第32話 高位魔族VSディリオス

 大きな角笛が数カ所から五度鳴り響いた。全兵出撃の合図だった。


リュシアンたちは最初耳を疑ったが、慌ただしい様子を見て、すぐに父王は本気なのだと気づいた。


しかし、ディリオスは集中して交信しているようだった。


このままでは全兵が来る状況を伝えたいが、城に近いこの場所では話せばより不味くなるとリュシアンたちは思った。彼が自らリュシアンたちから離れたのも同じ理由だった。


彼が何かに集中している間に、城門が開いていくのに気が付いた。

ディリオスはリュシアンたちに、手で制し近づかないように合図した。


開かれた城門からは、白い鎧の兵士や白い毛皮の兵士が続々と出てきていた。

しかし、ディリオスは兵士たちを見ながら交信を続けていた。


 リュシアンはこの状況以上の事が起きているのだと当然考えた。異常の中にいる彼は、特に兵士たちに目を向ける訳でもなく、平然と交信を続けていた。


仮にそうだとしたら、天使や悪魔の動きしかないことを考えたが、彼はまだ一度も相まみえたことの無い、人類の敵だとしか知らなかった。


兵士はどんどん増えていき、ディリオスは完全に囲まれたが、まだ集中して話しているようだった。その光景は逆に不気味に見えた。



 リュシアンはこれ以上の事態があるのかと、懸念を抱いた。彼を信じてはいたが、 

ディリオスはアツキから緊急連絡が入って話していた。

予知夢の一件の再確認の報告を受けていた。


正確に何と言ったかを、ヨルグとマーサの二人に思い出してもらうのに時間はかかったが、その正しい言葉はディリオスにすぐに伝えなければならない内容だった。


彼もアツキに確認し話し合っていた。

正確にロバート王が言った言葉は再度確認したが変わらなかった。


ロバート王の言葉は「遠い空……巨大な白い兵士が……白い……世界に」だった。


 間違いなくヴァンベルグ君主国かグリドニア神国に、真の神兵であるあの恐れていた第七位が来る。彼は天を見回した。兵は槍や剣を構えていたが、視界には入ってなかった。


彼は遠い空を見るだけで、囲んでいる兵士たちをろくに相手もしない様子だった。

これでは相手にならないどころではなくなると、ディリオスは確信した。

彼らは天使を見た事はあるが戦ったことはない。


しかもあの弱い天使ではない。

一騎当千の大天使たちが尖兵だと思うと息を呑んだ。


 リュシアンは彼の尋常ではない表情から、尋常でない事が起こるのはすぐに分かったが、問題はどこでだった。

彼は二指を眉の上に当てながら、多くの事を次々と考慮していた。ディリオスは周りを見ながら、何か深く思案しているように見えた。


目がリュシアンの顏で止まった。

そして彼の顏を見て思い出した。

”父王は悪魔の手に落ちた”と彼はエヴァンから報告を受けていた。


グリドニア神国の状況は知らないが、彼が知り得ている情報を

まとめるとヴァンベルグに来る可能性が高いとすぐに分かった。


アツキと話してディリオスが考えた事は二つあった。ひとつは未来を変える事が可能か不可能かを調べる事と、国王イシドルがすでに悪魔と同化しているのかという点だった。


同化の事について情報はあったが、知る得る限りの情報では神の遺伝子率が五十%無いと人間ではなくなる事だった。そうでなければ誘惑されている最中の二択であった。


そして仮にどちらにせよ、それが真実ならばこの国は全ては無に帰すことになる。仮に誘惑の最中であるならば、王の側近として近づいているだろうと彼は考えた。考えがまとまると彼はすぐに行動に移した。


 彼は再び消えた。周りの囲みを無視して、苦無の足場を駆け上がってすでに城壁まで行っていた。苦無は主の元へ戻っていった。

その元凶である王の隣にいる悪魔を探した。


「イシドル!! 勇気があるならその姿を見せて見ろ!!」


彼の声は城内外に鳴り響いた。

兵たちが向かってきた。彼はその方向へ疾走した。殺さず殴るだけで突き進んだ。赤い絨毯が見えた。その絨毯を上へ上へと昇って行った。


玉座に座るイシドルがいた。玉座の横に立つフードの者に、彼は刹那の時も与えず飛苦無を投げつけた。フードの者はその苦無に対して、手をかざして止めた。


「貴様! 何者だ?!」

ディリオスは力を体に入れた。


猛る男は超高速で跳躍し、階上にいるその者に黒刀で斬りつけた。

手応えを僅かに感じた。黒刀の先から黒い血が滴り落ちていた。


フードから抜け出た者は階下にいた。

明らかに魔族だとすぐに分かった。


通常であれば、これほど強い悪魔はまだ出てきてないはずであったが、ディリオスはロバート王の予知夢通りになる前に元凶である悪魔を倒すのが最良だと決断した。その為、彼はあらゆる思考を止めて、魔族を倒す事のみに集中した。


