第30話 リュシアン・ギヴェロンの賭け
ディリオスはカミーユと共に疾走しながらアツキに北部連盟のアーチボルド族クローディアの元へ派遣したフィオガの状況を聞いていた。
北部は最初の第九位の悪魔に多くの部族が殺されたため、ベガル平原北部では生き残った部族が集まり今後の対応を思慮していた。
生き残った者たちが集まって思慮したところで、いい案など浮かぶはずもなく次に襲われた時の為に集まっているのが現実であった。
最初に呼びかけたのは、北部では一番大きな部族の、アーチボルド族の首長クローディアであった。
当初の目論見では集合体として集まり、連合軍として悪魔に対して戦う姿勢を示していたが、天使にも攻撃を受け被害は増える一方であった。
北にはヴァンベルグ君主国が領土拡大を狙っており、悪魔の塔もホワイトホルンの中央よりやや北東にあったためその一帯の領土を手放していた。彼女は北部連合としてまとめたものの、対応に追われる日々だった。
苦悩の日々が続く中、守衛が何者かが近づいてくると、幕舎に入って報告してきた。
クローディアは幕舎から出て遠目ではあるが、すぐに分かった。
漆黒の集団は、天使や悪魔に唯一対抗し、未だ負けていないと伝えられていた。
彼女はすぐに全ての連合に対して、敵対する姿勢を解くように命じた。
天魔聖戦が始まる前からその勇名は、北部にも轟いていたからであった。
黒い集団は彼らが住む幕舎に近づくと、ゆっくりと馬を下りた。
「私は刃黒流術衆の御庭番衆隊長のフィオガと申します。アーチボルドの族長クローディア殿にお会いしたく参りました」
「わたしがクローディアです。あなたがたの勇名は北部の者たちも皆知っています。どうぞ、幕舎にお入りください。お供の方々にもゆっくり休める場所を作らせます」
「ありがとうございます。ですが今はこのような世界ですので、我らの者たちには周辺を警護させます」
「心強く思います。では中へどうぞ」クローディアは幕舎の幕を開けて招き入れた。
彼女はもう日々恐れ、精神的にも限界だった。彼らがわたしたちの救世主である事を、心の中ですがる思いで彼女は幕舎に入ると涙が出てしまった。
「……お見苦しい姿をお許しください」
「世界中で皆が泣いています。ここだけのお話にしますので、どうぞ心を許して心の叫びを涙に変えてください」
その優しい言葉にクローディアは声を殺してやまない雨のように、大粒の涙を流して泣いた。
しばらくして、彼女は今までの心の苦痛を取り除けたように起き上がった。その顏は心がまだ晴れていない顏をしていた。
「何か気掛かりな事があるのですか?」
「いえ、あなたのような優しい方がご使者で良かったと思う反面、どのようなご用件できたのか考えてしまいました」
「なるほど。時間も勿体ないので、単刀直入に言わせて頂きます。
我らの将は人間が本当の意味で力を合わせなければ、人類が生き残る可能性は無いと考え、南はドークス帝国以外は何とか真の同盟を結ぶ事に成功しましたが、私たちの将は北部の者たちも仲間にしようと、各地へ使者を飛ばしました。
我らは将であるディリオスさまの代理できました。
あの方は決断力も判断力も洞察力にも優れています。無駄な話し合いは死の時間を縮めるだけだと判断しています」
「仮にクローディアさんが同意しても、他が反対するようであればアーチボルド族だけ来ることをお勧めします。私たちは刃黒流術衆の精鋭ですが、敵の強さは計り知れません。
明日の朝までに結果をお教えください。ディリオスさまは常に最前線で戦ってきましたが、今はただの時間稼ぎでこれからが本番だと申しており、大戦に備えてすでに行動を起こされています。
我らもそうですが、ディリオスさまと側近二名しか、奴らの恐ろしさを知る者は誰もいません。
そしてあの方は我らの想像を絶するほど圧倒的に強いのに、大規模な戦に備えています。人間同士のくだらない思想はお捨てください。
戦後の領土分けなど我らは一度も話したことはありません。
生きるか死ぬかの二選択です。それでは明日のお返事お待ちしております」
フィオガは圧は懸けず、判断は自分たちでするように言った。
誰も知らない世界の話であり、自分自身も訓練を積んで将と共に戦いたいと願っていた。
将が共を許さないのは我々が弱いからだと分かっていた。我々を守るために生死を懸けた戦いに自ら立ち向かう姿は、皆を奮い立たせている。
風が吹いた。寒かった。北部はこんなに寒いのかとふと思った。
フードを被り寒さを凌いでいた時、御庭番衆筆頭のアツキから連絡が入った。
(フィオガ。今話せるか?)
