Day6 百年後の再会(お題・どんぐり)

「お嬢ちゃん、すまんが、ちょっと頼みがあるんだが……」

 公会堂の事務局の床に転がった椎の実のどんぐりに私は「はあ……」と頷いた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 どんぐりはこの先のタラヌス山脈に続く森の椎の木霊だという。

「やっと修行を積んで、本体を一日なら離れることが出来るようになったから、弟に会いにきたんだ」

 彼がカラスに聞いた話によると、弟は『椎の木通り』の椎の木のどれからしい。通りを北から南に向かって、昨夜の雨の湿気が残る曇り空の下、彼を連れていく。

「弟は同じ枝になっていてな。俺だけリスが頬袋に詰めて、森に連れていったんだ。そのまま、保存食として土の埋められたんだが、案の定、忘れて芽吹くことが出来た……」

 移動中はつらつらと自分の半生を語り、椎の木に着いたら半時ほど、長話する。リサさんの作ってくれたリストを見ると、彼と同年代……百年を越える椎はこの通りに、十本以上ある。

「あ~、このままじゃ終わんない……。カゲマル」

「はい、奥方様」

 私は自分の影から影丸を呼んだ。

「先回りして椎の木達に、このどんぐりさんの弟さんが誰か、話を聞いてくれない?」

「承知したでござる」

 影丸がとぷんと影に潜る。彼はこうして影から影を伝って移動することが出来る。影丸なら一時いっときもすればリサさんのリストを全部回れるだろう。だから、とりあえず……

「リサさん、フラン、休憩してお茶にしよう」

 湿めった冷気のせいか、リサさんの唇の色が悪い。

 ここは彼女の身体を優先して、べらべらと椎の木と話している、おしゃべり好きのどんぐりは放っておこう。

「そうね」

「では、近くに私の両親がやっている食堂がありますから、お手伝いのお礼にご馳走させて下さい」

 私はどんぐりの後ろの地面に、リサさんの家の食堂の方角の矢印をこっそり書いて、その場を離れた。

 

「依頼人を放置するとは何事か!!」

 食堂に入るお客さんの足下から転がってきたどんぐりが、お茶を飲みつつ、リンゴのタルトを食べ終えた、私達のテーブルに飛び乗る。

「だって、寒かったし~」

「女性を寒いところに長時間、立たせておくなんて、紳士のすることじゃないわよ」

 私とフランの言葉にむっと唸ると「次を案内してくれ」くるくるとすまなそうに回る。

「は~い」

 リサさんのお母さんが包んでくれた影丸の分のタルトを手に立ち上がる。食堂を出ると

「奥方様」

 私の影から、影丸が現れた。

「弟さん、見つかった?」

「それが……」

 困ったように首を捻る。

「とにかく、こちらに」

 彼は私達を先導して歩き出した。

 

「……実は、どんぐり殿の弟殿は三年前の強風で倒れ、枯れてしまわれたのでござる」

 その彼の跡地だという公園の一角には、今は新しい椎の木の若木が生えていた。

「嵐の翌年、この地に芽生えられたようで……周りの木々の話では弟殿のどんぐりからだろうと……」

 でも、また若木で木霊も未熟な為、話は出来ないという。

「……そうか」

 どんぐりが若木を見上げて揺れる。

「次に命が繋がっているのなら良い。なに、森に生える俺にとって百年等、あっという間だ。大きくなったらまた会おう」

 どんぐりがくるりと回る。

「お嬢ちゃん、娘さん、スライム、影法師。世話になった。ありがとう」

 ゆるりと揺れ、木霊が抜けたのかころりと地面に転がる。

「この木を大切に育てて貰えるよう、公園の管理局に伝えますわ」

 リサさんがどんぐりを拾う。曇り空から薄日が差す。若木の葉が風に震えるように揺れた。

 

 依頼人:森の椎の木の木霊

 依頼:弟さん探し

 報酬:木霊が抜けたどんぐり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る