Day29 時代の徒花(お題・地下一階→地下室)

「暇だ……」

 まだ、お昼を少し過ぎた時刻。私は騎士団事務所の聖獣神殿アルスバトル分室で机につっぷしていた。

 外はようやく国境警備隊詰所から騎士団が帰ってきたらしく、賑やかな隊員達の声がする。

「暇だ……」

 ちなみに団長のセシルと秘書のユリアさんはまだ帰ってきてない。二人は残った隊と盗賊団討伐の後始末をしていて、明日、詰所を立つという。

「暇だ……」

「記録はつけないのでござるか?」

 私はいつも依頼の後は自分の活動の記録として、事件の経緯を書き留めている。デスクの上にちょこんと正座して石板で、教本を横に大陸語の書き取りをしている影丸が訊く。

「う~ん、窓口の相談は皆、公会堂事務局の業務連絡簿に書いたし……」

 さすがにあれを二回も書くのは面倒臭い。

「スージーさんの事件は盗賊団が関わっているから、書いたらセシルに怒られるし……」

『目立つな!』といつも口を酸っぱくして言っている双子の兄に見つかったら説教される。

「暇だ……」

 へちょんとデスクに顎を乗せると「奥方様、客人でござる」影丸が後ろの窓を見た。

『あの……すみません。『椎の木通り』にある家の家霊なんですけど……』

 湿った冷たい風の吹く窓の外から弱々しい声が聞こえる。

『夫人像の御紹介で来たんですけど、こちら『余り者の勇者』様でしょうか?』

「はい!」

 私は窓を開けた。

 すごい! さすが夫人像、早速の依頼だ!

『実はうちの家人が、東方貿易に従事したとき、黒髪の女の子の人形を貰ってきまして……それが、夜中、家の中を歩き回るんです。にまにま笑うし、髪が伸びるしで……私、怖くて怖くて……このところずっと地下室にこもっていたら、そこまで降りてきて……』

「多分、影の国で市松人形と呼ばれる人形だと思いまする」

 影丸が石板を片づけて、お茶を淹れようと奥の棚に向かう。

「それは怖いですね……。どうぞ中に入って下さい。もしかしたら彼女は悪気はなくて、知らない国で戸惑っているだけかもしれませんよ?」

 私は家霊さんを招き入れた。

 透明な気配がおどおどと部屋に入り、来客用のソファがギシリと鳴る。

「幸い、うちには『和国』の物の怪がいますから。まずはその人形と話してみましょう。詳しい状況を教えて下さいませんか?」

『はい……』

 影丸がガスのくれた肉桂の香りのするお茶を淹れてくれる。

 私はうきうきとメモを手に正面のソファに座った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 深夜、明日で閉める国境警備隊詰所の商隊失踪対策室ではアルスバトル公国騎士団団長のセシルが、秘書のユリアのまとめた報告書を渋い顔で眺めていた。

 『銀嶺の主』の助けもあって、事前に十分に盗賊団のアジトを下見をしたセシルとユリアは、綿密な計画を立て、両騎士団で奴等を一網打尽にした。しかし……。

「盗賊団に捕らわれた者達は、彼等の手によって売られたようだ……」

 山で冬を越す資金とする為に売り飛ばされたらしい。中には年端もいかない子供もいたという。

「ペジュール騎士団が全員取り返すと言っているが……」

 今回の事件はペジュール公主と騎士団の重大な失態だ。このままではペジュール公国の信用はガタ落ちし、公国を通る商隊が少なくなり、彼等の落とす通行税や旅賃が減ってしまう。その為、名誉に掛けて探す! と言っているらしいが……。

「襲撃から三月みつきも経ってると、どこまで見つかるか……」

 アジトの地下には捕らわれていた人達が閉じ込められていた地下室があった。そこに残っていた数名は救えたが……。

 勇者の知覚が感じた、売られていった者の恐怖と絶望に重い息をつく。

「ペジュール側にはアルスバトルは捜索の協力を惜しまない、と言ってくれ」

「はい」

 しかし、出来るのはここまでだ。古の初代『勇者』の、敵対する怪物や魔物を退治すれば良いという時代はとうに過ぎた。そして各国共通の巨大な敵、魔王がいない今、勇者を己の思惑で利用しようとしたり、反対に疎んじたりする輩は多い。

「今時、勇者など時代の徒花みたいなものだ」

「セシル様……」

 ユリアの気遣う声に彼は薄く笑った。

『『勇者』』

 そのとき、外から男の声がした。窓を開けると詰所からの明かりが届くぎりぎりの場所に『銀嶺の主』がいる。

『今回の件の働き、実に見事であった。『白嶺の方』は『余り者の勇者』と『薬屋』がお気に入りのようだが、俺は『勇者』、お前が気に入った』

 にっと牙を見せる。何事かと眉をひそめるセシルに『銀嶺の主』は名乗った。

『俺の名は『銀嶺のロウ』だ。お前は?』

 魔物と名前を交わし合うのは一種の契約だ。ミリーも影丸と主従契約を結ぶとき彼の本名を聞き、自分の名を名乗ったという。

「セシル様、答えてはなりません」

 ユリアの制止の声に、だがセシルはにやりと笑った。

「私はセシル。セシル・アルスバトルだ」

『『セシル』……良い名だ』

 『銀嶺の主』が獰猛な笑みを浮かべ、くるりと身を返す。

『セシル。これからは、この山脈で俺の力が必要なとき、いつでも俺の名を呼べ!』

 たっと雪を蹴る音と共に、銀の毛並みが闇に消える。

「ああ! お前も困った事があったら、私を訪ねてくると良い!」

 セシルは暗闇に大きく叫んだ。

「見事な働き、か……」

 窓を閉め、心配げなユリアに「大丈夫だ」と頷いてみせ、自分の両の手を見下ろす。

「私もミリーと同じだな」

 自分も、自分の出来る範囲で、出来ることを精一杯するしかない。

「救える者は救えた。心強い友人も出来た」

 ユリアがそっと背に寄り添ってくれる。月の光に輝く銀の峰に狼の遠吠えが響いた。

 

 依頼人:貿易商フューリー商会

 依頼:行方不明の商隊の捜索

 報酬:『銀嶺の主』との契約

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