いい歯の日、いいお肌の日、いいおっぱいの日


 ~ 十一月八日(月)

   いい歯の日

   いいお肌の日

   いいおっぱいの日 ~

 ※銀盃羽化ぎんぱいうか

  盗難にあうこと




 誰の詩だったか。

 結婚とは。

 窓を閉じたままでは眠れない男と。

 窓を開けていては眠れない女が一緒に暮らすことになるという事である。


 そんな言葉を思い出す。

 一緒に暮らすということによる影響。


 つまり、今日。

 小さな事件が発生していたのだった。



「しくしくしく」

「泣くなって」


 風呂上がり。

 楽しみにしていたコラーゲン入り『ぷりぷりプリン』。


 にゃ、にゅ、にょの後輩トリオから、部活帰りに手渡された大切な品が。

 姿を消した事件現場。


「あと、いつまで開けてるんだ冷蔵庫。閉めろ閉めろ」

「でも……」


 どうしても諦めきれずに。

 あるはずもないプリンがさっきまていた現場を。


 見つめ続けるこいつは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


「お前の家と違って、保坂家は極めていいかげんで野性味あふれる環境なんだ。覚えておけ」

「しくしくしく」

「とは言え食い物に関しての犯人は一人だから。罰するかどうかはお前が決めろ」


 そう言いながら。

 俺が見つめた先。


 そこには、首をもげそうな程左右に振って犯行を否定する筆頭容疑者の姿があった。


「凜々花じゃないよ? 買い物行ってたから犯人じゃない! 潔白! 真っ白! とうふまである」

「ほんとにお前じゃないんだな?」

「違うって! もし凜々花だったら、この状況になった瞬間買いに走る!」

「…………とは言ってもな」

「まだ疑うん!? ちげえからね、舞浜ちゃん!」


 ううむ。

 ここまで言うなら違うのかもしれん。


 でも、履歴書に犯罪歴を書いたら行が足りなくなって小学校卒業まで書けなくなるほどの凜々花だ。

 簡単に信用するわけにはいかねえ。


「じゃ、じゃあ、誰が食べたの?」

「パパじゃね?」

「お父様は、お優しいからそんなことしない……」

「そしたら犯人はおにいになるんだけど」

「なるほど。じゃあ、明日買ってもらおう……」

「ふざけるな」


 冗談じゃねえ。

 俺は、九割方間違いなしの犯人にフルネルソン。


 そのまま持ち上げて秋乃の前に連行したんだが。

 まあ往生際の悪いこと。


「ほんとに凜々花じゃねえ!」

「う、うん……。そこまで言うならそうなのよね……」

「簡単に信用するな。こいつは何かを食ったこと誤魔化すためなら全裸になって『どこにもねえだろ』とか言えるほどの悪党だ」

「う、うーん……。言われてみれば……」

「酷い! 凜々花、潔白! 真っ白! 芸能人の歯まである!」

「そう言えばお前、最近歯が白くなったよな?」

「そ、そう言えばね? あたしのホワイトニング歯磨き、減りが早い……」

「ぎく」


 ……うん。

 プリンの件はお前じゃねえようだな。


 だって、歯磨き粉の話が出た瞬間。

 見慣れた共同不審な態度。

 音もならねえ口笛吹いて。

 抵抗をやめやがったからな。


「……別件逮捕だ」

「しまった図られた!」

「そして必然的に、俺視点での犯人は……」

「いやあ、美味しかった! 食後のお茶お茶~」


 全員が見つめたのは。

 自供しながら部屋から出て来た親父だった。


「…………おいこら。お前、秋乃のプリン勝手に食いやがって」

「ええっ!? 秋乃ちゃんのプリン!? ……あ、いや、ぼくは何も食べてないよ?」

「今ので誤魔化せると思ってるのか、おめでた親父め」


 そして誰かと同じ。

 音の出ない口笛を吹きながらきびすを返そうとするが。


「凜々花。犯人確保」

「あいよお奉行! 岡っ引きの、りーの字に任せときな!」

「十手なんか持ち出してどうする気なんだい!? いたいいたい!」


 凜々花によって。

 あっさり床に組み伏せられた。


「よし。ではただいまより、ここはお白州だ」

「お兄ちゃんまで疑うのかい!? 食べた証拠がないじゃないか!」

「うるさい黙れ。食べてない証拠がないだろう」

「ひどいよ! でも食べてない証拠ならある!」

「ほう?」

「よく見て! 肌がツヤツヤになってないだろ? 僕じゃない!」

「…………俺は一言も言ってねえ。なぜ被害者がコラーゲン入りだと知っている」

「ぎく」


 語るに落ちたな小悪党。

 そして親父を捕まえて。

 得意満面になってるお前も同罪だ。


 さて、こいつらのいい加減さについてはあとでこっぴどく叱っておこう。


 今は絶望のあまり床に崩れたこいつへのケアが最優先だ。


「プリンと歯磨き粉は何とかするから。泣き止め」

「しくしくしく」

「でもな? こういうこと、普通にあるのが保坂家なんだ」

「ふ、普通にあるから諦めろと……?」


 そして悲しそうな顔をあげた秋乃に。

 俺は首を横に振ってみせる。


「違うよ。決して諦めるな」

「え?」

「こういうことがある都度ケンカして、納得がいくまでお詫びしてもらえ」

「ケ、ケンカ……?」

「そう。舞浜家じゃ考えられねえだろうがな。……困るか?」

「ううん? た、楽しそう……」

「……なら、よかった」


 楽しそうってなんだよ。

 まあ、機嫌治ったからいいけどさ。


 俺が、口笛コンビに。

 すぐ代わりの品を買ってくるよう命じると。


 二人が家を飛び出すころには。

 秋乃は、ダイニングテーブルに座って楽しそうに。


「…………それは、俺が買ってきといたアイス」

「れ、冷凍庫にあった……」


 勝手に、アイスの蓋を開けて。

 美味しそうに頬張っていた。


「お前にはソシツがある。心配して損した」

「な、なにが……?」


 やれやれ。

 その笑顔には勝てんよ。


 でもそのうち我慢が出来なくなって。

 ケンカをすることもあるだろうな。


 それが、同じ家に住む事。

 どこにでもある、ごくごく普通な家庭の形。


「自分の物使われたりとか、これからも普通にあるだろうけど」

「うん」

「その都度我慢せず言えばいい」

「ケ、ケンカ……」


 気分のいいものではないのに。

 それを求めるおかしな女。


 でも、気兼ねなくケンカできるってことは。

 秋乃の家庭じゃあり得ないものなのかもしれないし。


 保坂家の当たり前ってやつは。

 実は幸せなことなのかもしれないな。


「……いつでも、誰とでも。どしどしケンカしろ」

「じゃ、じゃあ、早速言おうかな……」

「ああ、まだあったんだ、なに取られてたんだ?」

「取られてたと言うか、あたしのものが取られたことを示す、状況証拠が……」

「遠まわしだな。その証拠ってのは何だよ?」

「さ、最近、立哉君の胸囲が大きくなってきた気がする」

「うはははははははははははは!!!」


 そうか。

 お前の下着、俺が勝手に装着していたと疑っていたのか。


 そういうことなら。

 仕方ない。


 俺は、秋乃の頭に。

 いつもより強めのチョップを叩きこんだ。



 ……すると、秋乃は。

 ケンカだねと。


 ちょっと嬉しそうに微笑むのであった。

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