みかんの日


 ~ 十一月三日(水祝) みかんの日 ~

 ※緑林白波りょくりんはくは

  泥棒の潜伏場所。




「も一度ご紹介しましょう! ご近所の、佐竹みかんちゃん! 三才!」

「み、みかんちゃん。好きな食べ物は……?」

「りんご」

「あはははははははははははは!!!」

「…………あと、のむよーぐると」

「あはははははははははははは!!!」


 ライバルは。

 忘れたころにやって来る。


 ワンコ・バーガーの裏手に住むみかんちゃんが。

 さっきから、秋乃のツボを突きまくり。


 かつて抱っこしてやった時はあんなに喜んでいたのに。

 奮発して買ったYシャツをよだれでダラダラにされても許してやったのに。


 そんな恩を。

 仇で返すような悪女に育つなんて思いもしなかったぜ。


「あと、ももかんのつゆ」

「あはははははははははははは!!!」



 ――穏やかな秋空の下。

 キャンピングチェアにブランケット。


 焚火で暖を取った後。

 炭をたっぷり作って、ダッチオーブンを置いて。


 焼きチュロスが出来るまで。

 のんびり贅沢な時間を共有していたお相手は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 折角の二人きり。

 でもそこに、凜々花も呼びたいとこいつが言い出したことは。


 正直嬉しくて。

 正直がっかりで。


 それでも否定なんかできるはずもなく。

 ご近所迷宮レベル3に挑み中の凜々花を電話で呼んでみれば。


 ご覧の通り。


 遊び人と遊び人の二人パーティーになっていた。


「基本はゆせそまだからな?」

「みかんちゃんは、凜々花のバフ要員なんよ。踊り子なんさ」

「……踊らせ子の間違いだろ」

「み、みかんちゃん。チュロス食べてみる? 美味しいよ?」

「いんない」

「じゃあ紅茶飲む? お砂糖沢山いれちゃうよ?」

「いんない」

「じゃあ……」


 三才の悪女に。

 すっかり踊らされている秋乃。


 やれやれ。

 さっきまで、凄い凄いと俺をもてはやしていたのに。

 すっかり骨抜きにされちまったようだ。


 それに。

 俺をがっかりさせる事案がもう一つ。


 こんな小さな子の前じゃ。

 せっかく仕込んでおいたゲームなんかできやしない。



 ……かつて秋乃が作ってくれた。

 日本中を旅するゲームとは比べられないけど。


 俺も秋乃が喜びそうな。

 小さなゲームを作っておいたんだ。


 食後のひと時を楽しんでもらいつつ。

 最後に、無様な笑い顔を拝む予定だったんだが……。


「あ、あたしもパーティーの末席に入れて欲しい……」

「まあそうなるわな。後かたずけはやっとくから、二人と遊んで来い」


 しょうがないけど諦めよう。

 このゲーム、結構自信あったんだけどな。


 ある村に泥棒がいて。

 とうとう悪事を見抜かれると。


 村人みんなから。

 家の物。

 服。

 すべてを返せと、身ぐるみ剥がれて。

 とうとう逃げ出した。


 その潜伏先を村人より先に見つけ出す。

 そんな暗号解読ゲームなのだが。


 解けた暗号をヒントに。

 この駐車場の奥の薮を探すと。


 隠れているのは。



 人体模型。



「皮膚まで返品!? とか。笑ってくれると思ってたんだけど」

「な、何の話……?」

「舞浜ちゃん舞浜ちゃん!」

「あ、うん。なあに?」

「ジョブは?」

「え? い、一年半ほど女子高生やってます」

「じゃあ、先頭はみかんちゃん。舞浜ちゃんが真ん中で、凜々花がケツね?」

「踊り子、お。女子高生、じ。……凜々花はなんのジョブなんだよ」

「焼き鳥屋」

「お、じ、や」

「弱きをたすける、優しい世直しパーティーなんだよ?」

「病人には優しそうだな」


 はしゃぐ三人を横目に。

 肩を落としながら炭を片付けていると。


 テーブルに残っていたものにふと気づく。


 それは最後に焼こうと思っていた。

 ミカンだった。


「よし。それじゃ最初の装備品だ。ミカンをあげよう」


 そばにいた踊り子。

 にっくきみかんちゃんにミカンを手渡すと。


 彼女はいやいやと首を振って。


「りんごがいい」


 じつに悪女らしく。

 我がままを言って突っ返そうとしてきた。


「すまん、それしかない」

「これ、いらない」

「あ、こら」


 我がまま悪女、みかんちゃんが。

 ミカンを放ると。


 薮の方へコロコロコロ。


 すると凜々花は。

 みかんちゃんの前にしゃがみ込んで。


 優しい声で教え諭す。


「だめだよ、みかんちゃん。食べ物は、とっても大事」

「だいじ?」

「お母さんもお父さんもみかんちゃんも、楽しくなったら笑うでしょ? それは食べ物のおかげなの」

「おかげ?」

「そう。食べ物が無いと、笑えないの。だから、食べ物は大事。わかった?」

「わかった」

「そしたら、大事なミカンを探して来よう!」

「うん!」


 ……二人の会話が。

 胸のイガイガをすっかり溶かす。


 秋乃が、幸せそうな笑顔で。

 走るみかんちゃんの背を見つめる。


 平和な秋空の下にできた。

 小さな陽だまり。


 柔らかいあたたかさに包まれていた俺は。



 ……人体模型のことを思い出して。

 一瞬で青ざめた。



「うわ! そっち行っちゃダメだ!」


 あんなもの見たら。

 みかんちゃんのトラウマになっちまう。 


 慌てて追いかけた俺の目の前。

 みかんちゃんが藪からもぞもぞ出てくると。


 その手に握られていたのは。


「りんご!」

「うはははははははははははは!!!」


 いいえ。


 それは人体模型の心臓です。



 凜々花と秋乃がいぶかしむ目を俺に向けながら。

 冒険へと旅立つ。


 ……そう。

 食べ物は大事。


 冒険に行くんだ。

 ちゃんと食べ物は持って行かないと。


 先頭を行く踊り子、みかんちゃんは。

 嬉しそうにハツを抱えて。


 まだ歩いたことのない、知らないご近所の路地へと突き進んでいくのであった。

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