第13話 殺意の高い改善提案

 私は気を取り直すと、料理長から朝ごはんのパンを貰った。そして、マリアベルに見送られる。


 さて、次は倉庫に顔を出そう、これも毎朝のルーティーンだ。


『マリアベルサン、フシギナ、カタデスネ』

「確かに、掴み所がないな」


『アシオトガ、ナイデス……』

「靴底にゴムでも貼っているんじゃないかな? 凄腕の暗殺者だったり、スパイかもしれない。いや、流石にそれはないか」


『スパイデスカ。アリマシタネ、ユウメイナ、エイガ』

「あぁ、イギリスの諜報機関、スパイ活劇だったな。確かコードネームはダブルオー……」


「おや、今日も早起きだなぁ」


 倉庫の入り口を入った先、小さなカウンターの中には一人のお爺さんが座っていた。彼がここの主、ロックウェルだ。


 現役時代は騎士団の隊長まで務めた人だ、引退してからは倉庫の守衛をしている。再雇用でここに残ったらしい。まったく、どこの世界も老人をこき使うものだ。


 その昔は悪魔のロックウェルと呼ばれていたそうだが、少なくとも私の知る限り穏やかなお爺さんだが。


「おはようございます」

「おはようさん。今日は楽しそうだなぁ。何か良いことでもあったのか?」


「そうですね、昨晩はぐっすり眠れたので」

「それは羨ましい。歳をとると、眠りが浅くていかんのだ」


 たわいもない会話をしながら、私は書類に目を通す。


 彼に会う理由は、取り引きした物資の確認のため。更に棚卸し、つまりは帳簿と実際に存在する物資の突き合わせ、この進捗確認だ。


 前任者のおかげで、これが全く合わないが。物資の横流しで小銭を稼いでいたのか、そもそも取り引き自体が嘘だったのか。


 今のところ全体像は不明だが、修正した伝票を騎士団本部に報告しなければならない。本当に頭が痛たい。


「昨年の差異だけで、騎士二十人分の年収がマイナスですか。やりすぎですね」

「とんだ節穴だったなぁ。それとも、夢でも見ていたんだろうか」


「調達と経理の責任者が一緒に不正をしていたら、なかなか気が付かないとは思いますが」

「それでもなぁ。当時の事が、はっきりと思い出せないとは……歳はとりなくないもんだ」


 関係者に話を聞くと、決まって皆がこう答える。夢でも見ていた様だ、はっきり思い出せないと。


 最初は彼らの不正も疑ったが、残っていた証拠には全て責任者の痕跡があった。


 調べれば調べるほど、足りない食材や整備されていない厨房で料理をしていた食堂の面々、十分な備品も調達できず騎士団や事務所を管理していた彼らは、むしろ被害者だろうと思う。


 皆んなを疑っている事に後ろめたさを感じるが、こんな事をしていると、まるで自分がスパイになった気分だ。おそらくスパイとは孤独な職業なのだろう。


「それにしても、パッと見て、よく間違いに気がつくもんだな?」

「そうですか?色々な方法がありますが、合わない数を九で割ってみるんです。余りが出ない場合、桁を間違えているか、数字の順番が違うか、単なるミスかの目処はつきます」

「ほう、そういうもんなのか……」


 ロックウェルは難しい顔をして資料と睨めっこを始めた。これは余計なことを言ってしまった気がする。


 彼を残して、私は備品を見に行った。倉庫の棚には様々な物が保管されている、剣や鎧の予備もある。私達は一際綺麗な銀色の剣の前で立ち止まった。【軽鉄製】かけられていた札にはそう書いてある。


 今期の予算を圧迫している物だ、普通の剣の十倍はコストが高い。既に発注済みでキャンセル出来ずに、昨日納品されてしまった。


 しかし、軽鉄とは軽量鉄骨の事か、だがそれは内装工事に使う鉄骨材の総称だ。別に鉄自体は軽くない、構造によって強度を担保している物。この世界でも鉄はあくまで鉄である、まだ私は未知なる金属に出逢っていない。


