第28話 復讐心に囚われた皇帝ブラッド・ドークス

「ここが最後尾ですか?」サツキは刃黒流術衆を統率するレガに確認した。


「そうだ。サツキは我々とともに最後尾で移動する事は聞いている。

だが皆への影響力が大きい能力者であるため、もしもの場合は我々が戦ううちに逃げる事を覚悟しろ」


「わかりました。ひとまずはドークス帝国を見張りながら進みます」




 イストリア城塞で彼はオシャレをしたミーシャと一緒に歩いていた。誰もが振り返るほど彼女は輝いていた。


「ディリオスはミーシャと手を繋ぎ、一緒に歩いて普段は目に出来ないものを見ながら一緒に歩いた。彼女の歩幅で彼は歩いていた。些細な事だったが二人はそれだけで幸せを感じることができた」


 寒さを凌ぐため彼女は厚めのローブを着ていた。頭にもフードを被ってはいたが手は素手であった。ディリオスを少しでも、感じていたかったからだ。彼の手は熱くなっていて十分に寒さを凌いでくれていた。


 普通の人にはのぼる事の許されない投石機と兵士が整列した坂道をのぼっていた。彼女は息を切らしていたが笑顔だった。


ディリオスがかがみ込むと、ミーシャはその背に身を任せた。

頬を背中に当てると安心できた。眠くなるくらい安心できた。


彼の本心が見える彼女は彼の心を覗いてみた。

厳冬を超えた春のように、彼の気持ちは晴々としていて、芽吹く花のように幸せに満ちていた。

私と一緒にいてくれる時にしか、彼は気持ちを許すことは無かった。彼女はいつも彼の心を見ていた。


辛い時や恐れを抱く時や闘いに身を置き、荒れ狂う時を何度も見てきた。

でも喜びと嬉しさが、永遠に続けばいいという想いを見せる時は、自分と一緒の時だけだった。


彼の優しい気持ちはまさに、幸せそのものだった。ディリオスは足を止めた。彼女の寝息が聞こえた。ゆっくりと起こさないように登ってきた道を二人は一緒に引き返していった。


 彼女を部屋まで送り届け、ゆっくりとベッドに起きないように横にした。

 そして部屋から出て鍛錬場に下りて行きカミーユの近くまで行った。



「とりあえず一戦してみよう。この前のように攻撃は直接当てずに寸止めする。盾や防具には攻撃を当てる。そうしないと本領は発揮できない能力だからな。出来るだけ隙を見せずに好きなように攻撃してこい。俺を殺す気でくるんだ」

「わかりました!」

「実戦に合図はない。いつでもかかってこい」



 カミーユは身体に覇気を込めた。以前よりも遥かに身体エネルギーが増していることがすぐにわかった。

カミーユの盾の持ち方は、理に適うように鍛錬を積んできていた。

試しに円状の盾の中央に以前の力で拳打を放ってみた。


盾を維持したまま、少しだけ体が押されたが、足に力を込めて何とか耐えた。

そして盾を前に出して素早くディリオスに近づくと、カミーユは盾を一瞬手放し、盾の陰に入って一回りして低めの剣激を横に払って再び盾を構えた。


ディリオスは黒刀で横からきた剣を受けようとしたが、一足下がって黒い刀を地面に突き刺し、そのまま低めに跳躍した。ディリオスの刀は何かに斬られたように、揺れた。


再び元の守りの構えに戻したカミーユを見て、すぐに間合いの外に出た。カミーユが己の射程に入ってきたからであった。「面白い」ディリオスは笑みをこぼした。

「さすがですね。一瞬で剣風を見切るとは」


ディリオスは黒刀を抜いて斬撃を連打した。

上段から縦の間合いできた剣に、彼は盾を上げずに斜めの盾の中に身をかがめた。

盾を上げれば回し蹴りが来ることを理解しているのだと思うと、漆黒の男は楽しくなってきた。


黒衣の戦士は少しずつカミーユの右から刀を入れてから、回転しながら左と見せかけ更に右に剣激を入れ、素早く移動し左へ蹴りをみまった。

重い刀や蹴りや拳を防ぐ事に、カミーユは押し負けていった。


ディリオスは加えて防御が難しい位置を攻めていった。

加速して一気に若者の左横奥まで滑り出ると、盾の内側から足で盾を押し止めると、剣で横にさばきカミーユの首元ギリギリで止めた。


ディリオスはそのまま剣を戻して反撃カウンターにどれほどの威力があるのか試すためそのまま高速で右に回り込んでから、強めの拳打を撃ち込んだ。カミーユはそのまま回転してディリオスの真正面から、その拳を鉄の盾で受けた。

