3-6 最強のペア? ジョーカーとハートのエース

「いた……」


 リンネからの情報で河川敷に来たサクラは、あっさりとバッドノワールを見つけた。

 あまりに堂々としているので目をこすってみるが、確かにそこにいるのはノワールである。

 サクラが恐る恐る近づくと、ノワールはいつもの調子で不敵な微笑みを見せた。


「相変わらず冴えない顔ね、ピンキーハート」

「ノワール、ここで何してるの?」

「なんでもいいでしょう。それよりわたしを探しに来たんじゃないの?」

「そうなんだよ、実はさ……」


 こんなところにノワールがいることは不自然極まりなかったが、そんなこと気にしている場合じゃないサクラは気にせずに事情を説明した。

 唐突な話で理解してもらうのに苦心するかと思ったが、ノワールはまるで話を聞くのが二度目かのようにすんなりと理解した。

 一通り話し終えると、ノワールは不機嫌そうに文句をこぼした。


「まったく、あなたって人は……せっかくパラノイアの活動が下火だというのに余計なことに巻き込まれるんだから」

「好きでそうなってるわけじゃないよ!」

「あなたにはわたしのサンドバッグとして心身ともに健康でいてもらわないといけないのよ?」

「勝手なことばっか言って、このぉ……」


 サクラは言われっぱなしでたまるかと反撃の悪口を考え始めたが、ノワールは勝手にすっきりした表情で話題を先に進めた。


「わたしが知る限りパラノイアは活動を控えているわけだけど、一人だけ行方が知れないのがいるわ」

「いじわるでしょ……強すぎでしょ……それから……」

「聞いてる?」

「えっ、あ、もちろん!」

「……ま、あの子がふらふらしてるのはよくあることだけどね」


 正直、半分くらいしか耳に入っていなかったが、なんとなく話の輪郭は掴めた。


「もしかして、パニィ?」

「あなたの話を聞いて、そうじゃないかと思っていたところよ」


 敵ながら息ぴったりのタイミングで溜息をつくサクラとノワール。

 それというのも過去にパニィが関わった事件では、サクラはもちろんのことノワールも大変な目に遭っているからだ。


 パラノイア幹部の一人、パニィ。

 制服姿でギャルのような見た目をした能天気な娘である。

 アンダス婦人、ダウトと比べて戦闘力もやる気もないが、ヤングレーの改造センスだけは群を抜いている。


「パニィかぁ……ドリームヤングレーのときはヤバかったよね」

「思い出したくもないわ……」


 サクラとノワールがまだお互いにバチバチやりあっていた頃、連戦続きでお休みが欲しくなってきたパニィはドリームヤングレーを作った。

 『魔法少女が休まんとウチらも休めないじゃん!』をコンセプトに作られたそいつは、サクラとノワールを強制的に眠らせて夢に閉じ込めるという凶悪な力を持っていた。

 脱出するには夢の中でドリームヤングレーを倒さなければならなかったが、その夢はサクラとノワール二人の意識で作られていたため、協力しなければ力が干渉しあって実力を発揮できない。

 結局、どうしようもなく初めて共闘することになった、二人にとって印象深い事件である。


「あの子のことだから遊ぶ金欲しさにうっかりマネーヤングレーとか作りかねないわ」

「そんなことあるわけー……あるかなぁ……」


 パニィならあり得る、というのが二人の共通認識だった。


「ねぇ、パニィの居場所わかったりしない?」

「そうね、本気出して魔法探知すればわからなくもないわ」

「本当!?」


 サクラが期待の眼差しを送るとともにグイっと身を寄せるが、ノワールは嘲笑うかのように言った。


「別に探してあげるだなんて言ってないけど」

「えっ」

「だって、わたし困ってないもの。

 パラノイアを止めるのはあなたの役目でしょう?」


 ぐうの音も出ない正論である。

 サクラはなんとも言えなくなってしまったが、ここで諦めるわけにはいかない。

 素直に頼んだからって聞いてくれるはずもないのは百も承知だった。


「じゃあ、こういうのはどう?」

「何を言ったところで……」

「勝負をして――わたしが勝ったら、ノワールは協力する」

「……ふーん、なるほどね」


 それは一つの賭けだった。

 ピンキーハート対バッドノワールの勝負は、毎度の撤退戦を除けば三回ほど行われている。

 はっきりと決着がついたことはないのだが、毎回ノワールの優勢で終わっているのだ。


 それはサクラが決して弱いということではなく、ノワールが強すぎるのである。

 常に変身状態を維持し、転移魔法や飛行魔法を平然と使いこなし、魔法の幅広い応用や頭脳を活かした立ちまわりも上手い。

 一方、サクラは格闘主体の戦闘スタイルで、魔法攻撃は雑魚散らしやトドメでしか使わないことがほとんどだ。

 魔法というのはイメージが大切らしいのだが、シオンの影響もあってか昔から思考が武道寄りなのかもしれない。


「あなたから言い出すってことは、わたしに勝つ気でいるのね」


 見下すような物言いながら、どこか嬉しそうな顔を見せるノワール。

 サクラはそれを見て、心の中でガッツポーズを決めた。

 これまでの戦績からすればノワールにとってサクラは格下である。

 それは認めたくはないがサクラにもわかっている。

 しかし、この勝負を仕掛けたからには勝算がゼロということではない。


(サイケシスとの戦いでちょっとは強くなったもんね……!)


