第40話 刃黒流術衆刃棟梁ディリオスの奇襲

 ディリオスは疾走してかれらに追いついた。

彼が一人なのを見て、皆が安心した。


「何者だったのですか?」サツキが感じ取る前に、一瞬で来た者に対して興味を抱いていた。


「サツキでも気づかなかったのか? ジュンやアツキは気づいたか?」二人とも黙ったままだった。


「大将、俺は気づいたぜ。大将の殴った場所は致命傷だったはずだ。それが効かないってことはそれだけの肉体的強さだということになるな、あれが副官ならヤバい、ありゃあ悪魔の指揮官だろ?」ブライアンが口をはさんだ。


「そうだ。あれは完璧な暗殺拳だった。奴には効かなかったがな。俺が本気での全力では無かったとは言え、通常の状態では全力で入れた。完璧に入れても奴には通じなかった。よく気がついたな、ブライアン」


「すいません。気づきませんでした」アツキは反省していた。二人とも同じ様子だった。


「気にする事はない。ブライアンは一対一の戦いに慣れている。能力にも適しているからな。それに元々はどこかの国に所属していたのだろう。動きから見て北部だ。俺の予想ではヴァンベルグ君主国の上級兵士長だったはずだ」


ブライアンは黙り込んだ。それを聞き、リュシアンとレオニードは彼に視線を投げつけた。


「あの後、両手での内殺拳も入れたが、苦しそうにはしていたが、血を吐く事も無かった。体内が傷を負ったのは確かだが、致命傷には至らなかった」


「ブライアンの言う通り、奴が第七位の指揮官だ。最高位魔神の直属の配下ドラバルだと名乗っていた。奴らが名乗るのは初めてだ。ヴァンベルグの悪魔も強かったが、ドラバルのほうが遥かに上だな。さっき空を見たが天使が苦戦しだしたようだ」


皆が空を見上げた。空から天使が減っていて、青い空がぽつぽつと穴が空いていた。


「確かにそのようですね」サツキは動いた瞬間に言葉を出したのに、感知タイプでもないディリオスのほうが状況次第では勝るのだと気づかされた。それは個人に対する殺気や殺意である為に、感じとる事の出来る五感以外の第七感だと思った。


「やはりすでに俺の事は魔族の中でも有名らしい。噂以上だと褒められたよ。まあ何事も無くて良かった。今から天使と戦うと言っていたから暫くは安全だ」


「どうやったらそこまで強くなれるんだ?」

ブライアンが聞いてきた。


「基本は鍛錬だ。だがお前は鍛錬より組手のほうが良いだろう。実戦に近い戦闘のほうが緊張感もあるし、お前の能力にも合ってる」


「大将は俺の能力が何なのか知ってるのか?」

「当たり前だ。バレてないとでも思っていたのか? 一見では見抜かれにくいだろうが、さっきの奴以上相手にするには厳しくなるぞ」


ディリオスはブライアンを見て言った。

「適任者はいるが、今のお前じゃまだ役不足だろうしな」


「その適任者はイストリアにいるのか?」

「いや、今から行く高閣賢楼の知の番人の爺さんだ」


「その爺さんはそんなに強いのかい?」


「ああ。俺よりも強い事だけは確かだ」

「大将より強いのか?! そりゃってみてぇな」


「俺より弱いお前じゃ話になるわけないだろ」

「じゃあ大将が組手してくれよ。それか俺くらい強い奴とやらせてくれ」


「探してやるが、基本的にはやはり身体能力を上げるしかないぞ。お前の能力もそのほうが活かせるしな。仮に速さや力が今の倍になれば、お前の場合だと瞬間的にではあるが十倍以上の力が発揮できるだろ?」


「そのままでいると、すぐに追い抜かされるぞ。俺たち刃黒流術衆は暗殺の技を磨いてきた一族だ。総合的な強さだけなら、そこのアツキやサツキのほうが上だ」


「確かにそうだな。長期戦になればキツいとは分かってた。それほど強い相手がいなかったしな。基本能力を上げるのに一番良いのはなんだい?」


「基本はもう馬は使わず、足だけで移動するのがいい。脚力もつくし体中の筋肉を使うからな。今後は馬は使うな、強くなりたいならな」


「それだけ強い大将が言うなら間違いねぇ。今後は馬に頼るのはやめる」


「お前は資質が高いし、根性もある。一定程度までは、一気に強くなるはずだ。そこから先はお前次第だ。お前の能力はバレにくい、そこも上手く使えばさっきの奴程度ならすぐに勝てるようになる」


