第33話 ヴァンベルグ君主国の秘密
玉座の間を部下に命じて片づけさせて、彼はレオニードに視察隊を編成させていた。
精鋭の部下が守っているこの国でも特質な施設である場所へ行くためには、ある程度の兵力が必要だと感じたからだった。
リュシアンはまず一番気になっていた、ハウンド特殊部隊の訓練施設へと足を向けた。
御供にはハウンド特殊部隊副長であるレオニード・ラヴローとリュシアンに忠実な視察隊三百名、そして信頼できる隊員である女性隊員アリヴィアンとハウンド特殊部隊の中でも特に優秀で信頼できるヴァジムを伴って行った。
場所が辺境にあったため、前日にあった騒動にも全く気付いておらず、訓練施設の女性警備長官アクリーナ・バザロフは確かな確認を取るために自ら城に赴くとし、女性警備副官キーラ・バーベリに命じて、確認が取れるまでリュシアンたちを寒さを凌ぐために警備待機室へと案内させた。
リュシアンはここへ来る前にハウンド部隊の隊員たちにどのような訓練をしたのか尋ねたが皆、
レオニード・ラヴローが信頼するアリヴィアンとヴァジムでさえ、申し訳ありませんとしか言わず、リュシアンは王としてヴァンベルグ君主国の秘密を最初に調べることにした。ディリオスにも信頼を得るには足元からやっていくしかないと言われたからだった。
自国でありながら今まで何も知らなかったリュシアンは、父に白を黒と言えと言われれば、黒と答えるように従ってきた。
悪魔に魅せられた父王に従ってきた事は、同時に己も悪魔に魂を売ったようなものだったと自分を戒める意味でも改善していこうと、心に強く誓っていた。
ディリオスという友にも恵まれ、彼は今までとは違って輝いていた。出来るだけ早く各国から信頼を得て共闘したいと心から願っていた。ディリオスとの約束を果たすために、彼は自分の道を始めて歩き始めていた。
「お待たせ致しました。確認が取れました。国王様、どうぞご覧ください。詳しいご説明も中でさせて頂きます。それではご案内致します」女性警備副官キーラ・バーベリは王座に上り詰めたリュシアンたちを、中へと招き入れた。
「キーラ。この施設はいつからあるんだ?」
「私が生まれた時にはすでにあったと聞いてます。古くからあり、いつの世でもヴァンベルグ君主国の要として活躍してきた伝統ある訓練施設だと伺ってきました。
そして隊員の訓練は一切変えず、今まで多くの強者を輩出してきた歴史あるものだと伺いました」
「誰にそれを聞いたのだ?」
「前王様です。国王様のお父上様からお聞きしました」
「父はよくここに来ていたのか?」
「来る時はいつも決まっていました。最終試験の時以外は、我々に全て任せてくださいました」
キーラ副官はリュシアンに説明しながら部屋に入って行った。
「総員整列! 新国王様がおいでになった」
「ここはリビングルームになります。交友関係を築くのに使用しております」
リュシアンは前に出て、一通り訓練隊員たちを見回して言った。
「総員休め。私は新国王として新たに就任した王子であったリュシアンだ。知ってはいると思うが、国王就任前はハウンド部隊の隊長を務めていた。
イストリア城塞に身を置いている南北で一番の強さを誇る、刃黒流術衆の将であるディリオスに、我が国は救われた。
その際多くのハウンド特殊部隊員は命を落としたが、我らのこれからの新たなるヴァンベルグ君主国の礎となった意味のある死に様だった。今後の事はまだ決めてはいないが、訓練方法等は見改める事になるだろう。
また決まれば各所にある長たちに連絡する。ヴァンベルグ君主国を真の強国とするため皆頑張るように努めてくれ」
かれらは皆、敬礼をした。
「力の限り頑張らせて頂きます。ご来訪ありがとうございました」
リュシアンたちは部屋から出て行った。
「まだ皆若いな。全員能力者なのか?」
「そうです。ハウンド特殊部隊員は全て能力者です」
「私は隊長だったからよく知っているが、今いた者たちは問題なさそうだが……まあ死んだ者の事を言っても仕方ないか」
リュシアンは言葉を口にしなかった。