あまりの重さに吹き飛ばされそうになったが、足に力を込めて身をかがめて持ちこたえた。


(前回の失敗を活かしているな。敵である私からも目を離さず、俺の姿は完全には見えなくても影もしっかり見て活かしている)


防御の程度は分かったが、攻撃方法を知るためディリオスは刀を片手に隙を作って、わざとカミーユに晒して見せた。どこから攻めてくるのか試してみた。


 若い獅子はすぐさま、盾の中央内側に剣の柄頭で殴りつけた。漆黒の闘士はその行動から、すぐに空弾だと見抜いた。一瞬目を閉じ風の揺れを感じて黒刀の先から一番太いつばまでを使って真正面から斬りつけた。目には見えない空弾は彼の両脇に避けていって、石の壁がひび割れた。


普通に両断していたら二つに割れた空弾はディリオスの左右に当たっていたが、彼は剣先でまずはさばいた後、徐々に太くなる刀の特性を利用して、二つが離れていくように斬りかわした。


「貴方はやはりとんでもない人ですね」カミーユはあまりの凄さに笑いが出た。


「一見しただけで完璧に避けられるとは、これには自信があったのに……」



「落ち込むことは無い。十分に良い技だ。だが今のはあからさま過ぎた。光速移動や何かで、相手の意識を他へ持っていけば当たる可能性は非常に高くなる。


もっと動けるようにならないと、実戦では厳しいな。守りながら攻めることができるし、防御に徹しているように見せながら、至近距離から当てることもできる。ほとんどの者は気づくことすら出来ないだろう。あれから随分と鍛錬したのは一目瞭然だ。頑張った褒美としてこれをやろう」とディリオスは飛苦無を十本差し出した。


「これは……家宝でしょう。受け取れません」


「この盾は特殊な合金でできてるのか?」カミーユは首を横に振り「通常の鉄でできています」そう聞くと、ディリオスはカミーユの盾に対して力を少しだけ込めて飛苦無で真っ二つにした。


カミーユは微動だにせず押しの強ささえも感じることなく盾が脆くも斬れたことに驚いた。


「これは特殊な合金で羽のように軽いが鉄なら傷一つなく切り裂くことができる。今後はもっと危険な闘いになっていくだろう。優秀な鍛冶屋がいるならそれを融かして盾にするといい。


鉄よりも遥かに軽くて硬い合金でできている。どんな攻撃にも耐える事の出来る盾だ。さっきの空弾も盾が軽ければ、素早く動いて当てることも可能になる。命の懸かった死闘の時には必ず役に立つはずだ」


「ありがとうございます」と言いカミーユは十本の飛苦無を受け取った。


「十本もあれば盾と手甲を作るには十分足りるはずだ。盾を持たない方の手甲にすればいざという時、手甲で受ければすぐに反撃できるからな。カミーユの能力に合ってるはずだ。俺とミーシャの腕輪のように。腕に通して盾にするのが理想だ。


優秀な鍛冶屋がいないなら言えばいい。俺に同行したのは兵士だけではないからな。兵士の家族や、職人たちもついてきている」


 指先でほんの少し撫でると、血がじんわりとでてきた。切れ味の鋭さはこれ以上のものはないとカミーユは思った。


「ではそろそろ三つ葉要塞に行くか。基礎体力上昇すれば、活かせる能力も増える。最初はカミーユが先行しろ。限界の限界がきたら休憩をいれる」


「はい。わかりました」


「俺はミーシャに逢った後にすぐに追いつくから、先に行っていいぞ」

カミーユが走り出すとディリオスは再び黒衣を身に纏い、ミーシャの部屋の窓庭まで飛んだ。彼女がベッドで寝てるのを見て安心した。中にそっと入ってミーシャにブランケットをかけて、しばらく彼女の傍で彼女を見てから立ち上がった。

