レンコンの日


 ~ 十一月十七日(水) レンコンの日 ~

 ※狡兎三窟こうとさんくつ

  身の安全のためにいくつも

  逃げ道を準備する




 ジェンダー平等。

 そんな言葉が叫ばれていても。


 なかなかどうして。

 男は男らしさ、女は女らしさというものが未だに残る日本である。


 こと、縫物について。

 どうしても嗜好と経験値で分があるのは女子。


 それに対して、料理については。

 俺の主観だが、四対六くらいのイメージで男子も家庭の戦力となっているのではあるまいか。


 まあ。

 どの御家庭でも四対六の仕事量、という話ではなく。


 ある場所では九対一。

 ある場所では一対九。


 それらをならすとこれくらいと言った感じ。



 ……そんな説は。

 わざわざ考え出して、ここで改めて唱えたたという訳ではなく。


 今、目の前で行われている光景を。

 言葉に置き直しただけなんだ。



「ちょっと! 煮物は弱火!」

「え? ぐっつぐっつ煮た方がよくね?」

「魚、そろそろヤバくない?」

「大丈夫だから! そっちに集中してろ!」

 

 どの班もほぼ同じ。

 家庭科の授業内容消費のために詰め込んだ。

 裁縫と料理を同時にこなせとの課題について。


 まるで慣れていない裁縫を、男子は女子に押し付けて。

 代わりに、ちょっとはできる料理をすべて請け負うという姑息な作戦。


「ただ提出できればいいってもんじゃねえと思うんだが。結果、裁縫が出来るようになるって目的は一体どうなる」

「じゃ、じゃあ、立哉君の分はまるっとやらないでおこうか?」

「…………こっちを頑張らせていただきます」


 別にできないわけじゃない。

 でも、俺の中のイメージでは。

 裁縫は『女らしさ』に属するわけで。


 ちまちまと操る針と糸。

 自分自身の、そんな姿を。

 なんとなく恥ずかしいと思っちまうわけだ。


 ……そう。

 女らしい。


 慣れない手つきながら。

 楽しそうにボタンを付ける女の子。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 慌ただしい中、ついつい目が行って。

