ハグと膝枕

 通学路から離脱して、俺と七条は公園に寄り道をしていた。

 朝の時間帯だからか、単にこの滑り台とベンチしかない簡素な公園の需要度が低いのか、周囲に人影は見当たらない。


 二人横並びで、ベンチに座る。それなりに横幅のあるベンチにも関わらず、俺たちは肩と肩が触れ合う距離感を維持していた。

 そうして、カップルと見間違われても仕方のない状態で、七条が言った。変な事を。


「ぎゅ……ぎゅーってして」


 熟れたリンゴよりも、赤々と顔を染め上げ、恥を隠すようにスカートを強く握りしめる。それでも、目だけは逸らさずに、しっかりと言ってきた。


「な、なに言ってんだよ」

「あ、あれおかしいわね。今の古川、惚れ薬であたしにメロメロなはずなんだけど」

「っ。……いや、でもさ」

「とにかく、今の古川はあたしに惚れてんだから、大人しく言うコト聞きなさいよ」

「……へいへい」


 投げやりに返事をする。

 けれど、こんな粗暴な態度でも取らないとやってられなかった。


 表情とは裏腹に、心臓の鼓動が激しい。ドクドクとうるさいほど、耳に響いていた。

 俺は小さく息を整えると、七条との距離を詰める。腕を広げて、彼女の背中に手を回した。制服越しとはいえ、七条の体温が伝わる。


「……えへへ」

「もうやめていい?」

「だーめ。しばらくこのままだから。あたしがいいって言うまでこのまま」

「学校、遅刻するぞ」

「大丈夫でしょ。まだだいぶ余裕あるし」


 久々に七条と一緒に登校することもあって、今日は普段より早めに家を出ている。

 始業の時間までは、まだ余裕があった。多少、公園で時間を潰したくらいでは遅刻はしない。


 だからといって、この状況を続けるのは精神的にくるものがある。

 七条相手といえど、いや七条だからこそ、胸の辺りがソワソワする。それに、人目も気になる。誰かに目撃されないか心配で仕方ない。


 ドギマギしていると、七条が俺の耳に顔を近づける。

 鈴の鳴るような綺麗な声で、そっと囁いてきた。


「……大好き」

「っ。い、今は惚れ薬使われてないだろ……お前」

「関係あるの? どうせ古川は惚れ薬の効果が切れたら記憶失うんだから、なに言っても問題ない」


 その設定に問題あることに気づいてほしい。

 ドッと肩の荷が重たくなるのを感じていると、七条がためらい気味に切り出してきた。


「古川はさ」

「うん?」

「あたしのこと……好き?」

「ブハッ──コホッ、コホッ」


 つい咳き込んでしまう。


 互いに、背中に手を回し身体を密着させた状態。

 だから、七条が今、どんな顔をしているのかは分からない。それでもその質問は、決して茶化して聞いてきたものではない、それはわかった。


 七条は続ける。


「古川の本心が聞きたい。古川はあたしのこと、どう思ってるの?」


 直球な質問だった。

 惚れ薬とかは関係無しに、俺自身の答えを求めてられる。


 少しの逡巡の後、俺はゆっくりと呟くように返事をした。


「……わかんない」

「わからない?」

「あぁ。結局のところ、これまで七条のことは幼馴染として見てきたからさ。異性としてとなると──ハッキリした答えが出せない」

「ふんっ。……そこは嘘でも、好きって言いなさいよね。仮にも、惚れ薬使ってるんだから」

「いや、本心聞きたいって言ったのそっちだよな!?」

「…………でも100%ないわけじゃないんだ」


 七条は、嬉しそうにはにかむと、俺への密着度を更に上げてくる。

 甘い香りが宙を舞って、俺の頬に朱が注がれる。これ以上は、ちょっと限界である。


 七条の肩を掴むと、無理矢理距離を取った。


「は、はいもうおしまい! 十分やったろ」

「まだ足りない!」

「俺はもう供給過多なんだよ」

「むぅ……じゃあ次ね」


 七条は不満げに唇を尖らせるも、俺が限界なのを悟ってか諦めてくれる。

 けれど、まだ通学路に戻る気はないらしい。いつまでやるつもりなんだろう……。


「古川、膝をくっつけてちゃんと座って」

「これでいいか?」


 ベンチに座り直して居住まいを正す。

 七条はこくりと首を縦に下ろすと、何食わぬ顔で俺の膝元に頭を預けてきた。


 彼女の突拍子もない行動に、まぶたをパチクリ開け閉めする俺。だが、やっぱり七条は俺の膝を枕代わりに、寝転んでいた。


「……七条、さん?」

「なに?」

「この状況、説明してもらっていい?」

「説明いる? よくやってたじゃん。お互いに」

「小学生の頃の話な⁉︎ しかも、低学年!」

「あれさ、あたし凄い好きだった。古川の膝枕で寝るのも……古川があたしの膝に頭預けてくれるのも」


 昔の記憶を遡りながら、七条はふわりと微笑む。

 身体の向きを変えて、仰向けになる。ジッと俺の目を見つめてきた。


「古川は……好きじゃなかった?」

「……嫌だったらやってない」

「じゃあ、なんでやってくれなくなったの?」

「いやいつまでも、膝枕とかしてたらおかしいだろ。恋人じゃあるまいし」

「恋人ならしてくれるってこと?」

「っ。さ、さぁな。そうなんじゃね?」


 さっと横に視線を逸らす。この質問攻めはキツい。

 俺が羞恥で顔を赤く染めていると、七条が上体を起こす。


 居住まいを正すと、ぽんと自らの膝元を手で叩いた。


「今度は古川の番」

「は? いや、俺はいい」

「あれ……古川、惚れ薬が効いてないんじゃ──」

「──わーい。膝枕だー」


 空元気な声を上げて、七条の膝に頭を預ける。

 照れくささや恥ずかしさ、色々な思いが錯綜する。


 しかし、不思議と懐かしい気持ちが呼び寄せてきた。それからしばらく、古川の膝枕を堪能する俺だった。



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これから朝七時過ぎに更新します。

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