第35話 クローディアの思い

 ディリオスたちは最下部まで降りていた。彼の能力を使って飛苦無を手で持ちゆっくりと下まで皆を下ろした。昇降機はあったが古すぎて危険なため使わなかった。


「ジュン。陰をを所々に作っておけ」

「わかりました」


いずれも古い本なのは明らかだった。

彼は一冊の本を手に取ると題名を見た。


アダムとイヴと記されていた。

最初の人間から記されているのかと疑心暗鬼になりながらも読んでみた。


彼らは時間を忘れるほど読み続けていた。

何故なら書いている内容は、自分たちが最初にあの刃黒流術衆の館で見た内容の詳細が記されていたからだった。


他の五人もそれぞれ何かに取りつかれたように、読み続けていた。

読むのがあまり好きではないアツキまで熱中していた。


ディリオスはそろそろ帰らないとと思ったが、ここには寝る場所など無かったため皆、何処で寝ればいいのかを聞くために彼は知の番人がいるであろう地上に出た。もう真夜中だった。


爺さんを探したが見当たらなかった。


ディリオスは再び最下部まで降りて、意外と皆の移動速度が高いことと暫くはここに籠る事になるだろうと話し合い、ここまでは毎日通うことにした。読むだけでは訓練にならないため、せめて走るだけでもしようと皆思った。


ディリオスは皆に触れて一瞬で同時に彼は全員を野外まで連れ出した。

皆すでに真夜中になっていて驚いていた。


それだけ熟読していた事は分かっていたが、明日の為にも速く戻らないと寝る時間も無くなると皆を先に帰らせた。


ディリオスは知の番人にそうする事を話すため彼を探した。

暫く探したが何処にも見当たらず、明日また改めて話すことにしてディリオスも戻ることにした。


彼は疾走しながら思った。自称、知の番人の事を考えていた。

年齢的には九十歳近いのにと最初は思ったが、今の世では年齢は無関係だと、思い直した。


しかし、強さは間違いなく本物だった。あり得ない事だが、複数の能力を持っていた。あり得るとしたら特殊系能力者だが、サツキほどの強さを正確に見ることは出来ない自分でも、明らかな差があることはすぐに分かった。

