第14話 違和感の多い交渉作業

 お祓いをするかの様に、意見箱に溜まった紙を捨てる。これも毎朝のルーティーンだ。


 そして再び物資と帳簿の睨めっこに午前中を費やしてから、私は倉庫を後にした。これでは昼ご飯を食べている暇もない。出来ればオリビア達に会いたかったが、すでにマリアベルさんが迎えに来ていた。


 流石は団長秘書、抜け目のない人だ。いつもかけている銀色の眼鏡、そのフレームに中指を当て、こちらを見ている。いつもより真剣な表情だ。


 午後から商業組合の会長との打ち合わせ、そろそろ出発するのだろう。


 この街の商売を取り仕切るヘインツ商会、その会長がヘンリー・ヘインツ。まったくトマトケチャップみたいな名前だが。


「ナットさん、ご準備は?」

「いつでも大丈夫です、身一つで行きますよ」

「また、ご冗談を……」


 端的に会話を終わらせ、私達は馬車に乗って商会へ向かった。こんな重要な打ち合わせは団長にしてもらいたいものだ。前任者の不正取引、その大半がヘインツ商会のもの、作為的にも程がある。


 まったく、私はこういう仕事に向いていない。


 ため息交じりに窓から外を覗くと、尻尾を生やした青年が重い荷物を運んでいた。恐竜が人型に進化したらこうなるのだろうか、まるでレプテリアンだ。爬虫類人的異星人、そんな都市伝説を思い出していた。


『ワタシモ、ウソハッケンキ、クライノコトハ、デキマスヨ』


 私のカタツムリが現実逃避的な思考を馬車の中に引き戻す。向かいに座っているマリアベルさんを見ると、今はニコリと優しく微笑んでいた。


 しばらくして、私達はヘインツ商会の大きな商館に到着する。騎士団の宿舎よりも大きな建物だ、バロック建築に似た建築様式、さぞ羽振りが良いのだろう。まるで宮殿だ。


 堅牢な門を潜ると、僅かに息が詰まった。真っ黒なスーツに身を包んだ男達が我々を出迎える、その一番奥に小太りな男が立っていた。彼が会長だろう。


「ようこそお越し下さいました、マリアベル様。騎士団の皆様にはいつもお世話になっております。それから……」

「はじめまして、騎士団長補佐代理のナットと申します」

「これはご丁寧に。私はここの会長を務めておりますヘンリー・ヘインツと申します。以後お見知りおきを」


 値踏みをする様な目で、彼が私を見下ろした。物腰は柔らかいが、一瞬見せた鋭い眼光は中々の迫力だ。まるで商社の営業マンに同行する営業部長、貫禄のあるたたずまい。これは心して打ち合わせに臨む必要があるだろうか。


 我々は長い廊下を歩き、その一室に通された。シンメトリーに統一された内装、豪華絢爛なシャンデリア、植物や天使のモチーフが全体にちりばめられている。まさしく歪んだ真珠の様な部屋だ、これは息が詰まる。


 ソファーに腰掛けると、我々の対面には会長と一人の女性が居た。


「私の一人娘です、数年前から仕事を手伝わせておりまして。本日はどうか同席させて頂きたい」

「皆様はじめまして、キャシー・ヘインツと申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます」


 キャシーは深々とお辞儀をしてから我々の前に座った。一見すると深窓のご令嬢と言った方が正しい表現だろう、とても綺麗な人だった。


『ウワキハ、イケマセンヨ?』

「こちらこそ、宜しくお願いします。それにしても、とても立派なお部屋ですね。初めて見ました……」

 

 カタツムリの小言を無視して、まずは世間話から始めよう。少なくとも私は初対面だ、アイスブレイクは必要だろう。いきなり不正取引の話をしても、盛り上がる気がしなかった。


「それで、キャシー様は数年前からお父様の仕事を手伝っていると?」

「はい。まだまだ至らない点もございますが」

「はっはっは、謙遜しなくてもよい。娘が私の仕事を手伝い始めてからというもの、売り上げも鰻上りなんですよ。あんな事があって、私も一度は店を畳もうとしたんだが……」


 ヘンリーの顔に暗い影が落ち、室内が重苦しい雰囲気に包まれる。これは何か余計な事を言ったのだろうか。すかさずマリアベルさんが話を続けた。


「奥様が事故で亡くなられているんです……」

「それは、お悔やみ申し上げます」

「いやいいんです……。過去は取り戻せない、それは分かっているんです。妻と娘が事故にあったと聞いた時は、身体中から生きる気力が失せた様でした。ですが、キャシーは奇跡的に一命を取り留めて、こうして一緒に仕事が出来る様になった。本当に神に感謝しても仕切れないくらいです」


