愛してるゲーム

「あ……愛してるゲーム!」

「……………………」


 俺と七条はいまだに公園にいた。

 まだ登校してねぇのかよって思った人、俺が一番それ思ってるから。マジ、登校中になにしてるんだろうね俺ら……。


 ハグして、膝枕して、しまいには七条が再び変なことを言ってきた。


「は、反応しなさいよ」

「え、えっと……わ、わーい」

「馬鹿にしてんの?」

「いや、どうしろと……」


 キッと鋭い眼光をぶつけられる。


「も、もう一回行くから、今度はちゃんと盛り上がりなさいよね」

「……嫌だなぁ……」

「そこ、文句言わない。あ、あたしに惚れてるんでしょ」

「……ちっ」

「舌打ちした! 今、普通に舌打ちした! ねぇ、アンタちょっとは設定守りなさいよ!」

「そっちこそ、設定とか言っちまってんだろ!」

「うっ、そ、それは……コ……コホン」


 コイツ、咳払いひとつでリセットしやがった。滅茶苦茶である。

 惚れ薬の設定、無理がありすぎる……。せめてどっちかが、真性の馬鹿じゃないと成り立たないだろ、これ。


「愛してるゲーム!」

「い、いえーいっ」

「ルールは単純。顔を見合わせて、交互に『愛してる』って言い合うの。ただ、少しでも照れたりしたら負け」

「……や、やめない?」

「やめません。負けた方には罰ゲームがあるから、きちんと履行すること。いい?」

「……はい……」


 やりたくねぇ……。

 どうして、こんな浮ついたゲームをしないといけないのだろう。


 愛してるゲーム、聞いたことはあるが、実際にやったことはない。

 初めてカラオケに来たときのような、形容しがたい緊張感が俺を支配する。


「じゃ、じゃああたしからね」

「お、おう」


 少し距離を取り、互いに顔を見合わせる。

 パチリと目を合わせると、頬を紅潮させた。これまで、何千何万と見た顔なのに、照れ臭くて仕方がない。さっと、目をそらす俺ら。


「……ま、まだ始まってないんだけど。開幕早々照れてどうすんのよ」

「は? それはこっちのセリフだ。七条こそ照れてどうすんだよ」


 目も合わせないまま、いがみ合っていると、七条がパンパンと頬を叩く。

 小さく深呼吸をして、俺に向き直った。


「あ、あたしは全く全然照れてませんけど」

「俺だって照れてない」

「ふーん。じゃ、えと、始めるから」

「お、おう」


 今度こそ、『愛してるゲーム』が開始する。

 最初こそ、照れてしまったが、もう大丈夫だ。お互いに気合い十分。


 真剣に目を見つめ合う。


「ふ、古川……愛してる」


「っ」


 たかが五文字。されど五文字だった。

 受け取り慣れていないその単語は、激しく胸に突き刺さる。


 全力でポーカーフェイスを機能させて、平静を装う。七条も大概照れ臭そうにしていたが、ギリギリセーフなラインだった。


「つ、次は古川の番でしょ。なに黙ってるのよ」

「わ、わぁってる。こ、コホン」


 口元に手を置き、咳払いをする。

 喉の調子を整えてから、しっかりと七条を見据えて。


「あ、愛してる……七条」


「ッ」


 これ、誰が得するゲームなの? 

 お互いに羞恥プレイして、誰が得してるの? 


 言われるのも大概だが、言う方がもっと恥ずかしかった。

 言い慣れない単語に、口の中がそわそわする。なんかもう……うがいしたい。


「あ、照れたな。俺の勝ち」

「はぁ? 照れてないんですけど。古川の方こそ、照れてるじゃない。顔、真っ赤よ」

「いや一切照れてねぇから」

「あたしだって……てか、これどうやって決着付けるわけ」

「それは七条が最初に言ってたけど、照れた方が負けだろ」

「でも、第三者から勝敗を決めてもらわないと、あたし達ずっと照れた照れてないで水掛け論することにならない?」

「確かに」


 俺も七条も負けず嫌い性格。

 こと、ゲームとなれば尚更だ。照れたかどうかで勝敗を決める以上、各々の主観のみが判断材料。

 誰か審判的な役割の人間がいれば、話は別だけれど、この場に居るのは俺と七条の二人。これでは、日が暮れても勝敗はつかない。


「どうする?」

「言い出しっぺが、丸投げするのかよ」

「古川が照れてるのに認めないからでしょ」

「まんまそれ七条に返すよ」


 にらみ合い、視線で火花を散らす。

 俺は顎に手をやると、折衷案を出すことにした。


「あ、じゃあもうやめればいいんじゃないか。それで解決だろ」

「それはダメよ。てか、古川はあたしに惚れてるんでしょう。なに、逃げようとしてるのよ」

「……あーそろそろ惚れ薬の効果切れそうだわ」

「なんで効果が切れるタイミングが分かるのよ!」


 ベンチから立って、激昂する七条。

 俺は乱暴に頭を掻くと、


「じゃあ、目を逸らした方が負け。それでいいか?」

「……ん。古川にしてはまともな案を出すわね」

「元々俺はまともだよ。七条が、色々おかしいんだ」

「む。古川ホント腹立つ。なんでこんな男のこと──」


 ぶつくさと呟く七条。

 不満げな表情を浮かべると、俺の正面にやってきた。

 ベンチに座る俺を、上から見下ろしてくる。


「じゃあ、目を逸らした方が負けね。負けたら罰ゲームだから」

「ん。……目、逸らしたらちゃんと負け認めろよ」

「あたしのセリフ。古川こそ、誤魔化そうとしないでよ」

「当たり前だ」


 お互いの共通認識が生まれたところで、『愛してるゲーム』を再開する。



 ~三分後~



「愛してる!」

「愛してる!」

「愛してる!」

「愛してる!」

「愛してる!」

「愛してる!」

 ・

 ・

 ・

「愛してる!」

「愛してる!」



 互いに一歩も譲らないまま、愛してる合戦が始まっていた。

 目を逸らした方が負け。そうなった以上、照れることは水面下で許可されていた。お互いに顔を真っ赤にしながらも、それでも目は逸らさない。ヤケだ。


 だんだん、後に引けなくなって、声量ばかりが大きくなっていく。さっさと目を逸らした方が身のためなのだが、意地が邪魔をする。

 罰ゲームが嫌というわけではなく、単純に負けたくなかった。


 負けられない戦いがここにはあ──



「うるせぇぞバカップル! 朝っぱらから何騒いでんだ!」



 完全に二人の世界に入っていた時だった。

 だから、周囲の目など気にしていなかった。


 耳朶を打つ、おじさんの強烈な声が周囲を木霊する。


 俺と七条は、金縛りにあったみたいに身体を硬直させると、おじさんへと目を向けた。


『す、すいませんでした……』


 もう二度と、『愛してるゲーム』はやらない。そう、心に誓った。

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