Ep3.姫は影と接点を持つ 中編

「ありがとうございました、江波戸さん」


 ……何度目をこすって見てみても、その金髪と違和感のある微笑みは視界に映る。

 相変わらず整った顔立ちだ。光はわずかしか届かないはずなのに、そんな感想が浮かぶ。


 ただ、それとこれとは別問題。

 もう、話す事は無いと思っていたのに。俺、江波戸蓮えばとれんは大きく溜息を吐いた。


「とりあえず、ここから出ましょうか」


「……ああ」


 透き通った綺麗な声で、静かにそう提案するのは白河小夜しらかわさよ

 彼女と話すつもりは無いのだが、こんな暗い空間に長く居たくも無いので頷いておく。


「………」


「………」


 俺が前、白河小夜を後ろにして、俺達は暗い路地裏から出ようと歩き出した。

 ……改めて見ると、暗い上に足場が悪い。先程の俺はよく転ばなかったものだな。


「………」


「………」


 そんな事を考えながら、どちらとも喋る事無く、無事に明るい道路へと身体を出した。


「っ……」


 ……暗い所に目が慣れていたのか、太陽がやけに眩しい。思わず眉をひそめた。

 ド陰キャにこれは辛いな……。腕を頭上に掲げて、夏終わりの陽光ようこうから身を守っておく。


「……また、助けられてしまいましたね」


 そんな俺と同様、白河小夜も暗い路地裏から

身を出して、開口一番にそうつぶやいた。


 その微笑みは何処かはかなげで、でもむしろそれが美しく顔をいろどっている。

 そして、明るい場所に移ったことでその違和感が更に明確なものになっていた。


 そんな白河小夜を見て、俺は危機感を感じピクリと身体を小さくらす。


 ……俺としては今の状況、さっさと話を終わらせて家に帰りたいのが本心だ。

 しかし、今の言葉でその本心をつぶされてしまう可能性が頭に浮かぶ。


 後生ごしょうだから、また『恩義を感じている』とか言い出さないでほしいな。


 ──ならば、先手を打つべきか。

 思いついたが吉。それが言い出される前にと、先程の二人にやったように口を開いた。


「先に言っておく。俺はやっただけだ。まさか、とは思わなかった」


 言外に''君以外だったとしても助けていた''という意味を込めて、俺はそう強く言い放つ。

 まあ実際、最初は囲まれていた奴が白河小夜だとは分かっていなかったしな。

 

 そんな言葉を聞いた白河小夜はというと、おどろいたようにまぬけな顔をさらしていた。

 先日していたのと同じ顔である。俺の言いたい事が分かったのだと思いたいが……


 しかし次の瞬間、白河小夜は微笑んでいた。

 先程と違うのは、違和感の感じない自然さがあり、そして神妙な雰囲気をまとっているような……そんな気がする。


「江波戸さんは、私の事が本当に興味を持ってないのですね」


 ただならぬ雰囲気に思わず身構みなまえたが、その口から出たのは俺が伝えたかった事実だ。

 それが伝わっている事は喜ぶべきだが……しかし、今度はその言い方に少し違和感が残る。


「なんだか、興味を持って欲しそうな言い方をするんだな。君は男を避けているとか、噂でよく耳にするんだが」


「……殿方とのがたと距離を取らせて頂いているのは、事実ですけどね」


「……あ、そう」


 いや、『殿方』て。どこのお嬢様じょうさまだよ。

 ……ま、まあいい。それだったら俺とこいつが関わる事はもう無さそうだしな。


 ただ思うのが、それが違うのなら先程の言い方は一体なんだったんだ?

