Day21 『銀嶺の主』(お題・缶詰→瓶詰)

 アルスバトル国境警備隊詰所。タラヌス山脈の山頂近くの魔王の物見台を改装した建物の商隊失踪対策室で、保存食の瓶詰を食べながらセシルはペジュール騎士団の報告書を読んでいた。

「……あのバカ公主は何を考えているんだ」

 押し出すようなセシルの怒りの声に、今日の各隊の報告書をまとめていたユリアの細い眉が跳ねる。

「あんなバカでも、一国の公主なので、ペジュール騎士団に聞こえないように声を落として下さい」

 小声で注意する。セシルはふんと鼻を鳴らした。

 ペジュール側の報告は最悪だった。すでに夏頃から向こうでは盗賊団の噂が立っていたにも関わらず、何の対策もせず、商工ギルドからせっつかれてようやく『土の始まりの月』に調査をしたらしい。

「……どうせ『無い』ことを証明する為の調査だ。結論ありきで些細な異変は見逃したのだろう」

 調査の結果、噂は噂に過ぎないと『結論』が出、その後、山越えの商隊が組まれ、アルスバトル公国に向かうことを待ちわびていた者も同行して出立した。

「その結果がこれだ……」

 商隊はその月の半ばに出発していた。その後、三日後にタラヌス山脈の西側の中腹にあるペジュールの国境警備隊詰所を抜けている。この報告書を元にアルスバトル・ペジュール両騎士団による合同捜索隊が組まれ、国境付近の道をくまなく探したが、すでに二月以上前のこと、商隊の痕跡は全くなかった。

 今日もこの辺りでは雪が降っている。すでに両騎士団ともあきらめが濃い。

「……仕方ない、ミリーに知らせてオークウッド本草店の力を借りるか……」

 あの店なら、顧客の魔物に頼んで人では不可能な広範囲の捜索が出来るかもしれない。

 瓶を逆さにして、中の肉を口に放り込む。ぐっと噛みしめたとき

「……セシル様、ユリア様、オークウッドのガスです。ちょっとお頼みしたいことがあるのですが……」

 窓の外から少年の声が聞こえた。

 

 国境付近の地図を持って、他の団員に見つからないよう、こっそり詰所の裏に来て欲しい。

 窓越しにガスに頼まれて二人は外套を着込むと詰所を出た。指定された場所にはガスとその肩にフラン、そして脇には巨大な黒い狼と銀色の狼がいる。

「こちらは『白嶺の方』様の御家来と、タラヌス山脈を領域とされているお山の主、『銀嶺の主』様です」

 ガスは二匹を紹介した後、星夜祭でミリーに起きたことを話した。

「……そうか、ミリーが……。起こし方はユリアに尋ねてくれ。お前なら間違いなく起きる」

「はい」

「ユリア、スージーという娘が商隊の同行人にいなかったか?」

「いました。このリストに載ってます」

 ユリアの答えに「やはり」ガスが大きく息をついた。彼に地図を渡し、詰所から見えないように力を調整して小さな明かりを指先に灯す。

「スージーさんは星の気をまとってました。この時期、星の気は水の溶け込みやすい。多分、彼女は沢に落ちたのでしょう」

 ガスは地図を地面に広げた。

 商隊が交通路以外の道を通るのは考えにくい。そして、盗賊に襲われたとしても商人や一般人が山の奥に逃げ込むことはないだろう。

「戦うすべを持たない私達が向かう場所は、助かりそうな安全な場所です。スージーさんはアルスバトルかペジュールどちらかの詰所に向かったと思われます」

 それでいて、鍛えてない一般女性が転がり落ちても命を失うようなことがない沢となると……。

「ここか……」

 道と沢が緩やかに近づいている一カ所を指す。

「夜道で女性の足ですから、この場所で商隊は襲われたものと推測します」

 ガスの指がなぞる地点にセシルはうむと頷いた。

 ガスは普段の昼寝をしている猫のような表情と、穏やかな気質から『姫様通り』の商店や商会の人々からは『呑気なオークウッドの若旦那』と呼ばれている。だが、実は薬師らしく、異常の原因を突き止め、そこから現状を推理し、更にその対策を考える思考に長けているのだ。

「『銀嶺の主』様、この辺りに人が住んでいるところはありませんか?」

 彼女が消えてから、もう二月経っている。生きているなら誰かに助けられているのだろう。

『そこにはいないが、その沢の下流にいくつか、きこりの家があるな』

「スージーさんは多分、その家のどこかです」

『解った。配下の魔狼に調べさせてみよう。その代わり……』

「はい」

 ガスは『銀嶺の主』に頷くとセシルを見上げた。

「セシル様、最近『銀嶺の主』様の領域で見慣れぬ人間が木を勝手に切り倒したり、鹿や猪を狩っているそうです」

 セシルが唸る。

「盗賊団か」

「はい。冬を越す為にお山を荒らしているのだと……」

「なるほど」

 次いでにやりと笑った。

「ガス、お前、スージーを彼等に探させる対価として、騎士団に盗賊団を捕まえさせるつもりだな?」

「……すみません」

 ガスが頭を下げる。

「いや、構わん」

 むしろこっちにも好都合だ。セシルは『銀嶺の主』に顔を向けた。

「私達がそちらの懸念の輩を捕まえる。まず、奴等の居場所と人数等を知りたいのだが」

『場所は解っている。人数は今から連れていってやるから、お前達で調べろ』

 『銀嶺の主』が地面に伏せる。

「ユリア、支度を」

「はい」

 ユリアが詰所に向かって走る。

「では、私はシルベールに帰ります」

「ミリーを頼むぞ」

「はい」

 ガスとフランが黒い狼に乗る。狼が立ち上がり、駆け出すとあっという間にその姿が消えた。

「セシル様」

 書類を置き、偵察用の道具を詰めた鞄を持ちユリアが戻ってくる。手渡された鞄を担ぎ『銀嶺の主』の背に二人で乗る。

「頼む」

『しっかり捕まっていろ』

 不謹慎だが、今、自分が好きな冒険譚と似た状況にいることにセシルの胸が躍る。

 また雪が降り出してくる。その中を二人を乗せた銀色の狼は走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る