第31話 ディリオスVSハウンド特殊部隊

 日が空から落ちていき、多くの部族たちで賑わっていた頃が嘘の様に、静寂しか残っていない闇の世にエヴァン達は待っていた。


各地への使者の中でも特に危険なヴァンベルグ君主国への使者に選ばれたのは、将であるディリオスも良く知るエヴァンだった。

彼の能力は一瞬の時も与えないほどの、移動系異空間型能力者であった。


異空間型であるためほぼ同時に遠近に関係なく移動できる能力であり、範囲は彼を中心に最大半径十メートルと広範囲であるため敵を分散させるためにも使えた。


半径十メートル以内の場所にいるものは何であれ移動させられる為、距離の把握が非常に重要な能力であった。


仮に敵が二メートル先にいる場合に二メートルの範囲移動を発動させるとその敵は両断される。攻防に適した能力の持ち主だった。


個人対象のみを移動させる事も可能だが、彼と接触している状態でないと出来ない上に、今のエヴァンでは自分を入れて三人までしか移動できなかった。


範囲移動と接触者移動は別の印になっており、同じ印にしか反応しないため現在、印を描いている二カ所はイストリア城塞に両方の印を残しており、残り一カ所は逃げるの時のために取っておいた。


移動させる場所は三カ所までに限定されていているが、変更は可能である能力者だった。


 エヴァンは判断力と洞察力に優れていた。やや守ることに対して過剰な性格のため、戦闘スタイルも後手に回るが、身体精神エネルギーも高く、攻防どちらにも有効な能力でカバーすることは可能だったため、ディリオスは彼をヴァンベルグ君主国への使者に選んだ。


未だ多くの者たちが、実戦経験の無いままここまで来てしまっている事を踏まえて、ディリオスは使者たちを選んだ。鍛錬と実戦の差を教えるための使者でもあった。 


彼は今回の任務外な状況にはなったが、重要性はより高くなったことを理解していた。


ナターシャ王女と側近であるソフィア・ウルノフを、イストリア城塞まで連れていく事が自分の新たな任務であると、そして決行することになり成功の見込みのあるものなのだと、信じて疑わなかった。


実際、矢面に立つのは将であるディリオスであると考えていた。ナターシャとソフィアがディリオスよりも我らのほうへ来た瞬間から、目にすることは出来ないが、戦いが始まると考えていた。


 しかし、レガやギデオンに殆どの刃黒流術衆と能力者たちを与えて、既にそれぞれ訓練に入っている今、戦力と呼べるのは限られていることを踏まえると、ディリオスが前線に来ることは、容易に知ることは出来た。


エヴァンは大きな勘違いをしていた。それは実戦経験の無い者から来る間違いであった。仮に刃黒流術衆の多くがいても、この作戦は失敗に終わり、改めて敵対国としての関係になってしまうだけであり、リュシアンは成功させるには絶対にディリオスがいなければ成功しないと熟慮していた。


その理由は幾つもあったが、この作戦はナターシャとソフィアを黒衣の者たちによって連れて行かれるまでが勝負であった。


それには実戦経験豊富なディリオスが先頭に立ち、予定外に対しても即座に決断できる彼がどうしても必要だった。


仮に失敗すれば、すぐに城から仲間が出て来てナターシャは手の届かない場所まで連れていかれる上に、実戦経験のあるハウンド特殊部隊や北部の者たち相手に、ディリオスとカミーユ以下実戦経験の無い三十一名が戦うことなれば、最後まで生きているのはディリオスだけになると、リュシアンもディリオスも当然の如く知っていた。

この非常に難解な作戦を真に理解しているのは、リュシアンとその配下レオニードとディリオスしかいないのが現状であった。



南までその名を馳せるハウンド特殊部隊の話はよく耳にしていた。

任務に忠実で何事に対しても、私情を挟まない冷酷無比で、比類なき強さを持つ部隊だと聞いていた。


 アツキからの連絡では、ディリオスとカミーユが来るということとイストリア城塞と自分たちの中間辺りに、刃黒流術衆の中でも屈強なハヤブサ中隊を配備しているとだけ連絡がきていた。


