第44話 立ち上がる北の勇者

 一週間があっという間に過ぎた。毎日ミーシャといた事が日常のように感じていた。彼はギデオンとの戦いを思い出していた。彼は確かに戦闘タイプではなく補佐としての能力は非常に優秀であるとともに、作戦の指揮官などに向いていると思った。



洞察力もある。だからこそ負けを自ら認めた。彼は天上を見ながらそう考えていた。

隣にいるミーシャの頭を撫でながら、今日で一週間たった事が、本当に嘘のような幸せが、緑を吹き抜ける風と共に去って行っていくのを感じた。



神の采配かは知らないが、この一週間の間には何事も起きず、過ごす事ができた。

レガは気を利かせてくれた事は、長い付き合いであるから自然と分かった。

ギデオンのように采配が出来る上に、レガは本気で戦う事になるだろう。



 レガとの勝負の時も賭けようと、不意に思った。レガ相手だとどうなるかは、正直分からなかった。レガとの一騎打ちなら勝てる自信はあった。だが、それまでに相当なエネルギーを消費させられるだろう。彼を戦う相手とした時、初めて思考が鈍った。



奴とは一緒に作戦を練ってきたが、強さも本物だ。ギデオンの時のように、最後まで来ないと考えるのは愚かでしかない。あの大剣の木だとしても、もしも、隙をつかれて体で受ける事になったら、骨まで響くはずだ。あの大剣も潰せる機会があれば早めに潰しておきたいが、それを囮にして、剛拳を打ち込まれたら等と色々考察していた。



 そういえば、暫く前線から離れていたが、あの権天使たちで悪魔に対して十分な戦力を削ったとは聞いたが、使命を全うできた時点で、かれらは自らを捨て駒として、敵である悪魔と戦ったのだろうと思った。


ふとミーシャを見た、彼女の顏を見ると、その意味を知る事が出来た。今の自分のように満足して、かれらは昇天したんだろうと、彼は感じた。


 六位の者たちも戦いが激化していると聞いたが、詳細を聞いておいたほうが良さそうだと思った。ミーシャの頬にキスをして、彼女に肌に優しい絹のブランケットをかけた。


そして自分も横になった。横になりながらミーシャを見ながら、アツキに思念を飛ばした。



(アツキ。久しぶりだな。元気か?)

(ディリオス様。お久しぶりです。今は時間が取れる時は高閣賢楼に行くようにしています。かなり強くなりました)


(本当か。あの爺さんとどれくらい戦えるようになった?)

(それは……三十分くらいです……)


(本当かよ! それは結構凄いぞ。あの爺さんは並みじゃないからな)

(良かったです! そうなんですね! ディリオス様にそう言ってもらえるとは自信がつきました! ありがとうございます)


(ところで、最近の情勢はどうなってる?)

(最近は天使の勢力が悪魔を圧倒しています。しかしヴァンベルグやグリドニア神国の話は一切入ってきません)


(アドラム列島諸国からも頻繁に船が来ているようだが、グリドニア神国の情報も入って来ないのか?)


(はい。少し嫌な予感がします。旗だけ変えて商船として入って来れば、港の警戒は緩いので簡単に入港できるのが現状です。黒衣の者たちを増員させれば、多少は警戒するとは思います)


(いや、それだけでは無理だ。逆に警戒されている事が、バレてしまうだけだ。鍛冶屋に割符を作らせよう、それにより真偽を確かめてから、入港させるように警備体制も変えて行こう)


(サツキとも暫く会ってないので、今日連絡してみます。新体制を考案したらみてください)


(わかった。ドークス帝国の動きはどうなってる?)

(正直言って相当酷い有様です。国民を実験台にし始めてから、民は北に逃げています。ですが、秘密の抜け道と言われるだけあって、多くの者は辿り着けないのが現実です)


(その件は、ダグラス王に話したのか?)

(私はディリオス様の側近です。ディリオス様も色々と言い難い立場でしょう。ですが、貴方様しか進言出来ません)

(分かった。ミーシャに相談してみる……でも、やっぱり彼女にも迷惑はかけたくないから、俺が単身で探ってみてから、話す事にする)


(ちなみに、天使と悪魔はどこを主戦場にしているんだ?)

(現在の主戦場は魔のバベルですので、ドークス帝国は問題ないはずです。その点も含めてサツキと話してみます。色々聞いてまたご連絡します)



 気がついたら、ミーシャがずっと見ていた。

「ごめんな。起こしたみたいだな」

「ううん。そうじゃないの。わたしにも頼ってほしい」

ディリオスはミーシャの頭を撫でた。


「ミーシャがいるだけで俺は強くなれる。毎日ミーシャを頼ってるから頑張れる」

「分かってるだろ?」

「うん。知ってる……一瞬で一週間すぎちゃったね」

「好きな人と一緒だと、時間が経つのが速いんだ。これからは毎日一緒に寝よう」

二人とも微笑んだ。何とも言えない、喜びから来る幸せな顏をしていた。


「朝食にいこうか?」彼は彼女に手を出した。

「うん。いこ」彼女の暖かさが伝わる手を握って、朝食に向かった。



(サツキ。起きてるか?)

