縁結びの日


 ~ 十一月五日(金) 縁結びの日 ~

 ※月下氷人げっかひょうじん

  縁結びの神




「ご利益あるから! ぜったい効くから!」

「ほんとにタダなのか? 裏がありそうなんだが」

「ないない! あげるから!」

「そこまで言うんじゃ、貰っとこうか」


 縁結び。

 そんなお守りの押し売り。


 いや、買わされたわけじゃねえから。

 押しつけか。


 女性上位の我がクラス。

 きけ子に比肩する特攻隊長的元気娘。


 長い髪を一つに結わえた津野さんは。

 これでも巫女さんだ。


「うちの神社の人気商品! バカ売れなんだから!」

「そっか。そこまで御利益あるのか」

「でもカバンとか、見えるところに下げないと効果ないからね?」

「それはちょっとやだな」

「あ、そっか。この場合、別に見えなくてもいいのか」

「どういう意味? やっぱ裏がある?」

「ないない! そんなのないから!」

「怪しいな……」


 無邪気に懐に飛び込んできて。

 華麗に強引に、俺を騙して去っていく。


 そんな印象の津野さんだ。

 警戒もするさ。


「しかし、縁結びのお守りねえ」

「あ! 信じてないな?」

「いやそこまでは言ってねえけど……」

「失礼ね! それじゃなに?」

「いや、やっぱり裏がある気が……」

「しつこい!」


 普通、始業前というものは静かな時間を表す形容詞的なものだと思うんだが。


 これだけ元気な津野さんの声が。

 平均値。


 先月、まるっと一ヶ月。

 俺のせいでお通夜モードにしたからな。


 現在、抑制されていた何かを。

 全開放中といった我がクラス。


 改めて、おかしな連中ばかりが集まったもんだと感心していたが。

 その、おかしさの代名詞。

 津野さんについては、今日は優しい女の子。


「……疑って悪かった。ありがとな」

「そうそう! 最初っから素直になればいいのよ! これでも応援してんだからね?」

「そっか」

「ということで、も一つあるんだけど、お守り」

「は? 二つもいらねえよ」

「そういう訳にいかないのよ。セットじゃなきゃ意味無いの」

「セット?」


 なにやら雲行きが怪しくなってきたんだが。

 でも、既に一つ貰っちまった手前。

 説明を聞かないわけにゃいかんだろ。


「どういうことだよ」

「このご利益ある縁結びお守り、手作りでね? 同じデザインは世の中に二つずつしか無いのよ」

「二つ? 俺が貰ったのとお前がぶら下げてるの、同じデザインに見えるんだが……」

「そう。このデザインは世界でこの二つだけ。保坂が持ってるのが雄守り。こっちのが雌守り」

「…………それで?」

「察し悪いわね。だから、見えるところにぶら下げて歩いて、同じデザインのお守り持ってる人探すのよ」

「マッチングアプリ感覚!!!」


 なんてバカバカしい!


 しかも、模様の微妙な違いなんて。

 よっぽど近づいてみなきゃ判らねえだろ?


「詐欺みてえな仕組みだな……」

「失礼ね! バカ売れなんだから!」

「そうなのか?」

「あんまりにも売れるから、ぜんぜん製造が追いつかない雄守りの棚に、めちゃくちゃ売れ残る雌守り混ぜなきゃ間に合わないんだからね?」

「うはははははははははははは!!!」


 は、腹いてえ!

 やっぱ詐欺じゃねえか!


 いくらジェンダー平等が叫ばれている世の中だからって。

 見知らぬ男とペアでお守り持ち歩いてるやつの身にもなれ!


