第24話 知っている者と知らない者たち

 ディリオスは魔のバベルからイストリア王国まで風を切りながら全力で走っていた。


 アツキ同様、敵である天魔の決戦に、何かを感じていた。限界まで走り緑の大地に仰向けになって空を見た。息が切れそうになるくらい苦しかった。脈の音だけがドクドクと聞こえるだけで、一切何も聞こえない世界だった。



(このままでは多くの命が無駄になってしまう、天魔どもは敵だが賞賛に値する死闘だった。俺は自分の命を懸けてでもミーシャを守ると誓いを立てている。愛している気持ちに嘘は無い。だが、まだまだ弱い、それは気持ちが弱いのではなく、何かは分からないが奴らの戦いは本物の勇者のような激闘だった。今の俺が命を懸けるだけで、守れなかったらどうする? 


彼女に危険が及ぶなど俺には耐えられない。アツキもあの戦いを見て感じたはずだ。俺たち人間は覚悟が足りない。ただ単に命を懸けて戦う覚悟ではなく、戦いに勝たなければならないために、生きる覚悟が必要だ。死ぬことを前提に戦っていては駄目だ)


 ディリオスは夜空を見ながら自分がまだ甘い事を理解した。

生き残るには命を懸けて、修練するのは当たり前だと深く考えた。

イストリア王国のネストルは、陰ながらカミーユを守るために寝る時間も惜しんで訓練している事を思った。彼が時間を割けるのは寝る時間くらいだ。妹であるミーシャの付き人も同じだろうと、彼は何かは分からないが、己に対して罰するほどの想いが色々交差していた。



(今更ながらに気づくとは、俺は甘くて情けない。これからは限界の限界を超える必要がある。昔やっていた己をライバルとして力をつけなければならない。そのためには基本から叩き直さないと駄目だ。


そして人間も連合で対抗しなければ勝ち目は全く無い。連合を組んだとしても、勝ち目はほとんどないが、あの最後まで諦めない戦いで教えられた。可能性がある限りそれを諦めることは許されない。あの指揮官であった大天使は使命を全うした。


考えられる全てを行動に移し、まさに自分の命を懸けて、敵を倒すためにあのような方法を取った。ただ突っ込んで負けるのではなく、勝って己の使命を果たすために、味方が傷つき死んで逝くのを一切見ることもなく、自分の敵だけを見ていた。あれほどの信念が最低限必要なのだろう。敵である悪魔や天使に使命とは何かを教えられた)



 ディリオスは戦闘よりもあの指揮官たちの、精神に感銘を受けていた。呼吸が荒く出来るくらいになると、再びイストリア王国に向けて走り出した。彼は何かに没頭するために走り続けた。

漆黒の武神などと呼ばれて、もてはやされていたことさえ、情けなく思えた。辺りが薄暗くなってきたことに気づかないほど無我夢中で走り続けていた。(もう夜明けか、再び仰向けになったまま、単純にただそう思った。五時間ほど走ったが、今どの辺りなんだろう)呼吸が困難でなくなり、ディリオスは再び立ち上がった。



(ディリオスさま。現状報告とご指示を願いたいのですが、今大丈夫でしょうか?)


(サツキか。アツキもそこにいるのか? いえ、アツキはいません)


(私とアツキは兄妹きょうだいのせいか、最近気がついたのですが、私の精神エネルギーを使ってアツキの知り得る限りの人間に限定はされますが、話しかける事が可能だとわかりました。いずれは他のディリオス様のように親しい人なら、可能になるはずです。


アツキが直接見たものならアツキのそのままの目線で見ることは可能ですが、

今回のようにアツキ自身が精神エネルギーを飛ばして、遠方を探るのは精度は落ちますが見ることは可能のようです)


(それはすごいな。だとするとアツキもまた修業を始めたのか)


(そのようです。特にその八位の指揮官の闘争を見てから、彼の中で今まで感じたこともない気持ちが生まれたようで、使命とは何かを彼なりに見つけようとしています。ただ膨大なエネルギーを必要とするため、命を危険にさらすほど鍛錬の仕方を変えると言っていました)


アツキも修練を始めたと聞いて、同じ気持ちに駆られたと思った。


(俺もそうだから、アツキの気持ちはわかる。サツキもなるべく早く見てくれ、二人とも精神エネルギーを主体に使うから見た目には分かりにくいだけで、相当な負担がかかっているはずだ)


(わかりました。私もイストリアにつけば時間もできますので、それまでは何とか頑張ります)


(それではエルドールの全ての兵と民はイストリア城塞に行く事になりそうですか?)


