第36話 知の番人の力
ミーシャを部屋まで送り届けて、彼は自室で準備を整えていた。
今すぐに敵が来ても対応できるように彼は外に出る時は常に装備で身を固めていた。
ミーシャと逢う時だけは全ての装備は外して、戦いの事も忘れて彼女と逢っていた。
準備を終えて、カミーユの部屋へ行くと、ネストルが居ない事に気づいた。先に行ったのだと理解してそのまま階下にいくと、ジュンとクローディアがいた。
「カミーユとネストルは先に行ったようだ。単独でいくのは危険だから一緒に行こう。城門前でまってる」
「わかりました。すぐに参ります」二人ともが彼に礼をとった。
彼は微笑み静かに頷いた。
(アツキ。今どこだ?)暫く待っても返事が無かった。
(あの爺さんだな。これは思念を遮断しているのか? 思念を覗く奴がいると言っていたし用心深い。やはりただ者じゃないな)
城門前まで彼は行き、門兵にアツキとサツキを見たか一応確認した。「お二人とも先ほどお出掛けになりました」
「そうか。それならいいんだ」
(範囲系での遮断ではないのか? 個人判別すれば問いかける俺の思念が出るし、遮断する意味はなくなる。そうなると、ここら辺一帯まで遮断していることになる。
やはり俺の読み通り恐ろしい爺さんだ。俺は鍛錬に重点を置いて通うとしよう。俺が戦う前から勝てないと思うのは初めてだ。皆、こんな気持ちでいつも戦っているのか……勇気があるな)
「お待たせいたしました」
「いや、こっちこそありがとな。助かったよ」
「それじゃあ行くか。あそこで学ぶ事は多い」
「行きましょう!」
二人はほぼ同時に風のように去って行った。
途中で食料と水を運ぶ馬車に出合った。荷馬車にはディリオスが想像していた以上に多くのものが積まれていた。頼んでいなかった果実やパンなども大量に積み込まれていた。
彼は昨日と今日の分の食料と水を大きな袋の中に詰めていった。今日中に着かないだろうと思い、明日の分も含めて多めに袋に詰め込んだ。
「よし、これだけあれば大丈夫だ。行こう」普通なら変わりに持つべきであったが、ジュンに持たせたら一緒に行けないと思い彼女を気遣った。
「はい、ありがとうございます」彼女は言葉でしかお礼が言えなかったが、彼女が色々な事に目配りできるように、成長している事だけで十分だった。
二人は速度を保ったまま昨日とは違うルートで行った。
昨日は警戒して遠回りして行ったが今日は真っすぐ一直線に進んだので、早めに着くことができた。
ジュンが入口を開けようとすると、知の番人が出てきた。
「ようやく来たか。どれどれ見せてみろ、よしよし酒もあるな。
気が利くのう、肉も上等なものじゃ。わしが用心棒してやるから、お前たちは気楽に歴史の中に籠っておれ」
肉をほおばり、酒を一気に飲み再び肉に食らいついていた。
ジュンとディリオスは中に入って行った。
「あの喰いっぷりだと明日も送ってもらった方が良さそうだな」
「そうですね。ご高齢なのに凄い食欲です」
底が暗くて見えないくらいだったが、小さな明かりがあった。
「ジュンも一番底まで行くか?」
「はい。昨日の続きを読みたいので一番下までいきたいです」
「じゃあ苦無に捕まってろ、一緒に下りるぞ」
「はい。お願いします」彼は昨日でだいたいどの辺りが底なのか分かっていたため、
途中までは素早く下りてからゆっくり下りて行った。
皆、丹念に読み込んでいた。
「上に俺たちの食料もあるから集中力が落ちたら食べるといい」
「ありがとうございます」
「ディリオス様。ここの本は全て書かれています。我々が見ていたものの原本で、間違いありません。天使や悪魔の能力や下位から高位魔族の事まで全てが記されています」
サツキは熟読しそう言うと、上を見上げた。新たに多くの知識を得たが、途方も無いほどの知識がここにはあるのだと知った事で、嬉しさと厳選して読まなければならないと思った。
「ああ。ここでの収穫は予想以上だ。だが全てを読む訳にはいかない。情報があるほど皆役立つが、特にアツキとサツキは出来る限り知っておいたほうがいい。
暫くは全員ここで読みあさるが、二人はここに残り続けて、色々な本も読んでくれ。二人以外は私とともに仲間探しの旅を続ける。
まだ先の事だからその他の者は、自分に必要な本を重点的に見ていってくれ」
皆、頷いた。全て読むには数百年かかると思ったからだった。
ディリオスは一人上昇していき六百年前ほどの本棚の位置まで上がった。一通り周囲を見回した後、一冊の本を手に取った。
それは暗黒竜ギヴェロンとの死闘の本であった。
竜は神の遺伝子の産物なのか、それとも遥か昔に滅びた生物なのかを、彼は知っておく必要があると考えていた。
神の遺伝子の産物ならば既に何処かに竜は存在する事になるからであった。味方となる生物なのか敵としてしか生まれない生物なのか等知らなけれならない事が多数あった。
太古に滅びてしまった生物ならば絶滅したのか、それとも何処か他の地ではまだ生存しているのか、彼は真実を知るため壁に固定されている椅子に座り本を開いて読みだした。
最初のほうは他ですでに読んでいた内容だったため流し見しながら読んでいった。殆どは色々な本を繋げて知っている内容だった。終盤に差し掛かり年暦が記されていた。初めて見るものだった。
万年暦一年。と書かれていた。この本棚は五百年から六百年前の本だけであった。(一年とはどういう事だ?)