アツキからの突然の連絡に彼は緊張した。ディリオスの援護役として戦っている人であり、フィオガの尊敬する人物だったからだ。
(はい! 何でしょうか?)
(あと五時間くらいでディリオスさまが、ヴァンベルグ君主国に行ったエヴァンと合流する。フィオガも合流できる状況なら合流してほしいんだが、アーチボルド族との話し合いはもう終わったのか?)
(先ほど着いたばかりで今、明日までに返事をするように伝えたばかりです)
(お前的にはどういう返事が来ると思う?)
(明日まで待つ意味もそれほどないのが正直なところです。
部族をまとめて現在一カ所に北部連盟として全部族が集まっていますが、相当悪魔にやられているのが現状です。
今日中に返事が無い場合は、人間同士のつまらない戦後の事でも話していると考えるのが妥当です)
(それほど数が減っているのか……ディリオスさま的には数の問題ではないと言っておられた。加盟させる事により、形式上は遠方な国々にも加盟させやすくするために加盟国を増やしていくおつもりだ。詳しい状況などは遠方は知らないからな。
連合に加盟する国が多ければ、それだけの力があるのだと思うだろう。
事実、天使や悪魔を倒しているのは、ディリオス様だけだ。
我らに加盟する事に明日まで時間を与えたのは失敗だったな。
ヴァンベルグ君主国にも狙われ、悪魔にも狙われている現状で即断できないところを
見ると甘い汁を吸おうとしている者たちが多いはずだ。我らの将が一番嫌う輩だ)
(……申し訳ありませんでした)
(仕方ない。副長にそこは任せてお前はエヴァンたちと合流しろ)
(あっちはディリオスさまが行くほどの状況だ。カミーユ王子も同行しているが隠密での行動だから、気を使わないよう気をつけろ)
(争いになりそうですか?)
(そうだ。だからディリオスさまが行くんだ。あの方がいればヴァンベルグとしても簡単には手が出せないからな)
(ヴァンベルグ君主国は今、非常に複雑な状況になりつつある。王子であるリュシアン殿は内面は我々の味方ではあるが、表面上では敵対国に近い状態だ。
国王であるイシドル・ギヴェロンの権力は、北部では恐ろしいほどのものらしい。ハウンド特殊部隊もいるし、戦うことになる可能性も考慮して、ディリオスさまは向かわれた。奴らは皆、雪国育ちだ。能力者に必ず氷や雪などを使う能力者がいるはずだ。
一言だけ首領のクローディアに話しかけて、事情を話した上で明日までに決まりそうでないなら全員連れてエヴァンたちと合流しろ。こちらが下手に出たから相手は図に乗ってくる。十分間だけ時間を与えろ。それで決断できないようなら役に立たない。
いいか、甘さと優しさは別物だぞ。お前のは甘さだ、それは良い事ではない。実戦は初めてだろうからあまり無理するなよ。無事に帰ることを祈ってる)
(はい! ありがとうございます)
フィオガの足取りは重かった。確かにこれだけの人数しかいない状態で、ヴァンベルグに狙われながら、天使や悪魔にもやられてきたのに、即断できないのはおかしい。全ては自分のせいであり、足手まといな自分を責めた。
彼は守衛に状況が変わったとだけ伝えて、クローディアに今すぐ取り次ぐよう要請した。守衛は幕舎の中に入っていき、クローディアと共に出てきた。
「どうかされましたか?」
「上から叱られました。今の北部連合の状況なら飛びつくほどの状態なのに、明日まで返事を待つようなら甘い汁を吸おうとしている者がいるからだと」
フィオガは現状を知っており、アツキに甘いと言われて、簡単な任務に過ぎないのに、成果を出せずにいる自分を見つめ直していた。甘い世界はもう無いときづいた。
「確かに言われた通りだと私も思います。十分間だけ猶予をもらいました。甘い汁などはどこにも存在しません。我らの将はヴァンベルグ君主国に出した使者の援護に今向かっています。ディリオスさまはお一人でハウンド特殊部隊と戦う事になります。
すぐにどうするか決めさせるよう言われました。答え次第では我々も十分後には援護部隊として向かいます。
お知りでないでしょうが、次に出てくる第七位の天使や悪魔には、貴方がたが手を焼いた第九位のものたちはいません。すでに弱すぎて戦いに参加できないのです。私としてはこれ以上の事は言えません。それでは十分後にお待ちしております」
フィオガはそう言うと部下たちに十分後には出発すると言い、戦いの準備だと言って用意させた。
皆、黒衣を纏い黒刀やナイフに磨きをかけて黙々と準備を始めた。
騒ぐ事も無く、焦る様子も見せず、相手が誰なのかも聞かず、ただひたすら戦いに向けて動いた。
それを見たクローディアはすぐに幕舎へと戻って行った。
準備が整い、皆が馬にまたがり、フィオガはゆっくりと最後に馬にまたがった。
「これより我らは……」
「お待ちください!! 我々も人類のために共に戦います!」
「皆、そのまま待機だ。アツキさんに連絡する」
フィオガはほっとした顏をクローディアに見せた。
「北部連合はイストリア城塞に移動の準備をすぐに始めてください」
彼は馬から下りて、水を飲み心から安堵した。
そして彼女は幕舎に駆け込んで行った。
(アツキさん。決まりました。我らと行動を共にするそうです。ご助言ありがとうございました!)
