Day22 目覚め(お題・泣き笑い)

 ちゅん、ちゅん。

 小鳥の鳴く声がする。

 朝が来たんだ。

 私は朝が一日で一番好きだ。夜が明けたばかりの澄んだ空気。明るくなっていく空。賑やかになっていく通り。少しずつ街が起き出していく感じがたまらない。

 いつもなら起きて、オークウッド本草店の奥を取り仕切る、ガスのお母さんの手伝いに行くところなんだけど……。

 今朝は本当に眠くて……目が開けられない……。

 コン、コン。

 部屋のドアが鳴った。

「ミリー、朝だよ。そろそろ起きないと」

 ガスの声が聞こえる。

「ミリー、入るよ」

 ドアの開く音がして、彼の足音が近づいてくる。

「ミリー、本当に起きないと……」

 足音が枕元で止まった。

「朝ご飯、無くなっちゃうよ?」

「ええっ!!」

 思わず飛び起きる。

「……あ……あれ?」

 ベッドの脇には安堵の息をつくガスと何故か呆れた息をつくフランと影丸がいた。

 

「……いやはや、奥方様はこれで起きられるとは……」

 小さな肩を落とす影丸の横で「お嬢らしいといえば、らしいけど……」フランがぷるんと揺れる。

「え、えっとぉ……」

 薄曇りの空から朝の光が差し込む部屋で戸惑う私をガスがぎゅっと抱き締めた。

「……本当にミリーは目が離せないんだから……」

 一言、押し出すように耳元で言う。いろんな思いを込めた声に、私は星夜祭の最終日の夜、スージーさんに襲われたときのことを思い出した。

 そっか、私、勇者の力を使って、それからずっと眠っていたんだ。

「ごめんなさい」

 心配しただろう彼にまず謝る。

「……でも……」

「『それしか方法が解らなかった』だよね」

 解っているよ、ガスは小さく笑って身体を離した。

「それにオレを信頼して、だったし」

 そう他の誰でもない、『ガス』が起こしてくれる。という確証があったからこそ使えた。

「本当にごめんなさい」

 もう一度謝った後

「……もうちょっとロマンチックに起こして欲しかったな~」

 恨めしげに見上げる。

「そういうことはオレに期待しないでよ」

 ガスが困ったように頬を掻いた。

「それにユリア様に日常の延長で起こした方が起きやすいっていわれたからね」

 階下からは賑わう朝の台所の様子が聞こえてくる。

 ぐう~。小さい子から六神に祈りを捧げ、ご飯を食べる声にお腹が鳴った。

「……あ、あの……私もご飯……」

 どれだけ寝ていたか解らないが、身体がふらふらするほどお腹がすいていることに気づく。

「二日も寝ていたからね。今、母さんが麦粥を作っている。今日はそれにして、食後にオレの煎じた薬湯を飲むこと。良い子にしてたらリンゴを剥いてあげるから」

 さかんに鳴り出したお腹の音に、ガスがふにゃりと笑ってドアに向った。

「そういえば『日常の延長』ということは、セシルはどうやって起きたの?」

 私の質問に彼が肩をふるわせる。

「セシル様はね……」

 眠っているセシルのベッドの横のテーブルにユリアさんがバシッと書類の束を叩きつけ『セシル様! 今日中にこれにサインして頂かないと決済がおりません!』大声を出したら『すまん!!』と飛び起きたという。

「…………」

 なんだかんだとあの双子の兄はユリアさんにしっかり尻に敷かれている。

「兄妹揃って……」

 更に呆れるフランと影丸に乾いた笑い声が出る。

「じゃあ、ご飯、持ってくるから」

 ガスが部屋を出ていく。

「……でも、それってセシル様はユリア様で、お嬢は坊ちゃまでないとダメなのよね」

 ぷるぷる揺れるフランに「もちろん!」私は笑いながら頷いた。

 

