ある日の彼ら〜仁義なき手合わせ〜:1

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メイン一行オールキャラでほのぼのギャグです。人物は揃っていますが、本編に関する重要なネタバレはありません。お気軽にお楽しみください。

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 のどかな昼下がりだった。ふくよかな森の香りを乗せた風が、木々の間をすり抜けて駆けていく。


 しかしそんな穏やかな光景を乱すのは、複数の荒々しい呼気だ。


「はあ、はあ……っ!」

「み、みなさん……。大丈夫、ですか」

「ええ、なんとかね……」

「う、運が悪かったっすねえ。まさか魔狼の群れと遭遇しちまうなんて」


 倒れた木々にすがって肩を上下させているのは、4人の若者たちだった。彼らの周りには、魔獣に分類される獰猛な獣たちが転がっている。若者たちの誰にも大きな負傷はなかったが、それぞれの顔には濃い疲弊が浮かんでいた。


「……」


 そんな仲間たちからやや離れたところに立っているのは、大きな戦斧を背負った逞しい青年だ。彼だけが唯一、若者たちの中で息を切らせていない。


 蒼い髪の下にある無表情を崩さぬまま、青年――セイルは、さくさくと草を踏みつつ近づいてきた人物を見た。


「なーによ。だっらしないねえ、お前たち。若いのに」

「……アガト」


 現れたのは、優美な浅葱色のローブを羽織った線の細い男。褐色の肌を取り囲む長い紫色の髪には、舞い散る葉のひとつさえ絡まっていない。


「どこにいた」

「えー、いたよ? 俺っちみたいな美男を見失うなんてひどい、セイちゃん」


 端正な顔の中で、垂れがちな深紫の目を細める優男。その正体は世に名高き“知恵竜”――アーガントリウスである。多くの魔法を極めたこの竜がいれば当然、今日のような戦闘など児戯にも等しいはずなのだが。


「そりゃいたのは知ってるっすよ。でも知恵竜さま、ひとっつも魔法をお使いにならねえじゃありやせんか!」


 大きな尻尾を逆立てて憤慨したのは、リス族の獣人タルトトである。この商人でさえ戦闘の補助役として走り回った状況を思い出し、セイルも腕組みをして糾弾されたオトナを睨んだ。


「数は多かったけど、そんな脅威でもなかったでしょ。今日のはさ」

「しかし姫様や商人は本来、非戦闘員の身です。早急に決着をつけるため、やはりお力添えを頂いたほうが――!」

「お前たちの健やかな成長を願ってのことよ? わかんないかねえ」

「半笑いで言っても説得力ないわよ、アガトさん」


 騎士リクスンの生真面目な意見や、セイルの妹エルシーの指摘を受けても、知恵竜はどこ吹く風といった態度を崩さない。


「せ、先生……っ!」


 乱れた黒髪を押さえながら立ち上がったのは、知恵竜の弟子でもある王女――フィールーンだ。セイルも含めた全員が注目する中、彼女はじっと魔法の師を見つめた。


「んー? どしたの、フィル」

「そんな……それほどまで、私たちの成長に期待して下さっていたのですね! 私、もっともっとがんばりま」

「はいはい、そこまで。騙されちゃだめよ、フィル。いつも絶対、面倒くさがってるだけなんだから!」


 純真な王女のきらきらした視線を遮るように割り込み、エルシーが緑髪を左右に振った。セイルよりもはっきりとした意見を持つ妹は臆することなく、ヒト姿をした竜を見上げる。


「……ちょっと疑問なのよね、最近。アガトさんって、ホントに強いのかどうか」

「え、エルシーさん!」


 ぎょっとした様子のフィールーンを手で制し、少女は続ける。


「そりゃあたしだって見たわよ、世界樹の湖でアガトさんが使った大魔法を。でもそれっきりじゃない? 以降の戦闘じゃいつも、何もしないで見てるか、ちょっとだけ防御魔法を展開してくれるくらいだわ」

「厳しいねえ、エルシーちゃんは」

「あたしたち、仲間になったのよね? ならちゃんと、お互いの実力を知っておくべきだと思うのよ。じゃないと、大事な戦いの時に困るわ」


 ずばり意見を言い切った少女に、タルトトが賛同の拍手を送る。リクスンもやや緊張した面持ちだが賛成なのだろう、腕組みしてうなずいていた。セイルが無言でフィールーンを見ると、王女はやや顔を赤くして呟く。


「そ、その……。弟子としては、師の腕前が疑われている状況は遺憾といいますか、なんというか」

「ふーん。つまりお前たちは、俺っちの強さを疑ってるってわけね?」

「お兄ちゃんはどう思う?」


 急に話を振られ、セイルはぽりぽりと短髪を掻いた。それぞれの言い分はわからないでもないが、自分には口達者な彼らを公平に沈静化できる舌など備わっていない。ゆえに短い思考の末、木こり青年はただの思いつきを口にすることにする。