そして再び窓庭からそっと静かに出ていった。



「レガさま。思った以上に早くイストリア城塞まで着けそうですね」レガは空を見ながら言った。「このまま何事もなければな。ドークス帝国はどんな様子だ?」

「天使もいたようですが、天使はすでにいないようです。大天使はまだエネルギーを残しています。先行部隊はそろそろ三つ葉要塞に着く頃でしょうか?」


「そうだな。ディリオス様にご報告しておこう。ドークス帝国に向かわせた刃黒流術衆は無事に戻ったと伝えておいてくれ。あの方が三つ葉要塞にて、最後の殿を引き受けると言われていた」


「アツキに連絡するように伝えてきます」


(ディリオスさま。アツキです)


(久しいな、アツキ。精神エネルギーを使いすぎるなよ)


(はい。疲労感が尋常ではないので、今後は鍛錬しつつ精神エネルギーを鍛えていきます)


(それがいい。そろそろ三つ葉要塞に着く頃か?)


(よくお分かりになりますね)


(人間だけでなく、馬なども全体が少なからず移動速度が上がっているからな。最初の予測よりは速く着くだろうと思っただけだ)


(俺はイストリアのカミーユを連れて三つ葉要塞向かっている途中だ)


(丁度すれ違いになるくらいですね。あとドークス帝国に向かわせた刃黒流術の三十名は無事にもどりました。ですが、天使はすでに殺されたか、サツキは探知できなくなったといってます。大天使はまだエネルギーを残しているみたいですが、時間の問題だと思います)


カミーユは追いついてきたディリオスが、誰かと交信している事に気がついた。彼の顏が厳しい表情をしている事から不味い状況なのだと察した。


(微妙な状況だな。奴らの考えが読めない以上どう動くべきか難しい。他の国々に伝令を出したし、様子見したいところだ。内情を探りたいが今は危険すぎる、天使が出てきたらおそらくすぐにドークス帝国に向かうだろうし、俺だけで偵察に行くのはどう思う?)


アツキはしばらく黙り込んだ。(危険すぎます。かと言って、他に行くほどの実力者もいません。せめて天使が出てきてから、対策を立てられたらいかがでしょうか? 


そうしたいが、ダグラス王はやはり三つ葉要塞を簡単に捨てる気はないようだ)


ディリオスは少し考えて言葉を思念でアツキに飛ばした。


(仮に今拘束されているであろう大天使を俺が助けたら……いや無理か……すでに捕えている。人間同士ならそこで色々交渉できるが、天使は人間を全体で見る。


大天使を捕えて実験している可能性が高い、たとえドークスが独断でしたとしても、俺たちが助けに入った所で、天使からの敵視が解除されることはない。


アツキ、お前は何とか一回分だけの精神エネルギーを貯めることに重点を置いて、イストリア城塞に着くまで休んでいてくれ。全快とは言えないがビジョンを見せる事が出来そうになったら、ダグラス王に第八位の闘いを見せてくれ)


(あれを見れば、さすがに三つ葉要塞の危険度がわかるはずだ。説得では駄目だ。現実の置かれている状況を見せなければ、どんどん危険度が増してしまう。


いいか、多少余裕を持ってから見せるんだ。お前とサツキは俺との連携が上手く取れているからここまで均衡を保ててきた。誰か一人でも欠けるのは、避けなければならない)


(私も同じ思いです。無理しすぎないよう気を付けます)


(では頼んだぞ)


(はい。お任せください。状況が変化したらすぐにご報告いたします)



 ロバート王は四頭立て馬車で中央軍に守られながらイストリア城塞に向かっていた。冷や汗をかき、まるで病人のように疲れ切った顏をしていた。


覚えたてで精神エネルギーがまだ安定も確立もしていない状態で、幾つもの予知夢のビジョンを見続けていたからだった。「はぁはぁ……遠い空……巨大な白い兵士が……白い……世界に……」「父上!!」ヨルグが言葉をかけたが、すでに気を失っていた。