(まだまだ頑張れ! 俺なんか頑張れば頑張るほどディリオス様に引き離されてる。それで何名くらいだ?)苦笑いしながらアツキは言った。
(三千ほどです。北部連合はどこに向かわせればよろしいですか?)
(また将に迷惑をかけることになるが、イストリア城塞に向かわせろ)
(今からディリオス様にお伝えして何とかしてもらう。同行者はお前たちが先頭に中央まで全員で守りつついけ。最後尾には兵は配備しなくていい。天が光ったらすぐに隠れるんだぞ、わかったな。今のお前たちでは話にならないほどの相手だ)
(はい! 色々ありがとうございました!)
(ディリオス様、北部連合は我らと合流するそうです。フィオガの部隊は同行部隊としてつけて、イストリア城塞に向かわせました)
(数はどのくらいだ?)
(約三千ほどです。戦える者は約七百から千程度だな。良い能力者がいる事に期待しよう)
(俺から連絡しておく。そのまま城内に入れるように手配しておくから、必要なものだけ持って出来るだけ急ぐよう伝えろ)
「カミーユ。約三千名の北部連合が加わることになったんだが入れる場所は城塞にあるか?」
「十分あります。元々は三つ葉要塞の者たちも全て逃げて入れるように作ってますので問題ありません」
「そうか、ありがとう」
「いえいえ、お礼をいうのはこちらのほうです」
「……失敗し落胆させたくないから、今回の事は言うか迷っていたんだが……」
「今から一体何があるのですか? 戦いになりそうなのは何となくわかりますが、それだけなら先に言うはずなので……」
「成功率も五分五分だと思って聞いてくれ。
ヴァンベルグは今、内部で非常に良からぬ事が起きているようだ。
リュシアンは、お前とナターシャの仲を知っている。
もう昔の事だが、お前たちの生誕祝いで、俺とリュシアンが試合したのを覚えているか?」
「勿論です。忘れられない程興奮したのも覚えてるほどです」
「あのまま戦えば俺が勝っていた。だがもし、リュシアンが負ければ大衆の奴らはリュシアンを見下すのは分かり切っていた。
それにヴァンベルグは厳しい国だから奴がどうなるか想像できたから引き分けにしたんだ。
ナターシャもこのままヴァンベルグにいては危険だとリュシアンは判断して、あの試合の返礼として、今日ナターシャを我々に引き渡すつもりだ。俺としてはリュシアンたちにも来てほしいが、奴は真面目だからな。おそらく残ると言うだろう」
「だから何があっても口を出すなと言ったんですね」
「それもある。あとヴァンベルグには察知系能力者が複数いる。
城内だけでなく城外での会話も殆ど王に伝わっている。
お前とナターシャの関係がバレたら、間違いなくナターシャは利用される。リュシアンが、俺に直接返礼を渡したいと言っていたらしい。
ハウンド特殊部隊も来るという意味だ。俺がわざわざ来たのはそのためだ。
戦闘になったら、お前はナターシャを守りながらイストリア城塞に行くんだ。馬は二頭用意しているが一頭でいけ。
馬には乗り慣れてないだろうからな。それにもう一頭には、ナターシャの付き人ソフィアが乗る予定だ。
戦いになった瞬間からエヴァン以下三十名とお前には、イストリア城塞まで護衛するように指示は出してある。中間地点には元ギデオンの副官であったハヤブサ中隊を配備している」
「わたしの為にありがとうございます」
「まだ成功した訳じゃないが、エヴァンの能力はこのような状況下で、一番役立つ能力だ。俺が足止めで出来る限りは何とかするつもりだが、ハヤブサたちと合流するまでは気を抜かずに行け」
「これで奴とは貸し借り無しの予定だが、俺は可能ならリュシアンと少数の腹心たちもイストリア城塞に連れていきたいと思っているが、今回は難しいだろう。ハウンド特殊部隊も来るだろうからな。リュシアンたちも、俺を相手に手抜きしたらすぐにバレる。
俺はリュシアン以下ハウンド部隊と本気で戦うことになるだろう。
お前たちは振り返らずに、
あと北部連合の事も頼む、今回は流石に苦戦を強いられるだろう。
俺は必ず生きて戻る。ミーシャにオシャレして待つよう伝えてくれ。
