Day27 想いを込めて(お題・ほろほろ)

 

「あ、はい! スライム捕獲ですね! 今行きます!」

「この人形がおかしい? いいえ、大丈夫ですよ。見た目が気味悪いだけで何も憑いてません」

 明日で窓口は終了。そうなると今度は駆け込みのお客さんがやってくる。細々とした不思議に対応しつつ、私とリサさんは朝からそわそわしていた。

 昨夜、『恋心』さんがオークウッド本草店で保護された。

 スライム隊が見つけた『恋心』さんを、ガスがあの犬頭の妖魔に報酬代わりに、施療院に連れてきて貰っていたらしい。

 彼女は窓越しに目覚めた雑貨屋さんの娘さんを見て、自分がスージーさんから転がり落ちた心の一部であることに気付いたという。

『でも、もう二月以上も離れていたせいで、戻り方を忘れているらしいんだ。だから、まずは彼女にスージーさんの元に戻りたい、と自然に願わせなければならない。それはジョンさんがしてくれるから、二人も見届け人として窓口が終わったら、食堂に来てくれるかな?』

 ちなみに私への誤解もすでに解けているらしい。落ち着いて私とガスを見たら、すぐに解ったっていうけど。

「兄さん、スージー、どうか上手く行きますように」

 快晴の秋空の下、お昼ご飯を屋上で食べた後、リサさんがシルベール伯爵夫人の像に祈る。

「スージーはこの像が好きで、窓口を開いている間、お花やお菓子を供えていたんです」

 初代『勇者』と仲睦まじい夫婦だった伯爵夫人をあやかって、ジョンさんと上手くいくように祈っていたという。

「じゃあ、私も祈ろう」

「影も祈りまする」

 私と影丸もリサさんと並んで、夫人像に今夜の為の祈りを捧げた。

 

 深夜の寺院の鐘が鳴る半時前にいつもどおりに食堂を閉める。

 しかし、厨房はさっきからジョンさんが忙しく立ち働いて、次々と出来上がる料理の良い匂いに満ちていた。

「ミリーさんは見届け人として席に着いていて下さい」

 そう頼まれて、さっきまで食堂を手伝っていた私は、中央の『恋心』さんの席として、クロスが敷かれ、秋薔薇が飾られたテーブルの隣のテーブルに座った。

 カラン……。ドアが鳴る。

「連れてきたよ」

 肩にフランを乗せたガスが入ってくる。その後ろについてきたのは、あの星の気を浴びたときと同じ、黒い人影でなく、生きているスージーさんそのままの、訪問着を来た『恋心』さんだった。

「……この姿は……?」

 中央のテーブルにエスコートするガスの肩から降りて、フランがぴん、ぴんと私のテーブルに飛び跳ねながらやってくる。

「月虹のときの月を映した水に溶け込んだ、月の気を浴びさせたのよ」

 ガスはあのとき桶の水を瓶に移し、毎晩、外に置いて保管していた。星の気より月の気の方がはるかに強い。その『幸せを運んでくる』という月虹の気も含んだ水を彼女に浴びせて、この姿にしたのだ。

 ガスが引いた椅子に『恋心』さんが座る。

 それを見た、リサさんが厨房から、ジョンさんが作った料理の皿を持ってきた。

 

 ビネガーのソースが掛けられた茹で野菜のサラダ。カブと豆のスープ。ぷるぷるの煮凝りに、詰め物をして焼いたほろほろ鳥の丸焼き……。

「……すごい……」

 綺麗に盛りつけられた美味しそうな料理に、目を見張る。

「これ、全部、スージーがシルベールを出てから開発したレシピなんだ」

 厨房からジョンさんがやってきた。

「無事に帰ってくることを祈って。彼女の『お客さんが癒される宿にしたい』という夢を叶える為にね」

 ジョンさんは最近、ガスに頼んで、東の国の薬膳料理の本を手に入れ、学んでいるという。

「……ありがとう……」

 キラキラした目で料理を見ていた『恋心』さんが、顔を上げ、目を潤ませた。

「この料理を全部スージーに見せたい! きっと喜ぶだろうな。早く彼女にこれを食べさせたい……」 

 彼女が思わずといった様子で口にしたとき、顔が輝いた。

「若旦那さん! 私、解った! 戻り方!」

「それは良かったです。元々、貴女はスージーさんの一部なのだから、切っ掛けさえ掴めば、すぐに戻れると思ってましたよ」

「ええ!」

 『恋心』さんがジョンさんに向かって、うふふ……と笑う。

「再会のキスはスージーに戻ってからね」

 可愛らしくウインクして、立ち上がる。

「じゃあ、いろいろお世話になりました。ミリーさん、迷惑掛けてこめんなさい」

「ううん」

 神妙に謝る彼女に首を横に振る。

「若旦那さんとお幸せに」

 彼女がイタズラっぽい笑みを浮かべて、私に告げる。

 思わず顔に熱が上がる。横を見るとガスも真っ赤になってる。

 そんな私達に彼女は楽しげに笑って、ふわりと消えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 目が覚める。

 山の中の家の朝は、もう冬の寒さが漂っていた。

「……私……」

 昨夜までぼんやりしていた頭が、今朝ははっきりしている。

 粗末な造りの部屋を見回し、頷く。

「……私はスージー。リヨンの宿、トビウオ荘の娘」

 ようやく自分が誰か思い出せた。

「おねぇちゃ~ん、起きた~」

 この家のきこり夫婦の子が起こしにくる。

 彼女は助けてくれた夫婦に全てを思い出せたことを告げる為に、ベッドから出、竈のある土間へと向かった。

  

 依頼人:『恋心』さん

 依頼:『恋心』さんをスージーさんに戻す

 報酬:ジョンさんの新作料理(皆で美味しく頂きました)

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