 ここ最近のサイケシスとの激闘は、サクラの実力をしっかりと底上げしていた。

 言ってみればサクラだけ命がけの修行していたようなものである。

 挑戦を真正面から叩きつければノワールは絶対に拒否しないだろうと、サクラはなんとなくわかっていた。

 仕掛けは上々。そう簡単には負けられはしない。否、負けるつもりはない。


「マイハート、レボリューション!」


 ハートスタイラーを手にして変身の呪文を唱える。

 身体に染みついた変身ではあるが、なんだか久しぶりにちゃんと落ち着いて変身できた気がする。

 サクラは気分が高揚し、格好つけて大声で叫んだ。


「さあっ、勝負だ! バッドノワール!」

「ふふ、楽しいじゃない……来なさい、ピンキーハート!」



     + + +



「負けた……」

「……ま、当然よね」


 残念ながら結果は敗北。

 意気揚々と戦いに臨んだ身としては恥ずかしい限りだった。

 サクラはがっくりと地面に手をついたまま、どうすればいいのかと悩んだ。

 そんなサクラを見つめながらノワールは神妙な顔をしている。


「……本気ならどうだったかしらね」

「えっ?」

「なんでもないわ」


 ノワールの呟きにパッと顔を上げたが、そのときにはもう涼しい顔で遠くを見ていた。

 まさか、まだ本気じゃなかったのかと戦々恐々とするサクラをよそに、ノワールは不思議そうにたずねる。


「でも珍しいじゃない? あなたから勝負しようなんて」

「話してわかってもらえたらそれでよかったんだよ?」

「まっぴらごめんだわ」

「うう……じゃあ、わたしにできることなんて『暇つぶし』の相手くらいじゃない!」


 投げやりな言葉を口にすると、ノワールは愉快そうに微笑んだ。


「自分の立場がよくわかってるじゃない」

「そんなことないよ!」

「まぁ、あなたの言うとおり暇つぶしにはなったから……話くらいは聞いてあげる」


 サクラはぽかんと口を開けて、目を丸くしながら驚いた。


「……いいの?」

「勝負して勝ったら協力するとは聞いたけど、負けたら協力しないとは聞いてないわ」

「そんなのってアリかなぁ……」

「何よ、不満?」

「ううん、是非! お願い!」


 真っ直ぐな態度で手を合わせて頭を下げるサクラ。

 やれやれといった面持ちで息を吐くノワールは、スッと目線を上げた。


「決まったからには即行動よ、ついてきなさい」

「協力はお願いするけど、偉そうに言うのはやめてよね!」


 こうしてノワールとサクラ、異色のペアで行動開始となった。



     + + +



 二人はパニィ捜索のため、町の上空を飛んでいた。

 ノワールはその身一つで平然と飛行しているが、サクラはハートスタイラーに跨っている。

 変身アイテム兼武器であるハートスタイラーは箒モードに変形すれば空を飛べる。

 羽箒のような形状となり、先端からはキラキラと光の粒子が舞う。何が舞っているのかは謎だ。


「ねぇ、どうして空から探すの?」

「魔力の反応を探るのに効率的だからよ。

 それに変身しておいたほうがいいでしょ、どうせ素直に捕まるわけないんだから」

「はぁ、箒モードって乗り慣れてないから制御難しいんだよね……わ、ととっ」


 サクラがぼやいていると、ノワールが急停止する。

 真後ろを飛んでいたサクラも慌てて急停止することになったので、空中で一回転してしまった。


「危ないなぁ、もぉ!」

「いたわよ」

「え、ちょっ、待って!」


 急降下していくノワールを追うように地面へと降下し、サクラはようやく地に足をつけた。

 もっと優しく先導してほしいと思いつつ、先行したノワールへと駆け寄る。

 ノワールがクイッと目線を先にやると、のほほんとした顔で歩くパニィの姿があった。

 やたら不気味な格好をしたくまのぬいぐるみを抱きしめながらご機嫌な顔をしている。


「……どうする?」

「ひっ捕らえて吐かす以外に方法ある?」

「乱暴だなぁ」

「何よ、あなたがいつもやってることと同じでしょ」


 一緒にされるのは心外だと口を尖らせるサクラをしり目に、ノワールは早々とパニィに狙いをつける。

 片手で黒い魔力の塊を生成し、えいやっとパニィめがけて投げつけた。


「ふぎゃっ!?」


 魔法弾はパニィに当たると身体を覆うように広がり、粘着性のあるドロドロとなってパニィを地べたに貼りつけてしまった。


(うわぁ、やられたくない技だなぁ……)