アツキとサツキは目を合わせて驚いた。

「ほんとかよ!? 大将の技が通じなかった相手だぜ?」


「俺の御供としてついてきたそこの三人も、何かと忙しいから力量はなかなか上がってないが、さっきのドラバルとかいう吸血族程度ならすぐに勝てるようになる」


「俺が本気じゃないのは分かっていたはずだ。相手も全力じゃなかったが、俺の全力は、今のお前じゃ失神するほどは強い」


話している間に高閣賢楼が見えてきた。近くまで行くと芝生が上がっていた。ディリオスは中を覗いた。一番下の方に明かりが見えた。


「アツキ。カミーユに思念を飛ばしてみてくれ。そして一度上まで戻るよう伝えてくれ。リュシアンの事も見た方がいい」彼は頷くと思念を飛ばした。


(カミーユ様聞こえますか?)

(アツキさん。聞こえます)

(リュシアン様も一緒にいますので、お待ちしています)


カミーユとネストルは上まであがってきて驚いた。


ディリオスはイシドル・ギヴェロンの事から、今までの全ての事を話した。

そして、ヴァンベルグ君主国の者と言うだけで、何も知らない者たちは

かれらに対して、白い目で見るに決まっている事を話した。


そして我々がこれ以上表立つのは、イストリア城塞ひいてはダグラス王にも

迷惑が掛かるため、物分かりが良くて周囲からも認められている者を、交代制で

世話係を兼ねた守衛を部屋の前に配備するよう頼んだ。


カミーユとしてもナターシャの兄であるリュシアンは、守るべき人なので

これに同意した。守衛をする者に対して、訓練時間を削ることになる事から

ディリオスは、個人指導をする事により自分で訓練するよりも強くなれる事を

約束した。


遠い空では魔の軍勢のほうが押し返していたが、この時間を無駄には出来ないと悟り、エヴァンに最短距離である直線で高閣賢楼に来るように命じた。印に関しては変更せずにイストリア城塞に書き残したまま急ぎ来るよう命令を下した。


通常の会話は結界で守られており、こちらから発することは出来なかったが

アツキを仲介としての会話は、結界に引っ掛からない事を利用した。


エヴァンが到着するまで二時間は掛かるため、届けられていた食料や水等を

皆に食べさせた。


 ディリオスは一人、遠い空へ目を向けていた。最初の攻勢が嘘のように天使たちが明らかな、劣勢に立たされていた。高閣賢楼の中は広々としているが、休息に適した場所はなかった。悪魔のドラバルが、再び戻ってくるであろうとは予測していた。


場所は遠いが、唯一人間に対して敵対しない天使たちに、加勢すべきだと考えていた。彼は肉を食べながら水を飲んで、再び闘えるように力をつけていた。


彼は結界内であるアツキに対して思念を送った。

(アツキ)

(? どうかされたのですか?)


(権天使の書を読んだが、九つの天使の中で唯一人間の味方をするのは権天使だと書かれていた。だが、このままでは悪魔に負けてしまう)


(わかりました。後の事はお任せください。エヴァンが着き次第、全員イストリア城塞に戻ります。肉と酒の件もダグラス王にお願いしておきます)


(お前、サツキに似てきたな。話が速くて助かる。では行ってくる)

(お気をつけて。イストリア城塞にてお待ちしております)


