第43話 ギデオン攻勢特務師団VS伝説の男ディリオス
食事も終わり、ミーシャの部屋でいつもの様に寛いでいた。
「ねえねえ、ディリオスが勝ったら良いんだよね?」
「そだよ。まさか負けるとでも思ってんのか?」
「ううん! 思ってない! 確認しただけ♪」
「ならいいが、絶対負けないから安心して待っててくれ」
「セシリアとこの部屋で待っててくれたらいい。一応、俺の直属の配下に屋根の上と扉の前にも配置させるつもりだ」
ミーシャが何か考え込んでいた。
「どうかしたか? 皆、強いから大丈夫だ」
「うーん……外は寒いし、その人たちにも、この部屋に入って貰うのはダメかな?」
「じゃあ外の奴らにも入って貰うことにするよ」
ディリオスは思念でアツキに事情を話して皆に伝えるように言った。
「こいつがアツキとサツキの兄妹だ」
「ディリオスがよく話してる人たちだね」
「初めまして。お姫様」アツキがそう言うと、ミーシャは照れていた。
「馬鹿な兄ですいません。サツキと申します。よろしくお願いします」
アツキは内心恥ずかしかった。ハズした上に何も気づいて貰えなかった。
アツキの影から人が現れた。「この人がジュンって人ね」
「そうです。何なりとお申し付けください」
「セシリアはネストルの妹だ。俺はもう時間だから行ってくる。お前たち任せたぞ」
「ご安心していってらっしゃいませ」
「また、後でな」ミーシャの頭を撫でて、出て行った。
(ミーシャの言った通り、外は寒いな。まあすぐに温まるだろう)
彼は寒空を見上げた。雪か……珍しいな、と思った。
雪を見ると北の国が頭にちらついたが、今は無関係だと判断してすぐに忘れた。
そのまま体を温めるのも兼ねて、黒衣ではない、木製のナイフ五本と、木刀を二本差して軽装備のまま森に向かって走って行った。
彼は森まで来て、自分が来た緊張感からか、森から幾つも声のように響いて感じた。
この森で鍛錬を積んだギデオンたちの方が、圧倒的に有利な立場であった。
しかし、それよりも大きな問題があった事は、言わずに戦いに臨んだ。
ディリオスの技は一見して攻防一体型タイプではある。その点は間違いなかった。
但し、伝導率という壁があった。彼が愛刀や飛苦無、砂や水を使う事はあっても
木を使った事は一度も無かった。
木は生命体であり、彼の能力はエネルギーを与えて操るものであったが、伐採されているのならさして問題無かったが、生命体に囲まれた森では彼の能力を存分に発揮出来なかった。
ディリオスの能力はエネルギーで物を操るものであった。今まで人間に対して操る事は簡単なはずだが、敢えて別の手段で倒してきていた。すでに生命体である木に囲まれた戦いに挑んだのは、ある種の挑戦でもあった。
当然、ギデオン程の男なら気づいているのも承知の上であったが、ディリオスがそんな事を言わない事も分かっていた。それほどの男でなければ、皆が志願兵としてついて来るはずは無かったからであった。
ディリオスの能力の事は、皆が知っていた。その反面、ディリオスは殆ど何も知らないまま来ていた。多少の怪我は覚悟していた。普段なら鉄壁の守りである黒衣と飛苦無はなく、彼を守る物は問題が起きた時の威嚇用ナイフ五本と木刀二本だけであった。大将のギデオンを倒せば終わりだが、ギデオンの性格上それは無いと判断した。
そうでなければ、近衛兵隊長を任される訳がないからであった。彼の未知数の能力はとりあえず置いといて、敵が攻めにくいポイントを探した。それほど丈夫な木々が無い、これから伸びるであとう地帯の木を背後にして、分析から始めた。
自ら与えた兵数であったが、能力者に関しては、基本的に自分と連携取りやすい仲間を動員するよう伝えていた。そしてディリオスは自分の能力を活かして、索敵する方法を考え抜き身につけていた。
簡単では無かったが、己の能力をしっかりと熟慮して、編み出していた。サツキのような索敵能力者には及ばずとも、この森程度なら問題ないほどだった。
彼の利点は、全ての者が現在この森の何処かにいる事が確定している事と、実戦経験の無い者が多数を占めている事、そしてギデオンたちの知らない索敵方法だった。
ギデオン攻勢特務師団の構成は七百名中、総隊長1名、副隊長2名、総隊長補佐5名
身体精神エネルギー最強クラス15名 御庭番衆677名 刃黒流術衆0名で挑んだ。
