第12.5話 ライバルと対面、姫路さん

 新妻くんにいろんな方向からアプローチをかけてみたけど、反応は散々だった。私が恥ずかしさに耐えながら勉強した言葉をなんとか会話の中に押し込んでいるのに、全然答えてくれる気配がない。


 気付いていないのか、気付かない振りをしているのか。

 どっちにしても私が新妻くんに振り回されているのがちょっと悔しい。たまには正統派にいいところを見せた方がギャップがあっていいのかな。


 そんな時、職員室の前を通りがかると、先生たちの呆れたような声が聞こえてきた。


「もう脱獄か。今年の一年は根性がないな」

「例の中山とその仲間みたいですよ」

「うーむ、そもそもうちの生徒としてふさわしいかも疑問だな」


 中山という苗字は決して珍しくないけど、例の、と枕詞がつけば誰の話か想像はついた。一年生の異端分子として、先生はもちろん三年の生徒にまで噂は広がっている。


 今年の一年にヤバいのがいる、という話。


 他の高校ならともかく、天稜高校の入学式に金髪でやってくるなんて長く勤めている先生の口からも聞いたことがない。生徒の間でも有名人だった。そして私にとってはもう一つ知っていることがある。


 中山さんはちょっと新妻くんと仲がいいってこと。

 私があんなに頑張っているのはいつも気付かない振りしているのに、ギャルっぽい子にはすぐなびくなんて。やっぱりああいうタイプの方が好きなのかな。


「それに確か中山さんって」


 自分の胸に手を当てる。まっ平らじゃない、と声高にして言いたかったけど、あの一年生とは思えないスタイルには勝てる気がしない。


「触るならやっぱり大きい方がいいのかな」


 思い出しただけであのグラビアアイドル顔負けのスタイルが持つ威圧感に圧倒される。私の戦闘力では勝てそうにない。


 あの時の私も派手な服装に身を包んでいたけど、ああいう遊んでいそうな感じの方が新妻くんも手が出しやすかったりするのかな。


 もしも彼女が退学になったら、ライバルが減ることになる。考えた時に少し嬉しく思ってしまう自分がいた。私はやっぱり清廉潔白な人間にはなれないみたい。


 でも私以外の生徒だって楽しく学校生活を過ごしてほしい、という気持ちも嘘じゃない。


 助けなきゃ。そう決めた私は、新妻くんのいる教室へと急いだ。


 新妻くんを連れ出して、生徒会館で状況を説明した。それから変装用の服を渡して、中山さんを探しに行く。そのとき、ふと思いついてしまった。


「私は一階の寝室を使うから絶対に覗いちゃいけないから」


 人は禁止されるほどその行為がやりたくなるという反対の反応をしてしまう、というカリギュラ効果というものがあるらしい。


 それを新妻くんに使ってみたら、私の着替えを覗きに来てくれるのかな。

 寝室に入って、制服を脱ぐ。時間がかかると新妻くんには言ったけど、シンプルなカットソーとロングスカートだから本当は時間なんて全然かからない。だから下着のままで扉を開けるのをじっと待ってみる。


 五分くらい経ったかな。全然やってくる様子はない。

 十分は経ったはず。まだ階段を下りてくる音もしない。


 まだ夏には少し遠い部屋の中で下着姿のまま待っているのはちょっと辛い。やっぱり私の体に興味がないのかな。そう思いながら諦めて着替えを済ませて寝室を出る。そこでちょうど新妻くんが階段を下りてくるところに鉢合わせた。


 露出が少ない服を選んだつもりだったけど、体を覆うとやっぱり新妻くんは女の子みたい。長い前髪で顔を隠していることもあって、輪郭も細く儚げな印象を受ける。指先も細く真っ白で、自分の手と並べたら負けちゃいそうなくらい。


 でも中身はちゃんと男の子なら、覗きに来てくれてもいいのに。


「いくじなし」


 文句の一つだって言いたくなる。結構寒かったんだから。びっくりしてオロオロしている新妻くんを置いて、私は中山さんを探しに学校から抜け出す。


「もしかして私って、間が悪いのかなぁ」


 恋なんて初めてなんだから、当然なんだけど。

 やっぱり現実はマンガみたいにうまくはいかない。もっと大胆で一気に心を引き寄せるようなエッチな展開を作らないといけないのかも。




 街中を駆け回って探したけど、中山さんたちは見つからなかった。携帯電話を持っていないから、連絡がとれずに生徒会館に一度戻ると、新妻くんの声が食堂の方から聞こえてきた。


「見つかったのね。よかった」

「迷惑かけてすみませんでした!」


 勢いよく立ち上がった中山さんがそのまま骨が折れるんじゃないかという勢いで頭を下げる。思っていたイメージとは違う丁寧な言葉遣いで驚いてしまった。人は見た目で判断しちゃいけないわ。


 話を聞いていると、新妻くんが三人の脱獄は自分の指示だったと嘘をついて、その場を収めたということだった。新妻くんの責任となれば生徒会の特権で何とでもなる。一般生徒と同じように処分することはできない。


 ピンチでも頭が回るという話を聞くと、私は去年の秋のことを思い出す。そういうときの新妻くんは自分を犠牲にしても誰かを助けてくれる。でもそれはやっぱり私だけじゃなくて誰にでもしてしまうのは、ちょっと悲しかった。


 やっぱりこのままじゃよくない。ただでさえ向こうは新妻くんのクラスメイトなんだから。だいたいでも出張に出ている夫に会えない妻は遠くの夫より近くの間男を選んでしまうものなんだから。


 ここで新妻くんは私のものだってアピールしなきゃ。


「新妻くんもよく頑張ってくれたわ。後でご褒美をあげないといけないわね」


 ちょっといきなり感が強かったかな。なんだか新妻くんは戸惑っているみたいで、いつもよりも反応がかわいい。やっぱり中山さんが一緒にいるから? 考えても答えは出ないけど、直接聞けるほどの勇気はない。


「生徒会の役割を果たしたまでです」

「真面目な答えね。そろそろ禁断の果実に手を出してもいいと思うのに」


 しどろもどろになりながらも、答えてくれた新妻くんにもう一押ししてみる。もしかして今回はちゃんと伝わってる? だったら早く中山さんたちを追い返して二人っきりの状況を作らなきゃ。


 どうしよう、いい理由が思い浮かばない。考えていると、中山さんは私の顔をじっと見てから、急に立ち上がって叫んだ。


「なんかエロい感じがする!」


 やっぱり。今の私、エッチなアピールがちゃんとできてる!

 中山さんにはちゃんと伝わってる。よく私の心を察してくれるいい子なのね。新妻くんは譲れないけど、生徒会特権を分け与えてあげたい。


 そっか、私の行動は間違ってないのね。だったら当然新妻くんにも私の気持ちは伝わっていて、でも学校だからって遠慮してるのかもしれない。


 私からもっともっとアプローチをかけて新妻くんをその気にさせなきゃ。

 作戦を頭の中で考えていると、いつの間にか中山さんたちも生徒会館から出ていったようだった。新妻くんにはどんなことをしてみようか。そんなことを考えながら私は自分の方法にようやく自信が持てた気がした。

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