ヨルグはすぐに御者ぎょしゃに急いで三つ葉要塞に入るよう命じた。

荒々しく馬車は速度を上げて走り出した。護衛隊も速度を上げてついていった。


「レガさま。ロバート王の馬車が速度を上げているようです。容態が悪いため一度三つ葉要塞に急いで入るとのことです」レガの顏が凍りついたように青ざめた。


「奴らが来るのが見えたのだ!! 急ぎディリオスさまに連絡しろ。あと三つ葉要塞では止まらず、そのままイストリア城塞に全力で行くように伝えろ!」


我らも急ぐぞ!! と殿しんがり部隊に旗でイストリア城塞まで全力で行くように合図した。


「サツキは先にいくのだ! 誰一人見つからないように徹底させろ!」「わかりました! レガさまもお急ぎください!」サツキは馬を疾駆させた。


向かい風で凍りつきそうなほどの寒さだったが、だけに彼女は肌寒さと汗を流すほど体が熱くなっていた。


 一体でも恐ろしい敵が数百、数千で現れると思うと息も荒くなり、恐れが彼女を狂わせるように、次々と押し寄せてきた。


彼女は三つ葉要塞に着くと味方にイストリア城塞まで、全速力で行くよう命じた。すぐにロバートのいる馬車へ向かった。ドアを開けたらロバートは気絶していた。


「何があったのですか?!」

ヨルグに畳みかけるように問い質した。


「巨大な白い兵士が空を埋め尽くすと……しばらくここに待機します」


「いえ!! ダメです。一気にイストリア城塞まで休まず全速力で逃げてください。ここにいてはすぐに殺されます」

ディリオスさまとカミーユさまも今こちらに向かっています。



 カミーユは一撃でディリオスに吹き飛ばされてから、毎日体が痛くなるまで、鍛える日々に明け暮れていた。

序盤は飛ばしているのかと思ったが、速度が落ちることは無かった。カミーユは決して無理はしていなかった。


ディリオスはカミーユの横につけて「随分と修業したようだな」軽い笑みを浮かべて言った。


「私の目標は貴方です。普通の修業では到底敵わないことをあの時知りました。私はイストリアの王子ですが、貴方に頼りにされたいと心から願っています」


「問題が無い限りは旅に出るまではイストリアを拠点にする。ミーシャが寝ている時間や空いてる時間は、個人で修業をつけてやる。すぐに頼りにするかもしれないが、死ぬ事は許さん。俺は最終戦争まで死ぬつもりはない。必ず生き残ってミーシャを守る。お前もナターシャ王女のために最後まで生き残れ」


光の塔が見えてきて足を止めた。


「相当な速さだ。息切れもせずよくここまで頑張ったな」

滅多に人を褒める事の無い彼の言葉に、カミーユは喜びの表情を見せた。


(ディリオスさま。アツキです)


(すでに三つ葉要塞についているのか? 気配がもれてるぞ)


(エルドール兵の気配がもれているのでしょう。それよりもロバート王は奴らが来ると言い残して気絶しました。指示をお願いします)


(わかった。お前たちは全員このままイストリア城塞に向かえ、ロバート王の馬車を先行部隊で守らせながら一気にいけ。中央軍もそのまま続かせていい、俺はレガに直接話してから俺とカミーユの動きを決める)


(わかりました! ご武運を)


 三つ葉要塞から大軍がイストリアに向かって出て行った。


「何事ですか?」


「どうやらロバート王が予知夢を見たらしい。精神エネルギーを使い果たし気絶したようだ。白い巨兵が空を埋め尽くすと最後に言ったらしい。


まだ予知夢を見だしてから数日しかたっていない。精神エネルギーを莫大に使う予知夢に身体が耐えられないんだ。


休んで食事をしっかり取るように進言はしたのだが、身体能力が上がって病気も治ったので己を過大評価した結果だ。下手をすればこのまま死ぬかもしれない。


お前もそれだけは覚えておけ。身体エネルギーがないのに無茶をすれば必ず後悔する」


「わかりました。気をつけます。我々はどうしますか?」


殿しんがり部隊のレガがまだ残ってる。話してから俺たちはどうするか決めよう。気配は消していくからついてこい。


「わかりました」ディリオスは素早く城壁の外壁に張り付いた。すぐに暗いトンネルの道の中へ入った。漆黒の男はレガに刃黒流術衆のサインを出した。少しして返信が返ってきた。


