七五三


 ~ 十一月十五日(月) 七五三 ~

 ※大味必淡たいみひったん

  真に美味いものは、薄味




「ふざけんなあああ!」

「ふざけているのは貴様だ夏木。立っとれ」

「もう立ってるのよん! 皺にするわけにいかないでしょこれ!」


 呆れたクラスであることは。

 理解しているつもりだった。


 だが、どうしてこう毎日毎日。

 その思いを改めて感じることになるのだろう。


 授業中。

 右斜め前の席に立つ女。


 いや。

 あえて、女の子と呼ぼう。


「に、似合う……、ね?」

「嬉しくない! でもありがとう!」


 最近ピンクに染めたショートヘアを和風に結って。

 ピンクの晴れ着にちとせあめ。


「さ、最高……! いいよ夏木さん! いい!」

「よかない!」


 そんなきけ子に携帯向けて。

 興奮しているこの変人。


 月に一度は暴発するその趣味は。

 他人にコスプレさせること。


 貸衣装屋のカリスマ店員。

 知念ちねんみい。


 彼女の銃口が、十一月十五日。

 クラスで一番ロリなきけ子に向いたのは。


 すべからく自然な成り行きと言えなくもない。


「夏木さん! 目線こっち! ああもう、そのかんしゃくおこした膨れ顔が晴れ着にマッチして最高!」

「写真撮んな!」

「知念も立っとれ」

「……おい、知念。後で写真俺にもくれ」

「甲斐も立っとれ」


 クラスの至る所から聞こえるのは。

 押し殺した笑いと。

 シャッター音。


「小野と拓海。あと、鈴村も立っとれ」

「鈴村が立つなら俺も~!」

「じゃあ長野が立って鈴村は座っとれ」

「え~!?」


 久しぶりの大量虐殺。

 下手な事したら巻き込まれる。


「これ、世界を取れる……!」


 だというのに話しかけてくる無警戒女。

 こいつの名前は舞浜まいはま秋乃あきの


 長い事静かにしていたのに。

 急に栗色の髪をなびかせて。

 俺にキラキラな目を向ける。


「……なにが」

「あめ!」

「ちとせあめ?」


 ブンブンと頷くが。

 なにをもって世界一だと称す気か。


 どちらかと言えば淡白な甘み。

 ずっと舐めてると舌が痛くなってくる面倒な食べ物。


 それを。


「そんなに気に入ったの?」

「うん……!」

「なぜ」

「じゅ、十五分も甘いっ放し……!」


 十五分。

 ああ、なるほど。


「それでずっと喋らなかったのか」


 口にものが入っている間はしゃべらない。

 生粋のお嬢様である秋乃にとっては、面倒な食い物なんじゃないだろうか。


 そんな秋乃に、コスプレ用に準備したちとせあめを一袋くすねてきてやって。

 一センチばかり切って食わせてやったんだが。


「こ、これ一袋あれば、丸一日幸せっぱなし……」

「普通はそんなにもたないんだけど。律義に舐め続けるとそんなにもつのか」

「全世界、すべての人に毎日支給すれば、戦争が無くなる……!」

「すげえなその発想。奇跡の食いもんじゃねえか、ちとせあめ」

「パッケージも、なんかおめでたいし……」

「めでたいのは間違いないな。それがパッケージの話かお前の頭の中かについては明言しないが」


 まあ、幸せなことはいいことだ。

 それなら、丸一日幸せでいてもらおう。


 俺は、軽くため息をつきながら。

 ちとせあめの袋を静かにひっくり返す。


 すると、最初に手を突っ込んだ時には気づかなかったんだが。


「…………なぜ」


 ちとせあめと言えば。

 紅白一本ずつが定番だ。


 それがどういう訳か。

 赤、白、白と三本顔を出す。


 そんな二本の白の内。

 一本をよくみてみれば。


 何を血迷ったか。


「金太郎あめじゃねえか」

「……なに? この絵」

「知らねえのか?」

「おすもうさん?」


 どうしてこれが関取に見えるんだ。

 まあいいか。


 でも、知らないなら。

 ちょっとは驚くことだろう。


 既に罪人共は廊下に連行され。

 授業は開始されている。


 そんな中。

 バレないように切れるかな?


 こっそりプラのまな板を出して。

 キッチンばさみでグッと押さえて。

 包丁の背中でとんとんとん。


 さくっと割れたその表面。

 秋乃に見せてやると……。


「こ、これどうして!? え!? なんで中に同じ絵が!?」


 ここまで驚かれると。

 ちょっと新鮮。


 楽しくなって。

 も一度とんとんぱかっ。


「あはははははははははははは!!! おすもうさんが一杯!」


 珍しく。

 秋乃を笑わせる事が出来たけど。


 これは俺が準備したネタって訳じゃねえからノーカウント。


 それに。


「…………おい」

「やはり来たか、金太郎」

「だれが金太郎だ」

「じゃあクマ」


 まさかりを今にも俺に振り下ろしそうな金太郎が。

 クマみたいな形相で仁王立ち


「それ以上口を開くな。考え付く限りの罵詈雑言が俺の口から溢れそうだ」

「うるさくしてるのは秋乃だと思うが?」

「あはははははははははははは!!!」

「……まずはそいつを黙らせろ」


 そいつはお安い御用。

 俺は、金太郎を一つ、笑い転げる秋乃の口に放り込んだ。


「んぐ? …………」


 よし。

 こっちは十五分は黙ってるだろう。


 そして。


「罵詈雑言が出るかどうか、試しに口を開いてみろ」

「なんだと!?」


 ついでにこっちも。

 十五分黙らせよう。


 俺は、一瞬開いた先生の口に。

 残った三十センチほどの金太郎あめを突っ込んでみた。


 ……だが。


「ばりっ! ぼきっ! がりっ! ごりごり、ごっくん!」

「…………さすが、昭和生まれの強靭なカルシウム」

「では、廊下に……」

「待て。大笑いしてたのは秋乃だろ。なぜ俺が立たされる」

「貴様に笑わされていたのではないのか? 答えろ舞浜」


 そんな質問に。

 秋乃は口の中からころりと音を鳴らしたきり、だんまりだ。


「しまった」

「……やはり、貴様の仕業だろう」

「くそう、金太郎あめだけに」

「ん? なにが金太郎あめだけに?」

「沈黙は、金」

「うはははははははは!」



 こうして、俺は。

 先生を笑わせた褒美として。



「いいよ秋山! 最高! 目線こっちにちょうだい!」


 ……絶対に誰にも言いたくない格好で。

 神社に立たされることになった。

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