 麦粥を平らげ、少し苦い薬湯も全部飲んだ私に

「偉かったね。じゃあ、リンゴをあげるよ」

 ガスはよく熟れた真っ赤な丸い実を手にイスに座った。

 しょりしょり……という音と共に、甘酸っぱい匂いが漂ってくる。器用にナイフで皮を剥きながら、彼は昨夜、セシルのいる国境警備隊詰所を訪れたときのことを話してくれた。

「スージーさん本人は『銀嶺の主』の配下の魔狼達が探している。しかし、彼女の落とした『恋心』は今、どこにいるのだろう?」

「……そうねえ。ジョンさんがお嬢に、と勘違いしているから、元の場所に戻って、泣いているのかもしれないわね……」

 フランがふるふる揺れる。

「……もし、私だったら……」

 私を襲ってきた『恋心』さんの顔を思い出したとき、ふっと視界がぶれる。

 勇者が強い想いを浴びたとき見える幻視の力だ……。そう思った途端、窓越しに食堂の厨房に立つジョンさんが見えた。

『今夜は一段と混んでますけど大丈夫ですか?』

『体力には自信がありますから!』

 厨房に入ってきた赤い髪と赤い瞳の見慣れない少女……私に胸がつきんと刺されるように痛む。

 これ……『恋心』さんの痛みだ……。

 ジョンさんに明るい笑顔を見せて、せっせと料理を運ぶ私。それにジョンさんが頼もしそうに笑う度にズキズキと痛む。

 そして……。

『私とジョンさんはなんでもないです!!』

 食堂の裏路地で私が叫ぶ。

 でも散々見た私とジョンさんの親密そうなやり取りに、それは言い訳にしか聞こえない。

『スージー、何を言っているんだ!!』

 ジョンさんが割り込んできた。私の前に立ち、声を張り上げる。

 頭にハンマーで殴られてような衝撃が走る。

“私がいない間に、その女の子と……!!”

 息が詰まりそうなほど苦しい。その苦しみと悲しみに真っ白になって……。

 

「ミリー! どうした!」

 我に返ると細い目を驚いたように見開いて、ガスが私を見ている。

「え……あ……」

 頬が冷たい。指で触れると指先が濡れる。どうやら涙がこぼれていたようだ。

「あ……ごめん……『恋心』さんの気持ちを見てたの。もし、私が彼女だったらって……」

 口に出した途端、止まらなくなって、ぼろぼろと泣き出した私に

「オレは他の女の子なんて好きにならないよ!」

「坊ちゃまは大丈夫よ! もしものときは『姉や』の私がはり倒すから!」

「主は奥方様一筋でござる!」

 明後日の方向に勘違いした皆がおろおろと慰めてくれる。その様子に今度は泣き笑いになってしまう。

「……そうか」

 これが勇者の力だと気付いたガスが自分の部屋から香炉を持って、気を静める香を焚く。

「ゆっくり匂いを嗅いで、息を静かに吐いて……」

 涼やかな香りの中、ガスが背中をさすりながら落ち着かせてくれる。私は彼の肩に頭を寄せて大きく息を吐き出した。

 

「本当に勇者っていうのは大変ねぇ……」

 なんとか落ち着いた私にフランがハンカチを被って持ってくる。涙を拭うとガスが切ったリンゴを渡してくれた。甘酸っぱい果肉をかじりながら、私はもう一度、今度は冷静に彼女の気持ちを考えた。

「『恋心』さんは絶対ジョンさんのところに帰ってくると思うの」

 ……だって、私なら絶対そうする。

 フランと影丸にもリンゴをあげるガスを見ながら思う。

 例え、ガスが他の女の子を好きになっても、こんなに優しい彼からそう簡単に離れることなんて出来ない。

 また涙が出そうになった私に

「お嬢、もうそのことについて考えるのはやめなさい」

 フランが再びハンカチを被って肩によじ登り、ふにっと目元に身体を押しつけてくれた。

「坊ちゃま、私もお嬢の言うとおりだと思うわ」

「二人がそう言うなら、間違いないね」

 ガスがふにゃりとした目を細める。

「ならジョンさんに連絡を取ろう。スージーさんが落としてしまった『恋心』を救わないと、きっとスージーさん本人も助からない。その為にはジョンさんの力がいるんだ」

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