妖狐を売り飛ばした男の話(巻之二「狐の妖怪 きつねのようかい」)
小弥太はもともと
あるとき小弥太は、所用があって
狐は人間の
当然、頭上の髑髏は礼をしたときに落ちてしまうのだが、それを拾っては頭の上に載せて、また礼拝をこころみる。
落としてはまた載せて礼拝を繰り返すこと七、八度に及ぶと、ついに髑髏が狐の頭から落ちなくなった。
髑髏をいただいたまま、立居は意のまま自在となり、さらに北に向かって何度も拝みはじめた。
小弥太は不思議に思い、立ちどまってこれをながめていた。
拝むこと百度ばかりになったかと思しきころ、狐はたちまち十七、八歳ぐらいの娘に姿を変じた。娘の美しさは国じゅうに並ぶ者がないのではないかと思われた。
日はすでに暮れ果て、あたりは暗い。
娘に化けた狐は、小弥太の前で、大声で泣きながら、いかにも哀れなようすで歩いてゆく。
元来、肝が太い小弥太であったので、少しも恐れることなく娘のそばに近づくと、
「いかにこれは、どのようなお方であれば、なにゆえ日も暮れたこんな場所で、ただひとり悲しげに泣き叫んでいるのですか。どこにむかって歩かれるのですか」
「わたくしはここより北にある
このごろ山本山を攻め奪おうと木下藤吉郎とかいう大将がやってきて、軍をひく道中に余五・
わたくしの親兄弟は山本山にて討ち死にし、母は兵乱をおそれて病となりました。
そのようなところに軍兵が押し入ってきて、家にある財宝をひとつ残らず
わたくしはというと、あまりの恐ろしさに草むらの中に隠れ、なんとか生きながらえることができました。
ですが、親もなければ兄弟もなし、誰も頼ることもできない
娘は泣きながらようやっと話しおわると、またわっと泣き出した。
「これはまさしく、狐が
小弥太は狐の話を聞いて、ある企みをひらめいた。
「ああ、なんと哀れな。
親兄弟はみな亡くなり、頼るあてもないとは。ですが幸いにして、私の家はまことに貧しくはありますが、人ひとりを養うくらいだったらなんとかなります。
わが家で真面目に働いてくれれば、私が後ろ盾になってあげましょう」
「まあなんという
哀れに思しめされて、養っていただけるのであれば、あなた様をわが父母の生まれかわりだと思ってお仕えいたします」
小弥太の申し出に、娘は大よろこびで従ったので、武佐の旅籠へとつれて帰った。
小弥太の妻の前でも、娘は同じように泣く泣く語るので、妻も哀れに思い、またその殊更にうるわしい姿かたちをみとめて、彼女のために骨を折り、かわいがった。
その間、小弥太は妻に露ばかりも正体が狐であることは語らなかった。
天正のはじめ(1573~)、近江国はようやく戦乱がおさまり、北郡は木下藤吉郎が領知するところとなった。
そこに
例の狐が化けた娘を目にすると、愛することかぎりなく、悩乱して、
「どうにかしてあの娘をわたしにくださらぬか」
と小弥太にいってきた。
「歴々の諸大名がみな望んできましたが、いまだにどこへもやっておりません。私の生計のたよりとなるものをよろしくあてがっていただけるのでしたら、娘をさしあげましょう」
小弥太がそういえば、石田は金子百両を用意し、これを与えて娘を買い取り、岐阜へと連れかえった。
娘には大変な才覚があり、何事においても
しかしこの扱いについて、娘は少しも驕りたかぶる気配も見せず、本妻の心を尊重し、
「わたくしは
と云って、夜となく昼となくまめまめしく仕えるので、本妻もさすがに憎くは思わず、親しげにこれを愛おしんだ。
屋敷に出入りする人々にも、それぞれ相応に物などをとらせてやった。
いつ買い求めているのか誰も見たことはないが、
そのうえ、
「賢女をもとめるならば石田の家に行くべし」
とまでいわれるようになった。
半年ほど経って石田はふたたび京へ上ることとなった。
「必ず忠義をもっぱらにして、私利をわすれ、千金よりも重い御身をつまらぬことに費やしてはなりませぬ。御家中のことはわたくしにお任せください」
娘はそういって京へと送り出した。
「石田殿は妖怪に犯され精気を吸われておりまする!」
「一刻もはやく療治しなければ命を失うことは必然。拙僧の見立てにまちがいはございませぬ」
石田は祐覚の言をにわかには信じなかった。
「己をあざむこうとする
そう一笑に付した石田であったが、ほどなくして患いついた。
顔は黄色くなり痩せこけ、身体の肉はそげおち、肌の
意識もはっきりしないようで、ぼんやりとして物事を正しく判断できない。
家人らは驚いてさまざまに医療をほどこしたが効果はなかった。
主人の病状に悩んでいたそのとき、高雄の僧祐覚がいっていたことを思い出し、彼を呼んで診てもらった。
「やはり拙僧の見立てはまちがっておらなんだか。はじめから信じていれば、今ごろこのように患いつくことはなかったろうに。
だが、仏法の道というのは慈悲を
家人らは驚愕しながらも、祐覚と夜どおし岐阜へ帰ると、
ここに
尾を撃って火を出し、祟りを
この故に
千年の怪を
身を武佐の旅館によせて、
汝が
汝今すみやかに去れ。速やかに去れ。
汝知らずや、
もしすみやかにしりぞき去らずは、
おどろいた家人らが近寄ってみてみれば、娘は大きな古狐へと変じていた。
古狐の頭上には髑髏が落ちることなく戴かれていた。
娘がいろんな人につかわし、あたえた品々をあらためてみれば、絹小袖とみえていたものは芭蕉の葉、白粉といわれていたのは
石田氏の病はたちまち快癒し、涼やかな心地となった。
一連のものごとをかえりみるに、怪しいということかぎりなかった。
狐の死体は遠くの山奥にうずめ、霊符を押し貼り、墓所を祓った。
石田氏には
サテ、武佐の割竹小弥太をたずねてみれば、狐を売った金子百両でもって富裕になり、家居を移してどこへいったのやら誰もしらない。
まさに狐魅というものはよく人を惑わすもので、それにしても祐覚僧都の
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