 単純に、こいつがしてる丁寧な喋り方によるものなら、それはそれでいいんだが……


 でも、なんとなく違うような気がする。


「──江波戸さん」


「ん?」


 俺は再び考察に耽りだしたが、どこかかたく感じる声で名を呼ばれ、反射程に反応した。

 そちらを見れば、白河小夜がけわしげな表情を作り、握り拳を胸元に付けている。


 ただそんな表情に反し、頬は赤い。

 彼女がハーフ特有とくゆうの真っ白な肌を持つゆえに目立っているが、どうかしたのだろうか。


 急に思考をストップさせた事で無警戒になった頭が、呑気のんきにそう考えていた。

 そんな俺に、白河小夜は一文字に結んでいた口で一息吸うと、その言葉をつむぐ。


「──もしよろしければ、私と友達になっては頂けないでしょうかか?」


 ………。


 ………………。


 ………………………。


「……ええと、待て。と、''トモダチ''?」


「はい」


 なんとか絞り出した質問に、白河小夜はコクリと、赤い顔で力強く頷いた。

 だが、待ってくれ。口だけは動いたが、まだ全然理解が追いつけていない。


 ……頭が痛くなってきたな。


 こめかみに指を当てて、俺は溜息を吐く。

 土曜日という貴重な休日を犠牲ぎせいにして、全快させたばかりだというのに……


 ……ただ、逆に冷静になれた。


 よし、とりあえず分からない事が多いから、少し話を聞いてみよう。

 土曜日は結論だけ聞いて考えていたが、それがどれだけ無駄なのかは経験済みだ。


「……どういう事だ?先程と言っている事が矛盾していると思うのだが」


 『殿方と距離を取らせて頂いてるのは事実』と、白河小夜は言ったばかりだ。


 俺は女顔だが、性別はれっきとした男。声からも、態度からも分かるだろう。

 流石にそれを間違えてるとは思ってはないがな。……え、大丈夫だよな?


 しかしそんな俺の質問に、白河小夜は首を傾げ、困ったように眉をハの字に下げる。

 ……何か変な事でも言っただろうか?


「……あの。私は別に、矛盾した事を言ったつもりはありませんが……?」


「は?」


 いやだって──ん?


『なんだか、興味を持って欲しそうな言い方をするんだな。君は男を避けているとか、噂でよく耳にするんだが』


『……殿方と距離を取らせて頂いているのは、事実ですね』


「……あー。もしかして、君は俺に興味を持って欲しかったりするのか?」


 矛盾点を言おうと、先程の言葉を思い出した時に少し引っかかった。


 さっきの返し方は否定だと思っていたが、もしかすると肯定だった可能性。

 いやでも、男を避けているって言葉は頷いていた白河小夜に限ってそんなこと……


「……はい」


 あったわ。


 白河小夜は懸念けねんのために尋ねた俺の質問に、先程より頬を赤くして小さく頷いた。

 その表情は恥ずかしそうに口を噛み締め、目は虚空こくうを見つめている。


 どうやら、自分の心情が明かされたことの羞恥で顔を赤くしていたらしい。


 ……えーと。


「じゃあ、どういう風の吹き回しだ……?」


 だが、俺の心情としては困惑しかなかった。


 そりゃそうだろう。だってあの白河小夜が、ド陰キャの俺に友達になってくれだぞ?

 確かに隣人ではあるが、土曜日までは一言も話したことが無かったんだぞ?


 ……ちょっと理解できないな。


「実を言いますと、私は昔から友達という存在が欲しかったのです」


 すると白河小夜は困ったような、もしくは少し辛そうな、そんな弱った笑顔でそう言ってきた。

 頬の赤みは、いつのまにか引いている。


「……お前程の容姿と人望なら、どんな奴でも選び放題だと思うが?」


 しかし俺は、純粋に思ったことを返す。


 白河小夜の人物像を紹介した時の通り、こいつは容姿も良いし人望も熱い。

 性別や年齢を問わず、好意的にとらえてくれている人数なら数え切れないだろう。


 ……まあ、先程の二人は例外ではあるが。


 だから、態々俺なんだ?と思う。

 なんせ、俺は面と向かって『興味が無い』と躊躇ちゅうちょせずに言った男だしな。


 そんな俺の疑問に白河小夜は──


 先程より辛そうで、ここまで来ると無理に作っていると一目前に分かる。

 ……そんな、歪んだ笑顔を浮かべていた。


「……私の事を私として、ちゃんと見てくれるような人が居ないのですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【リメイク】ほぼ存在しない俺を、学園の姫だけは見つける。 さーど @ThreeThird

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