第13.5話 覚悟を決めたよ、姫路さん

 中山さんの一言で、ちょっとだけ自信がついた私は、前から考えていた作戦を決行に移すことにした。


 新妻くんを生徒会に入れたらやろうと思っていたこと。生徒会館で二人で暮らすこと。いきなりは難しいから、まずは一晩泊まってもらう。考えただけでも脈が速くなる。


 いつも下校時間に合わせてアラームを鳴らしている目覚まし時計を寝室にわざと置き忘れる。いつもより新妻くんに仕事を多く任せれば何も言わなくても一生懸命に作業をやってくれて、簡単に時間を忘れてくれた。


 そんな新妻くんを騙すのはちょっと心が痛むけど、いつまでも前に進んでくれない新妻くんも悪いのだ。


「新妻くんは泊まっていかないの?」


 あくまで意識しているのがバレないように。新妻くんから泊まりたいと言わせるように言葉を選んでいく。


 新妻くんは悩むように視線を揺らして、どうしようかと考えているみたい。早く首を縦に振って、と念を込めて顔を見つめる。私の思いは届かないまま時間だけが過ぎていく。


「泊まっていきなさい」


 根負けしたのは私の方だった。脳内シミュレーションでは新妻くんがぜひにも、って言ってくれるはずだったのに。


 誰も来られない実質密室に女の子と二人きり。なにも起こらないはずもなく、っていう最高の環境を用意したのに。それにも食いついてこないなんて。


 でもこの次は、この次こそはきっと新妻くんだって手を出さずにはいられないはず。だって次の作戦は、恥ずかしいのを我慢してでもやるって決めたんだから。


 寝室に誘い込み、ベッドに腰かけて新妻くんに手招きする。何の疑いもなく近づいてきた彼の耳元で何度も練習した言葉を吐息をたっぷりと絡ませて囁いた。


「秘密の夜のご奉仕、してくれない」


 よし、噛まなかった。雰囲気も話し方も結構いい感じだった。手応えがある。

 ちょっと顔が赤くなってくるのを両手で隠してベッドに倒れこむ。後は上から新妻くんが覆いかぶさってくるのを待つだけ。でもなかなか新妻くんはやってこない。


 指の隙間から寝室の様子を見る。


「あれ? いない?」


 さっきまで立っていたはずの新妻くんがどこにもいない。そういえば何か準備するみたいなことを言っていた気がする。


 何かやりたいことでもあったのかな。私だって初めてだから普通にしたかったんだけど、白昼堂々痴漢できる新妻くんならちょっとアブノーマルなところがあるのかもしれない。


 ベッドに座り直して、扉が開くのを待つ。


 鞭とかろうそくを持ってこられたらどうしよう。

 コスプレくらいならメイド服を着せた弱みもあるし着てあげてもいい。


 期待と不安を混ぜながら悶々としていると、ようやく新妻くんが寝室に戻ってきた。


「じゃあ、来てください」


 なぜか寝室から連れ出される。そして向かった食堂で待っていたのは、温かい煮込みうどんだった。

 まさか、女体盛り? でもこんなに熱々じゃプレイっていうよりコントにしかならない。


「どうぞ、冷めないうちに食べてください」


 新妻くんは自信満々にうどんを勧めてくる。もしかしなくても、私が言ったこと全然伝わってない。待っている間のあのドキドキがただの一人相撲だった、なんて思うと、恥ずかしくて器の中で溺れたくなる気分だった。


「あははは」


 思わず笑い声が溢れた。

 私ったら、一人で何をしていたんだろう。ヤケクソ気味に目の前のうどんに手をつけた。お腹の中から上がってくる温かさにほっとする。


 やっぱり新妻くんは優しい。この夜食一つとっても、私の体を考えていることがよくわかる。胃に優しい食材を柔らかくなるまで丁寧に作ってある。

 でもそれは、私だけに向けられたものじゃない。それがとても悔しかった。


「おいしいわ。新妻くんの優しさが詰まってる気がする」


 新妻くんは優しすぎるから。だから独り占めしたいなら私がもっと勇気を出さなきゃ。温かいうどんをすすりながら、私はずっと心に引っかかっていたフレーズを思い出していた。




 いつもより少し早起きして、私はそっとベッドを抜け出した。新妻くんはまだぐっすりと眠っているみたいで顔を覗き込んでも起きる気配はない。


 私と同じ部屋で寝てるっていうのに、何もしてこないなんて。本当に新妻くんのことがよくわからない。


 寝室を出て、生徒会室に向かう。デスクの引き出しの鍵を開けて、ピンクのカバーのかかった文庫本を取り出した。


 私が一番頼りにしているお気に入りの官能小説。


 主役はお屋敷に住んでいる若い主人とメイドの女の子。最初は主人からのエッチな命令に嫌々従っていたメイドがだんだんと我慢ができなくなって、ついに主人のベッドに潜り込んで夜のご奉仕を始めてしまう、というお話。


 私の予定では、こんな風に新妻くんから何かしてくれるはずだったのに、現実の新妻くんはまったくなびいてくれない。


 だったらもう、自分からしかけるしかない。


 マーカーの引かれた単語を一つひとつ、目で拾っていく。

 ハイライトされた単語の隣には私が恥ずかしさに耐えて言えるかどうかを小さくメモしてある。もうかなりの数を新妻くんには使っているんだけど、効果はまったく現れていない。


「もっとストレートな感じの言葉ってないかな?」


 パラパラとぺージをめくっていくと、一つの単語のところで目が留まった。

 蛍光ピンクのラインの横には言えない、と書かれた言葉。あまりにも直接的すぎて、頭の中でもはっきりとは考えられない。


「でも、言わなきゃ」


 私はもう三年生だから。このままズルズルと問題を後回しにしていたら、結局何も残らない。


 自分の持てる全部を使って、新妻くんを振り向かせる。私はその単語の横に書かれた言えない、という文字に打消し線を引いて、自分の決意を短く書き込んだ。


 勝負の日は、すぐそこに迫ってきている。

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ご奉仕してよ、新妻くん! 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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