受け入れる理由の一助になった。

 パニィはメイカに見られているとも知らずに、矢継ぎ早に文句をわめき散らしている。


「指輪やネックレスなんて持ってきてもお金になんか出来んっしょ!?

 売るの? 誰に? どう見たって怪しーじゃん! ウチら!」

「ヤーン」

「脅して売りつけろ? それなら質屋に強盗するほうが早いし!」


 どうやら宝石類を盗んだはいいが換金する手立てがないということだった。

 イレギュラーな外見もさることながら、その会話の内容から彼女らが事件の犯人なのだろうとメイカは推測した。

 まさか、あの子が――と嘆くほど関係性は薄く付き合いもないが、印象に残る相手ではあった。


(悪い子ではなさそうでしたのに……)


 とはいえ、やたらジャラジャラと小銭を持っていた妙な成金チックな振る舞いは合点がいった。

 金品強奪という犯罪行為の結果がクレーンゲームでの散財になるのはアンバランスさを感じなくもないが、メイカはパラノイアのノリなど知るよしもない。


(とりあえず、サクラに連絡ですわね)


 手出し無用と決めてはいたが、自ら現場に出くわしてしまったのだから仕方ない。

 ビートリングでの通話を試みようと念じていると、マネヤンによる重低音の声に気を散らされた。


「ヤーン……!」

「え、ガチおこ!?」

「ヤーン!」


 マネヤンは手にしていた宝石類を粉々に握りつぶして破壊した。


(なんてもったいない――――って、えっ、宝石を握りつぶした!?)


 一瞬、メイカは損失に目が眩んだが、よく考えれば硬い宝石を破壊するなどとんでもない握力である。

 恐怖と警戒感が沸々と湧き上がるなか、パニィは変わらずに騒いでいる。


「あーっ、マジ信じらんないっ! お金にならないからって駄目にするフツー?」

「ヤーン」

「価値がなければ意味がない、って……ウチそんな子に育てた覚えないんですケド?」

「ヤンヤーン」

「作られただけで育てられてない? 屁理屈言うなし、この親不孝……いや、ウチ親じゃないし……あ、ウチ不孝!」


 メイカにとっては不毛な言い争いである。特に片側の言語が理解できないところが不毛を加速させている。

 なんだか人様の家庭内でのごたごたを覗き見ているかのような気まずさを感じ始めたメイカだったが――――


「ヤン?」

「――っ」


 不意を突かれたのは一瞬だった。

 マネヤンがこちらを向いたかと思った途端、一気に詰め寄られ、のどもとから壁へと押し付けられる。

 唐突な暴力に頭が追いつかないが、息苦しさは確実にメイカの意識を終わらせにかかっている。

 必死にもがいているところにパニィが駆けつけ、困惑しながらも強引にマネヤンを引き剥がした。


「何してんの!? ってお嬢! マジで、その、なんでこんなとこに?」


 メイカに襲いかかったマネヤンへの怒りより、どうして彼女がここにいるのかの疑問が上回ったらしい。

 パニィは混乱したように目を丸くさせていたが、質問に答えられるほどメイカの息は整っていない。


「ヤーン」

「え、マネヤン、お嬢の財布とったことあんの?」

「ヤーン」

「ダメっ!! マジのガチで許さんし!」


 トーンの変わらないマネヤンの言葉にどのような意味が含まれているか、メイカは理解できない。

 しかし、パニィの態度から自分に関する会話が行われ、その内容があまり自分にとってよくないものだということはわかった。


(早く、サクラに連絡を……)

「きゃぁっ!」


 マネヤンを必死になだめていたパニィが弾き飛ばされ、メイカを巻き込んで壁へ衝突する。

 呼吸もままならない中で腹部と背中に強い衝撃を受けて、メイカは意識が遠くなっていった。


(――たす、け)

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