いい推しの日


 ~ 十一月四日(木) いい推しの日 ~

 ※自己韜晦じことうかい

  自分のことを知られないように隠すこと




 昼休みの教室で。

 甲斐を加えて五人で食事をしていたんだが。


 デザート代わりにパラガスが振った話題のせいで。

 にわかに大騒ぎになった。


「この子だろ!」

「あたしは断然この人が好き!」


 高校生になっても。

 定期的にどこかで発生する不毛な戦い。


 自分の胸の内を白日の下に晒すことは。

 共感者を求める故の本能なのか。


 だがしかし。

 そこに会話など無く。


 ただ、自らの愛を熱弁する。

 それが推し合戦。


「敵が生き別れた兄と知って剣を引くシーンがちょう好きでさ……」

「獣みたいなルックスでお金持ちって! もうどうにでもしてって感じなのよん!」


 最近はやりのバトル系アニメ。

 携帯に出したキャラ絵を見つめながら熱く語る甲斐ときけ子。


 そしてどこかでこれが始まると。

 クラス中に飛び火するから面白い。



 ……そんな推し語り。

 唯一の美徳は。


 他人の推しを否定しない事。


 まあ、否定も何も。

 誰しも愛を熱く語ることに夢中で。


 他人の話を聞きゃしないせいなんだけど。


「不毛な時間だ」

「そ、そんなこと無い……、よ?」


 呆れ顔の俺を。

 真っ向から否定するこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪を左右に揺らしたあと。

 きけ子の推しキャラに目を向けた。


「……か、かっこいい、ね?」

「でしょ! もうほんとめっちゃかっこいいのよ!」

「ど、どんなところがかっこいいの?」

「え?」

「ん?」

「かっこいいでしょ?」

「うん」

「じゃあ分かってるじゃない! ああもう何時間眺めてても飽きないわ!」


 ついさっき否定したくせに。

 急にこっちに歩み寄った秋乃が。

 困り顔を向けて来る。


 だが、それを説明することは。

 俺にはできんのだ。


「……意外。甲斐、詳しいな」

「意外か? 普通だろ。お前は見てねえのか?」


 思えば小学生の頃から。

 至る所で目にしてきた光景。


 これに首肯した日には。

 延々と、偏見にまみれた説明を聞かされることになるわけだ。


「なにを子供みてえな……」

「おいおい、見てもいねえでバカにする気か?」

「そうじゃなくて。その推し合戦が子供みてえだって言ってるんだ」

「いやいや。誰だってするだろアニメの話くらい」

「ちょっと優太! 保坂ちゃんのトラウマに青唐辛子詰め込むようなことしちゃダメなのよん!」

「おっと悪い! お前、そのイヤミったらしい性格のせいで友達いなかったんだよな!」

「一番悪いのは謝った後の発言なんだが」


 仰る通り。

 俺には、そんな話をする友達がいなかった。


 だが。


「まあ、お前も見てみろって!」

「結構。間に合ってる」

「優太、押し売り下手なのよん! 舞浜ちゃんもみてみたそうな顔してるし、一緒にどう?」

「そういう攻めも無駄だ」


 そう、必要ねえんだ。

 だから低次元なお前らの話に巻き込むな。


「…………ねえ、これ、凜々花ちゃんとお父様が一緒に見てたやつ?」

「知らん」


 そうか、録画してるからな。

 昼間に二人で見てるのか。


「お前も一緒に見ればいいだろ」

「えっと……。た、立哉君は?」

「俺は一緒になんか見ない」


 まったく。

 ほんと低次元だな。


 リアタイで見ねえとか意味分からん。


「おお、さすがキッカ! あのシーンの良さが分かるか!」

「当然なのよん! めっちゃ絵が綺麗かった!」


 そう、当然だ。

 あのシーンは俺の推しアニメーターが手掛けたカット。


 動きの一つ一つに彼女の癖が見て取れる。


「でもさ、その後のバトルシーンが頂けねえ!」

「BGMがしょぼい感じだったのよん!」


 そこは致し方なかろう。

 体調を崩して納期を逃したと。

 音楽担当が血の涙すら見て取れるツイートをアップしてたからな。


「……ねえ、立哉君」

「そもそも進行会社が……、ごほん。何だ?」