 皆が思うように、エヴァンも自分たちの主の心配をしていた。

自分たちがリュシアンと会った時、約百名のハウンド部隊が城門から出てきた。


最低百名以上の北部最強と言われている未知の能力者たちを相手にするのかと、何度考えても不可能だと思えた。


しかし、アツキからの連絡の時に、彼から焦りや不安などの気持ちは一切感じられなかった。そして、それぞれに課せられた任務を実行する時は迫っていた。



 夜の寒さが増してきた。時間は二十二時頃だった。エヴァンたちは馬に乗り待機していた。


いきなり突風が吹き抜けて、馬が大きくいななきを上げた。ディリオスと黒衣を纏ったカミーユが先頭付近に立っていた。


「エヴァン、色々ご苦労だった。だがこれからが本番だ、必ずハヤブサたちと合流を果たしてくれ」 


「お任せください。カミーユ王子はどうされるのですか?」


「僕も一緒に同行します。ナターシャの知らない人ばかりでは、不安になるかと思いますので、よろしくお願いします」


「わかりました。無事にイストリア城塞まで皆さまをお送りさせていただきます」


「ディリオス様。我々の任務は以上でしょうか?」


「お前たちはソフィアを奪って、カミーユはナターシャを奪い去れ。目印に白い毛皮の一部である肩の片側を白く染めてない茶色が目印だ。あとは俺が何とかする」


「……お一人で戦うおつもりですか?」


「当たり前だ。どうした? お前らしくないぞ。俺を心配する奴らが、今回は多いな。奪い去る合図は、俺とリュシアンが前に出て握手した時だ。見逃さず戦わずに、逃げに徹しろ。一応剣は抜くように言ってあるが仕草だけだ」


「わかりました。ご無事にお戻りください」


「ミーシャとの約束は破れない。そろそろ時間だろうから、これ以上は話さないほうがいいだろう。質問や報告はアツキにまわせ、全てを知っているのはアツキだけだ」


 雪国ではないが、寒かった。南の冬の寒さとは違って、肌が凍てつくほど風も空気も冷えていた。


しばらくすると白く染められた毛皮の集団が見えてきた。


先頭の男と目が合った。口元は隠していたが間違いなくリュシアンだった。リュシアンより少し下がって、彼の両脇にいる者たちの毛皮の肩の一部だけが茶色だった。


「お久しぶりです」ディリオスは前に出た。


「お懐かしい。あの時の事は今でも時々思い出します」


「私もです。私が手傷を負ったのはあれが最初で最後です」

そういうとディリオスは手を出した。


「それは最高の誉め言葉です」

リュシアンも前に出て彼らは握手を交わした。


 カミーユとエヴァンは一瞬で彼女たちに手を出そうとした。

中衛にいたハウンド部隊が彼らよりも速く前に出てきた。


雪国での移動は道具もあったが、かれらは鍛錬のため積雪の中を走っていた。

その為、雪の無い大地での移動速度は、当然ながら俊足であった。


 ディリオスは握手したまま空に浮かせていた黒刀を、高速で操り前に出てきた二人を奇襲して首を一瞬で刎ねた。


そして黒刀を回転させながら他の者たちを牽制けんせいした。

彼は二人を瞬時に確認したが、動いていなかった。


二人とも優秀ではあるが、実戦経験の無い二人の動きの遅さは、悪いほうの予定内ではあった。その為ディリオスは、黒刀を空に浮かせて、自ら動かずとも対応できるようにしていた。


リュシアンに対して、手の届かないように掌底を打つフリをして、彼を後退させたと同時に彼女たちの手を引いてそれぞれに預けた。


 カミーユとエヴァンはそのまま彼女たちを馬に乗せると、一斉にイストリア城塞に向かった。


二人は当然ながら、自分たちを責めていた。


簡単な任務も出来ず、更には牽制もしてくれたのに動けなかった、自分たちを涙が出るほど情けなく思った。


ディリオスを心配していながら、ただの足手まといでしかなかった現実から実戦を知ったが、色々な意味で自分たちの将であるディリオスは、ひとりで前線に出ている現実を理解した。


彼らは先頭を疾駆させながら、涙は絶え間なく闇に飲まれていった。


カミーユの黒衣が異常なほど荒れた波がうねるようになびいた。

すぐに気づいて留め金を外した。そしてまた更に自分を責めた。


黒衣はディリオス目掛けて飛び去っていった。


 ディリオスは一歩下がって黒刀を操りながら戦っていた。

だが彼しか残っていないことから黒刀を操っているのはこの男だとすぐに理解し、ハウンド部隊は男を対象として周囲に散らばった。


そして各自、剣を抜いて身構えた。

百名ほどのハウンド部隊は周囲からナイフを彼に目掛けて投げつけた。彼は漆黒の刀を手元に戻して、投げつけてきた僅かな時差を見切りナイフを弾き返しながら黒刀の五輪を使って絡ませてから、別の方向へ向けて投げていた。