 俺の邪魔をしてくるわけだ。



 女らしい。

 実に、女らしい。



「立哉~。お前、ほんとエプロン似合うな~」

「そりゃそうだ。毎日使ってると、必然的に馴染むもんだろ」

「……嫌味で言ったんだけど~」

「そうだったのか?」


 何がどう嫌味なのか。

 分からんことをつぶやくパラガス。


 そんなこいつと、もう一人。


「保坂。どうあってもすれない、山芋の最後の欠片はどうすればいいんだ?」

「諦めて食え」


 生活能力ゼロ。

 芝居にまつわること以外は、てんで無能な姫くんと共に料理を作る。


 と、なれば。

 必然的に、仕事量は8:1:1。


 じっくり眺めていたいものが目の前にあるのに。

 まるきり集中できやしねえ。


「俺~、料理得意~」

「どの口が言う。だったら手を動かせ」

「得意だよ~? でも、動かすのは口~」

「は? 作ることじゃなくて、食べるのが得意ってオチか?」


 しゃがんだまま、魚焼きグリルをじっと見つめていたパラガスが。

 俺を見上げて首を振る。


「違うよ~。ただ食べるのが得意なんじゃなくて~。可愛い女の子が作ってくれるの食べるのが得意~」

「下らんこと言ってねえで、そろそろ西京焼きをグリルから出せ」

「へ~い」

「……保坂」

「なんだ?」

「本気で味噌汁に山芋を入れる気か?」

「味噌汁って言うか豚汁な」


 そして姫くんが。

 半信半疑な顔しながら豚汁にすりおろした山芋を流し込む。


 なにが不服だってんだ。

 課題でそれ作れって書いてあるんだから黙って従え。


 ……たった六人分、三品の料理。

 俺が一人で作った方がはるかに早い。


 まず、なにやるのから始まって。

 これどう使うの。

 これどこまでやったらいいの。


 質問されるたびに手が止まるし。

 面倒でしかたないんだが。


 裁縫は丸投げなんだ。

 こいつらにも、何かやらせなきゃならねえ。


 俺は教師に向いてるなと。

 自分を励ましながら料理を続けていると。


「ふむふむ。ダイコンはそう切るのか」

「おお。面取りとかいらねえ。鍋に張り付いて見てれば煮崩れしねえから」

「なんでお前んとこのダイコンとうちの、色が違うんだ?」

「ダイコンはレンジであっためて、冷たい出汁に漬けておくんだ。それから煮こめば、中までしみしみ」


 各所から俺の元へやって来るのは。

 女子にいいとこ見せたいと願う男ども。


 ああそうやるんだと。

 俺の手際を盗み見ては戻っていくが。


「あれ? 保坂から聞いた通りに出来ねえ」

「保坂が言ってたのと、なんか違う」


 料理なんて。

 経験回数が頼りなんだ。


 知識や経験値が皆無な連中じゃ。

 俺の技は盗めねえ。


 なんたってこちとら。

 最愛の凜々花に美味しいものを食べさせてやりたくて。


 十年来鍋振ってるんだ。


「……よし。煮物、いい感じにできた。秋乃、味見頼む」

「うん。あ、でも、今手を離せない……」

「あっは! あーんが見れる!」

「あーんなのよん!」

「……お前ら二人には、えーんをくれてやる」


 二人にはげんこつを振舞ってから。

 小皿にレンコンとニンジンを乗せて。


「手が空いたら食ってみてくれ。あついから気を付けろ?」

「ふーふーが見れる!」

「ふーふーなのよん!」

「……凝りねえな二人して」


 呆れた二人にさらにげんこつを落として。

 ひーひー言わせているうちに。


 ようやく秋乃が箸を取って。

 穴の開いた方を摘まみ上げた。


「レンコン……」

「さすがに覚えて来たな、野菜の名前」

「どうしてこんな穴が?」

「えっと、確か……」

「……ちょっと、そっちの残りを見せて」

「味見を先にしてくれ!」


 そうお願いしてはみたものの。

 研究を開始した博士を止められるやつなどいやしない。


 どこから出してきたのやら。

 フラスコやらノギスやら。


 おおよそ、穴の解析とは関係なさそうなもので調べると。


「わ、分かった……」

「ほんとかよ」

「…………かも?」

「まあ、そんな落としどころだよな」


 曖昧な枕詞を付けながら。

 秋乃は、分析結果を教えてくれた。


「ここから、水を吸い上げる……」

「レンコンは水ん中に潜ってるんだよ」

「え?」

「吸い上げる必要ねえんだ」


 目を丸くさせた秋乃が。

 レンコンの断面をじっと見つめる。

 

 たしか、酸素の通り道だったかな。

 あとでネットで調べとこうか。


「それより、味見」

「だとしたら……」

「聞いちゃいねえ」

「わかった……!」

「ほんとか?」

「水を、出すところ……」

「え? 出すってどういうこと?」

「お手洗い的な……」

「うはははははははははははは!!! 下ネタか!」


 なんて発想だよ!

 でも、植物が排泄しない、なんて理屈はねえよな。


 ひょっとしたら、大発見をしたのかもしれない秋乃博士は。

 いつまでも試食してくれないことにイライラし始めた俺を感心させると。


 ……今の文章から。

 感心を取り除いた。


「で、でも、これだけ穴が沢山開いてるということは、お手洗いと共に水中を凄い速さで移動……」

「しねえよ! もう分析はいいから食え!」

「に、人間にもそれを応用できたとしたら……」

「そのジェット噴射で病院に直行するべきだ!」

「ノックされた時、上から顔だけ出せる……?」

「うはははははははははははは!!! 入ってます!」

「ちょっ、ちょっとそこの班? さっきから騒がしいですよ?」


 うわ、ヤバい。

 さすがに注意されちまった。


「すいません! 真面目にやります!」

「えっと、保坂君ね。さすがに減点です」

「うぐ」

「あと、女子の声も聞こえたけど。夏木さんと西野さん?」

「おい秋乃。お前も謝れ」


 そう言いながら。

 振り向いてみれば。


「こいつ……!」


 席に着いて。

 もぐもぐと。


 レンコンを咀嚼しながら俺たちを見上げていた。


 ……なんという回避能力。

 きっとこいつの逃げ道は。

 レンコンの穴の数だけあるに違いない。

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