同時にあの強さだから天魔の戦いに巻き込まれても、死んでいないのだと彼は思った。


 気づいたらもう城塞近くまで来ていた。

彼は城塞近くまで行くと城壁まで飛んだ。


そこにはハヤブサがいた。ディリオスは事情を話して、戻りはするが警備隊長は変わらずハヤブサに任せることを伝えて、城内からミーシャの部屋に向かった。


セシリアがいつものようにドアの前にいた。

「いつもご苦労。一体いつ休んでいるんだ?」


「しっかり休ませて頂いております」笑みを浮かべて言った。

「それならいいが、無理しすぎるなよ」


「はい。ありがとうございます」

「ミーシャは寝てるかな?」


「ご自身でお確かめください」そう言うとドアから離れた。

ディリオスはゆっくり入った。

「ミーシャ」囁くように静かに語りかけた。


彼女から返事は無かった。

ディリオスは黒衣と装備を外して、大きなベッドで寝ているミーシャの傍で、彼女の寝息を聴きながらいつの間にか寝ていた。


彼が安眠できる事は殆ど無いから暫く傍にいるつもりでいたが、

逆に起こされた。


もう朝になっていてミーシャは、喜んでくれていた。

「久しぶりに朝食一緒に食べようね」


「ああ。一緒に食べよう、でももう少し二人きりでいよう」

ミーシャは嬉しそうに隣にきて横になった。


彼女の心地よい香りにディリオスはこの場所から離れたくなかった。暫くして一緒に朝食を食べに行った。



「ダグラス王にミア王妃。お久しぶりです」


「カミーユから収穫のある話は聞かされました。暫くは往復なさるとかで、知の番人とやらは、ディリオス殿に無礼だと怒っておりました」王は笑みを浮かべていた。


笑みを浮かべているのは、日々戻ってくるカミーユを心配する必要が減ったからだと、ディリオスは思った。


「あの知の番人の実力は私でも読めないほどです。私よりも強いのは確かです」ディリオスは苦笑いしていた。


「信じ難いお話ですな。あなたよりも強いがいるとは」王はディリオスが謙遜していると思った。


ディリオスはダグラス王の言葉を聞くと顔色が変わった。


「ディリオス殿、どうかされましたか?」

「いえ。よいご助言ありがとうございます」


王は助言などしてないのを不思議に思ったが、二人が仲良くしているのを見て、すぐに気にならなくなった。


そう言うと、彼はいつものミーシャといる時の顔つきに戻っていた。

「カミーユにお聞きになったのであれば、食料や水を運びたいのですが、知の番人が日に三食で用心棒をしてくれるようです」


ダグラス王は笑った。


「ディリオス殿がいるのに用心棒を買って出るとは実に面白いご老人ですな」

ディリオスは笑みを浮かべた。


「早速早々に送らせます。肉と酒がよろしいとおききしましたが、それでよろしいかな?」


「ありがとうございます。あらゆる事が書かれている原本も多く存在していました。天使や悪魔の事も色々分かる事でしょう」


ミーシャを見るとまだ終わらないかなーと、思うような顏をしていた。「ミーシャ。どこに行きたい?」


「一緒にならどこでもいいよ!」

「そのまま行くか?」


「もっと可愛くなってから行きたい!」

「いつも十分に可愛いよ」


「あの北部のおねーさんの所にまた行きたいな、模様が綺麗なのがお気に入りになっちゃった」


「じゃあ着替えておいで」

「まだ時間は大丈夫なの?」


「ミーシャが一番大切だから大丈夫だよ」

「じゃあ着替えてくるね!」

彼女は喜んで自室に戻って行った。



「先ほどの知の番人とやらは何者だとお考えで?」


「正直申してわかりません。位置的は魔のバベルも近いですし、確かな事は、強さと今までに見た事のないタイプの能力者だということです」


珍しく悩むディリオスを見てダグラス王は不思議に思った。

何でも誰よりも素早く事を処理するディリオスが、一人の老人相手に熟慮する姿に見せたことのない人間味を感じた。


「今は我々に協力的ですが、なかなか掴み所がない老人でして、人間の敵ではない事も確かです」


「あとヴァンベルグ君主国での一件で分かりましたが、私が本気を出せば第七位は倒せると感じました。出来るだけ敵対は避けますが、もしもの場合は私が戦いますのでご安心ください。


ただ、今までのように余裕を持って勝てる訳ではありません。ですが、現在訓練中の者たちには荷が重いので、私も今後はそれなりに負傷は負うことになるでしょう。


イストリア城塞にはハヤブサを防衛隊長に任命してあります。私が前線に立ちますが、私を突破した時のために、彼らを配備します。彼らは大天使とも渡り合えます」


「それは何よりの朗報です。正直頼り切っている状態で申し訳ないと思っています。ですので我々に出来ることがあれば、ご遠慮なく言ってください」ミア王妃も心苦しそうに頷いていた。


「お礼を言うのは私のほうです。ロバート王の予知夢の一つだけまだお話していない事もありますが、予知夢を回避できそうにない場合はお話します。


現状ではまだ先の予知夢になりそうですので、その時の為にもレガとギデオンには真の最強部隊を作らせています。あの者たちにもまだ話してはいない事ですので、どうかお許しください」


「色々な事態に配慮して頂き本当にありがとうございます」


「ミーシャの為です」真の笑顔で彼は言った。


「レガとギデオンが最強部隊を作るまでは、私が最前線で戦いますのでご安心ください」


「それではそろそろミーシャと出掛けてきます。ミア王妃もいつもお気遣いしてくださり感謝しています。私の故郷はイストリアなら良かったと、これまで何度も思わせてくれました。再び人間に戻れたと、最近はよく思えるようになり、とても心が安らぎます」


そう言うとディリオスはミーシャの元へ向かった。そして二人は深く考え込んだ。


「我々には想像もできない人間ではない、父母を持っていたのだろう。あのように気持ちのいい人間に対して、酷い仕打ちが出来る者がいたとは……しかも両方の親からとは信じられん」


