超加速

 俺の疑問を遮るかのように放たれた弾丸。相手が腕を上げた瞬間、咄嗟に銃口の射線上から逃れた事で間一髪回避できたが、バランスを崩し地面へと尻餅をついた。


 その姿を見て下卑た笑みを浮かべている。


 まるで狩りを楽しんでいるかのような態度。自身を狩りにやって来たハンターを逆に獲物と見立てているのだろう。随分と舐められたものだ。


 そう言えば……とコイツは警官も殺していた。もしかしたらその時も今と同じように自身のテリトリーに誘い込んで殺害を行なったのだろう。余程自分の強さに自信があるのか。


 「早く立てよ」と言わんばかりの余裕を見せるアロハ。気が付けば右手には大きめの柳葉刀 (日本では青竜刀と言われる)が握られていた。どこから出してきたのやら。左手にはハンドガン……と、あの特徴的なスライドは……


「オイッ、手に持っている銃は何だ。俺と同じ1911使っているのに、平気でけなしやがって」


「ふん。装弾数が多いから使っているだけだ」


 アロハの言う通り、グリップの握りを見ると少し膨れている。ダブルカアラムで間違いない。この体格なら手も大きくなり訳もないという事だろう。


 相手は一九〇近い大きさがある。今の俺よりも少し高い。その上で筋肉も発達している。この力であれをぶん回すとなれば、まともに当たればほぼ即死が決定しそうだ。この間合いで戦うのは難しい。


 かと言って、銃の間合いなら装弾数の差で向こうに分がある。しかも、先ほど見たあの反射神経の良さを考えるとこの間合いから銃で狙っても間違いなく当たらない。


 本当に面倒な相手だ。


「……やるか」


 お互いが銃口を向け合い摺り足で円を描くようににじり寄る。もしここで直線的に飛び掛って来てくれたならどんなに楽な敵か。そうなれば瞬時に身体を捌いて死角に回り、一撃を喰らわせる。これでジ・エンド。だが、そう都合良くは進まない。


 後一歩で刀の間合いとなった時に双方が動く。


 突き出してきた銃口を外に捌いて逸らし、続け様に振り下ろされる柳葉刀へは一歩踏み込んで空手の上げ受けの要領で持ち手にブチ当て奥へと押し込む。


 相手が少し後ろに下がった瞬間、デザートイーグルを前に出すが、向こうも読んでいたのかあっさりと手を弾かれる。持ち手に痺れを感じながらも主導権を渡すまいと、目線を下げない左のローキックで牽制。


 ここで二人がバックステップで距離を取った。


 惜しい。ここで無理に刀を振り回してくれたら、こっちの勝ちが決まっていたというのに。何という手練だ。


 バランスを崩した状態であったり無理な体勢での攻撃は、相手の意表を突かない限りは単なる博打と同じ。失敗したら目も当てられない結末となる。熟練者ほどそういう事はしない。


 こうした近接での戦いはある種将棋に近いものがある。二手、三手を読んで、上手く行かなくても次に繋げなくてはいけない。だからこそ、柔道でもそうだが「相手を崩す」という行為が重要となる。より自分が有利な状態で戦う。位置取りも同じ考えだ。


「ほぉ、随分と粘るな。何かしてたのか?」


「我流さ。貧乏なんでね。色々な流派の寄せ集めさ」


 それにしてもさっきのローキックには違和感があった。まるで鉄の塊を蹴飛ばしたような硬さを感じた。妖怪の種類によっては鍛えればここまで硬くなるものだろうか?


「ならこれはどうだ」


 タンッ


 思考を妨げるかのように間髪いれずに次の攻撃が俺を襲う。


 狙いをつけずに腰だめからの発砲。予想外の動きに一瞬躊躇いを見せるが、直感が告げる。「ここで絶対に回避をしてはいけない」と。


 選択は当然こちらも発砲。後の先。「苦し紛れに撃った一撃など当たらない」と上杉謙信ばりの毘沙門天の加護を信じ、もう一発お見舞い。ダブルタップ。


 ──刹那


 神の気紛れか単なる偶然か、二つの弾丸が激突する。鈍い音を出しあらぬ方角へと弾かれる互いの銃弾。その姿を涼しい顔をしながら横目で通過するもう一つの俺の放った.45ACPが、猛然と距離を詰めてくるアロハのどてっ腹目掛けて──


 ギンッ


「なっ、マジか?」


 柳葉刀を振り下ろし、それを弾き飛ばしていた。


 これまでさんざん身体能力の高さを見せ付けられていたが、これ程とは思わなかった。先にコイツが言っていた「1911じゃ勝ち目がない」というのはこの意味だったのだろう。つまり、柳葉刀を破壊する威力の弾丸でなければ自分は倒せないという事になる。洒落にならない相手──


「チッ、浅いか」


「痛ぅ……」


 危なかった。ぼけっと俺が剣技に見惚れている最中、今度は突きを繰り出してくる。気付いた瞬間、何とか後ろに下がったが切っ先が少し肩口へと入った。致命傷にならなかったのがせめてもの幸いである。


 「このままだと勝てない」と脳から警告がけたたましく鳴り響く。長期戦は圧倒的に不利だ。まだ傷が浅い内の短期決戦しか残す道は無い。しかも選択は近距離での撃ち合いの一択のみ。距離が離れれば簡単に避けられ、弾き飛ばされてしまう。


