第42話 それぞれの明日へ

 ディリオスは、かれらを高閣賢楼に見送った後、レオニードを伴って、ミーシャの部屋に行っていた。ミーシャの部屋にはセシリアのベッドも用意され、起きる気配を一切見せずに、二人とも静かに眠り続けていた。


彼は解呪能力者であるレオニードに、彼女たちを見てもらった。

「ディリオス様の言う通り、ただの昏睡状態ではありません。術者は別にいます。イシドル王を介して昏睡状態にされています。全ては貴方さまの動きを封じる為だと思われます」


リュシアンの腹心だけあって、鋭い洞察力を持っていた。


「解呪できそうか?」

「呪い系は自信はあまりありませんが、可能ではありますが、エネルギーを相当消耗します。私だけのエネルギーでは足りません。エネルギーを譲渡する能力者が必要です」


ディリオスは頷いた。

「わかった。エネルギー譲渡能力者をダグラス王に借りて来るから待っててくれ」


黒き戦士は、足早に玉座にいるダグラス王の元へ急いでいた。

急いで向かってくるディリオスは王への謁見を求めた。


彼が急ぐほどの事態だと衛兵たちは理解して、玉座の間への扉を開いて、ディリオスを招き入れた。


「ディリオス殿、どうかされましたか?」

「ダグラス王、ミア王妃。ミーシャとセシリアはやはり呪いを受けたようです。幸いリュシアンの腹心が解呪能力者であったのですが、エネルギー不足のため解呪には至っていません」


二人はどうするればいいのか尋ねた。

ディリオスは、自分の配下以外の能力者の多くも把握していた。


「シェリル・カーンズとアリス・ノックスを御貸し頂ければ、ただの暗示なら一瞬で解けるようですが、今回も解呪可能だと思われます。試すまでははっきりと断言は出来ませんが、試してみる価値はあります」


ミア王妃とダグラス王は顔を見合わせた。希望があると知って安堵した表情を見せていた。

「すぐにお試しくだされ」

「ありがとうございます。もし仮に失敗しても、諦める事は絶対にないのでご安心ください」

男はそう言うと踵を返して、去って行った。


彼はすぐに二人をミーシャの部屋まで来るよう伝令係に伝えた。

暫くすると、急ぎ足で二人が到着した。

「待っていた。二人とも中に入ってくれ」


「エネルギー不足で、ミーシャとセシリアが起こせないみたいなんだ」

「了解しました。ではまずは私の力をお使いください」


シェリル・カーンズはレオニードの方に手を当てた。

レオニードの顏見たら、ディリオスに頷いて見せた。


「セシリアから頼む」

「わかりました。お任せください」


レオニードはセシリアの頭に触れて、ゆっくりと息をしながら彼の額から汗が滴り落ちた。大きく息をつくと、セシリアは目を開けた。

「レオニード、大丈夫か?」


「簡単な解呪なら一瞬で終わるのですが、非常に難解な呪いで時間がかかってしまい申し訳ありません」


ディリオスは首を横に振りながら「いあ。よくやってくれた。後遺症的なものも確認してくれたか?」


「はい。全て確認しました。セシリアさんはもう大丈夫です」


「セシリア、大丈夫か?」

「ディリオス様。一体何があったのですか?」


「お前とミーシャは呪いによって、昏睡状態だったんだ」

セシリアはすぐに横たわっているミーシャを見た。


「レオニード、少し休むか?」

「いえ。大丈夫です。エネルギーさえあれば問題ありません」


「では次は私のをお使いください」

アリス・ノックスはシェリルと交代して彼の肩に手を当てた。


レオニードはミーシャの頭に手を当てた。

彼の表情から相当難解な呪いだと気づいた。


アリスの表情も辛そうに見えた。シェリル・カーンズのように完全なエネルギー譲渡タイプではなく、アリスは譲渡可能能力者であったが、エネルギー吸収タイプでもあったため、エネルギー総量はそれほど高くなかった。


ディリオスはアリスに手を出した。


彼女はディリオスの手を握った。そしてミーシャともディリオスは手を繋いで、彼女の事を大切にしている気持ちを、想いに乗せて心から想った。

アリスとレオニードの顔つきが徐々に穏やかになっていった。


ディリオスの膨大なエネルギーによって、レオニードは複雑な呪いを

幾つも解いていって、ミーシャは目を開けた。


念の為、二人ともにアツキに連絡して、心底まで探って貰ったが問題なかった。

ディリオスは心から安心した。

何が起きたのか分かってないミーシャを、抱きしめた。


「レオニード、ご苦労だった。リュシアンの元へ行きたいのであれば送るが、どうしたい?」

「私も高閣賢楼で解呪の本を読んでみたいので、よろしくお願いします」

「わかった。特別ものは要らないから城門前にきてくれ」


セシリアを見守っていたネストルも、安堵した顏を見せていた。

「ディリオス様。私もよろしいでしょうか?」

「問題ない。エヴァンが今回から同行しているから一瞬で行ける」


(アツキ。エヴァンに城門前まで来るように伝えてくれ。呪いは解けたからレオニードとネストルもそっちに行きたいそうだ)