しかもかなりの強敵だと瞬時に見抜き、黒刀で一瞬にして近づき斬りつけた。悪魔は一瞬で距離を詰め、刀の鍔の辺りを殴りつけてきた。


拳と鍔で迫り合った。ディリオスの刀が押し勝ちそうになると、両腕を使って再び盛り返した。


根本を完全に捉えて黒刀の力を殺した。

明らかにこれまで戦ってきた悪魔とは別格だった。


兵士たちも玉座の間に駆けつけてきたが、イシドルは震えるだけで

ディリオスは明らかに人間ではない者と、戦っていることは分かった。


「リュシアン王子のお通りだ! 道を空けよ!」


リュシアンたちも駆けつけてきた。彼は玉座の横のフードを見て気づいた。そしてディリオスが初めて見せる顔つきを見て、リュシアンは本来のディリオスの力の強さを知った。


 ディリオスは鍔迫り合いしながらスッと力を抜いて柄へと相手の拳へと流した。黒刀は悪魔の力で、刃に襲われた。


一瞬でそれを理解し素早く間を空けたが、黒い刃の切れ味は肩から胸下まで浅く斬れていた。


「貴様。何者だ? この国の者ではないな」そう魔族が言うと、イシドルの目を見て言った。


「国王。敵が御前の前にいます。捕えて処刑しましょう」


イシドル・ギヴェロンは言われるがまま言葉を口にした。「皆の者。その狼藉者ろうぜきものを捕えて処刑しろ」


兵士は王の命令に困惑した。

「皆の者!! 王子であるリュシアンが命ずる。王は正気ではない。そのまま動かず待機しろ!」


 魔の者は手で撫でるように異空間から毒々しい刀剣を出して、前に出てきていたリュシアンに斬りかかった。


リュシアンは剣を抜き応戦しようとしたが、簡単に剣は脆く折られた。

しかし、折れた刃が床に落ちる前に、黒刀が彼を守った。


ディリオスが漆黒の刀でその刀剣を防いでいた。

そして飛苦無を浴びせるように思念で連続して飛ばしていった。


魔の者は刀剣で弾きながら後方へ下がった。

忌々いまいましい奴め! 邪魔ばかりしやがる!」


「貴様が生き残るには俺に勝つしかない」彼は悪魔の後方に吹き飛ばされた苦無を背中から襲わせた。それと同時に正面から斬りつけた。刃が当たる直前に魔族は消えた。


ディリオスにははっきりと見えていた。魔の者は跳躍して、飛苦無を避けてそのまま玉座の階下へ移動した悪魔に向けて、再び黒い刃を飛ばしていた。


彼は黒衣から全ての飛苦無を出して”縦の剣舞”と心で念じた。

魔族の持つ刀剣に対して、一点集中して次々と黒い刃は襲いかかった。


 その最中、ディリオスは消えて、消えて、消えて。瞬間的な移動を繰り返して悪魔は上を見上げたが、彼は正面から斬りつけた。


禍々しい刀剣は砕け散り、ディリオスの黒刀は先ほどと同じ場所を深く斬りつけた。

魔の者は消えた。傷ついた手負いの悪魔は、ディリオスの目から逃れる事は出来なかった。


悪魔が瞬発力のある動きを見せた。それは漆黒の武神にしか見えなかったが、僅かな力みから悪魔の目の先を見て、男はリュシアンが危険だと悟り、空拳をリュシアンに打ち込んだ。


彼は吹き飛ばされたが、周辺にいる者たちに悪魔は食らいついた。

周囲の者たちは逃げ出そうとしたが次々と食われていった。


「お前たち人間は我々の食料だ。しかし不味い、ただの雑魚ばかりだ。だが傷を癒すには十分だ。お前はさぞかし美味いだろうな」


悪魔はディリオスを見てそう言うと、一瞬で近くにきて拳で腹部を殴りつけた。彼は刀の柄で受けると同時に、後ろに飛んで玉座まで下がった。悪魔は追撃してきて彼の胸に拳を叩き込んだ。