 ミーシャのドアに向かいながら、彼はダグラス王の言葉を何度も何度も、繰り返しながら考えていたが、どう考えてもあり得ないので考えるのをやめた。


セシリアが何時ものように立っていた。彼が目に入り、ドアから離れようとした。


「セシリア。いつもご苦労だな。俺にもしもの事があったらミーシャを悲しみから救ってくれ。頼むぞ」


いつもと明らかに違う様子のディリオスにセシリアは鳥肌が立った。

「何があったのですか? いつでもお力になります」


「まだ暫くは大丈夫だ。もしもの場合の話だ。無駄に不安にさせてすまなかった」


ダグラス王に心配させないように第七位に勝てると言ったが、尖兵である大天使や副官であろう権天使の事を考えると、自分一人では必ず犠牲者が出るとは言えなかった。


彼はそのままミーシャの部屋へ入って行った。


セシリア・ゴードンはいつもと違うディリオスに、何があったのか兄であるネストル・ゴードンの元へ向かった。


彼の元にはナターシャ王女の従者であるソフィア・ウルノフがいた。

ネストルはセシリアに気づいた。そしてソフィアに妹を紹介した。そしてネストルはセシリアの様子がいつもと違うことにすぐに気づいた。


「ソフィア、すまないが少し待っててくれないか?」

「わかりました。わたしはナターシャ王女の様子を見てきます」


「セシリア。何があったんだ?」


「いえ、兄さまのほうこそ何があったの?」


「よく分からないが、何の事を言っているんだ?」


「ディリオス様の様子が明らかにいつもと違ったわ。ずっと一緒にいたんでしょ?」


「一緒にいたが、特別な問題は何も無かったが……あの方は我々よりも遥かに洞察力に優れている。ディリオス様の様子から、何かがあったのは間違いないのか?」


「ええ、いつものあの方じゃなかった。まるで遺言のような事を言われたわ」


「……わからない……昨日起きた事と言えば、知の番人に会ったくらいで、後は書物を皆読んでいただけで……そう言えば一緒にいない時はあった。


帰りは我々が先に帰って、ディリオスさまは知の番人に話があるとかで残られておられたが、見つからずすぐに帰ってこられていたが、時間にして数分程度だった。


何かがあったのならアツキさんやサツキさんに相談したほうがいい。ディリオスさまは一人で何でもしょい込むお方だ。


何か重大な事に気づいて、相手が強ければ強いほどお一人で戦おうとなさる。今日も行くのでディリオスさまの様子も見るようにしておくよ」



「うん、わかったわ。あの方が居なくなるような事になったら、本当に人類は滅亡してしまうわ」


「そうだな。ご様子が変だったらそれとなく聞いてみる」

彼女は頷くとミーシャの部屋へと戻って行った。



 丁度二人が部屋から出て来て外へ向かうところだった。

「いってらっしゃいませ」セシリアは礼をとった。


「行ってくるね」嬉しそうにミーシャとディリオスはその場から消えていった。二人は北部から来たクローディアの元へ向かいながら色々なものも見ながら行った。



イストリア城塞の繁栄は、ホワイトホルン大陸でも有名になっていた。城塞近くにあった海に面した場所を整備して埠頭としてからは更に、最北西の島国であるアドラム列島諸国からも行商人が来ていた。人々はイストリア城塞にいると天使や悪魔の事など忘れたかのような生活をしていた。



 当初、アドラム列島諸国から行商人が来ていたことに対して、ドークス帝国の一件で引き返させた人類同盟を呼びかける使者を再び送ろうと考えたが、行商人たちがイストリア城塞は安全であり、天使や悪魔に対しての対応がしっかりと成されている事を彼ら自身に確認してもらってから話を進めようと考えた。