「こちらが訓練部屋になります」
部屋には多数の血の跡や色々な武具が全面の壁にかけられていた。
「北部だけでなく南部の武具も揃っております。あらゆる敵を想定して、日々訓練しております」
「今後は南部との争いは無くなるだろう。キーラたちはここに籠っているということは、外の世界の情報は知らないのではないか?」
「はい。その通りですが、南部との争いも無くなるとはどういう意味でしょうか?」
「天使の存在は知っているな?」
「あの天を埋め尽くすほどの者たちのことですか?」
「そうだ。今は天使と悪魔と人間が戦っているんだ。強力な力を持つ南部とは盟友になるため、我らは信頼を取り戻さねばならない」
「天使や悪魔はそれほど強いのですか?」
「ああ。想像を絶する強さだ。唯一戦っていると言えるのは、刃黒流術衆だけだと言えるほどだ」
「我らが鍛え上げたハウンド特殊部隊は、どれくらい力になっていますか?」
「言い難いが、無意味なほど我々は弱い。訓練から見直しをしていかなければならない。魔の者の強さも凄まじかったが、ディリオスの強さは見ないと信じる事も出来ないくらいの強さだった……彼がいなければ城にいる人間全員殺されていただろう」
「……仮にハウンド特殊部隊千人いても結果は同じでしたか?」
「そうだ。強さの次元が違う。我々の多くがその戦いを見ていたが、動きも見えないほどの速さだった。力も圧倒的な強さを持ちながら、洞察力にも優れていた。私はディリオスがいなければ、あの魔の者に食われていただろう」
「そうでしたか。ここは最北の地ゆえ何も知りませんでした。イシドル様は大丈夫ですか?」
「精神を病んでしまったようだが、体は元気そうだから、そのうち正気を取り戻すはずだ」
「それは何よりの朗報です」
彼女は
「こちらは先ほど紹介した新人の訓練兵の寝台部屋になります。訓練で疲れた訓練兵たちに一部屋に二人寝れるようにしております」
リュシアンは部屋に入って、大きなベッドや机など見回した。
「しっかり疲れが取れるように部屋も広めにしているのか。寝台も大きめにしているのはその為か」
「その通りでございます。日々訓練に明け暮れるための配慮は、欠かさずしております。その為、愉しみの少ないこの施設では食事に関しても味も栄養も、しっかり取らせております」
リュシアンは各寝室を横目にキーラについて行った。
片方だけ乱れた寝台も幾つか目にして、性生活もそれなりに自由容認するため、二人部屋なのかと納得した。
先ほど訓練兵たちを見た時に、男女の数が同じだった事も見ていたためリュシアンは容易に理解できた。
「訓練兵を選ぶ基準は何をおいて選んでいるのだ?」
「能力者が基本にはなりますが、基本的には攻撃的な能力者を優先しています。お気づきだとは思いますが、ここでは性生活も容認しております。男女でなくてもそれは平等にしております。
訓練兵には娯楽が少ないための処置として、食事や性生活等には極力配慮しております。その為、寝室選びも自由にさせています」
リュシアンは想像していたのとは違って安心した。
父王が全ての権限を握っていた故、厳しく辛いだけの訓練のみの施設だと思っていたからだった。
「こちらの部屋が最終試験をご覧になれる部屋となっております。これは魔法の鏡と言われているミラーガラスを使用しておりますので、最終試験の部屋からこちらを見ることは出来ません」
リュシアンは部屋に入った。父王がゆっくり
「それでは最終試験のお部屋にご案内します」
隣の部屋のはずだが壁は厚めに作っていた。父王の部屋を暖かくする為の配慮は徹底されているのだと彼は思った。そして彼女はドアを開けて、中へとリュシアンたちを導き入れた。
四人が中へ入ると女性警備副官キーラはドアを閉めた。
「?! 何をしている?」
「国王様のご命令です。リュシアン王子たちを軟禁するよう命じられました」
「国王は私だ! 父王の心は今は病んでいるんだ! 城内の兵士に聞けば分かるはずだ。ここから出すよう命じる!」
「その命令は私の権限で却下させて頂きます。その小窓から外をご覧ください」
