第一章

Ep1.姫は土砂降りの雨に佇む

 そして今は秋、九月中旬。


 夏休みを終えてから二週間がぎ、そろそろ生活の変化に慣れてきた時期だ。

 天候が快晴ならば、秋に入ってなおも燦々と降り注ぐ陽光にタオルと水分は必須になるであろう。


 そう、快晴なら、な。


「……はあ」


 黒ずんだ雲から降る、無数の水粒の合唱祭。

 とうに黒く染まったアスファルトや、辛うじて立ち上がり続ける黒傘を楽器代わりにしたそれはもうけたたましいことで。


 黒傘の真下という特等……席?で歩いていた俺こと江波戸蓮は、もう耳を塞ぎたくて仕方がなかった。

 それが出来ない状況なのだから、顔を顰めながら溜め息を吐くのは仕方がないと思う。


 少々遅めの台風が襲来し、この有様だ。


 台風の目は先程に通り過ぎたばかりで、この土砂降りの雨は夜まで続くとの事。

 かなり大きな台風の為、傘は立たせないという意思を感じるこの強風も夕方まで続くらしい。


 ただ、あくまで強風だった。


 この台風はデカいだけで、暴風警報が発信される程の風は吹いていないらしく。

 いやまあ、確かに傘は重くとも体が吹き飛ばされる感覚は全く無いけどさ。


 そして不運な事に、ウチの学校は平日、暴風警報や地震が出ない限りは登校日である。

 つまり金曜である今日も、休日という慈悲なんて与えられる事も無く登校して来たというわけだ。


 心底、「ふざけんなよ」って叫びたい。


「──ん?」


 そんな憂鬱な気分で、住んでいる賃貸マンションへの家路を辿っている時だった。

 雨のおかげで視界が悪くなっている中、進路先である道路のはしに一つの人影ひとかげが見えたのは。


 いくらこの天気でも、通行人は普通にいるものだ。

 だから普段なら気にも留めないのだが……ように見える人影がしていたら、流石に目に留まる。


 まあだからと足を止める理由も無いので、人影を尻目にそのまま家路のままに歩く。

 しかし、少し歩いて……人影の姿がはっきりと見えるようになり、顔が見えた所で、俺は足を止めた。


 人影は、金色の髪を背中まで伸ばした女子高生だった。

 しかも、暗く染まっているシャツ、同じくベスト、そしてチェック柄のプリーツスカート……全てウチの学校指定のものだ。


 つまりは、俺と同じ学校の生徒。しかも、胸元の赤いリボンを見る限り同学年である。

 というか、なんなら一方的にではあるが見知っている奴だった。


 ――って待て待て、ストーキングしてるわけじゃねえよ。


 そいつはウチの学校に通ってるなら一度は耳にするくらい有名なんだ。

 自分で言うと虚しくなるが、友達が一人も居ない俺であっても、な。


 [学園の「姫」]、白河しらかわ 小夜さよ


 容姿端麗、文武両道、品行方正を携える、完璧な存在としてウチでは通っている。

 まあ、これだけじゃイマイチ良くわからないだろうから説明しよう。


 まずは容姿端麗な部分。

 言葉の通り、白河小夜はとても容姿にめぐまれていた。


 最初に目が行くのは、日本人じゃ有り得ないその髪だろうか。


 先程も述べた通り、金色である。

 傷んだ様子は無くサラサラで、明るい髪色なのにキラキラと光沢を目立っておりおり美しい。


 染めたとしちゃあ随分と良質だが、彼女は欧米人とのハーフらしく、地毛との事。

 まあそもそも、‘‘地毛では無い限り‘‘派手な髪色は校則で禁止されているが。


 ただ、今は湿気しか無いのに癖が見当たらないし、良質ではあるのだろう。


 そんな髪をどうしているのかというと、俗に言う姫カットのロングストレート。

 前髪は眉の高さで綺麗に切り揃え、独立したサイドを頬辺りまで伸ばしたそれは気品を感じさせる。


 もうこれだけで羨ましくなってくるが、白河小夜は金髪だけの女じゃない。

 髪だけで長々と語ったが、彼女は顔や、少しいかがわしいが体も創作物のように整っている。


 まずは欧米人よりも日本人に近く、しかしその中でもかなり良い部類の顔だ。


 通った鼻筋、小ぶりな鼻、薄い色の瑞々しい口唇、優し気な曲線を描く目や黄色い眉。

 それら優れたパーツが、滑らかでシミの無い乳白色の土台に、計算したかのような配置。


 まるで顔界の黄金比である。

 ……すまん、自分でも何を言っているのかわからない。


 気を取り直して、その中で目立つものといえばそのまなこだろう。

 顔配置は日本人寄りで親しみやすい彼女だが、眼の色は日本人とは異なる色をしていた。


 あおい。

 長い睫毛まつげが生える二重瞼ふたえまぶたに覆われたそれは、サファイアのように碧くかがやいている。

 パッチリとしていて大きいため、特にそれが目立っているように思う。


 と、こんな感じである。

 因みにだが、日本人に近いとは言っても彼女はとても大人びた印象を受けるように思う。


 ……まあ、その体型もそれに影響しているのかもしれないが。


 彼女は身長が高く、目測で160cmは余裕を持って超えているように思える。

 それでいてストッキングに包まれた御御足おみあしも長く、ベストしに見るウエストも細い。


 ただ、女性らしい部分の強調も強い。

 そんな漫画とかのキャラ程ではないが、少なくとも高一にしては平均より大きい。


 ……オブラートに包んで述べたつもりだが、逆に変態染みた言い回しになってねえか?