「商業組合からの購入品だが、高く買わされただけか。そっちも調べる必要があるな」

『セッカクデス、シラベテ、ミマスカ?』

「出来るのか?」

『ワタシヲ、ケンノウエニ、オイテクダサイ』


 どうやら私のカタツムリはやる気の様だ、言われた通りに剣の上に乗せる。彼女はしばらく銀色の表面を這いずり回り、触覚をこちらに向けた。それで何かが分かるものだろうか。


『シュセイブンハ、アルミニウム。ソノホカハ、アエン、マグネシウム、ドウ』

「まさか超々ジュラルミンか、アルミニウムが存在するとは」


 ボーキサイトでもあるのだろうか、どうやって生産しているか疑問である。魔法があるくらいだ、電気分解くらいは可能かもしれない。


 いや待て、私のカタツムリはどうやって分析した。エネルギー分散型X線分析計も真っ青な性能だが、センサー類はこの世界でも機能した、なら足の裏からX線でも出しているのだろう。


 私もいい加減このファンタージに慣れなくては生きていけない。


「おっ、流石はちびっ子隊長だな。お目が高い」

「ロックウェルさん、この剣は特別製ですね?」

「そうだとも、なんせ錬金術師が生み出した軽くて丈夫な鉄だからな。錆びないし、本物の鉄より柔らかいが、騎士団長殺しも通用しないってな!」


 なるほど錬金術師か、私も会ってみたいものだ。それにしても騎士団長殺しが通用しないとは、つまり磁力の影響を受けない剣か。正しくはないが、ここで私が訂正するのも気が引けた。


 オリビアの力を考えれば、剣自体に硬度がなくても問題ないのだろう。実際に彼女は木剣で鉄の剣をへし折っている。


 しかし、ジュラルミンよりステンレスの方が剣に合っている気がする。重さも三倍だが、硬度も三倍だ、組成によっては磁石につかない。ここで考えても仕方のない事だが。


「それは凄いですね。だから高価なんですか?」

「簡単には作れないって聞くぞ……。そう言えばな、意見箱が満杯になってたぞ。ちびっ子体調も大人気だな!」

「それは、とてもありがたいことですね。あと、私は隊長ではありません、団長補佐代理です」


 私は彼に訂正してから倉庫を出た、どうしてだろう毎日これを繰り返している気がする。


『ロックウェルサンモ、アシオトガ、ナイデス』

「彼は騎士団の元隊長だ、足さばきが素人ではないのだろう」


 次は騎士団の宿舎に向かう。意見箱の中身を確認して、内容を整理し、日々の改善に繋げることも私の仕事だ。


 確かに私は初日の挨拶でこう言った、皆さんの忌憚ない意見を聞かせて欲しいと。そして私の目の前には、紙が乱雑に詰まった意見箱がある。


 一枚取り出して見ると、とても大きい太い字が書いてあった。きっと元気な人が書いたのだろう、その文字から様々な感情が伝わってくる。黒いインクで殴り書きにされ、今にも紙から文字だ飛び出しそうな勢いで、こう書いてある。


 お前を殺す。


 流石に毎日これでは気が滅入る。出来れば騎士団全員の指紋を採取して、この紙の指紋と照合したい気分だ。アルミニウムが存在するなら、その粉末を使って指紋を検出してみようか。シリカやタルクを混ぜてもいいだろう。もしも紙に付着した指紋が採取できればの話だが。


 恐ろしいことに、この紙には一切の痕跡がないのだ。


 もちろん紙に付いた指紋を粉末法で採取できると思ってはいない、だが私のカタツムリは優秀だ、その触覚で指紋くらい目視できる。


 けれども、この目の前の紙からは何の痕跡も発見できない。これも魔法の仕業か、ファンタージはこれだから困ってしまう。


「やはり何も分からないか?」

「ナニモ、ミツカリマセン。ワタシノ、ハナハ、イヌヨリ、ユウシュウデスガ」


「では引き続き、動態感知センサーのレンジを最大に。フレームレートはいつでも最大まで引き上げてくれ。場合によっては八倍まで……」

『ソレハ、ショウフク、シカネマス』

「それでもだ」


 そう答えると、腕にしがみ付いてた私のカタツムリは少し悲しそうに触覚を揺らしていた。

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