意味不明なまま先に進んだ。
「天使と魔族の死闘は終わり、神は新たにエデンの園の土から、人間を創り出して地上へと下ろしていった。
アダムとイヴの時とは違って多数の人間を創り下ろした。
新たな記憶を植え付け、最初から最後の世界の終わりを告げた事は、記憶から削除し、再び人間が地上で最も英知ある者として、天上でも地獄でもない世界の支配者として創られた。
しかし、神の誤算かそれとも知った上での事かは不明ではあるが、神の高遺伝子を持つ獣たちはまだ生きていた。
それらに負けるのであれば、それは人間の運命として受け入れさせるおつもりのようだ。
天使も魔族も消えた世界で、それらの生き物は混乱していた。
そして自分たちが世界で一番強い事を知った。世界の支配者として少数ではあるが、人間には太刀打ちできない竜や龍が争いを始めた。
隠れ住んでいた獣の王や、海の支配者たちは、立場が逆転した人間たちへ復讐していった。そして空の王者となった暗黒竜ギヴェロンは、世界で一番大きな大陸であるホワイトホルンを棲み処として人間たちを支配していった。
暗黒竜ギヴェロンは黄金や宝石の山の中で静かな眠りについた。
神は人間を試しておられるのか、それとも天使や悪魔でないものたちに、滅ぼされるよう最後の記録として残すおつもりなのか、それとも私を誘き出す為なのかは不明ではあるが、人間よりも長く生きる各王者たちの神の力は脆弱な人間と違い、力を失うまで数年かかった。
人間の人間としての最初の記憶として、残すために神は試練も兼ねてこのような事をなさったのかと、私は考える。
植え付けた記憶だけではなく、真の記憶として神は残されるおつもりのようだ。どちらにせよ、私には関係の無いことだ」
預言者ソドム・アクリエムル
ディリオスは万年暦一年と書かれていた所まで読み終えた。
彼は別段驚く事も無かったが、それよりもこの書き手が誰なのかが、気になって仕方が無かった。世界が終わりを告げる時、預言者は神の言葉を伝える人間である事は知っていた。
だが、ディリオスは真の終末戦争での預言者は、人間ではないと考えていた。天使か悪魔か或いは神なのかと思っていた。理由として単純に終末戦争では人間が絶滅するからであった。
そして、奇しくも大天使との会話で、人間は遥か昔に絶滅したことを知った。
あり得ない事だが、まだ生きているのではないのかとも、考慮の余地も残していた。
(この書き手は少なく見積もっても、六百年以上生きていることになる。昨日、目を通したものは千年以上前の事が記されていたが、天使や神に関するものが多くを占めていた。
それに最下部の書物の書き手は、悪魔の味方か、悪魔である事が分かるほどに魔の者に関することは記されていなかった。そう考えると、天使の味方か天使が記したことにはなる。
味方の弱点やどのような思想や考えを持っているか等、書く訳がないからであった。
しかし、この書き手は違う。少なくとも真実のみを記している。何事に関しても避けることなく書いている。自分自身で無関係だとも記している。つまりはこれを書いた者はこの時点では中立の立場だったということになる)
彼は下に目を向けたが皆、集中して読んでいた。上を見ようともしない事を確認後、ディリオスは再びページめくり出した。速読しながら意味のある話を探して、万年暦十年を読みだした。
「天使や魔族が去った後、この世界を再び支配したのは、各王者との戦いから勝利を勝ち取った人間たちになった。神の遺伝子でいち早く力を失ったのは人間だったが、
各王者の力は時が経つ事に弱くなっていった。
それ故に、脆弱である人間は数という利を生かし、多くの死者は出したが、最終的には勝つことができた。
神がご自身の分身として創ったものが、弱いものだとは正直言って私にはわからない。あの方の深謀遠慮は我らの知るところではない。
