録音文化の日


 ~ 十一月十六日(火) 録音文化の日 ~

 ※怒髪衝天どはつしょうてん

  めっさ怒った状態




「優太は好きなんだけど、保坂ちゃんはチーズケーキ好き?」

「聞いてどうする。俺はどうでもいいだろ」

「舞浜ちゃんが知りたいって言ってるのよん!」

「秋乃が?」

「そうそう!」

「…………好きだけど」


 十分休みに話す内容と言えば。

 何の生産性もないバカ話が多かろう。


 だが、その内容自体が意味不明だと。

 こうして眉根も寄るというもの。


「なんの質問だ? 甲斐にあげるプレゼント探してるなら、俺に聞いても意味ねえだろ」

「ちがうちがう! おもろいもんパラガスが貸してくれてね?」

「貸してないよ~。返せよ~」


 パラガスの長い腕をするりとかわしながら。

 きけ子が突き出してきたものは。


「ボイスレコーダー?」

「そう! 簡単編集機能付き!」

「編集?」


 パラガスが。

 どうしてそんなもの持ってるのか。


 理由は分かるが。

 脳が汚れるから考えたくない。


 それより今は。


「今の会話、俺の声を集めたかったのか?」

「そうなのよん! そして、面白台詞が今! 編集完了なのよん!」


 編集と言っても。

 せいぜい、部分削除が関の山だろう。


 大したやり取りはしていない。

 今のつっけんどんな返事で出来上がる言葉なんて、たかが知れてるだろう。


「スイッチオーン!」


 かちっ


『俺は』

『秋乃が?』

『好きだけど』


「おおごとっ!!!」


 大音量で流された捏造ボイス。

 ヒューヒューともてはやされるのも納得の爆弾発言。


 しかし、今のを聞いて。


「お、面白い……。あたしも作る……」

「お前にとっての優先順な」


 鞄から機械を取り出して。

 いつものように工作を始める、スーパー理系女子。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 世間一般的な感覚なら。

 どんなガラクタが出来上がるんだろうと。

 生暖かい目で見守るところなんだろうけど。


「お前はホントに作れるから却下!」

「えー?」

「そしてこっちのは没収だ!」

「えー?」


 えー? じゃねえ!

 削除だ削除!


 そんな俺の様子を見て。

 クラス中からも、えー? の大合唱。


「ふざけんな。こんなの、びーだ! びー!」

「…………面白くない」

「そしてやかましいことを言うお前は、しーだ」

「それはちょっと面白かった」

「さらにお前はハンダごてしまえ!」

「うん」


 なんだ。

 随分素直だな。


 まさか、今の一瞬で作り上げたとは思えんし。


「……五分前には席に着いていろ」


 たぶん、こうして。

 先生が入って来るのを。

 察知していたからなんだろう。


「……騒ぎの原因は貴様か」

「なんたる偏見」

「じゃあ今日は十六日だから、お前が昨日の続きから訳せ」

「十六日に何の関係が!?」

「……十六ページ分」

「Oh……」


 十六ページも訳したら。

 授業がまるっと終わっちまう。


 珍しい形で席を立たされながら。

 俺は、昨日拓海君が異世界ファンタジー風に訳した続きから読み始めようとしたんだが。


「ねえ保坂保坂!」

「……なんだよ」

「血の跡のことってなんていうの?」

「は? そんなのけっ………………、知らん」

「ちっ!」

「何をしておるか!」

「なんでもないでーす!」


 こいつ!

 まだ持ってるのか!?


 そして、今聞いてきたってことは。

 ボイスレコーダーのスイッチはON。


「…………まずいな」

「冒頭から間違ってるぞ。『実に美味い手料理』だ」

「これは……、かなりまずい」

「……がんこだな」


 十六ページ分の和訳。

 言葉を選んでいかねえと。


 こいつは、きけ子と俺との頭脳戦。

 いかに面白文章を作らせないようにするか。


 ……いや?


