帝国暦733年 夏 試遊/西暦20××年 調査

 卓ゲーに親しむ民が新たなゲームを手に入れて一番にすること。それはテストプレイである。


 「木製だからか、持ちづらくて仕方ないな。撓まないせいかね」


 「仕方ねぇだろ、TCGトレーディングカードゲームの紙は製紙技術の最高峰なんだ。流石に現時点じゃ真似できねぇから我慢しろ。次善策としてホルダでも作るかね。立てて置いたら気にもならんだろ」


 「あたしとしては、もう少し大きく作って欲しいところね。シャッフルが上手くいかない」


 「規格外の巨人マイノリティに合わせて物作ってたらキリがねぇよ! 今度は俺らが持ちづらくなるわ!」


 ルールの把握を兼ねて一頻り遊んだのは、何も三人がボードゲームに飢えていたからではなく、この後アウルスが父親に事業計画書を提出し、貴族の茶会や酒宴にて宣伝をするためである。遊び方も知らないで商品を他人に宣伝できる訳もなく、ならば導入説明を兼ねて一戦と相成った。


 ゲームのルールそのものは簡単で遊びやすいものだ。前世で三人が遊んだことのあるシステムで気に入った物を闇鍋的に混淆しており、一戦も15分前後で終わるため娯楽としては調度よい塩梅に収まっていた。


 20点の国力ライフポイントを削り合い、0点になった方が負けというシンプル極まるルールは、TCGが普及していない世界では丁度良い分かりやすさであろう。


 「しかし、これ量産の目処は立っているのか?」


 「版画の職人が親父の直弟子だから何とでも。良い腕だぜ、日に三枚は原盤を仕上げてくる。印刷技術はちょっとした研修を受けさせりゃ、誰にでもできるようなもんだから生産性も中々だと思うぜ」


 「……この品質で?」


 うむ、と尤もらしく頷くベリルに門外漢二人はプロってスゲーなと舌を巻いた。子供の頃、小学校の図画工作にて版画を作ったことのある二人であったが、あの頃の記憶を引っ張り出すと半期で漸く一枚仕上げるような課題だったはずだ。図画工作が週に二コマしかない授業で、素人の小学生という事情を加味しても段違いの素早さである。


 職工と鉱夫の種族という評価は伊達でも酔狂でもないらしい。他種族が職人として大成するのが難しいとまで言われるのも納得であった。


 「家の連中は口が硬いから技術の流出の心配は要らねぇよ。実質一門衆だ、余所に身売りしたって生きていけるもんでもないからな。この界隈は腕前勝負に見えて、かなり義理と血縁の世界だ」


 「後の心配は工場を作った時の人手か」


 「その辺は若の面目躍如では?」


 巨大な肘がからかうように少年を突っつくと、小さな体は撥ねられたような勢いで揺れる。倍近い上背の女が相手であれば、からかいでさえ十分攻撃になり得るのだ。


 反撃として脛に蹴りを一発くれてやっても、日々の鍛錬で蹴られ慣れているのか眉さえ動かさぬ護衛に舌打ちを溢しつつ、アウルスは勝ち目を失った手札を放り投げて寝椅子に身を投げた。


 「工場を回すのに何人欲しい?」


 「まぁ、単純作業をするだけの面子なら5人もありゃあ十分かね。版画やらテキストの整理はこっちでやるから、刷って纏めるだけだから学も知識も要らねぇよ」


 「ふむ……だが、奴隷を買ってきて働かせるのは、些か不安が残るな」


 帝国には奴隷制がある。奴隷と一言でいっても多種族と融和してきた国家だけあり、南米からアメリカに輸入されていた黒人奴隷達とは趣が異なる。


 帝国における奴隷とは労働力にして財産。安価な耐久消費財として使い潰されて来た黒人奴隷とは異なり、国家制度上の一身分に過ぎない。


 帝国法によって定義される奴隷とは、職業の自由、移動の自由、婚姻の自由を所有者によって縛られる権利制限者であり、権利を制限されこそすれ個人としては最低限尊重される。


 奴隷だからといって無体な扱いをして一切の咎を受けないこともなく、買ったからといって持ち主がその命を含めた一切を自由にできる存在でもない。無論、全くの制限を受けない個人と違い、小銭程度の罰金や訓告で済むのが殆どであっても、最低限“人間”として見られている分、まだマシであろう。