(わかりました。すぐに手配します)


ディリオスは、ネストルとレオニードを促し、扉の前にいるアリヴィアンとヴァジムに、しばらくミーシャとセシリアの護衛の任を任せると、二人を連れて城門前まで行った。


(ハヤブサでも気づかないのはおかしい。何かしらの擬態系能力者だったのかもしれない。だが今後は、屋根にも配備しておいたほうが良さそうだ)


城門前に行くと、すでにエヴァンが待機していた。

「ご苦労。エヴァン、高閣賢楼はどうだ?」

「凄いです。稽古もしたいし、本も読みたいです。皆さんが通われる理由が分かりました」無邪気な子供のように楽しそうな顏をしていた。


「本来は走ったほうがいいんだが、今回のような特別な時はエヴァンを使う。食料などは今後はエヴァンに任せる。量は足りてるか?」


「今の所、問題なさそうですが、稽古をつけてもらうためにお酒の量は増やしたほうがよさそうです」


「わかった。俺は今日はそっちには行かないからダグラス王に明日までに用意してもらえるよう頼んでくる。今日は特別な任務もないし、ギデオン攻勢師団が戻ってきたからお前たちの好きにすればいい。二時間後に再びエヴァンはここに来てくれ。それまでに食料と酒を集めておく。あと俺は今日は休息にするからセシリアも行きたいか聞いてみておく」


エヴァンにネストルとレオニードは近づいた。

彼は今すぐ戻りたいと言いたそうな顏をしていた。

「分かりました。皆にそう伝えておきます。では行ってきます。それでは二時間後に」


ディリオスはダグラス王にミーシャとセシリアの呪いが解けた事を報告しに行った。ついでに明日の食料やお酒などもお願いするように、彼はレッドカーペットを進んで行った。


衛兵は彼が上がってくるのが見えた為、大きな扉を衛兵たちは二人で押し開けた。


「ダグラス王、ミア王妃、成功しました。ミーシャとセシリアはもう大丈夫です」


「良かった……本当に良かった」ダグラスとミアは見つめ合いながら、手を取って安心を分かち合った。


「彼女たちがいないと無理でした。精神エネルギーを高める鍛錬もしたほうが良さそうです。あと屋根にも人員を配備します」


「今日、ギデオン攻勢師団が戻ってきましたので、明日試験をします。合格すれば前線で戦う事を許します」


「試験とはどうやって適正か決めるのだね?」

「私と戦い、そして勝てば合格です」

ダグラスは怪訝な顏を見せた。


「まさか其方は一人で戦うつもりなのか?」

「そうです。真剣勝負ですが、武器は木にします。そして急所である胸の板を割れば、戦線離脱と見なして戦います」


「高閣賢楼から先ほど連絡がありました。皆、必死になって頑張っています。食料と酒などは今後はエヴァンに運ばせますので、二時間以内に城門前にまとめておいて下さい。よろしくお願いします」


「わかった。今日はゆっくりなさるのかね?」

「はい。ミーシャとゆっくり話してきます。調子が良さそうなら散歩でもしてきます。セシリアも高閣賢楼に行きたいでしょうから、聞いてみます。ミーシャの護衛は私がします」


話し終わると、彼はミーシャの元へ再び戻って行った。

ディリオスは軽快な自分に気がついた。ミーシャが元に戻って、気分は勿論良かったが、イシドルとの事を思い出していた。


それに先ほどアリス・ノックスに、エネルギーを吸収された時、感覚を殆ど感じなかった。


漲る力をはっきりと感じていた。彼は明日の事や、イシドルを裏から操っていた魔族の事などを考えながら、気がついたら彼女の部屋前まで来ていた。


明日にギデオンとの戦いが控えていたので、高閣賢楼には行けなかったが、自分で

自分の力が見え始めていた。ギデオンたちと戦う場はかれらの鍛錬場でもあった為、地の利はあちらのほうが上であった。だからこそお互いに負けられなかった。


ミーシャの部屋の前には、再びアリヴィアンとヴァジムが立っていた。


「部屋は用意してもらったか?」

「はい。ありがとうございます」


「今日はもう好きにしていいぞ。俺がミーシャの警護をする。来てまだ日も浅いし、何かと入用だろう。金貨の入った袋を渡された。二人で買い物でもしてくればいい。色々珍しいものもあるから、楽しんで来い」


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます」

二人は笑顔で見つめ合ってそのまま階下に降りて行った。


彼はミーシャの部屋へ入った。そこにはセシリアとミーシャがいた。

「何かあったのか?」


「いいえ、眠らされていた時の事を話してました」

「セシリアほど強ければ対抗できたんじゃないのか?」


「ミーシャ様を盾にされて動けませんでした」


「そうだったのか。近々人員整理を見直すことにした。今日は俺がミーシャの護衛につくから、高閣賢楼の事は、ネストルからも聞いているだろう? 行ってみたいなら二時間後にエヴァンが迎えにくる事になってるが、行きたいなら行ってくるといい 皆、稽古や本など夢中になってる様子だった」