「何ボサっとしてんだよ」


 そう言いながらのアロハの三連射。俺は俺でガンスピン・ディフェンスでガードする。向こうも距離が離れると決め手がない。ある意味千日手に近い。


「やるしかないか」


 覚悟を決めて牽制の二連射を行い、一気に距離を詰める。


 向こうも同じだ。近距離でなければ埒が明かないと判断したのであろう。続けざまに三発連射し、同じく距離を詰めてくる。


 交錯する弾丸、ぶつかり合う意地。


 またも打撃の間合いでお互いが腕を突き出す。今度は俺が先手を取った。伸ばした右手にはピストルのポーズ。手を払いのけようとしたアロハが瞬時にその異変に気付き、驚愕の表情を見せた。


 タンッ、タンッ、タンッ、タンッ


 息つく暇もなく左手に握られたデザートイーグルが牙を剥き、残りの弾丸を全て吐き出す。


 カラクリは左手へのスイッチ。バスケットボールのビハインド・ザ・バックパスの要領で背中側で銃のトスをした。相手の死角の中で行った単純なマジック。それだけにこの土壇場では大きな効果を得る。


 両手に持っていた得物がぼとりと地面へと落ちる。痛みで力が抜け、重みに耐えかねたのだろう。当然だ。この至近距離で.45ACPの弾丸を四発も喰らったのだから。撃たれた部分には大穴が開き、肉が飛び散り、大量の血が……えっ? 流れていないぞ?


「痛いじゃねぇか、このヤロー!」


 渾身の力を込めた蹴りが俺のどてっ腹へと入った。咄嗟の事でガードはできなかったが、蹴られた瞬間、せめて後ろに飛んで少しでも衝撃を逃がし距離を取る。


 激しく尾てい骨を打つ尻餅を付いたが、おくびにも出さずにすっくと立ち上がった。


 追撃が無かったのはラッキーであった。見ればアロハは痛みに耐えるように身体を小刻みに震わせながら──


「ハァハァハア……。残念だったな。俺様の皮膚は他とは違ってな…….45ACP程度じゃ死なねぇんだよ!」


 大きく気合を入れ、俺に対してのファイティングポーズを取った。


 まさかと言うか、本当にこんな奴がいたのかという事実であった。例えるならコイツは全身が防弾機能のあるボディアーマーで覆われているようなものである。何人もの妖怪をこれまで退治してきたが初めての相手であった。


 幸いであったのが、銃弾が貫通してはいないものの、ぶち当たった衝撃は体内に残っている事だ。それでも骨折している素振りがないのが恐ろしい。ボディアーマーを着ていても至近で当てれば骨折する事もあるというのに何というタフさだ。


「ようやく分かったよ。お前が言ってた『1911じゃ勝ちが無い』という意味がな」


「ふん。今更分かった所でもう遅い。お前は絶対に俺様に勝てない。1911じゃ何発撃とうと無駄だ」


 正確に言えばそれはあり得ない。同じ箇所を何発も続けて撃てば体内に残る衝撃で身体は壊れ動かなくなるだろうし、その内貫通もするだろう。但しそれは、相手が動かず「好きなようにサンドバッグにできるなら」という条件だ。動き回る相手に対し現実的にそれを行なうのはまず不可能である。


 ただそれでも……


「心配するな。もうカラクリは分かった。次の一撃で決める」


 そう言いながら、ポケットに入っていた弾丸を一つ取り出す。


「ハッ! 特別製の弾丸でも出してきたか? これまでで分からなかったのか? そんな弾丸全て弾き飛ばしてやる」


 気が付けばまたもや手には柳葉刀。本当にどこから出してくるんだ。


「いや、今までと同じ.45ACPだ。何も変わらない。ただ、コイツにはこれから魔法を掛ける。俺のコードネームは"ウィザード"だ。その名の通り魔法が使えるんだよ」


 取り出した銃弾にキスを一つ。流れるようにホールドオープンした1911のチャンバーへと装填し、スライドストップを下ろしてスライドを閉塞させる。


「"ウィザード"…………? もしかしてお前、"ワンサウザンド"か? 面白れぇ、お前を殺せばこの国の妖怪内でトップの座につく事ができる」


「その名前で俺を呼ぶな」


 軽量化のためにマガジンキャッチボタンを押し、空になったマガジンを地面へと落とす。カランと乾いた音が響いた瞬間、それがスタートの合図となり三度目の激突をする。


「オオォッーー」


 気迫の込められた雄叫びが俺を襲った。一般人なら恐怖に駆られ身を強張らせてもおかしくない。それほどのプレッシャー。


 けれどもこれまでもっと過酷な戦いが何度もあった。この程度で屈していればとっくの昔に命は無い。テメェのその自信が単なる傲慢さである事を今この場で証明してやる。


 左脚を前へ一歩、それと併せて指を開き掌をかざすように左手を大きく出す。その傍ら右肘を引き、大きく力を蓄える。


 右の爪先を反時計回りに。回転の力が身体を通り、大きく肩口が回り出す。動き出す右腕。引き絞られるトリガー。射出される弾丸。右拳がそれを追いかける。やがて追い付き、激突し、押し出される。もしくは殴りつけたと言っても良い。更に加わる同ベクトルのエネルギー。その力が銃弾の速度を増し、音速を超える超加速を顕現させる。


「ブレッド・エクセラレーター!!」


 瞬間、アロハの胴体にはっきりと分かる風穴が開いた。あり得ない衝撃がぶち当たり身体ごと吹き飛ばされる。受身も取れずに地面へと激突し、大の字に。やがて血が滲み大地を紅く染め上げていく。


 痙攣する身体の中、絞り出すようにか細い声が聞こえてくる。


「それは……魔法……じゃねぇ」


 そう言い残した後、全身の力が抜けて力尽きていた。


「俺の超加速は全てを貫く」

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