これは遺言じゃないが、ヴァンベルグのイシドル・ギヴェロンは悪魔の手に落ちたらしい。
リュシアンの一番信頼しているハウンド部隊副長でもあるレオニード・ラヴローの意見だ。
俺とレガのような関係だから、信頼できる情報だろうからヴァンベルグにはもう使者は送るな」
「わかりました。本当に色々ありがとうございます」
「別に何もしてない。俺は俺のやりたいようにやっているだけだ。ナターシャがいるからと言って鍛錬は怠るなよ」
「はい! 次こそは攻撃を当ててみせます」キリッとした顏をしていた。
「ナターシャの話をしてからいい顏してるな」彼は笑みを浮かべた。
「俺はナターシャを見た事ないが、そんなに好きなのか?」
「はい、凄く大切な存在です。ディリオスさんとミーシャのように」
「なら今回の作戦は成功させるか。リュシアンとレオニード以外にも二人の腹心がいるらしい四人とも連れて帰るにはハウンド部隊を壊滅させるしか手はないな」
(アツキ、馬をあと四頭あの場所に手配できるか? それと一応イストリア城塞からハヤブサの中隊を中間地点に出しておけ、長柄の松明は一人五本づつ持たせて地面に立てて兵を五倍に見せるようにしろ)
(フィオガがもう安全な場所まで戻ってきていますので、四頭連れていかせます。ハヤブサの中隊を出すということは戦闘になりそうですか?)
(ああ。ハウンド部隊を壊滅させる事にした)
(無茶苦茶じゃないですか! 本当に大丈夫ですか?)アツキは笑いながら言った。
(リュシアンたちを救うにはそれしか手が無いんだ。無茶苦茶でもやるしかないだろ?)ディリオスも笑っていた。
(では四頭繋がせて、フィオガはすぐに戻るように伝えます)
(ああ。本当にすぐに戻らせろ。今回ばかりは苦戦しそうだ。ミーシャとの約束があるから必ず戻るから安心しろ)
(あと、ちょっと真面目な話だがロバート王が予知夢を見てから、かなり時間がたっているよな?)
(そうですね。確かに今までと違って時差がありすぎますね)
(そこで思ったんだが、ヨルグとマーサしか聞いてないだろ。もしかしたら聞き違えているのかもしれない。解釈を間違えた可能性もあるのかもしれない)
(なるほど……わかりました。正確に何と言ったのか聞いておきます)
(頼む。解釈違いだったら大変な事になるからな。わかったら連絡してくれ)
(わかりました。早急に聞いてご連絡します)
「終わりましたか?」
「よくわかったな」カミーユの顏を見た。
「集中していたので。アツキさんですか?」笑みを浮かべていた。
「そうだ。馬の手配と、ロバート王の予知夢の件を調べておくように伝えた。いつもと違ってあまりに時間が立ちすぎているから、予知夢を聞いたのはヨルグとマーサだけだったから、正確には何と言ったのか聞くように指示した。解釈を間違えた可能性があるからな」
カミーユは納得した顏をした。
「いつも思うんですけど、一体いくつ同時に考えられるんですか?」
「さあな。考えた事も無かったよ。ああ、そういえばレガ達も似たようなことを言ってたな」彼は笑いが出た。
「一休み入れておくか? 予定より早く着きそうだ。リュシアン達の馬がまだかかるからついでに休んでおこう」
いつになく真剣なディリオスに対して、カミーユは天使や悪魔とそれほど差があるのかと思った。「ディリオスさんが真顔になるなんて珍しいですね」
「今回は今までで一番手強いからな。天使や悪魔ももうそろそろ厳しくなってくるが第七位より今回のほうが苦戦しそうだ。今回はある意味、俺の力が試される」カミーユは不思議そうな顏をした。
「いいか? 敵に能力者が複数いて、更にどんな能力を持っているかわからない相手が、三百人いたらどうする?」
「僕なら間違いなく死にます」カミーユの顏が凍りついたように変わった。
「北部最強部隊だからな。最低それくらいはいるだろう」
「つまり二百九十六人倒して、リュシアンさんたち四人とイストリア城塞に来る予定というわけですか?」有り得ないという顔つきをした。
「無茶苦茶じゃないですか!」