「なあ、俺はなぜ読まなきゃいかんのだ?」

「授業開始前に騒いでいた罰だ」

「好き好んで読むとでも思ってんのか? 先生が訳せばいい」

「…………十八ページ訳すまで座ることを許さん」

「増えてるじゃねえか!」

「二十ページ」


 くそう。

 そもそも読まない作戦失敗。


 やはり言葉を選んで。

 下手な事言わないように…………。


「くそう! ジョンのふざけたデートプランのせいでいきなり読めん!」

「さっきから何なんだ貴様は」

「アメリカ人ならカリフォルニアかフロリダに行け!」

「日本へ出張中なんだから舞浜に行くしか無かろう」

「……よし。そこに出かけたジョンとベティーは、贅をつくした夕食を楽しむと、手を取り合って食堂をあとにした。秋の夜風が彼らの頬に……」

「まて。今のところは手を取り合ってと訳すわけだが、この文節は……」


 先生が板書を始めたタイミングで。

 俺は急いで先を読んで作戦を練る。


 冒頭からこれかよ!

 先が思いやられ…………。


「くそう! 俺に恨みでもあるのか、ジョン!」

「なんだお前は。そんなに悔しがるな。ベティーを取られたくなかったのか?」

「ああ、もう! こんな、死んでも口にしたくない展開が待っていようとは……!」

「諦めろ。ベティーもきっと、お前とジョンのどちらを取るか真剣に悩んだ結果だと思うぞ?」

「せめて立たせるとこだろ! なんで頑なに読ませようとすんだ!」


 遊園地のパレード見ながらプロポーズとか!

 どんなロマンチストなんだよ!


 さっききけ子のヤツ。

 俺に結婚って言わそうとしてたから。


 このままだと面白おかしく編集されることになる……!


 ニヤニヤ顔で。

 俺を見つめるきけ子。


 こいつも先の展開を読んだんだろう。


 だが、主犯は。

 意外な所に潜伏していた。


「できた……、かも」

「なにが!?」

「面白セリフ。この録音機で」

「うおおい! あんなあっという間に作るんじゃねえ!」


 きけ子はおとりだったのか!


「ス、スイッチ、オン」

「こらやめろ!」


 秋乃が作った無骨な機械を取り上げてはみたが。

 ボタンらしきものが見当たらない。


「だが、俺は舞浜なんて言ってねえからな!」

「むふふ? そりゃ甘いのよん!」

「え?」

「秋の夜風」

「…………うわああああ!!! くそっ! 止まれこの機械っ!」


 そして。

 どうやって止めたらいいのか慌てる俺をあざ笑うかのように。


 秋乃が作ったボイスレコーダーから。

 やたらクリアーな俺の声が再生された。


『俺は』

『好き』


 ぎゃああああああ!!!


 え!? 俺、そんなこと言った!?


 青ざめる俺を。

 にっこり見上げる秋乃の演出か。


 そこからたっぷり時間を空けて。

 とうとう、相手の名前が再生された。



『先生が』



「うおおおおおおおおおおいいい!?」

「ん? なんだ? 何が好きだと言うんだ?」

「まさかそっちか!? そんな展開死んでも嫌だ!」


 このおバカさん!!!

 ニヤニヤ見上げるんじゃねえ!


 そして女子ども!

 きゃあああじゃねえぞこのやろう!


 こうなったら破壊してやる!

 俺は秋乃のボイスレコーダーを思い切り床に叩きつけると。


 一瞬、異音が鳴った後。

 うんともすんとも言わなくなった。


「あ、ひどい。壊れたかも……」

「よ、よかった……」


 ほっと胸をなでおろした俺を置いて。

 秋乃が機械を拾い上げる。


 そして秋乃がなにやら操作すると。

 編集前の音声が。

 途切れ途切れに再生された。


『もう……』

『こん……』

『死んで……』

『るとこ』


「うはははははははははははは!!!」

「き、奇跡が起きた……」

「うはははははははははははははははははははははははははははは!!!」



 ……今年一番の爆笑の後。

 天を衝くにはいささか足りない髪を逆立てた先生により。


『先生』

『は』

『か』

『み』

『さ』

『ま』

『です』


「…………『がない』って、ずっとかぶせて言い続けるつもり?」

「そうでもしなきゃやってられん」


 俺は、校庭の真ん中で。

 ボイスレコーダー持たされたまま立たされることになった。


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