(絶対にしなければならない。そこに留まっていれば全員殺されるぞ)



(わかりました。少し強く推してみます。いや、それはお前の役目ではない。俺が次は守れないと、そう言っていたと伝えればいい。多少強引にしていかないと勝ち目は全く無くなる。人類同盟も同じく、現実を突きつけても加わらないようなら、捨てていく。ロバート王は聡明な方だが、病気が治って力を余しているから気づいていないだけだ。無駄なプライドのために、民を危険にさらす行為はしないはずだ)


(イストリアに向かう事前提で、目の届きにくい事は今のうちに済ませておけ。俺は走り続けて今すぐ戦いになるのなら身体が持たない。あと一時間ほどでイストリアに着くはずだ、あと刃黒流術衆が使者になるなら、名代の名は俺にしたほうがいいだろう。エルドールもイストリアも他の国も天魔の存在自体知っているかどうかもわからない)


(確かにその通りですね。わかりました。それではまた何かあればご報告します)


(サツキ。過酷な旅になるがお互い頑張ろう。俺はお前たちが思う以上に、皆を頼りにしている。こんな話、以前の俺なら出来なかったが、ミーシャのおかげで心を開くことを、学んだようだ。ロバート王が移動しないようなら刃黒流術衆と御庭番衆はイストリアに引き払え。今そこで死ぬのは無駄死になるだけだ)


(わかりました。説得できないと判断したらご命令通りイストリア王国へ全兵向かわせます)

 

(もう少し待って欲しいとロバート王が言っても、俺の厳命でもう待てないと言え)


 ちょうどその頃、ディリオスの指示通り、ホワイトホルン大陸の各地へ三十名ずつの黒衣の者たちが伝令として飛ばされる事は決定した。エルドール王国のロバート・エルドールの名前で使者をだすか、イストリア王国のダグラス・ゴードンの名で出すか迷いどころだった。


レガとアツキ、ロバート王とヨルグが集まり、誰の名代で行かせるべきかを考えていた。エルドールはドークス帝国と不仲であり、イストリアは北部との仲があまり良いとは言えない状況だった。「あっ」ヨルグが声をあげた。

「どこの国とも直接的には外交をしていない刃黒流術衆の長であるディリオスが適任では?」


迷いに迷った挙句あげく今は国を持たないディリオスの名が一番効果的であるのではないかと、ロバート王の息子ヨルグが気がついた。強さも勇名もおそらくほとんどの人たちは知っている。個人的な敵対はどこともせずに、今まで特異な集団であり、断る理由もないから話だけは聞くはずだという理由で話は決まった。


「レガさま。ディリオスさまの承認が取れましたので、ディリオスさまの名で送るよう使者たちに伝えてください。くれぐれも用心していくようにお伝えしろと言われておりました。使者が戻らない場合は行き来とその国が何かしたかのどちらかだろうと言ってます」 


「わかった。我らには少しでも時間が惜しい。すぐに送るよう手配する」

レガはそういうとロバート王に敬意を払い階下におりていった。


「ロバート王。ディリオスさまから移動の件の結論は出たのかお聞きしたいと」


「余はまだ奴らの戦いを見てはおらぬが、其方たちが集結しているならば撃退可能なのではないのか?」


「今までは確かに可能だったでしょう。しかし、今後は犠牲者無くして、勝つのは難しくなります。私も再び鍛錬を始めましたし、妹のサツキも鍛錬を再び始めるでしょう。ディリオスさまは特に、今まで以上の修練をすると言っておられました。仮に移動したとしても犠牲が出ない保証もないほどですが、ここに残るのであれば全滅はほぼ確実になるでしょう」


