午前3時の青春とベテルギウス

陸前フサグ

午前3時の青春とベテルギウス



「天体観測しよう」


 いつでも青春出来るフレーズ。それが僕の口癖だった。そんな僕も高校3年生。毎日同じ事を教室で叫んでも、「コイツまた言ってるよ……」と、ホトホト呆れられるだけなのもわかっていた。


 青春への近道である誘いには誰も乗っちゃあくれない。このまま何もなく学校生活を終えようとしていた。

 

 しかし、最早高校も卒業だという2月の終わり、ダメ元で声をかけた友人が、初めて僕の誘いに乗ってくれた。実はクラスの気になっていた女子だったから、とびきり嬉しくて堪らなかった。

 玉砕覚悟だっただけあって、その喜びは並々ではなかった。


 未成年でも男。気になる女子には素敵だと、目に煌めく星を浮かべて欲しいもんである。

 見栄を張るため、宇宙へ誘うチケットである望遠鏡を新調した。


 デカくて優秀な望遠鏡。貯めたお年玉と財布には大打撃、場所も取れば、持ち歩くのも邪魔、背丈の半分以上ある。

 だけど自転車に跨り、望遠鏡を背負っただけで、必ず君が来てくれる気がしたのだ。


 約束の日、指定の時間は真夜中3時にした。


 学校側の丘の上にある赤い炭酸ジュースの名前が入ったベンチに集合とメールを打った。返事はなかったけど、きっと来てくれると信じて、タイヤ二輪を転がす。

 わざと急な道を選んで、高鳴る鼓動を心ではなく、体が理由だと自分に嘘をついてみたりもした。


 約束の時間、汗を拭きながら待ってもキミは来ない。寒空の元、1人で歯と歯の間から空気を漏らして時間を潰す。

 自転車をほっぽって、来た道を戻り、また丘へ爪先を向けて、もしかしてと振り返ってみても、居ない 来ない、携帯すら何も言わない。


 ふと空を見上げると、赤い星のベテルギウスが僕を笑っているように見えた。目立つ様にしているのは、僕を不愉快にさせるためなんだと、理不尽にそう感じた。一番好きな星なのに今は目に入れたくない程で憎らしくもあった。


 込み上げて来た全部を自転車のペダルから足を浮かながら下り坂で吐いて、好きなはずの君のキライだけを叫んだ。

 中には好きもあったかもしれない。いや、キライなんてほぼなかった。ただ、今日来てくれない事だけがキライだった。


 僕も臆病になった。


 事実、ずっと夢を見て想い描いた青春を嗤わうような君だったとしよう。しかし僕の頭の中では、そうではない優しいキミが僕の隣にいる未来を想像してしまうのは、まだ期待しているからだ。深夜も遅く、きっと眠っているだけで、約束を破ったワケではない、と。

 都合の良い漫画脳。もしくは恋愛ドラマの受け売りを鵜呑みにしているだけだろう。


「まさか、期待なんかしてないよ」


 けれど明日、いつでもサヨナラ出来るフレーズを考える。やはり保険はあるべきだ。僕は直接そんな事は口に出来ないし、明日何でもない様な顔のキミに会っても、寂しかったとは言えず「平気さ」と口角を引き上げて去勢を張るだろう。


 その心の準備のために、独りでも天体観測しようと丘へと戻る。自転車も望遠鏡も、最初に坂を登る時よりうんと重く、人をおぶっているように感じるくらいだ。


 見晴らしのいい丘から見る星空は憎たらしい程明るく、しかし、苛立ちを撫でてくれるようにパチパチと瞬いて綺麗なんだ。

 背負って来た望遠鏡もケースから出さず、約束のベンチに座って上を向く。

 

 時間がどれくらい経ったかなんて知らないが、そろそろ首が痛くなって来た頃、後ろから丘を登ってくる足跡が聞こえた。

 僕と同じような人ならば、きっと静かな方が良いだろうから、今度こそ準備を整えて帰宅する事に決めた。


「あの、遅くなってごめんね。お湯が全然沸かなくて」

「あ」

 

 ハンドルを握った両手の力が抜ける。自転車が倒れた音も聞こえなかった。

 来ないと思って諦めていたあの子の姿が確かに目の前にあった。大きめの水筒と「赤いきつね」と書かれたカップうどんが入ったコンビニのビニール袋を持って、確かに立っている。


 呆然とした僕に彼女は何度も謝ると、ベンチの上にカップを2つ置いて、手際良くお湯を注ぐまでやってくれた。


 脳の状況処理が追いつく。そうしたら僕は湯気が出そうな程に堪らなく幸せな気持ちになっていた。

 

 実を言えば、何処かで青春を信じていた。投げやりも青春のように大袈裟にすれば、きっと神様は見捨てないと何処かで信じていた。


 赤いきつねが食べ頃になると、彼女は箸とカップを渡しながら僕に微笑んだ。


「あのね、寒いところで食べるカップ麺って美味しいんだって。だから、私の大好きなおうどんを一緒に食べたかったの」


 こんな僕だから、そんな事を言ってくれちゃう彼女との先もやっぱり期待しちゃおうかなと都合良く考えたりもする。

 濃紺の夜空に光るベテルギウスより、僕の頬の方が赤い気がして、誤魔化す為に勢いよくずるずるとうどんを啜るのだ。


 いつか本当に、キミが僕と好き同士をしてくれるとしたら、その時は一生分の青春を考えて見ようかな。

 例え天体観測の出来ない様な雨でも、傘を挿して身を寄せ合い、空を見上げて2人で肩を濡らすのもいいと思う。 


 寒いからか、ベテルギウスが瞬くと、少し距離が近いのを冷やかされてるように感じた。

 「あんまり見るなよ」と、心の中で満更でもないような声を出す。

 赤いきつねのフタをベテルギウスに被せてみると、好きと好きが合わさって心がいっぱいになる。


 寒さの中に暖かさを齎してくれるキミだもの、僕の青春にきっと寄り添ってくれるだろう。

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午前3時の青春とベテルギウス 陸前フサグ @rikuzen_fusagu

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