予想外を利用する心理作戦であったが、優秀な部隊であったため、かれらは一切動揺せずに対応していった。


厄介な相手だと即断したハウンド隊員は、同時に八方向から斬りかかってきた。彼はすぐに愛用のナイフを空に投げると、それを蹴ってかれらの射程から外れるほど上昇し、戻ってきた漆黒のフードに腕を通した。


下方に目を向けると辺り一面吹雪になっていた。白い集団の姿は全く見えなくなっていた。


 空にいたほうが闇に紛れて有利ではあるが、時間をかければ追手が彼らに迫ると即断し、漆黒の戦士は吹雪の地に降り立った。


下りた瞬間、氷の鋭利な礫が周囲から飛んできた。


瞬く間も与えず飛んでくる礫を避けてはいたが、礫が頬をかすめて行った。

動かなければ負けると感じて、動けなくなって気づいた。足元が凍りついていた。雪国で雪国の特殊部隊相手には流石に分が悪かった。


視界を遮ることになるが、黒衣の中の飛苦無で防御の体制をとり、足元の氷を砕くことに専念した。ただの氷ならすぐに割れるが、異常な硬さの氷でなかなか砕けなかった。


彼は身を伏せてフードの中に隠れて足元の氷を砕いた。白い世界で黒い物は目立ちすぎる。


ディリオスは瞬刻しゅんこくの間も与えない精鋭部隊にどう対応するべきか、刹那に考えだし行動した。


どんどん降り積もっていく雪に彼は手を当てて、迷路のような壁を作っていった。


そして夜空に黒い苦無を数十本飛ばして固定させた。彼は氷の壁を利用して礫の方向を見定めると空から最大速度で苦無を飛ばした。吹雪に赤が混じっていた。


礫を飛ばしてこなくなり、彼は更に両手を深い積雪に手を当てて、自分でも迷うほどの大規模な大迷宮を造り上げた。


出来るだけ高く厚みのある氷の迷宮は、ハウンド部隊全員を包み込んで、彼らが連携を取れないように分裂させる目的も兼ねていた。


ディリオスは体内でエネルギーを蓄積させると、脅しと殺意を込めて迷宮の全ての氷壁から氷のとげを突き出した、それを彼は繰り返した。


出した棘を引っ込めては、他の場所から棘を再び出していった。それは速度を増しながら超高速の域まで達していた。


今、生き残っている隊員たちは氷の壁の上に上がっていると、ディリオスは読んでいた。


漆黒の闘士は大迷宮を全て一瞬にて水に変えた。

そして再び形を変えて一気に円形状に凍らせた。


ディリオスが円形にしたのには意味があった。一人の強敵を相手にする際、周囲を囲むのは基本的な陣形であり、かれらは皆、部隊員であった為その陣形を敷く可能性が高いと推測した。


円形の巨大な氷の中には、まだ息のあるハウンド部隊員が身動きできないまま氷の中にいた。しかし、その女の目には恐れではない、憎しみに近い目をしていた。


感情を表すことのないハウンド部隊は、今までに無い難敵なんてきに動じたが手遅れだった。

ざっと見たが人数が足りないことにすぐに気づいた。


彼は神経を集中させた。自分の能力は殆ど明かしてしまっている状態では、能力次第によっては面倒な事になると分かっていた。


奴らは雪国育ちだ。これほど巨大な氷を融かす能力はないはずだ。

何も起こらない一秒一秒が長く感じた。

氷漬けにされた隊員に目を向けた。まだ生きていた。そしてその目も活きていた。


 彼はすぐさま飛び上がった。この状況で、あの活きた目でいるということは、この状況を打破する仲間がいることを意味した。


ディリオスは空中から氷漬けになっている隊員たちに向けて一斉に殺すつもりで黒い苦無を全て投げた。

氷が一瞬で水になった。やはり解除系能力者か。


漆黒の男は水になる事を読んでいたため、解除後の事も考慮していた。そのまま命中して死んだのは半数程度であった。

その場から離れた敵を追尾するように更に苦無を飛ばした。


雪国育ちと言えども、氷漬けにされていた直後に、通常通りの動きなど出来ないことは分かっていた。殆どの隊員は彼の飛苦無によって倒された。


あとはリュシアンたちを除けば、十名もいないはずだと彼は思った。


 彼は残っている奴らが雪に隠れている事は分かっていたが、見つけるのは至難だと判断した。そしてここまで生き延びた、今から倒すべきハウンド特殊部隊員は真に手強い相手であり、警戒対象であると認識した。