しかし、最終的にはいつも納得のいく答えに行き着く。しかし、このままでは人間は滅ぼされるだろう。かれら天地の者が去った今となっては、縛るものは何もない。
真に強きものたちが去った後に、王者のように振る舞う人間は、実に愚かものだとしか思えなかった。
所詮は弱きものだと、自ら認めるように脆弱な人間を支配した気分でいる。
汚らわしいものどもに、真の力を見せることは可能だが、それは出来ない。私の存在は誰も知らない。
私は消えたものとして、これから永遠に近い間、運命と使命が重なる時を待たねばならない。
あの程度のものたちに負けるようであれば、それはそれで神の御意思が、人類の最後の記憶として残るよう、わざわざ創り上げたのだと思うしかない。神の声が聞こえない事からもすでに今起きている事は、神の手を離れたと考えるのが妥当だと言えるだろう」
預言者カリム・バージアム
ディリオスは今、必要な情報を得るため流し読みしていった。
万年暦二十七年
「人間の力は私の予想よりも遥かに強かった。
正確に言えば少数だが、確かな強さを持つ者も存在した。
神の分身として創られただけはあると、認めざるを得ないほどの強さだ。
そして人間たちは再び、特殊な能力に目覚めだした。
この世界で一番大きな大陸であるホワイトホルンは一年ほど警戒していたが天使も悪魔も姿を現すことが無かった。
天も魔もバベルの塔が無いのに、次々と能力者たちは増えていった。彼らは当然警戒した。前回の出現から、僅か三十年ほどで出てきた。
何か特別な理由があるはずだと思っていたが、その理由は結局分からなかった。
分かった事は、ホワイトホルン以外の土地にも天魔の塔は出現することもあるという事だけだった。
かれら天魔の者たちは僅か三年足らずで消えていった。
人間から能力が消えたので、それは間違いのない真実だ」
預言者シーラ・ロクリーナ
万年暦三十五年
「人間が神の力を失ってから八年が経過した。
世界一広いホワイトホルンでは暗黒竜ギヴェロンの支配した
人間たちが溢れかえっていた。
大陸全土から暗黒竜ギヴェロンを倒すべく立ち上がった五人の若者が集まった。
彼らは己の命と引き換えに倒すべくギヴェロンの棲み処である過去の遺産の大王宮へ向かって行った。
暗黒竜ギヴェロンはホワイトホルンだけでなく世界各地からも
金や宝石を集めていた。
彼らはそれを目にし、驚いた。膨大な宝に見惚れている場合でないことにすぐに気づき、彼らはそれぞれの得物を手に取り、
人類にとって最後の敵であるギヴェロンを探した。
だが、何処にもいなかった。若者の一人は黄金の上まで登ってみた。その若者は足を滑らせ黄金の波に飲まれるように、下まで大きな音を立てて滑り落ちた。
皆、警戒態勢をとった。
しかし現れる気配は全くなかった。一人の若者が何かに気づいた。
その若者は黄金をいきなり手で掘るようにかき分けていった。
彼は皆にも掘るよう促し、五人は掘り進んだ。時間にして二時間以上経過した頃、大きなトカゲの死骸が出てきた。
暗黒竜ギヴェロンは既に死んでいたのだ。彼らはそれぞれの意見を出し合った。
しかし、北東から来た若者の意見が一番無難だと、最終的には承諾した。
皆、納得して彼の偽りの歴史を、永遠に誰にも話すことなく武勇伝として、五人で倒したと裏の真実を記すよう決めた。
本当の真実を話せば、再び人間同士で宝を奪い合う争いが始まると、自分たちに言い聞かせて、彼らは人類繁栄の為に、この裏の真実を伝えていこうと約束した」
預言者アベル・ライラル
ディリオスにとっては無関係な話だが、これは公開できない内容だと言う事はすぐに分かった。
その本を本棚の奥のほうへ置いた。
そしてそれと同時に思った。ここには本当の真実が記されている真正の場所なのだと。
この本を読んで彼が得た収穫は一つだけであったが、それは大きなものであった。しかし、それも今は言うべきではないと思って胸にしまった。