ディリオスは北に向かって風と共に疾走していった。

草原を吹き抜ける激風よりも速く、彼は信じられないほどの速さで消えていった。


「大将は天使の味方しに行ったのか?」


「そうだ。我らの主は今までずっと、天使と悪魔の均衡を保つように動いてきた」

「あの方はずっと最前線で戦って必ず勝って戻られてきた。さっきの悪魔と決着をつけるつもりだろう」


「お前も中に入って真実を見れば色々分かる。天使や悪魔、それ以外の敵もいる事を知ることになるだろう」


ブライアンは黙ったまま中へと入って行った。その行動は己がまだ弱いのだと知ったことにより、知る事の大事さを知ったからだった。


アツキはその後、中に入ると芝生の入口を閉めて下層に下りて行った。



 ディリオスは一時間ほどでヴァンベルグ君主国付近にまで辿り着いた。

彼はまず形勢を確認するために、足跡を残さず苦無に乗って移動した。

登坂であろうと下り坂であろうと、彼の能力を使えば問題なかった。


黒衣の男は、城壁にたどり着いた。結界は張っていないと確信していた。

優勢であり、そもそも天使との戦いに関して結界は無意味だと思っていた。

天魔の戦いである以上、どちらかが滅び去るまで戦う事を知っていた。


城はすでに魔の手に落ちたと聞いてはいたが、先ほど襲ってきたドラバルとは

また違う悪魔に支配された事は分かっていた。

分かってはいたが、何者なのかが気になっていた。


前に倒した魔の者もそうであったが、天使とは違い、我々がまだ知らない事が悪魔の世界には存在することだけしか分かっていなかった。ドラバルは第七位の指揮官だったからだ。


しかしドラバルは助けに向かった事から、仲間或いは身分の高い魔の者がヴァンベルグ君主国を支配したのかと、思案していた。全く別種のものなら天使と争わせるだけで手を貸す必要もない。


ディリオスは、自分が今どういう行動に出るべきなのかを考慮していた。天使と戦う選択は当然無かった。城の悪魔を倒すか、それとも今攻防している天使に手を貸すべきかを。


天使の行動から察すれば、城の悪魔を倒すべきなのは理解できたが、城の悪魔たちの目的が、魔のバベルから来る者たちと、どう違いがあるのかが彼の理解の域を超えていた。


そして、思考と思想と記憶の間に、リュシアンの言葉を思い出した。イシドルが召喚した悪魔だと、そしてあの地下組織のボスも捧げものが必要になったと、中位や高位の悪魔や天使はまだ見た事ないが、どの世界にも抜け道は存在する。


奴は悪魔が神の遺伝子が低すぎるとも、言われていたと言っていた。それ相応の神の高遺伝子が無いと召喚できないとしたら? ドラバルが俺を狙ってきた理由も成立する。ディリオスは細かな会話の話を思い起こしながら答えを見出そうとしていた。


既に人間の居ない城などに来たのは間違いだったと気づいた。しかし、このままでは権天使は確実に全滅する。厄介な強い悪魔が二人になることは避けたい。どちらかの悪魔は今倒しておくべきだと彼は思った。


しかし、更に最悪の事態を考えた。彼は熟慮の上で今は身を引くべきだと決断した。

一番不味い事態は、自分が捕まることだと判断した。その可能性は高く、すでに多くのエネルギーを消費している今では、その可能性は捨てきれないと最後の決断をした。


決断を下した彼の動きは速かった。低空で飛苦無を全力で加速させた。緑が見えてきて彼は飛苦無から身を下ろして、苦無を手にして疾走した。この後に起こる問題はおそらくグリドニア神国を制圧する事は、簡単に思い行きついた。


彼はイストリア城塞にそのまま向かった。時間的に見て既に、エヴァンが皆をイストリア城塞に運んだと予測した。彼は再び振り返った。天使の陣形から背後の守りを捨てている事が分かった。


油断したら一気にやられると彼は思い、ヴァンベルグの悪魔は自分が倒すと決めた。


迷いのない決断をした彼は速かった。それは風よりも速く追い風が彼に勇気を与えた。権天使に味方は天使だけではないと、勇気づける為、彼は疾走した。彼の中で何かが変化を生じた事には気が付いたが、今はそんなことどうでもいいと思った。




権天使はディリオスの予想通り、苦戦を強いていた。指揮官を中心に円形に広がっていた。十人いた副官の権天使の数は既に半数がやられていた。指揮官の護衛役である二強の権天使たちが、空いた場所を埋めて円形の陣形を維持していた。


指揮官から副官までの権天使たちには、それぞれ神から与えられた特別な力を有していた。数で圧倒的に多い悪魔たちが苦戦していたのは、その為であった。堕天使として落ちた元天使の堕天使からは、神がその能力を消していたからだった。



特に二人の護衛役の権天使には、触れることも許されない程の力があった。十人の副官たちにも神から与えられた特別な力はあったが、かれら権天使の使命は人間を守る事が使命であった。その為、副官たちには防衛系の結界を張るのが能力であった。