 ヘンリーは目尻に涙を浮かべ、娘を優しい目で見ている。端から見ても良い父親だ、裏で不正取引をしている人間には見えない。


『シンパクスウノ、ジョウショウヲ、ケンチシマシタ』


 私のカタツムリが肩に乗り、そう唐突に告げた。嘘発見器、つまりポリグラフは人の生理反応である心拍や呼吸、場合によっては脳波や皮膚電気活動まで測定し、その変化を測定するものだ。


 犯人に犯行現場や凶器の写真を見せて、それに反応するかを確認する。一種の記憶検査だが、今の会話の何が反応したのだろうか。私は専門家ではないが、後で彼女に聞いてみる事にしよう。


 だが今はこの仕事を終わらせなければならない。


「なるほど、それは本当に奇跡なのかもしれませんね。ですが、ヘンリー様に確認しなければならい事があります。ここ数年の騎士団の取引記録に不備がありまして。御社の取引記録、帳簿、支払い伝票でもかまいませんので拝見させて頂きたい」


 私は午前中に整理していた帳簿をヘンリーに見せた。おかしな取引にはチェックがしてある、これと商会の資料と付き合わせれば全体像が見えてくるだろう。こちらの問いかけにキャシーは驚いた声を上げ、すぐに立ち上がった。


「お父様、すぐに取引記録を持って参ります」


 バタンと扉が勢いよく閉まり、ヘンリーは我に返った様だった。その額に汗を浮かべ、恐る恐る私に尋ねてくる。


「ナット様、これは何かの間違いでは?」

「私もそう思いたいのですが。御社の見積りと支払い伝票の金額に差異があります。また納入された物品が取引記録より少ない場合も。こちらの取引は誰が担当しているのですか?」

「娘です……」


 室内が沈黙に包まれる。マリアベルさんは厳しい目付きでヘンリーを見ていた。再びバタンと扉が開くと、そこにはキャシーが山の様な帳簿を抱えて戻って来た所だった。


 それからお互い無言で帳簿の照らし合わせが始まった。一つずつ内容を確認していくが、商会の帳簿に不備はない。計算間違いも、書き間違いの一つも無い完璧な内容だ。


 こうなってくると、騎士団内部の犯行が濃厚か。もしくは納入業者と騎士団側で結託していたのか。現時点では判断が出来ないが、騎士団側の調達と経理担当者は何かしらの処罰を受けるに違いない。


「この件につきまして、調査が終わるまで口外を控えて頂きたく。こちらの者が不正に関わった可能性がございます。キャシー、お前に心当たりはないんだな?」

「もちろんです、お父様……。ですが、こんな。誠に申し訳ございません……」


 そう言って、キャシーは泣き出してしまった。彼女を直接的に責めている訳ではないが、疑っているのも事実だ。自分仕事の裏で不正取引が行われていたと分かれば、ショックなのかもしれない。


「御社内部の調査も継続して下さい。この件は騎士団本部に正式に報告する必要がありますので。この資料はお預かりしても宜しいですか?」

「もちろんでございます。控えもございますので、どうぞお確かめください……」


 しんみりした良い話から、随分と気まずい雰囲気になったものだ。我ながら後味が悪い。少なくとも資料は手に入った、今日はこのくらいにするべきか。


 隣に居たマリアベルさんも、私に目線で合図を送っていた。


「それでは、今日の所はこれくらいに。そう言えば、一つお尋ねしたい。この街で一番の職人を探しているのですが。金属を扱う仕事で、心当たりはありますか?」

「はっ、はぁ……。スミスと言う者がおります。私の昔の仕事仲間でしたが。今はスラムの近くに工房を構えて、一人でやっているとか。私の知る限り、鉄を触らせたら、あいつを超える奴は……」


 そう言い掛けて、彼は止まった。やけに歯切れの悪い回答だが、何か思うところでもあるのか。見かねたキャシーが声をかけていた。


 さて、帰り道の馬車の中、マリアベルさんが難しい顔をしていた。これから彼等に監視を付けると言う、不審な動きがあれば報告するそうだ。


 私は寄る所があるからと、彼女に告げて馬車を降りて見送った。


「それで、君の嘘発見器は何を検知したんだ?」


 肩に乗っている私のカタツムリは、触覚を精一杯伸ばした。隣を歩いている男性の動きが、ゆっくりと遅くなっていく。


『フレームレートを上げました。これなら邪魔は入らないでしょう。さて、心拍数に反応があったのはマリアベルただ一人。極度の緊張状態でした。』

「それは以外だ」

『ですが、最も以外な事は……。あなたを含めて心拍が三つしか検出されなかった事です』

「なるほど、これは確かに夢でも見ていた様だ。ロックウェルさんの言っていた事も、あながち間違いではないな」


 部屋には四人いたはずだが、心臓は三つだけ。昼間からお化けが出たか、それとも魔法の仕業か。私のカタツムリは真面目な口調で、こう続けた。

 

『既に解析プロトコルを構築中です。我が叡智をもって、全力でお相手しましょう……』

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