 一応誤解を解かせて貰うと、俺は白河小夜の事をジロジロ見てる訳じゃない。

 イメージしやすいよう、一瞬の内に見た彼女の容姿を具体的に説明しているのだ。


 だから、批判はやめてほしいな。

 それに、長く続いた容姿の説明はもう終わりだ。次に行こう。


 さて、文武両道の部分は……まあ、文字通りだな。

 白河小夜は成績、そして運動神経においても恵まれていた。


 ただ、双方共に一般人の範疇を超えているが。


 勉学に関して言うと、俗に言う「座を譲らない」ってやつだ。

 半年程前の入試は首席合格。それから二回行われた定期考査も、両方一位。


 流石に全満点、ということは無いが、それでもヤバい点数を誇っている。

 確か期末は10教科で平均……96ちょいだったかな。ウチって偏差値そこそこ高いのに。


 運動は、言うなれば「エース顔負け」。


 実際に見たことは一度も無いが、体育の授業はそれはもう凄かったらしい。

 どうやら、スポーツで部活のエース以上の活躍をしていたと授業終わりの度に聞く。


 確かにウチの運動部は活発とは言い難いが、でも結果を時々残すほどには実力はある。

 ……白河って確か帰宅部だったよな?頻繁に勧誘されてる所を見るし。


 少し現実離れしているような気がするが、まあ嘘ではないのだろう。

 勉学は結果として出てるし、それに次に記すような彼女がそれを自称するとも思えない。


 それが何かというと、品行方正な部分だ。


 実際に話したことなんて一度も無いが、どうやら彼女は性格も良いらしい。


 立ち振る舞いは常に凛としていてお淑やか。

 穏やかな態度で人と接し、自分のスペックを驕らない謙虚さも持ち合わせているとか。


 育ちの良いお嬢様か何かかな?

 金持ちの娘とか言い出したらもはや絶句するんだが……


 無論、そんな人間性の良さは先生、学年を問わぬ大勢の生徒達に良い形でうけている。

 実際話したことがないから真相は分からないが、少なくともこれに反故ほごするような噂は聞いたことはない。


 以上、現実離れした完璧少女。それが、白河小夜という人物である。


 ちなみに[学園の「姫」]というあだ名の所以はというと、一番大きいのは彼女の一つの特徴があるらしい。


 それは、異性に対しては寄せ付けない微笑ほほえみを振りまいているということ。

 同性に対しても、少しばかり距離を置いた振る舞い方をしているようだ。

 前述の通り、不純異性交友ふじゅんいせいこうゆうといったうわさも、全くない。


 そういった、誰にも手の届くことのない、孤高ここうで、高嶺たかねの花のような存在。


 だから「姫」、と……勿論のこと本人非公式だが、そう呼ばれるようになったらしい。

 ……誰が考えたかは知らないが、きっとそいつは厨二病ちゅうにびょうで間違いはなさそうだな。

 

 話を戻すが、そんな白河がこんな所で傘もささずに突っ立っているのだ。

 表情はどことなく暗く、うつむいており、両手で持っているかばんをフラフラと不安定に揺らしている。


 かなり異質な光景で、思わず足を止めてしまった。

 道路の反対側から少し様子を見ていたが、特に動く気配も無い。


「………」


 まあ、いいか。

 異質なだけで、俺にとって何かあるわけでもないし。


 普通なら、「あの白河が……」彼女に声をかけるだろう。

 あわよくば、そのまま接点を持とうとする輩もいるかもしれない。


 しかし、俺は彼女に話しかけるつもりは無かった。

 優しさなんざ持ち合わせていないし、接点も求めちゃいないらかな。


 ――そもそも、[ほぼ存在しない]俺が接点なんて持てるわけも無いが。

 

 まあ、もし持つ事が可能でもそんな下卑た感情が動機で求めるつもりも無い。

 ……そんなもんに支配される事は、嫌だからな。


 視線を外し、俺は再び足を踏み出す。


 すると、べちゃっ、という音が鳴った。

 同時に、足が冷たい水に浸かるような感触に見舞われる。


「……げっ」


 嫌な予感がしつつ視線を下げると、なんともまあ間抜けな事だろう。

 そこそこ深い水溜まりに、俺は自ら勢いよく足を落としていたのだ。


 すぐに足を引き上げるが、靴下が足に張り付いた不愉快な感触は免れず。

 自宅までまだ距離があるのに、と、俺は大きく溜息を吐いた。


 ……にしても、本当に冷たいな。

 そらそうだ。雲は上空で冷えた水蒸気であり、そんな雲で生み出される雨は無論の事冷たい。


 そんなのは分かりきっているのだが……冷たい、か。

 俺は視線を横に向けた。


 白河は未だ動く事無く突っ立っており、激しい雨を生身で受けていた。

 その身体はとうに冷え切っているだろう。そのままいれば、風邪をひいてしまいそうだ。


 ……風邪ね。


 このまま何もせずに通り過ぎると、彼女は風邪をひくことだろう。

 自分のせいでは無いのは明白だが、自由な身で何もせず放置するのは……罪悪感が募る。


 ――ほんと、俺と彼女は何の関係も無いってのに。


「………」


 俺は開いたままの黒傘を、彼女の片手に無理矢理握らせた。


 今日の天気予報は大雨だったので、俺は雨具を着用している。

 だから傘が無くとも、少しくらいは雨をしのげるはずだろう。


 そして俺は、住んでいる賃貸マンションの方角へ走る。

 気づかれる事なんて無いが無意識に、振り返る事無く走っていた。


 ……柄じゃ無い事をしてしまったが、まあいいか。

 あの傘は不思議に思うかもしれないが、俺の事なぞ気づいて無いだろう。


 間違い無く、今後も白河と関わる事なんて無いはずだ。


 ──そう思ってたんだけどな、その時は。

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