(久しぶりだね。ずっと本を読んでたけど、もう朝なの?)


(とっくにもう朝だぞ)

(高閣賢楼は確かに時間は忘れる気持ちは分かるけどな)


(ディリオス様からさっき連絡がきた。最近の情勢や、ドークス帝国の事を聞かれたから、詳しい情報をサツキに聞いてから連絡すると伝えたから、現状を教えてほしい)


(そっちに戻ってからでもいい?)

(いいけど、なるべく早く戻ってくれよ)


(うん。最近、智の番人のお爺さんから組手してもらってるから、どのくらい速くそっちまで戻れるか試したいの)

(サツキもか。俺も爺さんに稽古つけてもらってる。俺は朝食でも食べてくる。また後で会おう)



 大食堂にはすでに多くの人がいた。王族の列席にはミーシャとディリオス楽しそうに話していた。席が全て埋まり、大食堂の扉は閉められた。そして王が立ち上がった。


「本日より、ディリオス殿の稽古が再び始まる。彼の配下は皆、日々目に見えるほど強さを増している。今日は肩慣らしに、ディリオス殿自ら稽古に当たって下さる。彼の指導の下、我々も自己防衛出来るほどにはならなくてはならない。皆に期待する」


皆の眼差しは真剣であり、言葉ではなくその態度で期待に応える事を証明とした。


ダグラス王が席に座り、食に手をつけると皆、黙々と食べ始めた。アツキが早々と食事を切り上げ、食堂から出て行った。ディリオスは少し考え、サツキが来るのだと気づいたが、二人で話し合うのだろうと思った。自分は食後に話に参加すればいいと考えた。


朝食も終わり、各部を担当する隊長たちは出て行った。ミーシャとディリオスは机の下で手を握り合っていた。


「本日からまた活動されるようですが、既にお考えがあるのなら、聞かせて頂けますかな?」ダグラス王は問いかけた。


「幾つか既に今朝話しました。アツキとサツキの意見を元に動くつもりでいます。現状で確実に行うのは、港の他国から来る船の警戒を強める為に、割符を作ろうと思っています。商船と称して、旗を変えれば問題なく入港できるからです。そして現在の波止場は非常に賑わいを、見せているからです」


「それは妙案ですな。他にもまだ何か問題はありますか?」


「現在は第六位の天使と悪魔の争いは、天使のほうが圧倒的に有利な状況で、これに関しては、暫く様子を見るつもりです。後一点、問題というか……私個人的な問題と捉えられても問題ありません」


「何かお困りの様子のようですが、我々に出来る事があるのなら、何でも協力は惜しみません。貴方は我々の守護神であり、ミーシャの夫であると、私の中ではそのつもりでいます」


「ダグラス王は立派な方です。それに引き換え、私はどこまで行っても殺戮者である事が変わることはありません。この時代に生まれたから、必要とされるだけの人間です。そのお言葉だけで十分です。食料とお酒をまた城門前にお願いします」


「わかりま……」ダグラス王の声が止まった。ミーシャが泣いていたからだった。我慢して、悲しい声は飲み込んでいたが、彼女は泣いていた。


ダグラス王はミーシャの夫だと思っている事で、嬉し泣きしているのかと思ったが、それなら声に出して何か言うはずだと、娘であるミーシャの心を察することが出来ずにいた。


 机の下で、彼女の手を優しく握った。彼女の掌に“いつまでも傍にいる”と彼は書いて彼女の事を色々考えた。それは全て彼女の心に入っていった。彼の言葉では伝えきれない想いが、彼女の心を隙間なく埋めていった。