「ああ。アツキにも同じ事言われたよ。アツキは笑いながら言っていたがな。だが、ここでヴァンベルグの最強部隊を倒しておかないと、ナターシャを奪われたと間違いなく攻めてくる。相手が一人なら俺だと分かっていても、油断はするはずだ。それに殺さなくても動けなくすることは出来る」
「でも未知の能力者たちですよ!? 一瞬で相手の能力を見抜くなんて無理です」
「じゃあナターシャを諦めるか?」
「ディリオスさんが死ぬかナターシャを諦めるかなんて選べませんよ! それにそんなの自殺行為でしかないです! それとも勝つ自信があるんですか?!」カミーユはディリオスに迫った。
「俺は今まで全力で戦ったことはない。アツキとサツキはそれを知っている。アツキが笑いながら、無茶苦茶だと言っていたくらいの強さはある。勝機が全くないなら流石の俺でも戦わない。
だがな、今後も苦痛なほどの選択を一瞬で選ばなければならない事は多くなる。こんな風に、ゆっくり悩む時間なんてない世界が待ってる。
俺はそんな世界で生きてきた。
だから一瞬で相手の動きから、弱点を見つける事にも長けている。
弱点は隠そうとする、だからこそ見えるんだ。
それにこれは意味のある戦いだ。時間はどの道稼がなければならない。余力はしっかり残して無理そうなら逃げる」
カミーユは言葉を失った。ナターシャの為とは言え、ディリオスに対して初めて疑念を抱いた。
「心配するな。アツキは殆ど心配はしなかったぞ。付き合いも長いからな、俺の事もよく分かってる。それにこんなチャンスは二度とない。ナターシャを城内に侵入して連れ去るのは無理だ。
だが野外に出ているこんな好機は二度とないことなんだ。簡単だとは誰一人思っていない。だがこんなチャンスが二度と無いからこそ、リュシアンは俺に来いと言ってきたんだ」
現状が分かって無いのは、自分だけだとカミーユは知った。
そして想像も絶するほどの戦いに身を投じるディリオスに対して、言葉も無かった。
彼は色々言い分を言ってはいるが、自分とナターシャの為以外に何もないことは明白だった。そして兄であるリュシアンは、ディリオスの強さを知っているからこそ、彼に託すと決めたのだと思った。
リュシアンはあの試合の返礼だと言ったようだが、こんな無謀な事が返礼だと言うほど困難な事なのだと理解した。
これは命を本当に懸けたリュシアンの賭けであり、ディリオスにとって断る事の出来ない、共に命を懸けた者同士の戦いなのだと分かった。
リュシアンは妹である愛するナターシャの事を、ディリオスに託した。そしてディリオスはカミーユが愛するナターシャを、自分に託してくれたのだと分かった。
こんな好機を作ってくれたから、リュシアンたちを助けたいのだとディリオスは本気で戦うつもりでいた。勿論、彼らも本気の戦いになる。
それでも尚、助けたいとディリオスは思っていた。四人とも気絶させてでも連れて帰るつもりでいた。余力は残すと言ったが、彼を知る者なら限界突破しても、戦い続ける事を知っていた。
アツキも当然、心配していた。だが、彼を止められないと分かっていた。命を懸けて自分に託そうとしている者の頼みを、断れない性格だと知っていた。例え死の淵まで行こうとも戦い続ける人だとアツキは彼を理解していた。
「そろそろ行くか」ディリオスは笑顔で言った。
「ミーシャとの約束は守ってくださいよ」カミーユは覚悟を決めた。
「当たり前だ。俺は絶対に約束は破らない。あまり言うな、ミーシャが心配して泣いたらお前のせいだぞ」
「お前は自分の心配をしてろ。出来るだけ逃げるまではカバーするが相手の人数次第ではお前を助ける事も難しくなるからな」
カミーユは言われて初めて気づいた。そして彼はいつも頼り切っている自分を恥じた。ディリオスのほうを敵は警戒するが、当然ナターシャも奪還しようとしてくるのは当たり前だと、今更ながらに気がついた。
二人はそれぞれ覚悟を決めて快走していった。
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