彼はギデオンの能力も未知であったため、戦い慣れする前に出来る限り御庭番衆を削りたかった。一人一人だけなら全く問題はないが、内殺拳まで極めている者たちが連携を取ると考えた場合、簡単には叩けない。
ディリオスはまずは網を張って見る事にした。土に片手を当てて、地面である土の中を、微かではあるがその行動をしているかの様に、五本バラバラに潜っているように見せかけた。
彼は一切その偽物の潜伏者を見ずに、目を閉じて神経を集中させていた。風もないのに、カサカサと枝が揺れ、その枝の葉が動く音を感じていた。御庭番衆が様子を見ている事は分かった。そして相当な手練れに鍛え上げた事により、挑戦してくるだけはあると口元が緩んだ。
周囲から土の中に向かってきた所を叩くつもりであったが、予想以上に手強い事を理解した。僅かに枝が揺れた場所では無い、土の中を進ませた。深読みする事を想定内にいれた。御庭番衆にはおそらく、それぞれの隊長がいる。隊長の命令で動く。
ディリオスは最初、その成長ぶりに内心喜んでいたが、笑いが出るほどの手強さに作戦を変えた。彼は今度はナイフを三本、土の中を移動させた。そしてそれと同時に自らも木の頂上まで登り、生い茂る葉の中に身を潜めた。
自分よりも下のほうの枝が揺れた。彼は周囲を警戒し、一気にその揺れた枝まで下りて、素手で心臓の位置にある板を割ろうとした。彼は片手で木の剣を抜いて、応戦に対する動きを見せた。
木の枝に刺さっていたのは木のナイフだった。刺さったナイフを取ろうと一瞬思ったが、その手の追跡タイプがいるかもしれないので、そのままにして防戦の構えを取ったが、不気味なほど静かだった。
彼は予想が全て外れた為、想定外のモードに切り替えた。五本のナイフと、一本の木の剣を、一番大きな木に対して下から頂点を目指して、突き進ませた。一人、また一人とその巨木から奴らが出てきた。
彼は出てきた者たちに対して瞬時に板を割って行った。七人がそこ巨木には隠れていた。全ての者たちは離脱者として森から出た。一番高い木でたったの七人しかいなかった。彼はナイフや剣はひとまず無駄だと悟って、身体モードに切り替えた。
ディリオスはある程度まで体内で力を練り込むと、一気に正面の木々に対して虫を落とすように殴りつけていった。そして落ちて来るものには、確実に極めて行った。木々から移動するように動き始めた。彼は一端、その黒い影を追って、背後から急所の木を割って行った。
彼は再び地上まで下りていき、更に強めに木々を殴っていった。木を殴り、蹴る事に木は大きく揺れ動き、黒い影は落ちていった。彼はそれら全てを確実に極めていく中、五人の影が降り立った。すぐに身体精神エネルギーの能力者だと分かった。
ディリオスは彼らに言葉も許さず、突っ込んだ。中央に居た者は木を走るように登ってから、宙返りをした。ディリオスはそこまで跳躍すると背中の急所を割った。そして、その男を軽く蹴って跳躍して隣の木に移った。
上から下の様子は手に取るように分かった。彼は一気に落下してそれぞれの心臓を割って行った。時間にして、一秒にも満たない速さで彼は再び消えていった。命の保証のある戦いであっても、動揺はする。次は自分じゃないのかと。
御庭番衆を従えていた者たちも一瞬でやられていき、偵察に出せば戻って来ず、圧倒的多数であった数も半数近くまで戦線離脱していた。
「我々の出番はまだでしょうか?」総隊長補佐の一人ヴァレリー・アロンがギデオンに尋ねた。「最初からこういう流れになる事は分かっていた。もう少しの辛抱だ」
ギデオンは最初から分かっていた。どんなに少なく見積もっても、我々が一気に攻めた所で倒せる相手ではない事を理解していた。ギデオンがそう思っている事を、ディリオスも当然理解していた。そして、最後の時が来るタイミングも自分も相手も共に、分かっていた。
ディリオスは高速で移動を重ねる事に、葉で顏が擦り切れていった。正確には数えていなかったが、身体上昇系の能力者は全員倒した。途中で人の動き方などから、御庭番衆も殆ど倒した事を知った。ディリオスは一度、地上に下りた。血が目に入り視界を曇らせた。
ディリオスはミスを犯した。視界は良好になったが、両脇からレオナルド・セロンとミカエラ・アシェルが来た事で、ここからが勝負だと認識した。何処からか必ずギデオンたちが来ることは、すぐさま理解した。