前もってリュシアンの味方は、最後尾に配備させていた。

戦いが始まれば部下たちと共に、出来るだけ離れているように手はうっておいた。


人々から恐れられているハウンド特殊部隊員は城門へと続く道へ下りた男に対して恐怖を覚えた。


ハウンド部隊に所属している者たちは、個でも強いが、一番の強さを発揮させるには連携して初めて本領発揮される部隊であった。その為、かれらは単独で恐ろしいほどに強い黒衣の男に対して、どうすればいいのか悩んでいた。


仲間の多くを失った今、ハウンド部隊は動くに動けない状態だった。その様子を城門近くに隠れていたリュシアンは、ディリオスの強さは想像を絶していたが、自分の部下であるハウンド部隊が恐れる姿を始めて見て驚いていた。



 ディリオスはハウンド部隊と戦う事になることを、事前にサツキにも告げていた。彼の能力は多様性はあるが、分かりやすい面がある事は、サツキも理解していた。


その為、彼の能力を読み違えたと思わせるようにするために、このような状況の場合に応じて、的確に奴らの居場所をアツキを通して伝えていた。リュシアンたちの居場所を指定したのはその為でもあった。彼らを除いて、八名いるとサツキから連絡があり、彼女に誘導してもらうように奴らに近づいていった。



 漆黒の死神は明らかに自分の場所に歩いて進んできていると、隊員は理解し恐れた。逃げられないと覚悟した隊員は恐れのせいで思考出来ずにいた。今までは相手が赤子であろうと、表情一つ変える事無くあやめてきた男は何も考えれず、斬りかかった。


黒刀は無慈悲に、他の隊員も見てるであろうと思い、彼を必要以上に斬り刻んで殺した。一瞬ではあったが、体だけでなく頭部も切り刻んで、この世から消した。残ったのは僅かな血にまみれた肉片だけであった。


これにより、かれらの思考を揺るがした。人間が覚える能力はひとつの系統であり、それを主体として理にかなう能力開花していく事は承知していた。


そのため、彼の能力を見定めたかれらは再び思案していた。物質を操る能力なのは確かな事であったが、そこから探知系能力を身につけるには、どう考えても分からなかった。


しかし、この男が探知出来る事は目の前で起きた事実であったため、隠れる意味の無さをかれらは知った。


隠れている意味が無いと勘違いした隊員たち七名は、意を決して雪の中から出てきた。

いずれも能力者であり、ここまで生きている相手だと、ディリオスは認識していた。弱くはない強き者たちだと。


 ディリオスは戦いの時に油断することは、一度も無かった。本気で戦う事は無かったが、必ず必要以上の力は出していた。


明らかに弱い相手でも、強さを装っている事もあることを知っていた。

そして未知なる能力者と戦う時には、能力を使うよりも身体エネルギーを活かした方が安全だと思っていた。


能力がバレている以上、不用意に近づいたりすることは避けるようにしていた。

男が手をかざすと黒刀は主の元へ戻ってきてかざした手に柄を握ると彼は黒刀を鞘に流し込んだ。


そして大きな冷たい呼吸を入れた。彼が吐いた白い息だけをその場に残して消えた。


ディリオスは消えた。いや、一瞬消えて再びリュシアンのほうへ移動していた。何が起きたのか理解できないうちにバタバタと倒れていった。


リュシアンの仲間が近寄るとすでに死んでいた。彼の白い息が消える前に全員に致命傷を与えた。


あの一瞬で全員殺したのかと思うと味方だと分かっていても、畏怖の念を抱かずにいられなかった。


彼は再び消えた。

しかし、その高速移動は目で捉えることが出来た。


彼の様子も変だった。誰かと交信しているように見えた。

その表情は明らかに問題が起きた顔つきをしていた。


 その情勢はイシドル・ギヴェロンの耳に入っていた。

自国で最強の部隊がたった一人の人間相手に負けていると、報告した物見兵は、報告したがイシドルの怒りの圧力で動くことが出来ず、頭を下げたまま静かにしていた。


「全兵に告げろ。その者を殺して首を持ってこい」


横に控えていたフードの者は、イシドルに耳打ちした。


「命令を取り消す。生きたまま捕えて余の前に連れてこい」


「わかりました。全兵に出撃命令を出して捕えてきます」兵士は足早にその場を後にした。

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