Day7 手紙(お題・引き潮)

『オークウッドの薬を持ってくかい?』

『うん。この新薬、痰が切れるって評判なの』

『お母さん、元気になると良いね。でも、女性一人でタラヌス山脈を越えるのは……』

『大丈夫。叔父さんの知り合いが働く商会の商隊に入れて貰えることになったから』

 そう笑って、彼女がシルベールを出たのが『風の始まりの月』。それから半年、彼女はまだ帰って来ない。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「……これは美味しいな!」

 川魚のハーブ焼きを口に運び、ふにゃりとした細い目を丸くするガスに

「でしょ!」

 胸を張る。

「お嬢が威張ることじゃないでしょ」

 呆れたようにかぼちゃのスープを少しずつ身体に啜り込むフランの隣では

「リンゴのタルトも美味でござったが、これも……」

 せっせと影丸がフォークで魚の身を口に運んでいる。

 今日は聖ユグリング教が決めた七日に一度の休息日。朝からオークウッド本草店で、お店のお手伝いをしていた私は、昨日のどんぐりの件で、お茶をご馳走になったお礼に、ガスと一緒にリサさんの御両親の食堂に夕ご飯を食べに来た。

 下町らしい家庭的な食堂は休日を家族と過ごすお客さんであふれている。リサさんもエプロンに頭巾姿で厨房とお客さんのテーブルの間を忙しく行き来していた。

 食事が終わり、甘いものを頼む。ガスがリンゴのタルトを私とフランと影丸がナッツのタルトを頼むと、若い男の人がお茶を持ってきた。

「リサがいつもお世話になってます」

「……えっと、貴方は?」

「うちで父と厨房に立っている、兄のジョンです」

 リサさんがタルトを持ってきて、紹介してくれる。

「こちらこそ、いつもリサさんにお世話になってます。あ、こっちは私の婚約者で、オークウッド本草店のガスです」

「初めまして、こちらこそミリーがよくして頂いて……」

 ガスとリサさんとジョンさんが頭を下げ合う。リサさんがお父さんに呼ばれて行くと、ジョンさんは小さな声で私に訊いた。

「あの……タラヌス山脈の盗賊団の件はどうなりましたか?」

「あ、あれは……」

 行方不明になった商隊の捜索に行った、双子の兄、セシル率いるアルスバトル公国騎士団はまだ戻ってきてない。事務方の職員さんの話だと、タラヌス山脈の国境警備隊詰所に対策室を置いて、山中を探しているという。

「……でも、どうやら商隊はアルスバトル側じゃなくて、ペジュール側で消えたらしくて……」

「そうなると、ペジュール公国の騎士団に話を通して合同で、となるから時間が掛かるね……」

 私の話にガスが唸った。

「そうですか……」

 ジョンさんががっくりと肩を落として厨房に戻っていく。

「……すみません、兄が……」

 近くを通ったときに聞いたのか、リサさんがお茶のおかわりを持ってきて謝った。

「実はスージーと兄は恋人同士で……」

 スージーさんのお母さんの病気が治ったら、彼女と結婚して、彼女の実家がやっているペジュール公国の宿場町リヨンの宿屋に入り婿に入る予定だったという。

「それは……困りましたね」

 ガスがふにゃっと顔をしかめる。

 盗賊団の噂が立ってから、タラヌス山脈の越えの道は皆、危険だからと避けている。そうなるとペジュールとの行き来は船しかないが、リヨンの辺りは速い潮の流れに満ち引きが重なる海の難所なので小さな漁港くらいしかない。それでスージーさんは帰って来れないらしい。

「せめて手紙でやりとり出来れば良いんですけど」

 郵便馬車も夏の終わりから、山脈越えの郵便は受け付けてない。

「すみません、こんな話しちゃって」

「いえ、もし、何か動きがありましたら、リサさんにお知らせしますね」

「ありがとうございます」

 リサさんはぺこりと頭を下げて、お客さんのテーブルに向かった。

「ミリー、後からリサさんにスージーさんのお家の宿屋の名前を聞いておいてくれないかい?」

 ガスがこそっと私に告げる。

「うちのペジュールに送る船便ついでに、店の者にリヨンに寄って、スージーさんの様子を見に行って貰うよ」

「そっか」

 アルスバトル公国、ペジュール公国、キングスリン公国、学園国家レクスターの東方四国に系列店を持つオークウッド本草店は、荷物の運送に船便を使う。それなら手紙のやり取りもしてあげられるかもしれない。

「解った。じゃあ、後でこっそりリサさんに聞いておく」

「近々、荷物を送る予定だから早くね」

「うん」

 やっぱりガスは頼りになるな~。お礼に私のタルトを半分あげる。ガスはふにゃと嬉しそうに笑って、彼のリンゴのタルトを半分くれた。


 ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 店をしまい、急いで自分の部屋に上がる。

 オークウッド本草店の人が、荷物を運ぶついでに、手紙をスージーに届けると言ってくれた。

 メニュー用の紙を拝借し、ペンをインク壷に浸す。

 ランプの下、文字を綴る彼の後ろ、二階の窓から黒い影が彼を覗いていた。

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