以前ならこのような事を知っても何も感じなかったが、息苦しくなって外へ出た。仰向けになり良いのか悪いのかさえ分からなかったが、これが人間らしさなのかと思った。
爺さんが食べながら酒を飲んでいた。
「爺さん、それ一日分じゃないぞ。二日分だ」
「それを決めるのはおぬしではない。わしじゃて、常に力あるものが真実を作り上げただけの大噓つきじゃとわかったろう? じゃが今のわしが世の真実じゃ」
「手合わせも約束しただろ? 皆最下層の本を読んでいる。邪魔者は誰もいないから手合わせしてくれ」
「阿呆じゃのう。負けるとわかっていても戦いたがるとは、下の者たちが気にならぬように、そこにも結界を張っておくぞ」
結界の中にも更に結界を張れるのかと、黒い戦士は思った。ただそれだけしか、思わなかった。それはディリオスが初めて感じた、
知の番人は立ち上がってディリオスのほうを見ながら、片手に肉ともう一方の手には酒を持っていた。
普通なら酒や肉を置かそうとするであろうが、ディリオスは相対した瞬間に動いた。
まずは得意でもある体術による攻撃を主体とした、攻撃を浴びせた。正面から顔面を狙って拳打を、人間が一呼吸する間ほどの時間に数十の繋げての連撃を浴びせた。
肩慣らしを終えたディリオスは、天使や悪魔の事などここでは無関係だと知っていた。それは思念をこの爺が結界を張って、遮断している事から通常の結界ではないもっと強力な力の結界だと確信していた。
世界にある場所であるのは確かだが、同時に何ものからも邪魔の入らない場所だと分かっていた。
彼は番人と相対し隙を見せる事も無く、草木がざわめくほどの力を開放した。
彼は再び正面から攻めた。息もつかせぬ程の左の連続拳打から、そのまま左の膝当てをして、更に左足を膝から伸ばして射程内に入れた。爺が全てを避けることは、分かっていた。
膝から更に左足を伸ばしたのは回転する為にした、もしかしたら当たるかもしれないと考え力を込めていた。
一回転を終える前に爺が、黒衣の男に掌底を打ち込んできた。
その掌底に対して、両の手でさばきつつ己も掌底を打ち込んだ。
爺は回転で横に避けずに、後方に飛び退いた。引っ掛けだと知りつつも、その罠に男は高速で一気に距離を通常よりも近くに、詰め寄った。
何処にも逃がさない様にするためだった。上下左右への避け前後への回転、彼の目には全ての軌道が見えていた。
射程に入った瞬間に、番人は酒瓶を投げてきた。
彼はそれを横に払って流したが、酒瓶による瞬間的な目隠しにより、目の前から爺は消えていた。
青年は微かな影を頼りに、大きく跳躍してその影に蹴りを入れた。
感触はあったが、ただの石であったため砕け散った。
爺は彼よりも跳躍していて、落ちながら隙の出来た青年の顔面に下から、蹴りを入れてきた。空中でさばくことは危険だと察知した彼は、腕を交差させて足を屈折させて腹部までも警戒して、その蹴りを受けた。空の中で大きく間合いが広がった。
爺は先に下りて、ディリオスが落ちてきた時にどう料理してやろうか、思案するほどの時間はあった。彼はその刹那の間、熟慮した。
お互いに一秒が大切な戦いであった。
猛る青年はあらゆる軌道を読んだが、いずれの道も駄目だった。
彼は道が無い時には道はひとつだけだと、心に決めて彼は落ちていった。
ディリオスは強者に対して、上空から真っすぐ向かって行った。
爺にとっても、それが一番嫌な手であった。
迎撃のほうが有利なのは常識であったが、それは通常の世界の話であった。
二人のような真に強き者たちには、一手一手が勝敗を分けるほど重要だと言う事は理解していた。
爺は厄介事を避けるようにその場から立ち退いた。
彼は下りてすぐに行動できるように、高き場所から下りる猫のように力を殺しながら、回転を加えて下りてすぐに動いた。
爺の動きに合わせるように追いつけ初めていた。
それを見た知の番人は直角に向かってきた。青年は足を止め攻防一体の構えをした。