「レガのほうへいくぞ」そういうと一瞬だけ速度を上げてレガの所へたどり着いた。皆、気配を殺して待機していた。前よりも遥かに強くなっているのは肌から伝わってきた。


「レガ。久しいな。これは俺たちの戦いではないが、どうする?」


「我々は若君に従います」即答だった。


「お前にはまだ死なれては困る。実質仕切り役を任せているからな。レガたちもそのままイストリア城塞に全力で行け」


「わかりました。カミーユ王子はどうされますか?」


「初戦に奴ら相手はかなり厳しいが……カミーユ、俺の命令に従うなら共に行動してもいい。逃げろと言ったらすぐに逃げるんだ。分かったな?」


「はい! わかりました。ありがとうございます!」


「二度にわたって闘ってきた意見から、尖兵の大天使はおそらく最低でも一万はいる。十人の副指揮官にそれぞれ千人づつで副官五名以上、更に総指揮官の護衛役兼指令伝達係が二人以上いて総指揮官を守っているだろう」


「我々のほうが優勢ですな」ディリオスは笑い顔で頷いて応えた。


「そういうのはレガくらいだ。気持ちはわかるがここは退いておこう。今後は戦いが激化するだろう。

各国に共同戦線を張ろうとしている今、闘いの口火を俺たちが勝手に切るのはまずい」


「確かにそうですね。口惜しいですが、此度は我々は退いておきましょう」


「とりあえずは戻ってから色々話そう。レガは兵をまとめてすぐにイストリア城塞に向かえ。俺とカミーユはしばらく様子を見る」レガとカミーユは頷いた。


「最後尾は俺がつく。皆全力でイストリア城塞まで走りこめ」


「レガが先行し千名以上の黒い集団は一糸乱れず彼に続いた」彼等の気配が遠のくのを感じて、ディリオスとカミーユはエルドールに向かって風に紛れて疾風となり三つ葉要塞から消えていった。



 南西のドークス帝国は決して大きい国とは呼べないが他国との交流もほとんどない国で、怪しい噂が絶えない国として有名な国だった。


不死の実験や、超人的な肉体改造、複数の獣の力を人間に加えて引き出そうとする国で、人体実験や耐久度を試すために多くの国民が犠牲となっていた。


異常と非情を併せ持つこの国はすでに多くの国民に見限られ、北への抜け道を通って険しい山岳地帯を命懸けで北のグリドニア神国を目指して、国民は日々逃げる人数も増え続けていた。


 今から二百年前の皇帝であったイライジャ・ドークスは三万で攻めて刃黒流術衆三百名に敗れて以来、怪しげな手法で対抗しようと考えのが、始まりだった。


刃黒流術衆に深い恨みを刻み、イライジャ皇帝以来現皇帝のブラッド・ドークスもイライジャの意思をついで、怪しげな実験を繰り返していた。


己を神と称して、生物や獰猛どうもう猛獣もうじゅうとを配合させたり、人間を使った神の領域である実験を、何度となく繰り返していた。


失敗から人間は学ぶものだが、ブラッド・ドークスはおぞましい実験を繰り返して、成功までの道を開いていた。


そして闇市や仲介人を通して、最下位の天使や悪魔を買っていた。以前は人身売買で儲けていた闇の市場を取り仕切る者から、大天使を捕えたとの通達が来て、常連のみで行われる競売の連絡が来た。


ドークス帝国はその競りに勝ち、大金で生け捕りにされた大天使を解剖し、天使との差は勿論、他のあらゆる事を試した。天使や悪魔の致命傷である、頭部や心臓がなくても昇天させない方法も、多くの天使の実験によって見つけ出していた。



 群れからはぐれた大天使を、彼等特有の捕獲能力で捕らえようとしたが何度も失敗し、地上に降りて武装化した大天使は強靭きょうじんで、致命傷の無い天使や悪魔の軍団を作ろうとしていた。


その為、ブラッドは何としてでも命ある大天使が欲しかった。天使を囮にして、地上まで下ろさせて武装化させるように仕向けていたが、失敗を繰り返していた。そして再びかれらにチャンスが訪れた。新たな天使が出てくるまでに、捕えなければ国が亡ぶことは解剖の結果で分かっていた。


