Day28 最初の依頼人(お題・隙間)

「終わった~」

 寺院の夕刻の鐘が夕空に響き渡る。

 相談窓口最終日。一日延長した今日は休息日というのもあって、朝から、いろんな依頼人がやってきた。

「お疲れさまでした」

 リサさんがお茶を淹れて、持ってきてくれる。

 最終日の今日は捕獲したスライムの譲渡会を催していた彼女の方も全て終わったらしい。毎日、何匹か入っていた檻は空っぽで、綺麗に掃除されていた。

「リサさんもお疲れ様でした」

 礼を言って、お茶を啜る。

 休息日出勤していた事務局の職員の人も残っていた仕事が終わったようだ。机の上を片づけ、鞄を手に厚いコートを羽織って帰っていく。「じゃあ、来年春からよろしく」リサさんに言って出て行くのを見て、私は首を傾げた。

「来年、春って?」

「今年の私の働きぶりを見て、事務局の主任が『来年、一人退職する予定だから、春からここで職員として務めてくれないか?』って言ってくれたんです」

 彼女の希望であった、季節の臨時職員から常時職員になれるという。

「良かったね!」

 更にリサさんは、来年の春にスージーさんとジョンさんは結婚することになるだろうと教えてくれた。

「もう、兄さんが離れているのはイヤみたいで」

「ということは、食堂はお父さん一人でやるの?」

 厨房はお父さんとジョンさん、二人でもすごく忙しそうだったのだが。

「食堂は従兄が引き受けてくれます」

 星夜祭のときにリサさんが会っていた『小麦通り』の料理店に務める従兄が継ぐらしい。

「従兄は随分前から、自分の子供達を下町で育てたいって言っていて……』

 従兄夫婦が食堂で働き、彼女は家から出て、独り暮らしをするという。

「夢、叶って良かったね」

 これで、彼女は心おきなく好きな物語が書ける。

「はい!」

 リサさんが嬉しそうに笑った。

 

「おじゃましま~す」

 初日に『『余り者の勇者』様。『椎の木通り』にいらして下さい』という手紙がくくられていた鍵で、公会堂の屋上の扉を開く。屋上からは、赤く染まった夕焼け空の下、薄闇に覆われた下町の家々が見渡せた。

 今、公会堂には私と私の影の中の影丸しかいない。

『少しゆっくりしたいから最後の戸締まりは私にさせて』

 頼んで鍵を預かり、リサさんには先に帰って貰ったのだ。

「私はリサさんが職員になれたのは、彼女への貴女からの報酬だと思うんですけど……」

 屋上に立つシルベール伯爵夫人像を見上げる。

「私に最初に依頼したのは貴女ですよね」

 像の足下には昼間、私とリサさんが供えた小さな秋バラが寒風に揺れている。

「最初に鍵を渡したのは動けない貴女ならではの挨拶で、依頼の内容は、秋の度に貴女に花やお菓子を供えて、恋人との幸せを祈るスージーさんを救う為と……」

 灯りの灯り出した『椎の木通り』の町並みに目をやる。

「この時期、不思議に困る下町の人を助ける為ですね」

 それを『余り者の勇者』に頼みにきたのだろう。

「……実は私、明日から騎士団事務所の分室で暇~な日々に戻るんです」

「そうでござる」

 唇をとがらせる私の影から現れた影丸が深刻な顔で頷く。

「ガスの話だと冬の魔物が出てくるのは初雪が降ってからだというので……」

 それまで、何もない隙間時間がもう少し続くのだ。私はぺこりと頭を下げた。

「お願いします! 来年もリサさんのお手伝いに来ますから、今回の報酬として私にまた依頼を下さい!」

「よろしくお願い申す」

 影丸も頭を下げる。

 夫人の像はただ私達を見下ろしている。私は顔を上げ、空に目をやった。空が紫に変わり、宵の星々が輝きだしている。

「奥方様、そろそろ帰りませぬと主が心配するでござる」

『休息日にご苦労様。今日は一月ひとつき頑張ったご褒美に、晩ご飯はミリーの好きなものを作ってくれるように、母さんに頼んでおくから』

 ガスは今朝そう言って、出掛ける私を見送ってくれた。

『今夜の店番はミリーの為にお茶を淹れるよ』

「えへへ……」

 にやける私に影丸が呆れたように小さな肩を竦める。

「帰るでござるよ」

「は~い」

 軽い足取りで屋上の扉に向かう。扉に手を掛け、暗い屋内に入る。

「お願いしますね!」

 私は夫人像に念を押して扉を閉めた。

 

 依頼人:『余り者の勇者』

 依頼:お仕事下さい!

 報酬:スージーの救助&一ヶ月間の不思議相談窓口

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