 要は極めて不自由な雇用契約を結んだ使用人と解釈できるのだから。


 「俺ぁ別に工員の出自に拘りはねぇから、別に奴隷でも構わんぜ」


 「だが、アイデア勝負の商売で情報が漏れるのは困る。ふむ……父上の領地から働き手を募ってみるか。恩と金、そして家族で縛り上げれば口も堅くなろう」


 最も一般的な奴隷は使役奴隷であり、ベリルが工場の従業員として使っても構わないと言ったものだ。移動の自由がなく、労働が主人に制限され、市民より安価な賃金で働かねばならぬ身分は正しく奴隷と言う他なかろう。


 他にも刑罰奴隷や債務奴隷、農奴という形態もあるが、今は深く関わらぬため割愛する。どうあれ奴隷は帝国の制度に深く根付いており、労働者として国家の維持に関わっていると理解できればよい。


 「持ち出しやらはできんように工場も勤務態勢も気を遣うから、そこまで心配せんでいいだろうよ」


 「念には念をだ。初っ端からコケたら縁起が悪いだろ。とりあえず10人くらい用意しておいてやるから、工場の件は任せるぞ。早めに図面と制度を纏めて提出してくれ」


 「そりゃあ別に構わんが……5人で十分つったろ?」


 「倍もいれば余裕を持って休ませながら働かせられるだろう。気持ちよく働いて貰わんと長続きせんからな」


 「貴族のお坊ちゃまは、流石慣れていらっしゃる」


 「皮肉のつもりなら利かんぞ。家の奴隷はみんなブラック企業の営業やSEより十倍はいい暮らしをしとるからな」


 にやっと余裕のある笑みを浮かべ、机の端っこに寄せられた果物をつまみ上げるアウルス。事実、彼の家は帝国の霊猿人種有数の大家であるため、抱えた奴隷の数は非常に多い。帝都の本邸だけでも数十の奴隷が働いており、家人の個々が所有する奴隷や、領地で経営している壮園で働く奴隷を含めれば更に何十倍にもなる。


 この大所帯は十分に休養を取らせながら家業や雑事を効率的に回すために用意され、生活振りは下手な市民が羨むほど余裕があるとカエサル一族は誇りを持って断言する。


 人は皆財産。それを正しく認識して運用してきたからこそ、アルトリウス氏族の中でも有数の蓄財を成してきた背景があるのだ。


 「休日ローテ考えたら、8人程が平均して働き続けてる感じかね。日産はどの程度だ?」


 「版画だからな、乾かす時間なんぞも要るから週で計算すると、5枚1組で売るとすれば……大体1,000組くらいかね。資材の納入速度と気候に依るが」


 「そんなに」


 驚く巨人に対し、鉄洞人は効率的に製造ラインを作ればそんなもんだと笑った。何よりも手間が掛かる木材の加工に関しては、彼女の父が経営する工房から仕入れるため、専門家の本気を甘く見てはならぬと言う話だ。


 「ま、活字を組み替えることを考えりゃ数日は同じ札を作り続けて、在庫が十分に溜まったら次を作る形になるから、一週間で売れるパックが1,000作れる訳じゃねぇよ。第一版は全120種類にする予定だから、まぁ売れるようになるまで三月はかかるが」


 「だとしても大した物だ。パックだけじゃなくて、買うだけで遊べるセットも用意しておけよ」


 「勿論、ルールブックもちゃんと用意してあるよ」


 本とは名ばかりで板きれの集まりだが、と言いながら鉄洞人は机に広げた札を束ねて終い仕度を始める。札の大きさと時間の都合もあって遊べなかった巨人がしまわれる札を口惜しそうに見ていたが、需要のことを考えると大きさが改善されることは当分ないだろう。


