悪友と、合コンの誘い

「七条のせいで怒られたじゃねえか!」

「古川がうるさいせいでしょ! あたしに責任転嫁しないでよ」

「は? 元はといえば、お前が変な事言い出すから」

「古川だって乗り気だったじゃない」

「どこが!? 一切乗り気じゃなかったよ。無理矢理テンション上げさせられたし、結局走って登校することになるし、散々だわ」

「……っ。わ、悪かったわね。はいはい。あたしが全部悪いわよ。それでいいでしょ!」


 当初は時間に余裕があったものの……気がつけば、背後から遅刻の魔の手が迫る頃合いになっていた。


 通学路を小走りで進み、お互いに息を切らしつつ、視線で火花を散らす。

 聞いて驚け。俺たちちょっと前まで『愛してる』って言い合ってたんだぜ。信じられないだろ? まるで長年の宿敵と相対した時のような、険悪な空気が流れている。


「……ったく、膝枕の辺りまではまだ可愛げあったのにな」

「な、なによ。今のあたしは可愛げがないっての?」

「はい。一切、可愛げがありません」

「む、ムカつく! 惚れ薬また使ってやろうかしら」

「七条、超かわいい!」

「変わり身早すぎるでしょ。それはそれでムカつくわ」


 恨めしそうに睨んでくる。

 けれど、小動物に睨まれているようなものだ。そこに気迫や威圧感はない。


 七条はふと思い出したように呟く。


「と、というか記憶失いなさいよね。なにしれっと、記憶維持してるのよ」

「は? ……あー、そういやそういう設定だったか」

「設定言うな。もう、ホント滅茶苦茶……」

「こっちのセリフだよ……」


 馬鹿みたいな話だが、惚れ薬の効果が切れると、その最中にあった出来事は記憶から欠落する。という設定がある。

 実際、その共通認識があった上で、七条は朝っぱらから堂々と、ハグ、膝枕、愛してるゲームと三連コンボを決めてきたのだ。


 というか、俺にかかった惚れ薬がいつ切れたのだろう。考えるのも面倒くさいので、今、惚れ薬が切れたことにするか。


 コホンと、わざと咳き込むと、俺は惚けた声を出した。


「あ、あー……記憶がねぇわ。登校中のあるタイミングを境に、記憶が欠落してる」

「ふ、ふーん。大変ね。……あ、てかホント遅刻しちゃう。速度上げるよ古川」

「おう」


 さっきまでの事は一旦忘れて、俺たちは学校へと急ぐのだった。



 ★



「重役出勤か古川。偉くなったな」


 二年Bクラスの教室。黒板側の扉から、入ってすぐにある俺の机。

 そこに荷物を置いて、荒れた息を整えている時だった。


 飄々とやってきた悪友──安城あんじょうが俺を見るなり悪態を付いてきた。


「そういう事は俺が遅刻してから言ってくれ」


 時計の針は八時三十四分を差している。始業は、八時四十分から。

 少し危ない時間帯ではあるが、遅刻はしていない。無理して走らなくても大丈夫だったな。


「てか古川さんよぉ。今朝のあれはどういうことよ?」

「今朝のあれって、七条と一緒に居たことか?」

「そう。実際、珍しいじゃん。一緒に登校してるのなんて久しぶりに見かけたよ」

「まぁ偶然な? 偶然、家を出るタイミングが重なったんだよ。それで、流れで」


 正直に話してもいいが、安城が口が軽いからな。性格も軽い。

 余計なことは言わないに限る。


「ふーん。実は、七条さんと付き合い始めたってことはないのか?」

「ねぇよ。期待に添えず悪いな」

「いや、それ聞いてちょっと安心した」

「は?」


 てっきり俺を茶化すつもりで聞いてきたと予想していた反面、『安心』というワードは耳に引っかかった。

 怪訝に安城を見つめる。


「実はさ、今日合コンすることになったんだよ」

「合コン?」

「あぁ。他校の女子三人と。そんで急な欠員が出てさ……古川、穴埋めしてくんないかな?」


 パチンと両手を合わせて、雑に頭を下げてくる。

 安い神頼みのポーズで、俺を合コンのメンバーに勧誘してきた。


「いや、俺そういうの苦手なんだけど」

「そこを頼むよ。いい加減、古川もカノジョ欲しいだろ。七条さんとは何もないみたいだし……ここらで出会いを求めるのもアリなんじゃねえか?」

「……出会い。出会いねぇ」

「あ、言ってなかったが、合コンの相手『麗聖れいせい学園』の女の子だからな」

「え、あの、顔面偏差値が全員七〇越えのあの麗聖!?」

「ああ、やる気出たか?」


 ゴクリと生唾を飲み込む。

 麗聖といえば、特に男子の間で有名だ。右を見ても左を見ても、美少女しか居ないらしい。……まぁ脚色が入っているのは否めないが、それでも可愛い子が多いと聞く。


 俺も男子高校生の端くれ。興味がないといえば、嘘になる。


「それに付き合う云々はさてとき、女子の知り合いがいて損はないだろ? どうだ。このプレミアチケットを手にする気は」

「やっぱ持つべきモノは、人脈の広い親友だな」

「てことは、参加ってことでオーケー?」

「ああ! もちろん参──か、す」

「どうした? 急に」


 突然、声が尻すぼみになって、表情を堅くする俺。安城がそんな俺を心配する。

 きょとんとする安城の背後から、こちらに迫ってくる亜麻色髪の女子生徒。肩の辺りまで伸びたその髪は、ふんわりと宙を漂う。


 ギロリと獲物を狙う肉食獣のように鋭い目つきだった。


 あっという間に安城の横を通り過ぎ、俺の目の前に到着すると、彼女は問答無用で耳たぶを引っ張ってきた。


「……な、なにすんだよ。いっ、痛いって!」

「ごめんね安城くん。古川、ちょっと借りるね」


 七条が、俺の耳を引っ張ったまま、廊下へと足を運んでいく。

 俺は耳に激痛を覚えながら、七条に引っ張られるがまま廊下へと一歩踏み出した。


 安城は俺と七条を一瞥すると、


「お、おう。え、えっと……HRまでには戻って来いよ」


 と、それだけ言って、自分の席へと戻っていった。アイツの友達、やめよう……。

 そうして、人気の少ない壁際に追いやられる俺。七条は、頬に空気を溜めて、不満げだった。


「さっきのなによ」

「さっきのって? つか、耳引っ張るのやめろよ」


 俺は右の耳たぶを擦りながら、目を眇める。


「だ、だから合コンとかなんとか! 参加しようとしてたみたいだけど」

「もしかして、嫉妬してるのか?」

「し、してない! してないけど……うぅ」


 涙目になって、顔を赤らめる。

 こういうときはアレだな。惚れ薬だな。


 俺はポケットから取り出すと、ノールックで吹きかけた。

 七条は動揺から目を見開くと、頬をひくひくと揺らした。


「……あ、アンタさ。惚れ薬を素直になる薬と勘違いしてない?」

「違うの?」

「違うわよ。……いやまぁ、その節はあるけど」

「とにかく、俺、惚れ薬使ってんだけど」


 正確には水だが。香水ですらないが。


 七条は、顔を更に赤くすると、唸りながら顔をうつむかせた。


「そ、そうよ……嫌。古川が合コンに行ったらヤだ」


 そうして、子供が駄々を捏ねるみたいに、胸の内を明かしてきた。

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