部屋に鉄格子が取り付けられた小窓があった。
リュシアンはそこから外を見て愕然とした。
「国王様のご命令でゴミは処分させて頂きました」
そこには護衛役として連れてきた兵士たちが山のように積み上げられていた。穴を掘っている複数の訓練所の兵士たちがいるだけだった。
「……なんてことだ。何故だ?! アリヴィアン! ヴァジム! どうして教えてくれなかったんだ?!」
リュシアンは二人に強く問いかけたが、二人とも冷や汗をかいていた。
「リュシアン王子。どうかその二人をお許しください。アクリーナ・バザロフ長官と私の能力でハウンド特殊部隊員は全て、我々に抵抗することは出来ないのです。
その二人は精神が強いのでしょう。心の中でギリギリ堕ちずにいるだけです」
リュシアンはドア越しにキーラに目をやった。
「この施設の御視察で参られたのですよね? お教えしましょう。共に一部屋で過ごした仲間や、愛し合う二人を戦わせて、生き残ったほうが晴れてハウンド特殊部隊員になれるのです。我々に抗うその二人は、非常に優秀だと言わざるを得ません」
「国王の命令だと言ったな。……つまり父は全てを知っていたのか?」
「勿論です。リュシアン様が現れた時には、正直我々は驚きました。
ですから、アクリーナ長官自ら城まで確認しに行ったのです。
我々は国王様の命令を、忠実に守っているだけです」
リュシアンは言葉を失った。
「……まさか……ではまさか……あの悪魔は……父を操っていたのではないのか……?」
「リュシアン王子は噂通り聡明でいらっしゃいますね。あの悪魔は父君である国王様が召喚した悪魔でした。全ては国王様の望みを叶えるためにイシドル・ギヴェロン王にお仕えしていたのです。
正直言って、あの悪魔が殺される程の強さを持つ人間がいることは誤算でしたが、国が落ち着かれましたら、再び悪魔と契約することでしょう。
リュシアンは絶望した。昨日の事が嘘のように、彼は闇へと落ちていった。暗いだけの光のない闇へと、無抵抗にただ只管落ちても落ちても闇しかない世界で、彼は真の絶望を知った。
彼の髪は一瞬で黄金色から白くなり、年齢も老いたように見えた。
目からは生気が失われていき、苦しそうに息だけをしていた。
レオニード・ラヴローは希に見る解呪能力者だったが、これは呪いでは無いため助けようがなかった。
彼は心身から弱りきったリュシアンを石壁を背にして、楽な姿勢を取らせた。そしてキーラに目をやった。
その女の目を見て彼は何かを感じた。優越感だけではない何かを確信したものを、目から感じ取った。
(そして彼は考えた。最終試験で何故わざわざ殺し合いをさせるのかを、深く考えてみた。訓練を積んだ者たちをそのまま使えば倍の人数になる。
だが殺し合いをさせて半数にする理由はなんだ? アリヴィアンとヴァジムはギリギリ堕ちずにいると確かに言った。そして能力で抵抗することが出来ないとも言っていた。
つまりは堕とせなかったということになる。
能力者には色々なタイプがいる。基本的には条件などは無いが、中には条件を満たしていないと発動できない能力者もいる)
レオニードはハウンド特殊部隊の副長だったため、隊員の能力を全て把握していた。だからこそ考えることができた。物事は目で見えるほど単純ではないように、能力もそうだと知っていた。
同室の二人に殺し合いをさせて勝者が、ハウンド特殊部隊になると言っていた事を彼は思い返していた。
キーラは優越感に浸るように言ってはいたが
優秀な者同士を戦わせる意味はそれだけではないはずだ。
感情を奪い冷酷無比にすることも数ある中の一つの理由であることに間違いはない。
彼は考え込むあまりキーラの視線に気づかなかった。思い返したように彼女を見た。
先ほどまでの目つきでは無かった。
しばらく彼女とレオニードは見つめ合った。そしてキーラはドアから離れていった。
(あの目つき、私が何かに気づいたような、警戒心のある目つきをしていた。先ほどまでは勝ち誇ったように口数の多かった者が、警戒を強めた理由はなんだ?