 「これで統一規格と流れ作業に慣れた工員を育成し……」


 「金をガッポガッポ稼いで更に巨大な工場を作る! 最盛期にゃ社員が実質金刷ってるようなもんだぜと嘯いた商売だ、しゃぶりつくして世界を救う礎にしてやんよ」


 ニヤリと笑うベリルに二人も笑みで答え、再び酒杯を手に打ち合わせる。


 どうせなら楽しく稼ごう。皆を楽しませ、恨まれることなく手前の懐が潤えば万々歳と笑い、今後の展望を語って三人の再会は上首尾に終わった…………。












 戦争も商売も、全て奔流の如く全力を叩き込むのではなく、橋頭堡という注ぎ口を用意してから行うのが定石である。


 軍隊は先遣隊が安全に上陸できる場所を確保してから本軍を進めるし、チェーン店も数店舗経営して風土の特徴を把握した後に本格的な拡大に乗り出す。


 世界そのものの地上げという悪辣な事業もまた例外ではなかった。


 「岩を割るのと似ておる。世界が簡単に壊れぬよう、神は硬く硬く作るのでな。そこで、世界を割るために幾つも楔を打ち込んでいくのじゃよ」


 神が手を翳せば、いつの間にやら机の上に地球儀が現れていた。そして、指を差した所に黒い点が灯り、それが幾つも連なるにつれて“ひび割れ”を作っていくのが分かる。


 「穴一つは小さな物で、たいした成果をかすめ取ることはできぬ。しかし、それが連なって罅を作れば巨岩であっても割ることが能う……この穴を全て塞ぎ、世界の終わりを防ぐのが最終的な目標じゃ」


 分かりやすいようで非常に難しそうな議題に三人は閉口せざるを得なかった。


 神が言う穴とは、即ち迷宮ダンジョンであり、迷宮の奥に外なる神が作った異界に繋がる橋頭堡が存在する。それを潰してしまえば穴は自然と閉じ、世界の滅びも自然と止まると言うが、これが中々に厄介であったのだ。


 穴こと迷宮は人々に利益ももたらす。外なる神の走狗から剥ぎ取れる素材、かつてその神が壊した世界の名残とも言える財宝、そして穴自体が存在することによって創出される雇用。穴を利用して飯を食っている者達にとって、穴は壊されると困る鉱山のようなものなのだ。


 これを破壊して回ることは相当な困難が伴うであろう。


 穴を塞がれては事業が滞る異界の神が放った走狗や防衛者によって幾重もの防衛線が敷かれ、最奥に到達するまでに付きまとう障害は言うまでもない。走狗は外なる神が余所の世界を壊した時の残滓で作るため強さはピンキリであるものの、ほぼ無尽蔵といっていい数が供給されるため生中な戦力での突破は不可能である。


 また、迷宮は放置すれば放たれた走狗が出てくるため、往々にして入り口が蓋をされているものの、その多くを何処かの国や集団が管理している。迷宮から走狗が吹き出して土地を荒らされると困るのが一番の原因であるが、彼等は迷宮から出土する財宝を欲しているからということもある。


 入り口を塞ぎ、入場を制限すれば入場料を得るだけでなく、成果物に税を掛けて一儲けすることもできるのだから。


 神々は神託を下し、迷宮を踏破し最奥の核を壊せと命じているものの、迷宮が人々に利益を与える限りは本腰を入れて壊しに入る国は出てくるまい。一言で破壊すると口にするのは容易くとも、長い迷宮を踏破して核を破壊することを“事業”とするのは、あまりにも不採算すぎてどの国家もいい顔をしない。


 それどころか、率先して壊している者達が出てくれば妨害すら始めかねなかった。労働人口の受け皿と税収を守るため、神の立場を尊重しつつ「鋭意努力いたします」となぁなぁにしておく方が簡単なのだから。


 結局、国も人間も数千年先の滅びより、今の代の繁栄が大事な生き物なのだ。


 「……難儀だな、これは。生まれ変わった先で強くなって迷宮を踏破すればいいって話でもなさそうだ」


 「まず始末されるわな。俺ならそうする。大事な資源を枯らされちゃ堪らん」


 「なら必要なのは迷宮を踏破できる武力と……」


 「それを邪魔させない権力と財力か」


 穴の管理権を得てしまえば、潰そうがどうしようが文句を言ってくる者は減り、文句を言えないだけの権力を以てして迷宮を踏破する部隊を差し向けても同様だ。資源が枯れることは惜しいが、それは別の資源を作ることによって補えばいい。