多くの行商人が来ることによって、イストリアの事も必ずアドラム列島諸国でも話題になると見込んでのことだった。


 そして事実はディリオスしか戦ってはいないが、住民や他国の者たちは刃黒流術衆が戦っているのだと思っていた。


実際、アツキやサツキなども将であるディリオスを助けてはいたが、それを知らない皆は、黒衣の者たちがいるだけで安全が確約されたものだと、安心していた。

日々珍しい物が増えていき、活気ある市場は埠頭近くまで広がっていた。


「ディリオス! あのおねーさんがまたいるよ」

彼女と手を繋いで、彼は引っ張られて行った。


人波溢れる中でも黒衣は着ていないものの黒装束は目立つ格好であったため、クローディアはすぐに二人に気づいた。


「いらっしゃいませ」と以前とは明らかに違う態度を見て

何かあったのかと彼は思ったが、用件があるなら彼女のほうから話すだろうと思い

彼は敢えて聞かなかった。


「今はただの客の一人にすぎないので、気楽にしてください」

ミーシャも何度も頷いていた。


「雪の結晶の模様が、ミーシャのお気に入りのようでまたきました」すでにミーシャは色々物色していた。


「お客である貴方さまにお話するような事ではないのですがご相談があるのですが……」


「相談になら乗りますよ。何でしょうか?」


「私は今はこうして生活してますが、ベガル北部の兵士でした」


「勿論知ってます。各国に派遣したのは私が命じて、部下たちに任せたので」


「この間、フルーツ屋さんから志願兵の事をお聞きして、兵士適正を受けたのですが、落とされました」


「おねーさん、兵士さんなの?」


「そうです。わたしもこの国のお力になりたいと思ってます」


「ディリオス、おねーさん兵士さんになりたいって言ってるよ。助けてあげてよ」


「ミーシャ」ディリオスは困った顏をしていた。


「なに?」


「ミーシャはおねーさんに兵士になってほしいのか?」


「うーん。おねーさんがなりたいって言ってるからかな」


「でも、兵士は危険なんだぞ。このお気に入りの物売りじゃなくなってもいいのか?」


「それはいやかな……ディリオスなら何とかしてあげれるんでしょ?」いつもと変わらない笑顔で、ミーシャを見つめた。


「俺に命令できるのはミーシャだけだ」


「じゃあ命令する! なんとかしてあげて」


「ほんとは駄目なんだぞ? こういうことは良い事じゃないからな」ミーシャは笑顔で頷いた。


 ディリオスは近くの警備をしてた黒衣の者を手でこっちにくるよう招いた。


「ディリオス様。何用でしょうか?」


「志願兵の適正試験で落ちた、北部のアーチボルド族のクローディアの資料を全部持って来てくれ」

「わかりました。すぐにお持ちします」


黒衣の者は人込みを避けて壁に向かって疾走しながら、そのまま壁を地面としてさらに加速して疾走していった。


「うわ! すごいね! 壁を走ってるよ!」

ミーシャを見て笑みがこぼれた。


「ミーシャはどれを買うか決めたのか?」

「まだ決めてないから一緒に見ようよ」ディリオスは笑みを浮かべて頷いた。


「ディリオスさま、お持ちしました」影の中からジュンが持ってきた。「人込みでしたので、わたしがお持ちしました」


「え?! どこからきたの?」


「ミーシャさまの影の中から参りました」笑顔でジュンは答えた。

「すごい人がいっぱいいるね!」


「そうだぞ。皆、ミーシャの味方だ」そう言いながら、資料を一通り目を通した。


「ジュン。お前この資料を見て意見してくれ」


ディリオスは彼女に資料を手渡してミーシャと物色しだした。

「悪くはないですが、良くもないですね。この野外任務希望と前線希望で落とされたのでしょう」


「その通りだ。どうすれば合格できると思う?」

彼は背を向けたままジュンに話しかけた。


「身体能力的には攻撃よりではありますが、前線には向いていませんが、野外部隊に使えるほど射程があるかが決め手になりますね。戦闘するにはまだ無理だと思います。合格するにはまずは城内勤務希望にして才能次第ですが日々鍛錬するしかないですね。射手としては優秀ですので、能力次第になると思います」


「ジュンは合格だ」


「おねーさんは?」

「おねーさんとは? どなたですか?」


「このおねーさん」

「アーチボルド族のクローディアと申します」


「御庭番衆のジュンです」

「ミーシャがクローディアの編み物がお気に入りでな。だがクローディアとしては兵士になりたいらしい」


「外勤になるには、俺の許しが必要になるほど強い者でないと駄目なんだ。無駄死にさせる訳にはいかない。内勤からなら何とかするが、月に二度ミーシャ好みの編み物で手を打つが?」


「ありがとうございます。よろしくお願い致します」


「内勤でまず皆の訓練を見てみるといい。何故内勤なのかがわかるはずだ」


「ジュン、悪いがクローディアを連れていって、入隊の手続きと新兵の装備や部屋を用意してやってくれ。ここにある私物は兵士に運ばせておく」


「わかりました。お任せください」


「それが終わったら先に行ってもいいぞ。食料や水や酒はダグラス王にもう頼んだから問題ない。俺も後から行く」


「ではあちらでお待ちしております」

「どうぞ」と言ってクローディアに手を出した。


彼女は意味も分からずジュンの手を握った。

ジュンはクローディアを連れて影に消えて行った。


それを見てディリオスは皆、寝る間も惜しんで鍛錬しているのだと悲しくも思った。それを思うと高閣賢楼に連れていったのは良い判断だったとも思った。


「ミーシャ。これからはあのおねーさんは城の中にいるから編み物も作ってもらえるよ」


「ありがと! ディリオスに出来ないことなんてないね」


「それがあるんだな」


「なにができないの?」

「ミーシャには勝てない」二人とも思わず笑顔になった。


「今日は冷えるな。戻ろうか」ミーシャの手を引き、向かい風に当たらないように彼女をいつものように背中にまわした。彼は彼女と同じく彼女を一番近くで感じる事が出来ることに幸せを感じていた。

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