この施設は絶対に能力では、見つからないようにしているはずだ。ここから仮に抜け出しても、逃げる場所は限られている。だが、時間もない。
リュシアン様は精神的に限界に達しようとしている……!! そういうことか?! ならば尚更急がねば、リュシアン様の能力なら、ここから抜け出せるが弱りきってしまっている)
「リュシアン様! ここにいては危険です。貴方の能力が必要なのです。奴らは絶対に、貴方にディリオス様を殺させようと企てます」
レオニードは声を落としながらもハッキリと耳元で呼びかけた。
「私にディリオスを殺させるつもりなのか?」
「そうです。今ならまだ逃げる事も出来ます。それには貴方に立ち上がって頂けなければなりません」
「どうやってここから逃げるというのだ?」
「貴方の能力を使えば抜け出せます。相当量のエネルギーは私に与えてください」
「レオニードは私にとって大切な存在だ。お前ひとりに背負わせる訳にはいかない」
弱々しい、今にも消えそうな灯のような声でリュシアンは言った。
「世界を守るために犠牲は必要です。ディリオス様を裏切るおつもりですか?」
「あまりの事に心が消えていただけだ。ここから抜け出すぞ」
「そうです。力も精神も強くならねばなりません」
そう言うと、レオニードは立ち尽くしているアリヴィアンとヴァジムの
二人とも崩れ去るように倒れた。しかし、意識はあり呼吸をするのに、必死な様子を見せていた。
「二人とも大丈夫か?!」
「はい。ありがとうございます。助かりました」ヴァジムは起き上がりながらそう言うと、アリヴィアンのほうへ行った。
「アリヴィアン! 大丈夫か?」
「うん。大丈夫だけどここからどうやって逃げるの?」
アリヴィアンとヴァジムはお互い強く抱きしめ合った。
ヴァジムはレオニードを見た。
「リュシアン様。急がねばいけません。奴らの能力は分かりましたが、今は逃げましょう」
リュシアンは右手を石壁に当てた。そしてそれと同時にレオニードに左手を当てた。
「私はもう十分です。アリヴィアンとヴァジムにもお願いします」
レオニードは二人を見て頷いた。
石壁がボロボロと崩れ出した。それと同時にアリヴィアンは一気に満たされていった。ヴァジムにも同様にエネルギーを与えた。
「いいか。南には逃げられない。西に行くのも無理だ。南西に向かって行く。お前たちは知らないかもしれないが、南西には悪魔の穴がある。ディリオスの話ではいつ出てきてもおかしくないらしい。最初は南西に行ってそのまま南に向かう」
リュシアンはドアの前に立っているキーラと目が合った。
「見つかった!! 行くぞ!!」
四人はリュシアンが開けた穴から出て南西に向かって走り出した。
警報が鳴り響いた。
「お前たちは先に行け。エネルギーが余りまくっている。私の恐ろしさを思い出させてやる!!」
リュシアンが地面の積雪に両手を当てた。エネルギーを吸収しつつ
与え続けた。その振動で雪崩が起きた。
レオニードたちは心配して速度を落としていたが、すぐにリュシアンの力を思い出させた。ディリオスの強さを皆見ていたため、否が応でも心配したが、改めてリュシアンの強さを肌で感じた。
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