「と、言う訳で! これを買ってくれなきゃ雄守りの棚に入れちゃうから!」

「案の定、裏があったか。それよこせ」

「一個三千円」

「たけえよ」

「いいのかな? これ買った人とくっ付いちゃうよ?」

「そ、それは困る……」

「…………秋乃に売りつけようとすんな」


 わたわたしながら。

 俺の貞操に大金をだそうとするこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今までの俺たちのやり取りに。

 興味深々だったみたいなんだが。


「え、縁結び……。欲しい……、かも」

「聞いてたんだろ? どうしてそうなる。詐欺商品を買おうとすんな」

「どっちにする? 普通のなら五百円。保坂のと同じデザインのなら三千円」

「ふ、普通のを下さい」

「え?」

「あれ?」


 おいおい。

 それって、どういう意味?


「あ、あれ? 説明聞いてなかった?」

「き、聞いてた……」

「それで普通のが欲しいの?」

「うん」

「こっちのじゃないと、保坂とお揃いじゃないよ?」

「うん」


 秋乃、単にお守りが欲しかっただけなのかな。

 でも、説明聞いてただろうに。


 少なからずショック。


「そ、そう、なんだ。それじゃ普通のを……」

「うん。普通の、二つ下さい。同じデザインで」

「うはははははははははははは!!!」


 なるほど、やるなあ。

 それなら定価だ。


 ぼったくりを回避されて。

 あちゃあとおでこをはたいた津野さんは。


 二百円オマケして。

 二つを八百円で売ってくれた。


「オマケよオマケ! 『負け』だけにね!」

「お、おあとが宜しいようで……」

「もう騙すんじゃねえぞ、俺を」

「保坂、騙しやすいからねー。また来るわ!」

「二度と来るな」


 嵐のような巫女さんが帰っていくと。

 残されたのは、三つのお守り。


 しかし、さすが秋乃だな。

 機転が利くこと。


 感心しながら。

 そして少し照れながら。


「ん」


 俺が手の平を上に向けて差し出すと。

 秋乃は、ちょっぴり戸惑いながら。


 おにぎりを一つ乗せた。


「話の腰が大正エビ」

「え? お守りが欲しかった?」

「う……。ま、まあな」

「縁結びだから?」

「そうなるよな、やっぱり」


 ナチュラルにアピールしたつもりなんだが。

 この人、まるで分かってない。


 じゃあ、今のは無かったことにして。


「改めまして……」


 昨日、散々特訓したマジック。

 十円玉を十枚重ねて持って。


 ぎゅっと力を加えて。

 その手を開くと…………。


「……五十円、ね?」

「縁結び」

「消費税がデンマークの倍……」

「いいから笑えよ」


 おもしれえだろうに。

 あるいは今の手際に拍手位欲しいところだ。


 わたわたお返しを探す秋乃を放っておいて。

 小銭を財布にしまっていると。


 急に白衣をまとった秋乃が。

 珍しく、立ったままおにぎりを頬張りだした。


「……なに始める気だ。……塩酸?」


 なんで持ち歩いてんだ。

 そんな突っ込みすらバカバカしい。


 秋乃がビーカーに塩酸を注ぐ姿をぼけっと見つめていたら。

 お結びを包んでいたアルミを突っ込んだからさあ大変。


「こら博士! 俺だってわかるわ! そんなことしたら化学反応が……!」

「え、塩酸と、お結びのアルミホイル」

「は!?」

「えんむすび」

「バカなの!?」


 そんなやり取りをしてる間にも。

 ごっぽごっぽ激しく反応した塩酸がビーカーからあふれ出す。


 悲鳴と共に逃げ出すクラスの面々。

 そして教室に入って来た先生が。

 何も言わずに窓を開け放つ。


「…………言いたい事はあるか?」

「これは、お守りのご利益だ」

「立っとれ」


 俺は、熱烈に反応したカップルを落ち着いた様子で中和させる博士が床を掃除し始めたすきに。


 一つだけお守りを拝借して。

 廊下へ向かったのだった。




「…………これ、ただで貰った方じゃねえか!」


 いったい、俺は。

 どこの誰と。

 縁を結ばれちまうんだろ。

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