「ディリオスがそう申しておったのか?」


「そうです。次は尖兵が大天使になる可能性が非常に高いです。第九位の天使ではもう話にならない程の世界になります」


「移動するしか選択肢は無いということか……」


「ロバート王だけではなく、現状を理解している人間は少ないはずです。ディリオスさまは最前線でいつも戦っておいでです。私は能力で奴らの会話を聞き、見ることだけなら可能になりましたが、膨大なエネルギーを消費します、再び鍛錬しないと能力のほうが勝って、下手をすれば死ぬことになるでしょう。サツキは索敵や偵察能力がありますので、敵の強さを肌で実感してます。サツキもディリオスさまの指示が終了したら再び自己鍛錬に戻るでしょう。我々御庭番衆も今まで以上の鍛錬が肝要となることは必須です」


「……わかった。其方たちの言う通りエルドール城からイストリア城塞に避難しよう」


「三つ葉要塞はどうするつもりなのだ?」


「……あそこは現状維持の予定ですが、次の敵が出た時の事を考えて我々の移動が完了するまでは、ディリオスさまがお一人で鍛錬や非常事態に備えるため、しばらくは遊軍として動くようです。


ダグラス王は三つ葉要塞で様子見をするつもりのようですが、現実を見ていない以上南部で最高の戦力を保持してきた国としては、あっさりと引き下がる訳にもいかないのであろうとディリオスさまは言ってました。

残念だが、現実である地獄をその目で体感させるしかないと」


つまりは死者がでないとと言う事だとロバートはすぐに分かった。


「今後はディリオスさまは甘い考えは一切捨てると言っておられました。人類同盟に関しても一時間以内に答えが出ないようであれば、こちらから断るようにするようです。


我々以上にディリオスさまは直接、天使や悪魔と接触しています。状況を一番理解しています。三メートル以上ある大天使が武装化し、力もあり素早く動ける敵が尖兵となる以上、今後はディリオスさま一人では対処出来なくなってきます。


その上、人間にとって厄介な悪魔も出てきます。現状を理解していない人間ならば、現実を見せるしかないと仰っていました。どこの国かが滅びない限り、愚かな人間には理解しないとディリオスさまは決断されました」



ダグラス王の厳しい決断は理解できたが、戦いを見ないことには難しいだろうとも思ったが、それでは民を守る王としては進言を何度も受けたにも関わらず、最悪の光景を目にすることは何も出来ず後悔することは避けたかった。


苦悩するロバートを見てアツキは戦いを見せることにした。


「ロバート王。私の背中に手を当ててください。そしてそのまま目を閉じて何でもいいので何かに集中してください。何が見えても声に出さないでください。集中力がなければ消えてしまいますので、それと私がこの能力を今使えば死ぬことになるかもしれません。次元の違いを見てください」


 ロバートは言われるがままにそうした。目を閉じて妻であったローザの事を考えた。すぐに彼女との想い出が溢れてきた。想いに浸って自然と集中できた。それとは別に何かが見えてきた。

 

 そこには白い巨人と体がイバラでできている悪魔が対峙していた。悪魔のほうが優勢ではあったが、白い巨兵である大天使は命を簡単に捨てることなく最後の最後まで諦めず戦い抜いている姿だった。大天使の頭は太いイバラで突かれて木端微塵こっぱみじんに吹き飛ばされた。しかしその光る手には悪魔の細くなった首の肉片と頭があった。


 アツキはゆっくりと立ち上がった瞬間倒れた。ヨルグがすぐに手をかして椅子にゆっくり座らせた。そしてロバート王を見て言った。


「……これが現実です。我らの主であるディリオスさまが上手く調整して、片方に圧勝させないように戦っています……最悪は悪魔に圧勝されることです……これは非常に精神エネルギーを使うので……先ほど起こった戦いの一部をお見せしました。しばらく私は休んでから……イストリア王国への移動の準備を始めます」