 そのために必要な物は技術、金、そして政治力に軍事力。


 「政治力と経済はまぁ、Aだよな」


 「そうだな、金を背景に権力を得てコネを作り根回しし、大義名分を掲げて矢面に立つと」


 「なら技術はBね」


 「単純に金稼ぐだけじゃなくて、迷宮の探査に必要な技術と軍事力の底上げかぁ……こりゃ忙しいぞ」


 「で、譜代の軍事を任せている家のCが軍事方面だな」


 「ああ、もう、何処に行ってもやることがあまり変わらない……」


 聖剣を携えて迷宮に乗り込み、押し込み強盗の如く走狗も防衛者も叩き切って核を破壊して終わるほど話が単純であればよかった。しかしながら、文明社会に一つの財源として認識される物を完全に取り除くのは難しい。


 この場合、他国の領域にまで赴き、迷宮を破壊する必要さえあるのだから。


 「まぁ、ゆっくり腰を据えて頑張るがよい。別にそなたらの代だけで終わらせねばならぬことでもないのでな。何なら子や孫に受け継ぎ、千年掛けて終わらせるつもりでもよいのじゃ。相手もそれくらいの時間感覚で動いておる」


 悠長に笑う神とは逆しまに、定命である人間三人は言われてもゆっくり構えていることができなかった。動ける内に動き、一気にカタを付けたいと思うのが心情である。


 それに忘れてはならない。これは神から委託された事業である。報酬さえ明確にされていないのだから、罰則がどのようなものか分かったものではない。ならば、全霊で挑み新しい生を堪能した上で目的を果たさねば先がないのだ。


 失敗したから魂を輪廻に放り込まず砕きますだとか、地獄に放り込んで憂さ晴らしをしますなどと後出しで言われては堪ったものではない。


 「第一段階は合流し、第二段階で金を稼ぐ」


 「そこからは技術を向上させて基礎を固め、迷宮の攻略組織を主導」


 「後は政治的に他国へ働きかけながら迷宮を踏破していくということで」


 目標が決まり、必要な物も分かったとロードマップが書かれていく。急がば回れとはよく言ったもので、成すべきことが分かっても一足飛びに解決することができないならば、頑丈な足場を用意して一歩一歩登っていくのが最適解となる。


 必要なのは少数の英雄ではなく、迷宮を効率よく踏破する組織。


 そして組織を養う経済力と彼等を十分に戦わせるための武装。


 「よし、まずは転生先の世界を調べるぞ。技術レベルが分からにゃ何を持ち込めばいいかも分からん」


 「なら手分けしましょう。あたしは迷宮や異世界特有のことについて纏めるから、Aは情勢や国家についてよろしく」


 「分かった。じゃあB、お前技術関係頼むわ。一番器用だし、そっち系の学部出てて仕事だって鉄工メーカーだろ」


 「俺ぁ総合職で研究じゃないんだが……昔取った杵柄ってヤツか。分かった、異世界にボルトアクションライフル持ち込んでバランスをメッタメタにしてやんよ!」


 「ほっほっほ、元気でよろしい。では頑張るがよい。下準備に期日は設けぬのでな、思う存分予定を立ててから行くがよい」


 せっかちな定命三人は立ち上がり、全てを纏めているという書架へ急いだ。鉄は熱い内に打った方が良いと、創作系のサークルに所属していた三人は重々承知しているからである。


 それに、これ程までに遠大で面倒な課題を設定されたならば、攻略には同じ位複雑で壮大な計画が必要になるのは目に見ている。


 最低限、国政を動かせるだけの身分と十分な私兵を養える経済力が必要とならば、満たすべき条件はあまりに多い。


 暢気に笑って魂三つを見送った神は、さてどれくらいで準備を終えるかと予想しながら姿を消した。


 彼にとって、これが初めてのオファーではないのだ。どの程度の期間籠もるかは十人十色であったが、この三人ならば相当の期間になることは想像に難くない。


 果たして1年か2年か、いや技術を実際に習得させる実技習得の補助設備も用意してあるため、凝れば10年20年に達することもある。ここで考えだけ練って、いざ現地で組み立ててみれば動きませんでしたでは困るのだから。


 さぁ、次は基底現実時間でどれだけ過ぎたら様子を見に来ようかと考えつつ、誰に悟られることもなく世界の所有者は静かに消えた…………。


【修正補記】

 2021/12/2 誤字脱字訂正・一部加筆

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