いいイヤホンの日


 ~ 十一月十八日(木)

   いいイヤホンの日 ~

 ※鴉雀無声あじゃくむせい

  物音ひとつない




「これ、いいだろ~?」

「みんなで一緒にしゃべってる時にイヤホンするか?」

「自慢~」


 バスケ部とチア部。

 休みがまったく同じなのは。


 部の中心になってる二人の。

 極めて個人的な理由によるものだ。


 とは言え、実はもうひとつ。

 同じ周期でおやすみになる。


 そんな同好会があったりなかったり。


「いいイヤホン……?」

「ノイズキャンセリング機能が付いてるんだ~」

「た、試してみたい……」

「いいよ~」


 パラガスから受け取ったイヤホンをつけて。

 目を丸くさせているのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そのままつけたりはずしたり。

 効果のほどを楽しんでいるようだが。


「それ、逆位相の音をぶつけて消してるんだよな」

「しらね~」

「そんなのつけて歩いて。危なくないのか?」

「平気だろ~? 人の話し声は聞こえるようになってるし~」


 そうだった。

 特定の周波数だけ通すようにできてるんだった。


 …………お?

 良い事思い付いたぜ。


 ちょうど耳からイヤホン外した秋乃に。

 俺は話しかける。


「さっき、歴史の授業で習ったところを復習するぞ? そもそもトルコが親日になった理由がイギリスの……」


 すぽっ


 よしよし。

 嫌いな文系教科の話をシャットアウトしようとしてるな?


 そもそも、イヤホンの機能に夢中だし。

 意識はほとんどこっちに向いていないだろう。


 とは言え、まだ気にはなっている模様。

 俺の方をちらっと見て。


 ぽんっ


 口を開いていないことを確認してから。

 イヤホンを外したんだが……。


ハギ桔梗キキョウクズ藤袴フジバカマ女郎花オミナエシ


 すぽっ


 もうちょっと。

 完全に俺に興味を無くすまで……。


 ぽんっ


「憲法、民法、商法、刑法……」


 すぽっ


 よしよし。

 ちょっと口がへの字になってる。


 ここから無様に。

 お前を笑わせてくれるわ!


 俺は、秋乃の肩を突いて。

 声を出さずに、口をパクパクさせると。


「ああ……。うん」


 秋乃は、イヤホンをしながら口の動きだけ見て。

 適当に相づちを打つ。


 そんな姿を見て。

 肩を揺すって笑いをこらえるきけ子と甲斐とパラガス。


「……ぱくぱくぱく」

「うん……。そうね……」

「ぱくぱく。ぱくぱくぱく」

「うん……。でも……」


 たまらず、三人は笑い出したが。

 当の秋乃が笑うまでもうちょっと。


 こいつがイヤホンを外して。

 俺が何もしゃべってないことに気付くまで。


「ぱくぱく」

「それは……」

「ぱくぱくぱく」

「いいの?」


 ん?