「……手合わせすれば、すぐにわかる」

「それよ、それ! お兄ちゃんナイス!」


 すぐに飛んできた妹からの同意に、セイルはわずかに目を丸くした。さらに意外なことに、他の面々からも前向きな意見が届きはじめる。


「そういえば、知恵竜殿とは一度も手合わせしていなかったな」

「あっしは戦えませんけど、審判くらいならやれやすぜ!」

「先生の本気が見られるかもしれない……ってことですよね。な、なら私も」


 賑わいはじめた場の空気に、当の知恵竜は細い肩をすくめて言った。


「こうなりゃ仕方ないねえ。いいよ、手合わせしても」

「やったあ! 実は前から戦ってみたかったのよね。じゃあまずはあたしと」

「抜け駆けはよせ、ホワード妹ッ! 知恵竜殿、ぜひ俺と一戦」

「前に教えていただいた魔法、私なりの手を加えてみたんです。せ、先生、よければ私と――!」


 ぐいぐいと迫ってくる若者たちを見、アーガントリウスはきょとんと目を丸くした。


「それ、なんの順番?」

「なんのって、手合わせの――」

「冗談でしょ。メンドーだし、全員でいいってば」

「は?」


 血気盛んな若者たちを前に、数百年を生きる老竜は不敵に笑った。



「全員でかかってこいって言ってんのよ。ひよっ子ちゃんたち」





 森の中をしばらく歩くと、手合わせに最適な場所が見つかった。澄んだ湖畔に沿って大きくひらけた野原だ。目一杯身体も動かせるだろうし、魔法や矢も通るだろう。ずらりと並んだ木立の中へ飛び込めば、身を隠すこともできる。


 セイルと仲間たちがさまざまに戦闘計画を練る中、緊張感のない声が青空に響いた。


「うん、ココでいっか。んじゃタルっち、これ見ててね」

「了解でやんす!」


 アーガントリウスが袖の中から取り出した道具を、切り株に腰掛けた獣人へと手渡す。紫色の砂が詰まった砂時計だ。


「きっちり30分ある。4対1なんだし、それだけありゃ十分っしょ?」

「ああ」


 迷うことなく答えたセイルの胸の内で、“竜の賢者”――テオギスが、珍しく諦めたような声でつぶやく。


(その時計をいくつか増やしてもらう提案をしたほうがいいと思うけどね……)

「オレたちが勝てないと思ってるのか、テオ」

(ううん、若者の可能性は無限だと思ってるよ。でも今回、僕は知恵を出さないからね)


 意外な申し出を受け、セイルは太い眉をひそめた。アーガントリウスを見ると、こちらのやりとりを見透かしたような顔で笑んでいる。


「“手合わせ時に使う道具は自由。けれど用いる知恵は、みずからが培ったもののみ”――懐かしいルールじゃないの、テオギス? 今日も粛々と、その決まりに準ずることにしようかね」

「他に決まりごとはありますか」


 肩を回して身体を温めているリクスンの問いに、知恵竜は反対の袖からもうひとつの道具を取り出す。細い麻紐のネックレスで、くるみほどの大きさをもった水晶がつながれていた。


「魔法使いに一撃与えるってのも無粋だし、戦術には工夫の余地があるほうが楽しい。てわけでそっちの目標は、俺っちからこの水晶玉を奪うこと」

「ふ、触れるだけでも良いんでしょうか?」

「そんな細事を気にする愛弟子のために、わかりやすいルールをもうひとつ」


 大魔法使いが細い指をひとふりすると、どこからか小さな風が舞い上がった。タルトトの脇に置かれていた荷物から小箱が飛び出し、持ち主の手へと静かに落ちる。洒落た四つ足を生やした、年代物の宝石入れのようだ。


「砂時計が落ちきった時、奪った水晶玉がこの小箱に収まっていること。それがお前たちの勝利条件ね」


 切り株の隅に設置された小箱を不安げに見る審判タルトトに、「小型の結界張っとくから大丈夫だって」と知恵竜が笑いかける。セイルのとなりに立つエルシーが、神妙な顔をして言った。


「落ちきった時、ね。てことは時間内なら、アガトさんも奪い返しにくるってことだわ」

「そゆのは奪ってから考えることよ、お嬢さん」


 妹が隠す気もなく殺気を高めるのを感じつつ、セイルは最後の質問を投げる。


「禁止事項は?」

「セイちゃんとフィルの竜人化と、大規模な魔法。ただの手合わせで、見知らぬ森の営みを壊したくはないからねえ。その代わり、俺っちも竜には戻らない」

「精霊は?」

「そりゃアリよ。怪我したら治癒も使っておっけー。ま、ご安全にね」


 ひらひらと褐色の手を振るアーガントリウスに、若者たちは誰もが黙ってうなずいた。ぴりぴりとした緊張が漂いはじめる。


 その空気を無視したのんきな声が、激戦の開幕を告げた。



「はーい。んじゃ、はじめよっかね」



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