報告書

「こうして、悪い妖怪をやっつけた俺は報奨金で借金を全て返し、普通の生活に戻りましたとさ。めでたし。めでたし」


「……新しい遊びか?」


「いや、虚しいだけだ」


 強行軍での日帰りで戻ってきた俺は、翌日、いつもの喫茶店で報告書を書いていた。


 どうしてだろう。身体を動かすのは苦でないし、勉強自体も嫌いな方ではない。当然、ペンを持ち文字を書く事も含めてだ。


 なのに、こうして仕事明けの報告書の作成だけは未だに好きになれないし、ペンが全く進まない。


 理由は分かっている。だからこそ変な方向へ現実逃避をしたくなってくるというのに、それさえも許してくれない。ここのマスターは慰めの言葉一つとして掛けてくれない薄情な奴だ。


 その上でする事と言えば、


「おうワンサウザンド、TV観てみろ。今ニュースでやっているぞ。あの建設現場での火事が」


 映っているのは地方のローカルニュース。店内に設置しているTVでは丁度全国ニュースも終わり、俺が遠征したS県での事件や事故の話題が持ち上がっていた。


 ──俺の傷口に塩を塗り込む行為である。


「チクショー、何でこういう事に。あっ、マスター、水をもう一杯」


「お前なぁ」


 TVから流れるアナウンサーの声は今だけはとても不快に感じる。少しでも動揺を収めようと口の中に水を流し込む。だが、それだけではこの気持ちは何も変わらず渇きが癒えない。酒に溺れるというのはこういう事なのだろうと、妙に納得する自分がそこにあった。


 昨日の仕事に付いては……討伐は間違いなく成功した。あのアロハと愉快な仲間達を倒したのは紛れもない事実である。討ち漏らしという失敗は一切ない。そう、そこまでは何も問題は無かったのだ。


 問題があったのは……その後である。


「良かったなあ。昨日の内に鎮火したんだとよ。全焼だけどな」


 さすがに今日は少し可哀想だと思ってくれたのか、文句を言いながらではあるが水の入ったコップが俺のいるテーブルに置かれる。


 手に取り、一気に飲み干す。これで少しは気が紛れてくれるのを祈るばかりだ。


 そうそう。何故こうしてTVでダム建設予定地の火事のニュースが入っているかと言うと……端的に言って重機が燃えたからだ。それも全て。ついでに言えば簡易事務所のプレハブも当然燃えている。故に「全焼」という言葉が良く似合う。


「それを鎮火とは普通は言わないんじゃないか?」


「気持ちは分かるが、観ている人を安心させるには効果的だと思うぞ」


 まだ気持ちがささくれ立っているからか余計な一言が出てしまったが、正論で完封されてしまう。


 あの時、決戦の場から離れた場所に乗り捨てられたままというのもあったろう。工事現場らしく奥の方に重機がある事は認識していた。ただ、戦いの邪魔になりそうになかったからか、気にも留めないでいた。全てはそれが不幸の始まりと言える。


 それにしてもあの妖怪達は何と悪党の風上にも置けない事か。悪党なら悪党らしく、発電機や重機等はさっさと売り捌いておけよと言いたい。


 現実とはどこまで行ってもクソゲーである。


 追い込まれてブレッド・エクセラレーターを使っていなければ、いや、せめて後二度で良いから角度をずらして発動させていればと思わずにいられない。後悔先に立たず。


 ……まさか流れ弾が放置していた重機の燃料タンクに引火をさせるとは思わなかった。ましてやそこから燃料が零れ出て、他の重機にも燃え広がるなんてまずあり得ない。


 その上でプレハブ小屋の炎上というオマケ付きだ。


 本当、現実とはどこまで行ってもクソゲーである。


 ほうほうの体で逃げ出した俺には自身の空薬莢を拾う暇もなければ、当然アイツ等の武装を鹵獲する余裕もなかった。小遣い稼ぎさえもさせてくれない。鹵獲品を売り捌いたアガリでここの店のツケを払う予定だったのが全てパァである。


 悪い事は続くもので、今回派手な大火災を引き起こしてしまった事で、本部から罰金の通知が入る。最初は目を瞑ってくれていた本部も、こう毎回派手に現場を荒らすからか、いつの頃からか被害の金額に応じて報酬とは別に罰金を催促するようになっていた。