「でも、悪い……」

「何の話だ?」

「そんなに言うなら、ピザ、御馳走になるね?」

「うはははははははははははは!!! そんなこと言ってねえ!」

「言った……」

「聞こえてんじゃねえか!」


 デコピン食らわせると。

 てへっと可愛く舌を出す。


 そんな秋乃を追い越して。

 体育会系の三人は、店の中へと駆け込んだ。


「ついたついた~!」

「お昼抜いたからね! 山ほどよそって食べるわよん!」


 いや、きけ子。

 今日こそ俺の話を聞いてもらうぞ。


「改めて言うが、ポテトは禁止だからな」

「分かってる分かってる! ……ん? ジャーマンポテトフェアだって!」

「聞けよひとの話!」

「よし、キッカ! お前はこいつを大量にゲットして来い!」

「ラジャー!」

「待て待て! ハッシュドポテトとほぼ同じだ!」


 叫ぶ俺の声を聞くはずもない女が。

 入場料払うと一目散に芋の山。


「ちきしょう、今日もイモ食い放題かよ!」


 ほんと、一度でいいから。

 ピザで腹いっぱいにさせてくれ。


「やれやれ、トイレ行って来る。実はずっと我慢してたんだ」

「あいよ~」


 席に着くなり。

 パラガスに声をかけてトイレへ直行。


 ピザ屋のトイレは。

 男女兼用の個室と、女性専用。

 二つの個室が隣り合わせにあるんだが。


 そのせいで。


「お」

「あ」


 こうしてかち合うと。

 必然的にこうなっちまう。


「先にいいぞ、秋乃」

「あ、ありがと……、ね?」


 大音量の音楽で誤魔化さなきゃいけない程の安普請。


 知り合いと同時に入るわけにはいかねえんだ。


 けっこう我慢してるとこだが。

 もうしばらくはもつだろう。


 そう思っていたんだが。

 こいつ、一向に入ろうとしやしない。


「なんだよ。入れよ」

「あの……、ね? 中で電話するから、少しだけ長くなるかも……」

「それは迷惑だからやめとけ」

「ノックされたら、すぐに出る……」


 そう言いながら、いそいそと。

 秋乃が女性専用の個室へ入って行ったんだが。


 ノックしない人にも迷惑なんだよ。



 つまり、俺に。



 ……電話か。

 そりゃ長くなりそうだな。


 もつかな?


 いや。


 考え出したら、かなりヤバそうな感じになって来た。


 一度店を出て駅のトイレを使おうか。

 でもそんなことしたら、また料金を払わないと入れないだろうし。


 何かいい手は……。


「そうだ! パラガス、イヤホン貸せ!」

「もうトイレから帰って来たの~? じゃあ、次は俺~」

「うるせえ! 座れ! そしてイヤホン出せ!」

「何に使うの~?」

「緊急事態なんだ!」


 パラガスからイヤホンをむしり取って。

 男女兼用側のトイレへ飛び込む。


 そして、耳に装着して。

 ノイズキャンセリングをオン!



 ……おお。

 なんか気圧が変わった感じ。


 耳抜きしたくなるような圧迫感。

 これが何による作用か全くわからないが


「でも、すげえなこれ」


 壁を叩いてみても。

 目の前で手を叩いてみても。

 ほんとに音が全部消えている。


 これで人の声だけ聞こえるって。

 ほんとかな。


 ……しかし。

 こんな面白い装置を使って。


 俺は何にも面白いことできなかったけど。

 秋乃なら、簡単に面白い事思い付くんだろうな。


 あいつは春姫ちゃんを助けるために。

 必死に笑いに取り組んできたから。


 俺とは。

 笑いに対する真剣さが違う。


 秋乃ならどんな事思い付くんだろう。

 そう考えていた俺の耳に。


 聞き慣れた声が飛び込んで来た。


「…………いる?」

「うはははははははははははは!!!」


 た、たった二文字の言葉が!

 トイレで聞いたらこんなに面白いとは!


 もう、この一言で完敗だ。

 今日はすべてを諦めよう。


「いるわ! 聞くなそんなこと!」

「ああ、良かった。いないと思ってたから」

「良かったもなにも。いたらなんだってんだよ」

「用事が済んだら、そっちに行くね?」

「バカなの!?」


 もう十分笑ったから。

 これ以上ボケんでいい!


「でも、直接行ったほうが面白い……」

「笑えねえよこればっかりは! 鍵は死んでも開けねえからな!」

「えっと……、もう、切るね?」

「扉を!?」

「さ、さっきから、お隣りが騒がしいから……」

「うはははははははははははは!!! 電話してたんかい!」


 これは恥ずかしい!

 もう恥ずかしいやら面白いやら、わけわからん!


 俺がいちいち返事をしてた会話を巻き戻すと。

 相手はお袋さんか。


 これは恥ずかしい。

 しばらく出れそうにない。


 だから、耳まで赤くなった顔が冷めるまで。


 俺はしばらく。

 個室に閉じこもることにした。


「立哉~! はやく出て来てくれ~!」


 そしてノイズは。

 すべてキャンセルした。


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