その為、かれらは地下に居城を作り、安全を確保していた。


しかし、傷つけずに捕獲したかったが、無理だと諦めた。「081と082を出せ」


「あの二人をもってしても勝てるとは思いませんが……」


「分かっておる。奴らで捕獲できるなら苦労はせぬわ。倒せぬまでも弱らせる事は出来るだろうて」


「弱らせてから全捕獲部隊で捕獲しろ」


「わかりました。081と082を出します」


「081と082を出せ! 捕獲部隊は離れて待機だ」 


 周囲から人間が去るのを見て大天使は諦めたかと思い、飛び去ろうとした。翼を出した瞬間、巨大な手に片翼を掴まれた。引き離そうと翼が折れる事を覚悟して逆回転をしながら間合いをとった。そして相手を見た——大天使だった。

 

色々な場所を切られ縫われ、心臓の部分以外は調べ尽くされていた。


顏にも体にも縫われた場所が何カ所もあった。


思念を送ったが何の反応も示さなかった。


死んではいないものの、生きているとはとても思えないほどの状態で、それは立っていた。腕には082とだけ書かれていた。


大天使は人間の悪意に激怒し、昇天させるため再び武装化した槍で、心臓を狙って勢いよく突き刺した。


槍はそのまま体を貫いたが、ソレはそのまま槍を掴んで近づいてきた。ソレには翼はあったが、武装化はせずに力任せに自らの体で槍を固定して間近まできた。


すでに大天使であることも忘れている。

だから武装化しないのか。と大天使は思った。


もう一体何かが近づいてくるのが見え、大天使は082と書かれた大天使を強く押し倒して、槍を引き抜きもう一体のほうへ警戒を強めた。


小さなソレは大天使に飛び掛かってきたが、盾で簡単に吹き飛ばした。脅威ではないと判断し、警戒を強めて再度ヒビ割れた大天使に盾と槍を向けた。


(心臓を貫いても効果がないとは、それに貫いたはずの胸の穴がすでに塞がっている。我ら天使は死すれば昇天する。我を攻撃してくると言う事はすでに、認識力が無いと言う事になる。私が仲間として昇天させてやる)


 大天使は巨大な槍で頭を吹き飛ばした。倒れるどころか更に近寄ってきた。吹き飛ばしたはずの頭も傷口から再生してきた。


(一体何をされたのだ? 罪深い人間は悪魔よりも邪悪な存在だ。何と惨いことを平気でするのだ! 醜悪な能力者の仕業だろう)


 大天使は槍を剣へと変化させて、命の無い大天使を切り刻んでいった。腕から足、頭部も再び斬り離して、胴体を大剣で真っ二つにした。


更に縦横無尽に大剣を扱い動いているもの全てを、細切れにしていった。

ようやくその光を発して無かった大天使は光の塵となって消えていった。大天使は突然、片膝を地面に落とした。


 何故か力が入らなくなっていき、大剣を地面に突き刺し両膝をついた。息切れをし、苦しさのあまり首を下げた。

何かが足元に引っ付いていた。081とだけ書かれていた。


原因に気づいて、それを剥がそうとしたがその力はもう残っていなかった。大天使はそのまま前のめりに倒れていった。


「やったぞ! すぐに捕獲部隊に運ばせろ。巨大な相手には081は使えるな」


「082を研究して大天使の事は色々分かった。この大天使を兵器化して刃黒流術衆どもに思い知らせてやるわ!」


「捕獲完了しました。これより地下に運ばせます」


「急いでやれ! 次の天使や悪魔どもがいつ来るかわからんからな」


「アラム! 後は任せたぞ。お前も終わったら地下へ来い」


「はい! わかりました」


 アラムは地上の城まで登ると、大量に搬入されている木や土を、木偶や土偶に変えていった。複雑な命令は出来ないが、見た目は人間にしか見えないほどで、この能力や他の色々な方法で、最初は最下位の魔族や天使を捕まえて研究材料としていた。


081と呼ばれている悪魔も闇市で手にいれたものだった。安い買い物だったが、今回の事で十分役立つと分かった。


 復讐の虜になってしまったブラッド・ドークスの心は闇に支配されていった。それは悪魔との契約すら交わすかもしれないほど恐ろしいものだった。

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