多くの能力者がいる中でも、特に才能がある者たちの事は良く知っていた。(この二人は厄介だ。おそらく副隊長か)彼の思う通り、この二人は大きな戦況把握や、強敵排除を主な任務とするほど優秀であり強かった。
レオナルド・セロンの“疾風の辻斬り”とミカエラの“千手の刃神”の中央にいると発動されたら下手をすれば負けると思った。それほどまでに強力なコンビネーションだった。正面からギデオンは必ず来る。逃げ場を押さえた以上、定石であり完全に封じる事が可能だったからだ。
レオナルドの能力なら分かるが……そういうことか。彼はすぐに納得した。そしてその状況をギデオンは見ていた。ディリオスの顔つきが変わった瞬間に「行くぞ!」と
言うと、“異次元の金剛拳”と彼は念じた。
薄いガラスが割れるように何枚も割って行った。一直線に彼の距離まで、連打を打ち込んだ。総隊長補佐五名は、彼が連打した中へと入って行った。
ギデオンの作戦を理解した瞬間に、ミカエラ・アシェルの板を空弾で割って、傷つくのを知りながら、レオナルド・セロンに素早く拳打を見舞った。“疾風の辻斬り”が自動発動し、自ら打ち込んだ拳打にディリオスは耐えながら、何処からか必ず来る敵に対して、防戦体制を取った。
直後に正面から来た。ルシール・アダンに見つめられた。“香しい強制命令”に近づく前に他を倒さなければと思い、ディリオスは眼力で、ルシールの能力を一時的に封じると、“ウェアウルフ”と化したアスタ・オリアンが出てきた。
その爪の鋭さから彼は、警戒に値すると思い身を引いた。背後は大木だったルシールの眼力に対抗する為に、精神エネルギーはルシールに当てた。
“ウェアウルフ”が大きく振りかぶってきた。ディリオスは背を大木に当てたままそれを避けた。草木を薙ぎ払うように、大木に大きな爪痕を残した。一息の間に気配を感じた。そして胸の板に手を置いたまま、木の剣を回転させて警戒した。
木が何かにぶつかった。姿を消せる“非存在の証明”だと分かり、ヴァレリー・アロンだと気づいて、急所であろう位置に空弾を放って割った。警戒するのはルシールとアスタ、彼は違和感にすぐに気づいて、一瞬で間合いを詰めるとアスタの胸にある板を割った。
と思った瞬間に、彼は倒れた。一瞬何が起きたのかわかるまで一秒ほどかかった。ヴァレリーの“非存在の証明”で触れていたのか。デニス・ジルの能力か! デニスはさらに両腕の関節を外そうと立ち上がった。「甘いぞ! デニス」彼は空弾で胸の板を割った。
そしてルシールの精神エネルギーの“香しい強制命令”に精神エネルギーで打ち勝ち、板を割った。両足首を治すのは激痛を伴うが、治そうと仰向けになった。ギデオンが来る前にと思ったが、両手の自由が利かなかった。これはまさかアラン・ジヴェの“操る霊手”か? 厄介な奴が最後にまだいたのかと彼は思った。
指をナイフ以上に鋭くさえて木の上にいたアラン・ジヴェを落として、胸の板を割った。アランは能力を解除して戦線離脱していった。
「ギデオン。予想よりも手を焼いた」ギデオンはディリオスの射程外まで、一気に何処からともなく現れた。「お見事です。今回勝てるとは思っていませんでしたが、十分、力は証明できました」一対一では絶対に勝てない事をギデオンは知っていた。
「我々の負けです。私の能力は最後の猛攻撃の様な道を作る能力です。正確には空間を割る能力です。距離は自在ですが、精密度の調整に身体精神エネルギー両方使います。貴方様以外が相手ならばそうそうは負けはしませんが、貴方様にはまだ勝てません。ですが貴方様の不安の種であるべき全ての存在を、御守りする事は出来ます」
「再び忠誠を誓います。貴方様の為にこの命を捧げさせて頂きます」
「分かった。お前の命は俺が預かる。数日休息を与える。お前も高閣賢楼に行ってきたらいい。想像以上のあらゆる事を知ることになるが、知りたいなら行けばいい。知りたい事や、知りたくなかった事まで書かれている」
「わかりました。三日ほど休息させて頂きます」
ディリオスは立ち上がった。
「最後に一気に来ることは分かっていたが、あれは良い連携だった」
「ありがとうございます。負けてしまいましたが……」
「勝つ事だけが目的ではないさ。強くなる為の過程が、精神エネルギーを強くしていく。いい勝負だった」ディリオスは笑顔でそう言った。
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