「み、見た目ならどのキャラが好き?」


 よっぽど暇だったのか。

 秋乃が、定番の遊びを振って来た。


 だがこれは困ったぞ。


 演技のうまさ。

 性格。

 そして見た目に特化した三人から選ぶことなど俺にはできん。


「…………見た目で選べばいいんだな?」

「うん」

「なら……」

「俺は~、この子が好き~!」

「え? パラガス、そんな脇役がいいの?」

「すげえちょい役じゃねえか」

「だって~。舞浜ちゃんに似てるから~」



「「「…………え?」」」



 それきり携帯に出した画像に夢中になったパラガスを。

 黙って見つめていた俺たち四人。


 それが急に慌てふためいて席を立つと。

 パラガスと距離を置いたあたりでしゃがみ込んだ。


「ちょっ! みんな、もっと近くて! 近くて!」

「まじかあいつ」

「き、気持ち悪いこと言われた……」

「お前はほんとパラガスにだけは容赦ねえな」


 だが、ことは重大だ。

 あいつが秋乃に絡み出したら目も当てられん。


「拳斗のやつ、舞浜の事好きだったのか?」

「大丈夫なの? 保坂ちゃん!」

「それを秋乃もいる場で聞くのか?」

「だ、大丈夫なの? 立哉君……」

「それをお前が言うのか?」


 それを決めるのはお前なんだよ状況察しろ。


「こうなったら……。立哉。お前、拳斗のとこに戻ってどっちがあのキャラ取るか戦って来い!」

「どうしてそうなる。そもそも見た目じゃねえだろ。好きか嫌いかなんて、中身で決めるもんじゃねえのか?」


 さっきまで。

 三択のひとりに数えていたくせになに言ってるんだ、俺。


 でも、そんな素振りも見せずに。

 あくまで無関心を装ってた俺の肩を。


 秋乃がつつく。


「中身…………?」

「ん? そう。中身」

「声優さん?」

「うは……、ゴホン! な、何の話だ?」


 やべえ!

 つい大笑いしそうになっちまったじゃねえか!


 下手な地雷踏まねえように。

 気を付けていかねえと。


「……そう言えば、凜々花ちゃんが言ってた」

「なんて」

「立哉君の好きな中身……」

「センシティブ!!!」


 なんの話だ急に!

 俺が好きな女子の性格ってこと!?


「言うなよ絶対!」

「い、言わない……」

「教えろ舞浜!」

「そうよん! 言いなさい舞浜ちゃん!」

「い、言う……」

「やめねえかお前ら! そして優柔不断だな、秋乃!」


 怒鳴ったせいだろうか。

 見る間に秋乃がしょんぼりうな垂れる。


 え?


 俺、何か悪いこと言ったか?


「わ、悪い。俺のせいか? なんで落ち込んだ?」

「た、立哉君の秘密だから、言えない……」

「俺の好きな中身のことか? だったらそんな顔してまで伏せなくていい。言っていいぞ?」

「うん……。優柔不断じゃない人だって……」


 うげ。


 よりにもよって。

 なんてこと言いやがったんだあいつは。


 途端に飛んでくる四本の鉄拳。

 俺はぽかぽか殴られながらも必死に突破口を探る。


「俺の好きな中身、その一個じゃねえだろ」

「うん……」

「だろ? 他にはなんて?」

「器用で……」

「そうだ。工作とか得意な奴がいい」

「頭が良くて……」

「理系女子とか最高だと思うぞ?」

「綺麗で……」

「て、照れ癖えけどそれも認めてやる!」

「そんな声優さん」

「うはははははははははははは!!!」


 お前、ずっと中の人の話してたんかよ!

 すっかり騙された!


 でも。

 それを凜々花が言ってたことを公開されたってことは……。


「……凜々花ちゃんが?」

「そう言ってたの?」

「……しまった」


 こうして、ディープなマニアであることを白日の下に晒された俺は。


 みんなから『むっつり博士』の異名で呼ばれることとなった。



「反撃だ。どのキャラがいい?」

「ク、クラスの集合写真見せられても……」

「くそう。笑えよお前は」

「じゃ、じゃあ、どの子が好み?」

「うはははははははははははは!!! お前の免許じゃねえか!」



 勝負にも負けるし。

 今日は散々だったぜ。

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