構えた瞬間に一瞬にして姿を消して、彼が横目を使う間に、正面から無防備な体に拳打を入れてきた。地を蹴り、数歩分の間を空けようとしたら、今度は背後から背中に蹴りを入れてきた。
彼が一番無防備な位置を、的確に爺は攻めてきた。
この状況を脱する方法を彼は避けることもさばく事も出来ずに受け続けていた。
彼は流れを変えるために、一瞬の間に勘案してその時を待った。青年は休む間もなく打撃を受け続けた。
十分に手抜きされている事は、最初から分かっていたが
このまま終わるつもりは更々無かった。
倒れることも許されないほどの連撃であった。
だからこそ、微かではあるが隙を見つけることが出来た。
打たれ続けていたため、既に身体エネルギーの多くを消費していた。
最後の抵抗を見せてやると弱っていく体には悪いが
付き合ってもらうぞと、自分を奮い立たせていた。
彼の頭の中では連撃され出してから、あらゆる方向から来る攻撃を目を閉じてイメージ化していた。
必ず隙はあるはずだと、五感を自ら減らして、聞く事と触れる事に集中していた。痛みを遮断し、来るであろう一瞬の隙を待っていた。
目は閉じていたが、正面からくる拳打が見えていた。
彼はその拳打を受け流した瞬間に、その腕を握りしめて
カウンターと腕を引くことにより乗せた力を込めて、後ろ回し蹴りを見舞ったが、手で受け止められた。
勝負はすでに決していたが、男は最後まで諦めず意地を見せた。
戦いが始まった事を、サツキはディリオスが居ない事に気づいて、ジュンに頼んで天上近くまで運んでもらった。最下部では気づけなかったが、上部には地上伝う僅かな振動から、ジュンの影を能力で、皆途中からであったがずっと見ていた。
「最後の蹴りはなかなか良かったぞい。おぬしも弱きものかと思っておったが、弱くはないのぅ。わしの稽古についてこれそうじゃわ」
青年は仰向けに倒れた。そして声を出して笑っていた。
「爺さん、あんたならどこでも歓迎されるだろう。何故ここに籠っているんだ?」
「皆に使命と言うなの役目があるように、わしに課せられた役目をただこなしているだけじゃ。わしは知の番人じゃからのう」
「じゃあ俺にも使命ってのがあるのかな?」
「この物語は始まったばかりじゃ。今は分からずともいずれその時はやってくるじゃろうて」
「そういうもんなのか?」
「うむ。そういうもんじゃ。使命があるのは、例え死のうとも幸運なものじゃ。おぬしには誇りある運命が待ち受けておるじゃろうて。いずれにせよその程度の強さでは話にならんがな。カッカッカッカッカッ」
知の番人は大きな声で笑った。
「明日もまた美味い食い物と、良い酒は用意するから暫くは俺もいるが、残していく者たちの事は頼んだぞ」
「お安い御用じゃ、ここは世界一安全な場所じゃからな。おぬしもその弱さじゃ皆心配するじゃろうて。組手も旅に出るまでは稽古してやろう」
「ああ、頼む」
そう言うと彼は立ち上がった。
「久々に体中が痛いよ」
「怠けておる証拠じゃ。明日からはちと厳しめに稽古してやろう。毎日体がボロボロになるようにのぅ、どこまで耐えれるか愉しみじゃわ」
知の番人は愉しみ事が増えたような顔つきをしていた。
「どんな稽古でも耐えてみせる。今日は俺はこれで帰って明日に備えるよ」
「お前たちは各自の判断に任せる。イストリア城塞の事は何も考えなくていい。ここに通う間は各々自由に行動してくれ。爺さんに稽古つけてもらいたい者は自分を試してみろ」
「わかりました!」ジュンだけがすぐに答えた。
他の者はディリオスの冗談だと思っていたが、知の番人の強さに声も出なかった。
自分たちも稽古をつけて欲しいとは思ったが、差がありすぎる事を実感した。走りだけの訓練ではなく、厳しい鍛錬を己に課すべきだと皆考えた。
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