彼女が泣き止んだのを見て、彼は言葉を発した。


「この後、私はアツキとサツキに現状を聞き、それらに対応していきます。ですが、夕食までには帰ってくるつもりです。久々に動くので軽めの偵察などしてきます」


「わかりました。ミーシャも泣き止んだようですし、お気をつけて行って来て下され」


彼は彼女の手を優しく握りしめて、(どんなに遠くにいても一緒だよ)と心で語り掛けた。そしてそのまま彼は席を立ち、「それではまた夕食にでもお会いしましょう」


そう言って彼はその部屋から出て行った。


母であるミアは、娘の能力の事をミーシャから聞いていた。彼は嘘は言っていないだけで、誰にも出来ない危険で厳しい状況の中に、また飛び込んで行くのだと思った。


 王妃ミアは気を利かせて、ミーシャを自室に連れて行った。涙が止まるまで泣かせるために……



ディリオスは久しぶりに自室へと入って、揃えてある装備の棚を開けて、各種の武器を携帯して最後に黒衣を纏った。久々に着た黒衣の重みを僅かに感じた。

やはり日々鍛錬することは大事だと当たり前の事であったが、そう感じた。


 ディリオスが階下を下りて行くと、そこにはすでにアツキとサツキがいた。

二人の顔つきからアツキのほうが速く着いたのだと思った。

「何分差で勝ったんだ?」勝ち誇った顏をしているアツキを見た。


「九分差で私の勝ちです」

「ろくにも寝てないサツキに勝っても仕方ないだろ」笑いながら言った。


「あの爺さんの稽古はどっちが勝った? あの爺さんとの戦いは実戦に近い」

「俺のほうが五分差で負けでした」


「それでも十分だ。お前たち資質が高いな、殆どの者は三十分の壁は越えられない。お前たち二人は、港の管理体制の要になる割符を考案してくれ。俺はその間にリュシアンに会ってくる。一時間後にここでまた合流しよう」


「わかりました。では行ってきます」言葉と同時にすでに数軒先の壁を走っていた。

瞬発力の使い方も学んだのだと、彼は思った。



 ディリオスはリュシアンに久々に会いに行った。最後に見た時の事を考えていた。彼の心を推し量る事が出来るのは自分だけだと思っていた。普通の人にはある“愛”というものを知らずに育った。それを知らずに育つ者は多くはない。


知らない者や、愚か者には分からない辛さをディリオスも知っていた。心を許せるものは数少ない上に、幼い頃から利用され、平然と騙し、年齢を重ねる事に利用しつくされ、最後にはゴミのようにあっさりと捨てられる世界に、二人は生きていた。


多くの者たちは、ただ金があると言うだけで幸せだと勘違いをしている。金がなくてろくに食べる事も出来なかった等とよく言われた。幼い頃から言われる事だけをして言う事に従わなければ、寒さが伝わる大人では横になれない程の、狭い部屋へ何時間も閉じ込められた。


愛が無い者が、金や権力を持った世界を知らない者たちは殆どいない。それは成長するまでに、心が折れてもう立ち上がれなくなるからであって、そしてそれは世間知らずの大勢の者たちから、頭が狂ったと伝えるのが親だった。


 ディリオスはリュシアンの心底を知る数少ない一人だった。部屋の前にはディリオスが厳選した黒衣の者を配備していた。彼が上がってくるのが見えて、リュシアンの部屋をノックした。「ディリオスかい?」「そうです」「入ってもらってくれ」彼らは扉を開けてディリオスが中へ入ると再び閉めた。


「久しぶりだな、リュシアン」昔のような目も体も弱り、覇気もなく衰弱しているように見えた。


「リュシアン。俺たちの世界は似たようなものだ。俺とお前が経験したことに、それほど差はない。お前は俺のように、殺気を込めた刀を父であった王に向けなかった。俺がしたことはただの反乱だ。俺はお前に頼みがあってここへ来た」


リュシアンは顏を上げた。


「俺がいなくなると、ここを守りきれない」

「君のように強い人はいない。君はいなくなってはいけない存在だ」掠れた声で彼は言った。


「これは極少数の者しか知らない真実だ。よく聞いてくれ。俺は暫くいなくなる。今までのように遠出するとかの意味ではない。ここを守りたくても、守れない程の重傷を負う。俺が、レガとギデオンに殆どの兵を預けて、鍛えている事は聞いているだろう。全てはその時の為の布石だ」


「ロバート王の予言でそのような事を言われたのか?」


「そうだ。俺は自分が滅茶苦茶になる事を知りながらも、鍛錬を続けている。それに引き換え、お前はここで終わる気か? たかが知れた奴らに裏切られたからと言って、立ち上がらないのか? それでは奴らの思惑通りだ。お前の出番だ。俺の為に強くなってくれ! 俺にはミーシャという大切な存在がいる。俺が安心して戦えるには、お前の力が必要なんだ。彼女を守ってくれ」


「君には大きすぎる借りがある。君への借りを返す為に立ち上がる。イストリアの姫の為にこの命を使って守って見せる。まずは基礎体力から高めていくよ。明日の朝、大食堂で一緒に食事を取ろう。俺はお前が来るまでは一生その椅子から離れない」


「心は決まった。自分の言葉の責任は取るから、もう大丈夫だ。お前を鍛え上げる方法はもう段取りはつけた。明日、食後に話す。お前なら分かるはずだが、ヴァンベルグを悪しき者だと思っている奴らはまだいるだろう。仮にお前に何か言おうとしたら相手が誰であろうと俺が許さん」


「明日の朝食で会おう。君に返せる借りがあるなら、何があろうとも信念は貫く」

その目には、消え入りそうな小さな光が宿っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る