「ディリオス様なら安心してお任せできます。兄から話は聞いていましたので、行ってみたいです」セシリアは喜びと安堵の表情を見せた。


「準備して今からだと一時間半くらいに、城門前で待ってろ。話はつけてある」

「わかりました。行ってきます。ミーシャ様、ゆっくりお休みくださいませ」


「どうした? ミーシャ?」元気のないミーシャを見るのは初めてだった。

「……怖かったの」ディリオスが来たせいで、彼女の中の安心感が沸き上がってきて、涙が出てきた。彼の胸で彼女はずっと泣いてた。


「俺は少し遅くなるけど、今日から一緒に寝ようか? 俺が隣にいれば、何が起ころうと必ず守る」彼女は涙を流しながら、何度も頷いていた。

「もう大丈夫だ。疲れただろう、今から一緒に少し寝よう。俺もミーシャがいたらよく眠れるんだ。安心するからかな」


彼女の頭を撫でながら、ミーシャは彼の腕の中で、ディリオスもミーシャも、いつの間にか、深い眠りについていた。


「ディリオス様……御夕飯のお時間ですがいかがいたしましょうか?」

「ああ……もうそんな時間か……明日もあるし食べるよ」


「ミーシャ。晩御飯の時間らしい」

「食べるか? 俺は明日の為にも食べとかないといけないんだ」


「セシリア。その後の様子は問題ないか?」


「はい。何も問題ございません」

「爺さんと手合わせしたか?」


「はい、誰も……誰も一切技が通じませんでした」


「手強い爺さんだったろ? 今後は一週間に一度は休日にする。あの爺さんなら治癒能力も高いはずだ。殺すつもりで本気で挑め。皆やりたい事があるだろうからな」


「ディリオス様はどれほどいつも戦っていますか?」


「日にもよるが、調子にもよるが二、三時間くらいは戦えるかな」


「人員調整は俺がするから、しっかり強くなれ。セシリアとネストルには期待している。あの爺さんは確かに強い、今はまだ差がありすぎて見えてないだけだ。あの爺さんに遠慮は無用だ。後の事など考える必要はない。最初から本気でいけ」


「その通りです。ご助言ありがとうございます」


「俺は明日、ギデオン攻勢特務師団との戦いがある。お前はどっちが勝つと思う?

賭けないか?」


 ギデオンの強さは本物だった。そして刃黒流術衆はもういない。全員が暗殺拳と内殺拳を覚えている御庭番衆で、総数は七百名。そしてギデオンを頭として総勢二十三の能力者。それに対してディリオスは一人。どう考えても勝ち目はない。


「ディリオスはどちらに賭けられるのですか?」


「無論、俺だ」

「わたしもそう思います」

「賭けにならんな」ディリオスは笑みを浮かべた。


「仕方ない。俺は俺が負けるほうに賭けよう」

「報酬はなんでしょうか?」


「一週間休みを取らせてやる。殆どの時間を、高閣賢楼に割けば一気に強くなれる」

「本当ですか?!」


「ああ。ダグラス王には俺が話をつける。俺が負ければな」

「ミーシャとも一週間一緒にいれるしな。安心しろ。勝ちにいく」


二人の女の子は嬉しそうにはしゃいでいた。


「さあ、御飯に行こう」

「二人とも喜びながら、自分の前を色々話しながら歩いていった」


階下からレッドカーペットをギデオンが歩いてきた。

「どうだ? 調子は万全か?」


「はい。ですが、ひとつだけお願いがあるのですが……」

ディリオスは考えても思いつかず聞いてみた。


「何か問題でも起きたか?」

「ひとりだけ、ウェアウルフがいます。姿形が変わるだけで人語も理解できるのですが、夜でないと本領発揮できないようで……」


「わかった。時間をずらそう。何時がいい?」

「二十二時頃が一番良いようです」

「わかった。明日の夜九時過ぎにお前たちは森に入れ」

「俺はお前たちが入った後、三十分後に入る」


「分かっているとは思うが、当然だが、始まりの合図はない」

「全力でかかってこい」

「元よりそのつもりです」


「殺す気はお互いにないが、本番のつもりでやる。俺も木ではあるが本気で行く

手抜きなどしないから、そのつもりで来い」

「能力に関しては我々のほうが分があると思いますが、遠慮なく行かせて頂きます」

「甘いぞ。俺の能力は臨機応変に使える。楽しみにしてろ」

ギデオンは笑みを浮かべたまま頷いた。


「あと丸い板は心臓と背後にも着けるんだ。俺たちは皆背後を取れば勝つからな」

「了解致しました」

 


二人の男は開かれた扉から、中に同時に入っていった。


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