次の瞬間、彼は消えた。


悪魔にも見えない速度で玉座の間に立っていた。


「貴様……これを殴ったな……」


そして、リュシアンたちにも分かるほどの殺気を放っていた。

その殺気は悪魔をも恐れさせた。


「おい。貴様。俺を怒らせたな。雑魚なら雑魚らしく死ねば楽だったものを……」

胸に手を当ててミーシャに謝った。


極寒の寒さよりも寒い空気が漂いだした。

その殺気は本当に漆黒の死神かと思うほどであった。


「俺を舐めるなよ! 塵にしてくれる!!」身体中のエネルギーを一気に爆発させていった。それは一瞬では終わらず、残り少ない全力のエネルギーを開放した。


「はああああぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

風も当たらない部屋が、静かな冷たい風を運んでくるように冷えていった。


ディリオスは剣は使わず、そのまま消えて——悪魔は石壁に叩きつけられていた。硬い石の壁は大きな音を立てながら落ちていった。


彼は再び消えたと思うと魔の者の後頭部を掴んだまま石壁に叩きつけた後、体を横に回転させながら膝蹴りを後頭部にぶち込んだ。

そのまま拳の連撃を見えない速さで数十発背中に打ち込み、頭を掴んで放り投げた。彼はすでに空中に飛んでいた。


床に叩きつけられたと同時に魔族に対して、死神は膝を悪魔の胸に力を乗せて、打ち込んだ。魔族は黒い血を口から立ち昇る炎のように吐き上げた。更に胸の下に発勁を放った。

致命傷を与える前に聞くことがあったため、ディリオスは悪魔を生かした。


 仰向けのボロボロの悪魔はすでに動けないほどの状態だったが言葉を発した。

「フハハハハハッ……お前たちはもう終わりだ」高笑いを上げる悪魔の目玉をためらう事なく、くり抜いた。


「笑うんじゃねぇよ。耳障りだ」死ぬと分かっていても、悪魔は男を怖れた。

「殺さずに一生苦しみたくないだろう。聞かれたことだけ答えろ」


「そこの馬鹿な人間の王のせいで……俺の役目は終わった」ディリオスは更にもう片方の目玉をくり抜いた。


「しっかり分かるように言え。次は無いぞ」


密集していた兵士の中からリュシアンが出てきた。


「貴様! 父に何をしたのだ?!」


「……何もしてない。俺はただその人間の……欲望を叶えただけだ」

両目を失った悪魔は、ディリオスが近寄るのに気づいた。


「……その人間の王は……世界制覇をしようとしてた」目は見えないが黒い死神の手が遠のくのを感じて安堵した。


威圧的だった父王はすでに抜け殻のように脆く老いて見えた。


「こいつの言うことは本当だ。直に天使の軍勢が来る。こいつが何者なのかはわからないが強さはかなりのものだ」


「お前こそ……一体何者だ? 人間如きが……貴様はまさか……なのか……?」

リュシアンが掴んでいた魔族の体は黒い塵となって彼の手から崩れるように消えていった。


「俺は戻らなければならない。リュシアン、お前たちも全員逃げるんだ。直に天使の大軍勢が押し寄せて来る。ロバート王の予知夢通りに……」


「それなら一緒に戦ってもらえないか?」


「こいつを倒すために怒りに任せて力を多く使いすぎた。余力はあるが第七位の大天使たちを相手にするだけの力しか残ってない」


(アツキです。今話せますか?)


「状況報告がきたからリュシアンちょっと待っててくれ」

リュシアンは頷くと父の元へ向かった。


(大丈夫だ。何か変化があったのか?)


(サツキが震えていましたよ。さっきの力はディリオス様ですか?)


(あれほどの力を使わないとハウンド部隊は倒せなかったのですか?)


(いや、ハウンド部隊は正直弱かったが、王の側近となっていた者が悪魔だった。しかも相当強い悪魔だったから、怒りに任せて力を開放して力を使いすぎてしまったが、今の俺ならさっきの数倍は強いぞ)


(悪魔も怖がったでしょう? あんな力見せられたら誰でも怖がりますよ)苦笑いしながらアツキは言った。


(ああ。悪魔も怖がっていたよ)ディリオスも思わず笑みを浮かべた。


(お前から連絡があるということは、ヴァンベルグじゃない所に天使は行ったのか?)


(そうです。北部には変わりありませんが、グリドニア神国に行くようです)


(なるほどな。つまりはグリドニア神国にも王の助言者として悪魔がいる可能性が高いな)


(ひとまずはリュシアンにそれを報告して俺は戻る。今から戻れば一休みしてからミーシャに逢えるからな。この国の脅威はとりあえず大丈夫だろう。俺と悪魔の戦いを

兵士たちは見ていたからな)


(私もこわいです)笑いながらアツキは言った。


「リュシアン! 天使の軍勢はひとまずグリドニア神国に行くようだ。おそらくこの国のように、王の側近に悪魔がいて天使の軍勢を弱らせるために何かしているはずだ」


「俺はこれからイストリアに戻るが、この王はもう立ち直れないだろう。リュシアンが国王となってヴァンベルグを治めるんだ。あとハウンド部隊員は確かに普通では無かった。強くはないがどこか変だった」