攻撃や属性系の術や技にも耐えられる結界であり、一定以上の攻撃力でない限り、結界に傷ひとつ付けられないが、一定以上の攻撃力で攻撃を加えられたら、結界は破壊されるものであったため、悪魔でも指揮官や片腕と称される者たちの攻撃には耐え切れず破壊されていた。


悪魔の数も減ってきたため、第七位の中でもそれなりの強さのある者たちが、戦いに加わり出したため、天使の円形の防備の陣形がすでに形を成していない状態になってしまっていた。背後の敵は来ないと判断して、前面に対しての防衛の隊列を組んだ。


しかし、未だに二強と称される権天使と指揮官には、触れることも出来ずにいた。

かれらが神より授かった能力は、指揮官を守るため攻防に適した能力を神から授かっていた。圧倒的差がある悪魔や魔族は、かれらに睨まれただけで体が爆発した。


人間、天使、悪魔とかれらは何れも、神から生まれた。人間は神の分身とも呼ばれていたが、天と魔に繋がらない場合は無力であった。


しかし、天使と悪魔は相反する存在であるため、エネルギーに大きな違いがあった。強さや総量などとは無関係で、ある種の絶対的な毒のように取り込めば命を落とすものであった。


当然強さに比例して、耐えきれる総量に違いはあったが、恐ろしい毒性と変わりはなかった。指揮官を守るこの二強の権天使は、睨みつけることによって、自らのエネルギーを流し込み、悪魔が近づく前に完全に破壊し地獄へと戻していた。


下位悪魔を束ねる魔族が二本柱である権天使と相対した。力強い何かは感じたが、魔族は鋭い爪を武器として高速移動で一気に間合いを詰めた。しかし、それ以上体が動く事は無かった。近ければ近いほどエネルギーを直接浴びる為、当然の結果だった。


権天使は腕を組んだまま動く様子を一切見せずにいたが、動きを止められた悪魔に対して、拳を顔面に見舞った。木端微塵に頭部だけが吹き飛んだ。


指揮官であったドラバルは、数で押し込もうとしていたが、雑魚ではここいらが限界だと悟って、直属の配下を見て権天使に目を向けた。味方の悪魔はそれに気づいて、その場から散って行った。


指揮官ドラバルの直属の指揮下である魔族は強いため、下位悪魔たちは邪魔にならないよう動きを止めていた。


この強き権天使の奥には更に強い、指揮官が見えていた。

第七位以上の指揮官には、神がそれぞれに属性を与えていた。彼女は水の属性を持っており、水生生物最強の熾天使ガブリエルの直属の配下であった。


 そして第七位の天使の指揮官であるウルフェルは、神から四大元素のうちから授かった属性は水であった。氷や雪などのような固形物に変化したものも、水に変えることができたが、再び雪や氷に戻す力は授からなかった。しかし、水を操る術は授かっていた。


 彼女やその護衛役である権天使が気づく前に、かれらを狙うドラバル直属の配下を両断した。そしてそのまま指揮官であるドラバルに襲い掛かった。


全力の力が発揮できない、絶対に来るはずがないと思っていたドラバルは、予想外の更に予想外だったため、魔族の指揮官は一瞬での判断が出来なかった為、咄嗟の時を漆黒の鬼神に与えてしまった。今の全力の力で斬りつけたその鬼神の力は、頭から股下まで一気に一刀両断して見せた。


そして“憤怒ふんぬの龍の雄叫び”で、悪魔だけを攻撃対象にまるで生あるものに対して命ずるように、願いを練り込むと、黒刀を片手に彼は、知っている王の間にある窓を突き破って、玉座に座る者に斬り込んだ。


ディリオスは斬り込んだ瞬間、一瞬の迷いから剣先が鈍った。そして、我が目を疑った。王冠を被るその者に、魔族化したイシドル・ギヴェロンだった。ドラバル同様、黒衣の戦士は迷いが生じた。そして彼は逃げる選択をした。


南部に向かう窓を突き破って、そのまま空を飛苦無に乗って去った。思念で龍を解除し手元に戻るよう命じた。彼は苦無で飛びながらそれらを黒衣の中にしまい込んだ。


どうするべきかは、リュシアンとナターシャに話してからにする為、彼は速度を上げながら、一気に向かい風に向かって飛び去っていった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る