「威力の高過ぎる必殺技は、敵だけじゃなく俺まで破滅させてしまう……か」

 

「けどよ、まだ今回は良かった方じゃないのか? 前の廃ビル倒壊より遥かにマシだろう」


「慰めてくれるのは嬉しいが、もう少しマシな言い方があるだろう」


 今では笑い話にできるようになったが、あれは死ぬかと思った。本気で。


 まさか、ブレッド・エクセラレーターが標的の背後にあった鉄骨入りの柱までぶち抜くとは思わなかったからだ。しかもそれは建物の要の柱であった。結果、ビルが崩れるという恐ろしい経験をした事がある。


 ビルが崩落している最中、どこにあるか分からない安全地帯を求めて泣きながら逃げ惑った。こんな事はもう二度とご免だ。


「あの時はお前もついに年貢の納め時かと思っていたが、一人だけ無傷だったよな」


「いや、無傷じゃない。靴底が駄目になった」


「……そういうのを世間では『無傷』って言うんだよ。今回も命が助かったんだからそれで良かったと思っておけ。本部のデータを照会したが、今回の相手は相当ヤバイ奴だったんだろ?」


「いや分からん。距離と金額だけで決めた。まあ、確かに強かった……な」


 そう言えば確かにアイツは自分の強さを誇っていたような気がする。俺はああした自信過剰なタイプの標的を退治する場合が多いので「いつもの事だ」と思っていたが、実力に裏打ちされたものだったようだ。


 しかし、だからと言って「弱い標的だけ選んで退治する」なんて芸当が今の俺に許される訳はなく……ままならないものだな。


 カランと音が鳴った氷入りの水を最後まで飲みきった。報告書の方も、いや俺の場合は始末書と言った方が正しいと思うが、後は名前と日付を入れるだけ。面倒な書類書きももう直ぐ終わる。


「印鑑預けているよな。後は頼むぞ」


 最後は氷を口に入れ噛み砕く。出来上がった書類をマスターに押し付け、これで今回の仕事が全て終わったと意気揚々と店の外に向かった。


「おいワンサウザンド! 何だこの内容は! これじゃあ何も書いていないのと同じだろう」


「マスター、水美味かったぞ。また頼むな。足りない所は書いておいてくれ。いつものように」


「馬鹿お前! 毎回面倒な事ばかり押し付けやがって! そういう事はツケ払い終わってから言いやがれ」


 この喫茶店のマスターとはそれなりに長い付き合いがある。そのお陰か面倒な事を丸投げできる気安さだ。きっと、今回もいつものように文句を言いながらでも報告書を書いてくれる。そう思いたい。


 店外に停めていたオフロード仕様の自転車に跨り、頭の中で今回の収支を軽く計算する。……多分、今回はプラスになっているだろう。報奨金が高いのを選んだからな。明細を見るのが今から楽しみだ。


 軽やかに自転車を走らせると、頬に当たる気持ちの良い風。やはり良い仕事の後はとても清々しい。少しずつで良いんだ。この借金もきっと返せる時が来る。だから、何事も焦らずやっていこう。今は素直にそう思えた。






 ──後日。


「チクショー! あのマスター何て事しやがんだ」


 俺宛に到着した今回の仕事の明細には必要経費としてマスターの店のツケが計上されていた。結果、収支はいつもと同じくマイナスとなる。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 電柱の影に怪しげな人影。誰かを見張るように息を殺し、鋭い眼光でただ一点を見つめている。


「ようやく見つけた。ワンサウザンド」


 煌びやかな長い銀髪を持つそれがぼそりと口を開く。平坦な口調で紡がれ、感情を押し殺した声。


 だが行動は真逆であるかのように電柱に爪を立て、線を引くかのように掻き毟る。自身の爪の痛みなど感じない。押し殺した感情の行き場を求めて自然に手が動いていた。


「これで父の敵が討てる。待っていろワンサウザンド」


 遠ざかる自転車に向けてはき捨てるのは呪いの言葉の如き決意。彼女をそこまで駆り立てるのは一体何か? 人影に紛れ消え去った後でさえ視線を動かさない。人通りの少ない一本入った路地裏は、今日だけ表情を少し変え、暗く淀んでいた。


 ワンサウザンドの受難と借金の返済はまだ終わらない。

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One Thousand ─現代妖怪始末屋日誌─ カバタ山 @kabatayama

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