「感情が一部消えてるような感じだった。訓練基地でどんな訓練をしているのか確認して王として北部で生き残っているかもしれない国民を探すんだ」


「グリドニア神国へ天使が行ったならひとまずは問題ないはずだ。

いいか。絶対に天使や悪魔が来ても大丈夫なように隠れる場所を確保するんだ。第七位からは本当に強い」


我々に勝ち目はあるが、犠牲者が大勢出ることになる。部下の能力者たちの能力を把握して適材適所に任務を与えるんだ。そして毎日訓練に明け暮れてくれ」


「奴が悪魔だったとは……それに天使も味方ではないなら私たちの味方は一体どこにいるんだ?」


「この国がしっかりとした国になるなら俺が仲介役になってもいいが、このヴァンベルグ君主国は評判の悪い国だ。まずは自分の足元である国民を第一に考えていくしかないだろう」リュシアンは頷いた。


「それにその強さは……我々の世界を越えている強さだ。ディリオスが特別なのか?」


「いや、そうではない。訓練方法もあるが、まずは信頼を得られるようにするべきだ。俺の部下たちは皆それなりに強い。さっきの悪魔程度なら倒せる者は数人いる。


俺の刃黒流術衆の二大柱は今鍛錬中で、俺に勝てるようになるまで戦いを禁じて生活の殆どを訓練に費やしている。


その他にも皆、毎日鍛錬している。時間はかかるがそれしか道はない。能力者は能力に頼りがちだが、基礎的な身体精神エネルギー上昇がないと意味がない。

俺がさっきの悪魔を倒したのは能力ではなく、身体エネルギーだけで倒した」


「俺はもう長くこの足だけで移動している。基礎的な訓練では一番身近にあるからな。今の俺ならイストリア城塞まで三時間以内には絶対に帰れる」リュシアンは驚いた。


「戻ったらリュシアンが王だと伝えて大丈夫か? それが無理なら皆、ヴァンベルグ君主国とは手を結ぶ事はないだろう。どちらにせよ時間はかかる」


「また会う日も来るだろう。大変だろうが頑張ってくれ」


「ああ。色々ありがとう。ディリオスがいなければ我々は滅ぼされていた」


「それは違う。それではただの延命で終わる。すでに世界は天使と悪魔と人間の三つ巴だと認識してくれ。それが現実だ」


「何者にも屈しない強さを身につけて再びまた会おう。リュシアンの資質は高いからまたいつか試合したいしな」ディリオスは晴れた太陽のように気持ちのいい顏で言った。


「ああ。またいつか試合するために強くなる」

ディリオスが皆に信頼されている本当の意味に触れてリュシアンの心も固まった。


「では必ず生きてまた会おう。ヴァンベルグ君主国の脅威はもう無いと伝えておく」


「裏切るような真似はしないから安心してほしい」


「それには己が強くならなければ駄目だ。父王が間違った道に行こうとしたら命を懸けて止めるんだ。その心が自信を生み自分を強くする」


そういうとディリオスは黒衣を纏った。

「じゃあまたな」

彼はそう言うと玉座の間にある窓を開けて飛び降りて去って行った。


(アツキ。ヴァンベルグ君主国はもう脅威では無くなった。リュシアンを王座に就かせたからもう大丈夫だろう)


(一気に問題を片付けましたね。ディリオス様が主で我々も誇りを持てます。しかし、あれほどの力を出さないと倒せない相手だったのですか?)


(いや、奴が俺を怒らせたから、本気になってしまっただけだ。だが、強さは本物だった。悪魔には抜け道のようなものがあるのかもしれない。あれほど強い悪魔はまだ出て来てないはずだ。絶対に何か秘密があるだろう)


(つまり、第七位以上の強さだったということですか?)


(そういうことだ。あと分かったんだが俺は結構強いよな?)


(……今更ですか)


(いや、今までは天使と悪魔としか戦ってなかったからな。最初、ハウンド特殊部隊と戦った時に弱すぎて驚いた)


(そうですね。確かに人間と本気で戦うことはありませんから、戸惑うのも仕方ありませんね。そういう意味では、我々刃黒流術衆の全員に言えることになります。私もサツキも皆、想像よりも遥かに強くなっていることになります。全員が訓練は毎日欠かさずしてます)


(特にアツキとサツキは俺の生命線でもあるから頼むぞ)


(はい。私とサツキはそれを誇りに思っています)


(サツキにも伝えておいてくれ。いつもありがとうって言ってたとな)


(わかりました。大喜びするはずです。ではお帰りになってすぐ休めるよう準備しておきます。それではお気をつけて)

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