 サクラは多彩ではあるが若干陰湿なノワールの技に慄きつつ、動けずにジタバタもがくパニィに近づく。


「えーと、パニィ、久しぶり。巷で騒ぎになってる連続窃盗犯ってあなたの仕業なの?」

「今ウチ話せる状態じゃないんだケド!? って、ハートとノワっち!?」


 もがけばもがくほど身動きが取れなくなっていくパニィ。

 そこへ敵同士であるはずのサクラとノワールが一緒に現れたので完全に混乱しているようだ。

 しかし、ノワールは容赦なくパニィを問い詰める。


「あなた、また面倒なことやらかしたんじゃないでしょうね?」

「面倒なコトってなーにー!? ウチそんなコトしてなーいっ!」

「金持ちばかりを狙う財布泥棒がいるそうだけど?」

「………………てへっ」


 バッシャーン! と、濁流がパニィへと降り注ぐ。

 ノワールが指を弾いて開かれたゲートから、大量の水を呼びこんだらしい。サクラにも少々かかった。

 パニィはというと、身体を覆っていたドロドロが溶けて動けるようになったが、突然の降水に咳き込んでいた。


「げほっごほっ……」

「さぁ、水のおかわりが欲しくなければさっさと吐きなさい」

「すでに吐きそうなんだケド……」


 少しだけパニィが可哀想になるサクラだったが、ここはノワールに任せるのがいいだろう。

 パニィは頭に手をやりながら、乾いた笑いを浮かべて事情を話し始めた。


「いやー、今月お金がピンチオブピンチでさぁ、遊べなくてマジぴえんだったけど時間だけはガチあったから、とりまヤングレーいじってたワケ」

「それで?」

「時は金なり、タイムイズマネーって言うじゃん?

 じゃあ、時間売れば儲かるんじゃねってコトでマネヤン作って売りに出してみたんよネ」


 ノワールは聞いていて頭痛がしてきたのか、こめかみを押さえて重い溜息を吐いた。


「何をしれっととんでもない交換法則成立させてんのよ……」

「ねぇねぇ、マネヤンって何かな?」

「マネーヤングレーの略でしょ。いいからあなたは黙っててくれる、ただでさえ頭が痛いの!」

(荒れてるなぁ)


 サクラも聞いてて呆れる話ではあったが、こういう非常識な事態はノワールのほうが怒り出すので逆に冷静でいられるのだった。


「でもさー、マネヤンが言うワケよ。

 『時間を売るより買った時間で金を稼いだほうが儲かるヤン』って」

「ヤングレーって喋るの!? 語尾がヤンなの!?」

「ハートは黙ってて! 時間を買うって、そんなことが……それで財布のスリに手を染めたわけね」

「マネヤンったら稼ぐのが好きみたいで、本能ってヤツ?」


 悪びれない様子のパニィは窃盗がいけないことだと認識していない。

 否、悪事だと理解はしているが、世界を混沌に堕とすパラノイアの一員としては問題ないと思っているのだ。

 能天気な性格ではあるが、やっぱりパラノイアということだろう。

 そうとなればサクラの出番である。


「これは懲らしめないといけないね」

「うぇ!? さっきのでジューブン懲りたし!」

「さっきのはノワールの趣味みたいなものだから」


 実際、パニィから話を聞くだけなら他にも方法はあったはずだ。

 パニィはうへぇ、としんどそうに口を曲げる。


「悪趣味すぎん?」

「あら、水のおかわりが欲しいの?」

「いらんし! ……あーっ!?」


 喚きまくって大混乱しているパニィだったが、両手を上げて怒り出したところで何かに気付く。

 辺りをきょろきょろと見回すと、落ちていたぬいぐるみを見つけて一目散に拾った。

 それは先程まで手にしていたくまのぬいぐるみで、魔法のドロドロと濁流によってびしょ濡れになって黒ずんでいた。


「うっそ……マジありえんし、大事なモノなのに!」

「ぬいぐるみが? そんなに大事なら後で洗ってあげるわよ」

「うっさい!! マジぷっつんだし! やっちゃえ、マネヤン!」


 その瞬間――ノワールが真横に吹っ飛んだ。


「えっ!?」


 サクラは一瞬、何が起こったのか認識できなかった。

 突如、ノワールが数メートル先へと転がり、その場には正体不明のヤングレーが立っていた。

 ヤングレーといったら灰色のこんにゃく人間のような見た目だが、そいつは鈍い金色のボディだった。

 相変わらずののっぺらぼうではあったが、胸部には数値を表示する電光掲示板がついている。


「ピンキーハート! 覚悟しろし!」


 キレてしまったパニィはサクラのことも容赦なく攻撃しようとしてきた。

 ノワールを一撃で倒してしまったヤングレーが相手となると、勝負が厳しくなることは必至だ。

 サクラは呆然としている心を奮い立たすためにパチンと頬を叩き、パニィの口調に引っ張られるように愚痴をこぼした。


「マジヤバイってカンジ……?」

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