「今まではディリオスさまが均衡を保ちつつ……今に至ります。仮に悪魔が多く生き残ることになれば……天使の軍が再び来るまでは悪魔に人間は抵抗できず……生餌とされます。悪魔は人間にある神の遺伝子を食べて取り込むことができますが……それは同化にはなりません。同化にはお互いの了承が必要なのです。それでも神の遺伝子があることに変わりはありません……食べただけでも相当強くはなるでしょう。それを阻止するために……ディリオスさまは苦心されています。あの方でも敵わない敵が……近づきつつあります。これが現実です」


「何故今まで黙っておったのだ?」


「進言は散々しました……単純な話です。話しても信じてもらえない事は分かっていました。私はディリオスさまやサツキとはよく交信して情報交換しています。そして時間がある時には……魔のバベルと天のバベルの動向を……監視しています。この能力に目覚めたのは一昨日です。自分の能力に合ったものに……精神的に集中すると発動しやすいようです。


慣れるまでは精度の調整が難しく……多くの精神エネルギーを消費するためそれほど長くは集中力を……持続することができません。一日一回が今は限界ですが……精神エネルギーを増す修業をして、慣れてくればそれほど問題なく使いこなせるようになるはずです」


「ディリオスさまは、ロバート王が自分の意見を聞き入れないようなら、全ての刃黒流術衆をエルドール王国から撤退させて……イストリア城塞に移動する命令を出されました。それは……人類の大きな戦力である我々が……無駄死にすれば人類が再び終末を迎えるからです。人類の愚かさをディリオスさまは嘆いておいでです。現実を知らなければ動かないなら、それは滅亡したも同然だと……仰っておられました」



「私たちは今はまだ戦いにおいては足手まといでしかありませんが、ディリオスさまは……常に最前線で動いています。

我々人間や地上を守ろうとする亜種もいずれは出てくるでしょう。ですが……今のを見てお分かりのように天使も悪魔もそれぞれの使命の為に……命を本当に賭けて戦っています。圧倒的多数の天使や悪魔たちに対して……人間はディリオスさまお一人で戦っています」



 ロバートは現時点で人間の中で本当に戦いに参加しているのは、アツキとサツキがサポートしディリオスと固い絆で結ばれて、信頼し合わねば今日こんにちまで人命の犠牲者が無数出ていただろうと思った。


誰かが犠牲になるのではなく己に合った役割を発揮することが大事であって、戦いに現時点で突出しているのはディリオスだけだと気づいた。ディリオスの強さが急激に増しているのは、本当に命を懸けているからだと理解した。

そしてアツキやサツキも己の能力に合った役割を絶えずこなしているから、成長が他よりも遥かに速い事になるのだと、ロバートは最初に気づかなくてはならないものの答えを見つけた気がした。



「仮に敵がイストリア方面に行こうとした場合は、撃退する方向で今はみているようです。手強い相手の場合に限り、私に連絡が来るようにしています。今のディリオスさまなら一時間もかからない程の距離ですので、今後の鍛錬でさらに時間は短くなると思います。


そしてあの方は、イストリア城塞に天魔が行かないように、我々がイストリア城塞に入るまで三つ葉要塞にお一人で残り迎撃態勢をとるつもりです。はっきり申し上げれば、あの方以外に今はまだ天使と悪魔と戦える人間はいません。私は自分の役割を果たしてはいますが、無力さを日々感じています」



「時間が無いのはよくわかった。ヨルグよ、本日中にエルドールの全兵士に民の移動を総動員で手を貸すよう命じよ。その間の守りは刃黒衆に任せて大丈夫であろう?」


「はい。レガさまにお伝えして、イストリア城塞までの道のりに松明を灯すようお伝えしておきます。前方には敵はいないと思われますが少数配備して残りの者は民の移動の護衛に中軍として護衛をつけ、後方には探知能力のある者を配備しますのでご安心ください」


それでは私はエルドール軍の指揮をとってきます。ヨルグは父の命令に従いすぐ動いた。

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